軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第528話 歴史に名を残さぬ者

アル親子と別れた後、ライト達は道々に残る雪や氷を拾い集めつつ、ツェリザークの街に戻った。

城壁の内側に入ると、明らかに壁の外よりも空気が暖かく感じる。

これは、ツェリザークの至るところでプロステスの熱晶石が使われているからだろうか。とはいえ、それでもやはりラグナロッツァに比べたらかなり寒いのだが。

街の中に入ったライト達は、まっすぐ冒険者ギルドツェリザーク支部に向かう。本日のもう一つの重大な目的『ぬるシャリドリンクの行く末』を確認するためだ。

ツェリザーク支部の建物に入ったライト達は、一目散に売店に向かう。

あのさほど広くない、こぢんまりとしたギルド内売店。その隅の隅の片隅に、追いやられるようにしてひっそりと置かれていた、ツェリザーク限定品ぬるシャリドリンク。

名物と謳う割には、かなりぞんざいな扱いを受けてきた不遇の名品。

あの奇跡の品は、あの後一体どうなったのか。もしかして、ラウルの尽力も及ばず廃番となって消え去ってしまったのか。あるいは、それとも―――

ラウルが愛するぬるシャリドリンク、その行く末が気になってしょうがない二人。その足取りも、自然と早足になる。

そうして辿り着いた、ツェリザーク支部売店。

二人の目に真っ先に飛び込んできたのは―――会計横に堂々と新設された、ぬるシャリドリンク専用棚だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ほら、見て、ラウル!ぬるシャリドリンクがたくさん並んでるよ!」

「おおお……しかもあれ、ぬるシャリドリンク専用の棚か? 一、二、三……五段も棚があるじゃねぇか!」

ライトが興奮気味にラウルに話しかける。

何と驚いたことに、会計横に数多のぬるシャリドリンクが燦然と輝くように、堂々と陳列されているではないか。

その棚の数、何と五段。その五段の棚全てにぬるシャリドリンクが置かれていた。

しかもその棚をよくよく見ると、ぎっしり満杯に商品が置かれているのではなく、手前の方ほど結構な隙間ができている。隙間の分だけ商品が売れている証拠だ。

ぬるシャリドリンクの想像以上の出世ぶりに、ライトもラウルも驚きを隠せない。

そしてライトはさらに、ぬるシャリドリンク棚の横にババーン!と貼られた大きなポスターに気づき、ラウルの服をクイ、クイ、と引っ張る。

「ねぇ、ラウル……あれ……」

「ン? どうした? ……って、何だこりゃ」

そのポスターには、氷蟹エキスの原材料である氷蟹がデフォルメされた絵柄とともに、次のような謳い文句が書かれていた。

『あの金剛級冒険者も大絶賛!その旨さは大陸一の英雄のお墨付き!』

『料理にほんの少し使うだけで、天にも昇る極上の味に大変身!』

『衝撃の旨味調味料、その名もぬるシャリドリンク!』

『ぬるシャリドリンクが買えるのは世界で唯一、このツェリザーク支部売店のみ!』

デフォルメ氷蟹と相まって、実にカラフル&ポップな宣伝ポスター。

それを見たライトとラウルの口から、思わず「うはぁ……」という小声が洩れる。

よくもまぁここまで大絶賛コピーを並べ立てられたもんだ、と半ば呆れるライト。

それまでは、ずっと罰ゲームドリンク扱いだったぬるシャリドリンク。

ラウルがその真価を見い出して、多くの冒険者に無償どころかラウルの持ち出しで広めた途端に、この手の平返しである。

あまりにもあからさまな態度の変わりように、ライトが呆れ返るのも当然だ。

しかも、具体的な名前こそ出さないが『あの金剛級冒険者も大絶賛!』とまで書かれているではないか。これは一体どういうことだ。

誰とは言わないが、これは明らかにレオニスのことを指している。何故ならば、今この時代に生きる金剛級冒険者はレオニス・フィア、その人唯一人だからである。

というか、もし万が一にもこのポスターを書いた者が『それは違います!レオニスさんのことではありません!』と言い張るならば、だったらレオニス以外の金剛級冒険者を連れてこい!という話になるであろう。

もちろんそんな人物はどこにもいないので、連れてこれるはずもないのだが。

えー、これ、絶対にレオ兄のことだよね? でもって、本人に無断で書いてるよね? だってあれ以来、レオ兄からぬるシャリドリンクの話なんて一度も聞いてないし。

レオ兄の名前を使うなら、本人に一言くらいあって然るべきじゃね?

