軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第527話 贅沢な貸切露天風呂

黄泉路の池に移動したライト達一行。

辺りには人っ子一人いない。さすがにツェリザーク郊外はまだまだ寒いので、ここまで来る者は皆無らしい。

黄泉路の池からは、かなりの量の湯煙が湧いている。如何にも温泉!といった風情のある光景だ。

池に到着早々、ライトはアイテムリュックから木製バケツをいくつも取り出す。

「ラウル、お風呂に入る前に黄泉路の池の水をバケツに汲んでくれる?」

「了解ー」

ライトの頼みを快く引き受け、早速バケツに池の水を汲むラウル。ライトはそれを次々とアイテムリュックに収納していく。

この黄泉路の池の水は、レシピアイテムである退魔の聖水の原材料の一つだ。そしてその退魔の聖水は、コズミックエーテルの原材料の一つである。

コズミックエーテルは、先日使い魔の卵から天使のミーナを孵化させるための餌として五十本もの量を費やした。

今後もコズミックエーテルを生産し続けるためには、退魔の聖水の原材料である黄泉路の池の水も欠かせないのである。

だがしかし。さすがに温泉として浸かった直後の水を、レシピアイテムの原材料に使いたくはない。

いや、どんな状態であろうと黄泉路の池の水であることに変わりはないし、レシピに沿った作成手順を踏めばちゃんとアイテムは出来上がるだろう。

ならば一体何が問題か?と言えば、これはひとえにライトの気分的な問題だ。入浴直後の水をレシピアイテムに用いることに、どうしても抵抗感があるのだ。

入浴後の残り湯に使っていいのは、洗濯機の洗う水と一回目のすすぎの水だけだ!他には非常時の水洗トイレの水、それ以外は絶対に認めんぞ!

それに、入浴後の残り湯だと何かいろんな雑味が混じりそうで嫌だ。特に今日は泥んこのアルやぼくがお風呂として入るんだから、絶対に汚れ成分もたくさん含まれちゃうし!

そんな状態の水を、退魔の聖水の原材料に使うとか論外だ!

