作品タイトル不明
第560話 帰宅後の団欒
その日ライト達がエンデアンからラグナロッツァに帰還したのは、日がとっぷりと暮れた頃だった。
「ぁー……えれぇ目に遭ったわ……もうちょい早く帰れるはずだったのに」
「ま、しょうがないよ。エンデアンにとって、デッちゃんの話は洒落にならない問題だろうし」
「まぁなぁ……アレとの因縁は数百年に渡って続く代物だしなぁ」
冒険者ギルドエンデアン支部にて、奥の事務室でクレエのみならずエンデアン支部上層部にまで取り囲まれ、たっぷりと聴取されたレオニス。
海の女王からの人族への伝言、その詳細を知るべく根掘り葉掘り聞かれ続けた結果がこの帰宅時間、という訳である。
とはいえ、聴取から二時間程度で帰宅できるレオニスはまだマシだ。
エンデアン支部の面々は、きっとまだ阿鼻叫喚しながらディープシーサーペントへの対応協議中だろう。もしかしたら今日は、職員全員の帰宅が午前様になるかもしれない。
ディープシーサーペントへの対処方法を一新するということは、エンデアンにとって根幹を揺るがす一大事だからだ。
しかもよりによって、この黄金週間の真っ最中にそんな重大案件が持ち込まれることになるとは、ご愁傷さまですぅー、としか言いようがない。
ちなみに今回のライトは、レオニスが戻ってくるまで寝落ちせずに何とか起きていられた。
本当は街に出て海産物でも買いたかったのだが、子供一人で夕暮れ時に外をふらふら出歩くのもよろしくないよな、と思い留まりギルド内の売店だけで我慢したのだ。
ギルド内売店では、前回購入した『海色のぬるぬるドリンク』を十本、他にも小さな貝殻のついたキーホルダーやジャイアントホタテのぬいぐるみなどを購入したライト。
この『海色のぬるぬるドリンク』は炭酸入りのラムネ味で、通常販売品の水色のぬるぬるドリンクよりもさっぱりとした甘さだ。
そして何より特徴的なのが、飲んだ後に鼻から抜けていく香り。ほんのりと磯の香りがするような気がするのだ。
磯の香りがするラムネ味ドリンク。字面にすると何とも微妙だが、それでもそこそこ人気のある商品らしい。
全てにおいて、何処ぞのぬるシャリドリンクとは大違いである。
何はともあれ、本日の目的である海の女王との謁見を無事済ませたライトとレオニス。
若干ヘロヘロになっているレオニスとともに、ラグナロッツァの屋敷に帰るライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
ラグナロッツァの屋敷に入り、ライトが開口一番帰宅を告げる挨拶をする。
すると、数瞬の後ラウルが音もなく現れてライト達を出迎える。
「お帰り」
「ラウル、ただいま!」
「おう、何だ、大きなご主人様はかなりお疲れのようだな?」
「うん、まぁね、今日はちょっといろいろとあったからね……」
「そうか。ま、自分の足で歩けてりゃ問題ねぇな」
「ラウル、お前まで俺に冷たくしないで?」
草臥れた様子のレオニスに、ラウルが目敏く気づくも軽くあしらわれて終了する。
いつものレオニスなら、日帰りでの冒険など余裕綽々なのだが。海底神殿でのあれやこれやに加え、最後にエンデアン支部での聴取がかなり効いたようだ。
おそらくはあのド迫力のクレエに、散々散々詰め寄られたのだろう。やはりあのクレアと血を分けた、実の姉妹だけのことはある。
ラウルにまでぞんざいに扱われて軽く傷心するレオニス。
だが、大の男に対するラウルの態度はいつもこんなもんである。
思ったより元気が残ってそうなご主人様は放置放置、とばかりにラウルがライトに向かって話しかける。
「マキシ達は今食堂にいてな、そろそろ晩飯にするかって話をしてたところなんだ」
「あ、そうなの? 皆で先に食べててくれても良かったのに」
「いや、俺達も少し前に屋敷に帰ってきたばかりでな。そんなに待ってた訳じゃないから問題ない」