ライトはそう思う反面、このサイサクス世界でその手の権利を声高に叫んでも意味を成さないことも知っていた。

著作権だの肖像権だの、その手の話題をライトはこの世界に生まれてから一度も聞いたことがないからだ。

個人の権利が全くないとは言わないが、それでもさほど強くないのが実情だった。

でもさぁ、そうは言ってもさぁ、一言くらい何かあっても良さそうなもんなのに……と、悶々とした思いを抱えるライト。

それとは対照的に、ライトの横に立つラウルは晴れやかな表情をしていた。

「そうか……この様子なら、もうぬるシャリドリンクは安泰だな」

「うん、多分定番化したっぽいね……でも、ラウルはこれでいいの?」

「ン? 何か問題があるのか?」

どことなく不満そうな顔のライトに、ラウルが不思議そうな顔で尋ねた。

「だって……ぬるシャリドリンクの美味しさを多くの人に広めたのは、ラウルでしょ? レオ兄ちゃんからそう聞いてるよ?」

「ああ。三ヶ月ほど前に、ここの酒場食堂の厨房を使わせてもらってな。聖なる餅を使ったぬるシャリ雑煮やぬるシャリあら汁なんかを、その場にいた冒険者達全員に試食してもらったぜ。もちろん大好評だったぞ!」

「そこまでしたのは、ラウルなのに……このポスターにはそんなこと、ちっとも書かれてないし……」

少しだけ口を尖らせつつ、頬を膨らませて悔しげなライト。

ライトの最たる不満は、レオニスの名の無断借用ではない。ぬるシャリドリンクの真の救世主たるラウルの名が、どこにも見当たらないことだった。

いや、ライトも頭の中では分かっているのだ。

どこの者とも知れない一介の料理人の話を出すよりも、知名度抜群の金剛級冒険者の名を借りた方がずっと楽ちんで、宣伝効果も抜群に高いに決まっていることを。

だが、それを理解していてなおも不満に感じるライト。

ぬるシャリドリンクの地位向上に一番貢献したラウルが、正当な評価を受けられていない―――そのことが、ライトにとっては最も腹立たしかった。

そんなライトの不満げな様子に、ラウルは小さく笑いながらライトの頭を撫でる。

「何だ、そんなことか。俺の名や功績がどこにも書かれてないからって、何の問題もないぞ?」

「でも……ぬるシャリドリンクの良さを皆に知ってもらうために、一番頑張ったのはラウルだよ?」

「ああ、俺はぬるシャリドリンク定番化のために、そりゃもう一生懸命頑張ったぞ? 皆に食わせる試食の材料だって、全部俺が出したしな!」

「だったら……」

ライトがつい、と顔を上げてラウルを見る。

なおも悔しげに抗議しようとするライトに、ラウルは敢えて言葉を被せてその苦言を遮る。

「そのおかげで、ぬるシャリドリンク廃番の危機は免れた。それだけじゃなく、こんなに立派な専用棚を作ってもらえるまでになった」

「俺は何も、自分の名を売ったり功績を誇りかった訳じゃない。ぬるシャリドリンクがいつでも好きな時に買える、そうなってほしかっただけなんだ」

「つまりだな。俺は俺のしたいことを、思うがままにしてきただけなんだ」

いつもよりにこやかな笑顔のラウルに、そこまで言われてしまってはライトももはや何も言えなくなる。

たとえ正当な評価が得られずとも、当人が何の問題もなく受け入れているのだ。これ以上他者がどうこう言い張り続けるのは、野暮の極地というものである。

「そっか……ラウルがそれでいいなら……」

「おう、俺はこれでいいぞ。何てったって、俺の願いが見事に叶ったんだからな!」

「……うん。確かにラウルの願いはちゃんと叶ったよね。だったらそれでいいんだよね!」

ラウルの言葉に、ライトもだんだんと納得していった。

世に名を知られていない偉人は、古今東西地球異世界問わずたくさんいる。むしろその功績を歴史の中にその名とともに刻める者の方が、圧倒的に少ないであろう。

そうした名も無き縁の下の力持ちによって、物事や歴史、技術などが日々発展していくのだ。

今回のラウルの功績も、そうした者の一人であることにライトは思い至る。

念願叶った 本人(ラウル) がこれ程までに満足しているなら、もう何も言うことはない。ラウルとともに喜ぼう、ライトは心の中でそう決めた。

「よーし、じゃあまたラウルに美味しいご馳走を作ってもらうために、今日もぬるシャリドリンク買おうよ!」

「そうだな、俺もようやくガラス温室の資金繰りの目処もついたところだし。また十本くらい買っていくか!」

ライトが抱えていた 蟠(わだかま) りも解けて、意気揚々とぬるシャリドリンクを買い物籠にどんどん入れていくライトとラウル。

すると、専用棚の横にある会計係の若いお姉さんに「あ、お客様、その品は『お一人様につき一本まで』と決まっておりますので……」と、やんわりと注意されて、二人して大ショックを受ける。

特にラウルの方は「何だとッ!?」と叫んだ後、ガビーン!顔のまま完全に石と化して固まってしまった。

その横でライトがよくよくポスターを見ると、確かに一番下のところに『生産が追いつかないほどの大好評につき、ご購入はお一人様一本までとさせていただきます』と書かれているではないか。

その後ラウルが受付窓口の男性職員に「おいッ!あの購入制限、何とかならんのか!」と鬼気迫る勢いで詰め寄ったり、ラグナロッツァの屋敷への帰宅の道中で「ぃゃ、確かに俺は『廃番になるくらいなら、売り切れで買えない方がマシだ!』とは言ったが……」「そこは伝道師の貢献度を考慮して三本、ぃゃ、五本くらいは融通効かせて売ってくれても良かろうに……」と、ブツブツと呟いていたのはご愛嬌というものである。