「そっか。じゃあぼく達もすぐに着替えて食堂に行くから、もう少しだけ待っててね」
「おう、ご主人様達の分も支度しながら待ってるぜ」
そうして三人はそれぞれに分かれて行動していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ライト君、おかえりなさい!」
「ライトちゃん、おかえりー!」
「ライト殿、お疲れさまです」
「フィィィ」
レオニスより先に食堂に入ったライトに、マキシとミサキ、アラエル、フォルが明るい声で出迎える。
「皆、ただいま!フォルも良い子にしてた?」
「フォルちゃんはいつだって良い子ですよ!」
「うん!フォルちゃんは私とも遊んでくれて、すっごく優しいよ!」
「ミニサイズのミサキちゃんが背中に乗っても、文句一つ言わんどころか走ってくれるもんな」
「フォルちゃん、大好き!」
デフォルトサイズのミサキは、サイズだけならフォルよりずっと大きいが、その体重は見た目に反してさほど重たくない。
なので、フォルの背に乗っても大丈夫なのだ。
もともと人見知りなどしないミサキ、フォルやウィカとももうすっかり仲良しで、今も大好きなフォルにムギューッ、と抱きついている。
するとここで、ミサキがライトに話しかけた。
「ねぇ、ライトちゃん、今日はフォルちゃんといっしょに寝てもいい?」
「ン? フォルが良ければ、ぼくは全然構わないよ」
「クルルゥ!」
ライトの言葉に、フォルがミサキにそっと頬ずりをする。
これは『いっしょに寝てもいいよ♪』という返事だ。
ミサキとアラエルは、人里に出てきてから今日で二泊目。明日には八咫烏の里に戻らねばならない。
帰る前日に、大好きなフォルといっしょに眠りたい!というミサキのささやかな願いが叶えられたのだ。
「フォルちゃん、ありがとう!」
「ミサキ、良かったね」
「うん!マキシ兄ちゃんと母様とフォルちゃん、皆でいっしょに寝れるなんて最ッ高に嬉しい!」
「ライト殿、フォル殿。ミサキの願いを聞き入れてくださり、本当にありがとうございます」
末娘の大喜びする姿を見て、母であるアラエルも嬉しそうにミサキの頭を撫でる。
そこに、ようやくレオニスが食堂に入ってきた。
「ぅぉー、皆待たせてすまんな……」
「おう、大きなご主人様のご到着だ。じゃあ食べるとするか」
「レオ兄ちゃん、ご挨拶よろしくねー」
「ぉぅ。皆今日もお疲れさん。ラウル達の話も聞かせてくれな。じゃ、いッただッきまーす!」
「「「「いッただッきまーす!」」」」
こうしてライト達は、いつもより少し遅めの晩御飯を食べ始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほう、海底神殿の周りには人魚がいるのか」
「ラギロア島でカイさん達にも会えたんですね、それは良かった!」
「海って、ナァニ? カタポレンの森や人里ともまた違うところなの?」
ライト達の話を聞いたラウル達は、興味深そうにしている。
思えばラウルやマキシもカタポレンの森生まれで、海など見たことがない。
ラウルは以前ライトとともにエンデアンに行ったことがあるが、それとて海産物市場目当てで海には行っていない。
もちろんミサキやアラエルも、海を一度も見たことがない。海どころか、八咫烏の里の外に出ることすらこれが生まれて初めてのことなのだ。
「ミサキちゃん、海ってのはね、池や湖よりも広くて大きい、水がたくさんあるところだよ」
「池や湖より大きいお水? モクヨーク池や目覚めの湖よりも大きいの?」
「もちろん!目覚めの湖の何十倍も何百倍も大きな水場だよ」
「あの目覚めの湖が何百個以上もあるの!? ナニそれすごい!」
ミサキが知る最も大きな水場は目覚めの湖。
その目覚めの湖が、何百個あっても敵わないという海なる未知の場所。
ミサキには全く想像もつかないが、それが如何にすごいことであるか漠然と分かる。
「マキシ兄ちゃん、いつか私達もその海というものを見てみたいね!」
「そうだね。ミサキがちゃんと人化の術を使えるようになったら、いつか皆でいっしょに海を見に行こうね」
「うん!」
兄妹の仲睦まじい様子に、周りで見ていたライト達もほっこりと和んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食事が済んだ後は、皆大好きデザートタイムだ。
晩御飯で使った食器類を一旦下ろし、ラウルがデザートと飲み物をテーブルの上に恭しく乗せていく。
今はアラエルとミサキというお客人が宿泊しているので、いつも以上に執事をしているのだ。
「今日のデザートはフルーツタルトだぞー」
「わーい!」
本日のデザートは、たっぷりカスタードクリームの上に様々なフルーツが乗った一口サイズのプチフルーツタルトだ。
プチサイズなのは、八咫烏のミサキやアラエルでも食べやすいように、というラウルの配慮である。
苺に葡萄、キウイ、バナナ、桃、ブルーベリー、鮮やかで色とりどりの果物が見た目にも楽しい。
皆思い思いに好きなタルトを手に取り頬張りながら、今度はラウル達の一日の話を聞く。
「今日はね、ラウルちゃんとマキシ兄ちゃんの案内で市場に行ったの!」
「そうなんだー。いろんなお店とか見て回ったの?」
「うん!市場というところもいろんな人がいっぱいいたし、あ、あと、冒険者ギルド?ってとこにも行ったよ!」
「受付嬢のクレナさんには会った?」
「うん、薄紫色のとっても可愛らしいお姉さんがいたわ!」
受付嬢クレナを若い女性の見本として見ておくように、ライトはラウルに冒険者ギルドに行くようラウルに指示していた。
ラウルはその指示にちゃんと従い、冒険者ギルドラグナロッツァ総本部にも出かけたようだ。
マキシの話によると、ラウルの両肩に乗った文鳥サイズのミサキやアラエルを見たクレナが「んまぁぁぁぁ、何とも綺麗で素晴らしい羽毛をお持ちの、可愛らしい文鳥さんですねぇ」と、それはもうベタ褒めの大絶賛だったらしい。
言動はともかく、見た目だけなら掛け値なしに可愛らしいクレナ。ミサキ達の人化の術のモデルとして、少しでも参考になればいいのだが。
他にも市場ではたくさんの親子連れがいたとか、噴水広場で他の鳥に言い寄られた話など、その日のことをたくさん話してくれるミサキ。
今日もラウル達と楽しく過ごせたようで良かったな、とライトは思う。
話の合間にプチタルトを頬張るミサキ。このフルーツプチタルトも気に入ったようだ。
「ンー、ラウルちゃんが作る食べ物は全部美味しーい!」
「お褒めに与り光栄だ。明日は帰りの手土産に何か美味しいものを持たせてやるからな」
「ホント!? ラウルちゃん、ありがとう!」
両手にプチタルトを持ちながら、ミサキが満面の笑みでラウルに礼を言う。
ミサキの横で、アラエルもまた美味しそうにプチタルトを頬張りながら、でもどことなく淋しげな表情で呟く。
「本当ね。マキシは毎日こんなに美味しいものを食べることができて、本当に幸せ者ね……」
「母様……」
「でも……時々でいいから、八咫烏の里にも帰ってきてね……」
アラエルの瞳から、一粒の雫が零れる。
明日にはまた離れ離れになる我が子との別れに、アラエルの中に寂しさが募るようだ。
「もちろんです!父様や母様、兄様姉様、ミサキ、そしてシアちゃん……今でも皆、僕の大事な家族です!」
「ええ、そうよ……そのことを忘れないでね……」
「はい。僕は、八咫烏一族族長ウルスとアラエルの息子マキシ。父様と母様の四番目の息子です。この世界のどこにいようとも、それだけはずっと変わりません」
「マキシ……」
堰を切ったように、アラエルの涙がぽろぽろと零れ落ちる。
だが、その涙は別離の寂寥だけではない。
一回りも二回りも大きく成長した、我が子の頼もしさへの喜びも含まれていた。