ライトは内心でそう思いつつ、まだ綺麗な状態の黄泉路の池の水がなみなみと入ったバケツを収納していく。

そうしてバケツを十杯ほども収納しただろうか。

ラウルがライトに声をかけた。

「今ので十杯目だが、これでいいか?」

「うん!もう十分だよ、ありがとうね!」

「どういたしまして。さ、じゃあそろそろ服を脱ぎな。ライトが服を脱いでいる間に、俺がアルの泥をお湯で落としておいてやるから」

「うん、よろしくね!」

ラウルの助言を受け、早速服を脱ぎ始めるライト。

先に洗浄魔法で綺麗にしてもらったマントや、他の服も脱いだ後綺麗に畳んでひとまとめに置いていく。

ここら辺ライトの几帳面な性格が如実に表れている。

その間ラウルは宣言通り、池から少し離れたところでアルの身体にお湯をかけてあげている。泥んこのままで温泉に浸かるなど、以ての外である。

ちなみにお湯はラウルの手から水魔法で出している。

冒険者ギルドの魔力測定検査で、地水火風の四元素の属性持ちという判定を受けたラウルには、お湯を出すことなど朝飯前のちょちょいのちょいーなのだ。

三者がそれぞれに入浴の準備を進める中、シーナだけは立ち尽くしていた。

この場において、自分がどう過ごせばいいのか分からず戸惑うばかりのシーナ。

そんなシーナに、ラウルが気軽に声をかける。

「おーい、シーナさん、あんたもアルといっしょに風呂に入るのか? 俺はライト達の湯上がりの世話をしなきゃならんから、今日は湯には入らんが」

『えッ!? わわわ私は結構ですッ!!』

「そうか、そうだよな、あんたまで泥汚れしてる訳じゃないしな」

『そ、そうですとも……』

ラウルの問いかけに、シーナは慌てふためきながら入浴を拒否する。

が、その視線はもくもくと立ち上る湯煙の方をチラッ、チラッ、と見ている。

「まぁな、他者に肌を晒すのを良しとしない種族も結構いるしな。そこら辺、銀碧狼にも掟やら決まりはあるだろうから、無理はしなくていいぞ」

『は、はい……』

「そしたらタオルを渡すから、あんたはアルが湯から上がったらすぐに拭ってやってくれ。水分をよく拭いた後に、俺が風魔法でアルの毛を乾かしてやるから」

『分かりました……』

アルの泥汚れ落としが終わり、ライトも服を脱いで二人して同時に黄泉路の池に飛び込んだ。

「ひゃっほーぃ!」「ワッフゥー!」と歓声を上げながら飛び込むライトとアル。実に楽しげなすっぽんぽんブラザーズである。

「おーい、湯の中でそんなにはしゃぐなよー、すぐに逆上せるぞー」

「はーい」

「ワフゥーン」

「分かったら二人とも、おとなしくお湯に浸かれよー」

大きなお風呂にはしゃぎまくる子供達に、やんわりと注意するラウル。

ライトもアルも良い子なので、ラウルの注意をちゃんと聞いておとなしく湯に浸かる。

「あー、こうしてアルと二人でお風呂に入るの、すっごく久しぶりだねぇー」

「ワォーン」

「ていうか。ぼく、この世界の温泉に入るの、実は初めてなんだよねー」

「ワフン?」

「温度もちょうどいいし、家のお風呂の何倍も広くて気持ち良いよね!露天風呂、サイコー!」

「ワォンワォン♪」

言葉が通じているのかいないのか、よく分からない会話が交わされる。

もっとも、言葉が通じているかどうかはさして問題ではない。この心地良いひと時を共有できていればそれでいいのだ。

「ねぇねぇアル、こんなに広いお風呂なんだし、他に誰もいないから少し泳いじゃう?」

「ワウワウ!」

「よーし、じゃあ逆上せないようにゆっくり泳ごうね!」

「ワフン♪」

ライトの提案で、黄泉路の池の中を二人して泳ぎだした。

ライトはゆっくりと平泳ぎ、アルは見事な犬かきで黄泉路の池を泳ぎ回る。

学校の教室分くらいの広さがある温泉を、貸切露天風呂として悠々と泳ぎ回る贅沢さよ。その心地良さといったら、ちょっとした天国にいる気分だ。

そうして一頻り泳いだ後は、お湯に浸かった状態でライトがアルの身体を撫でている。

いつものお風呂のように、石鹸の泡で身体を洗ってあげられないので、お湯の中で汚れを落としてやっているのだ。

「ここは温泉で、いつものように石鹸で洗ってあげられないからね。これで我慢してね」

「ワフゥーン♪」

「次はレオ兄ちゃんといっしょに入りに来たいなー。温泉ってホントにいいよねー、日頃の疲れが一気に吹っ飛んで癒やされるって感じー」

「ワウワウ!」

のんびりとした会話を楽しむライトとアル。

するとここで、ライトがラウルに向かって話しかけた。

「ねぇ、ラウル。今日は予定もなしに黄泉路の池に来ちゃったけど、次はラウルもいっしょに入ろうね!」

「おう、またいつでも温泉に入れる支度しとくわ」

「そしたらレオ兄ちゃんともいっしょに来ようね!レオ兄ちゃんもお風呂大好きだし!」

「皆で温泉旅行か、それもいいな」

ラウルとの会話の中に出てきた『温泉旅行』という言葉に、ライトの目はキラッキラに輝きまくる。

そう聞くと、黄泉路の池以外の温泉にも行きたくなってくるのが、元日本人としての性。温泉大好き民族な前世の魂が疼くというもの。

よーし、家に帰ったら他の温泉のことも調べておこう!とライトは内心で意気込む。

温泉に存分に浸かったライト、身体も十分温まったことだしそろそろ上がることにする。

「ラウルー、そろそろ上がるねー!」

「おう、こっちは準備できてるからいつ上がってもいいぞ」

「アルはお母さんによく身体を拭いてもらって、それからラウルのところにおいでー」

「ワウッ!」

二人してほぼ同時に池から上がり、それぞれの保護者達のもとに向かう。

ライトは大きなバスタオルに包んでもらい、自分で身体を拭いている間にラウルに別のタオルでワシャワシャと頭を拭いてもらう。

二人の流れるような連携プレーが実に素晴らしい。

一方のアルは、池から上がってすぐに身体を震わせて、水気を勢いよく飛ばす。いわゆる『犬ドリル』というやつである。

この場合は『銀碧狼ドリル』、いや、これだと長過ぎるので『アルドリル』が適切か。

アルドリルである程度水気を飛ばした後は、母親であるシーナのもとにいそいそと移動する。

『アル、貴方また勢いよく水を飛ばしてくれましたねぇ……私のところまで飛んできましたよ?』

「ワウワウ!」

『でもまぁ身体も綺麗になって、温まって良かったですねぇ。禁忌の黄泉路の池に入るなんて、一時はどうなることかと思いましたよ……』

「ワフワフーン♪」

『え? 何? 次はかーちゃんもいっしょに入ろうね? ……そ、そうですね、またの機会があれば、ですけどね……オホホホホ……』

人化の術で流麗な美女になったシーナは、ラウルから借り受けた大きなバスタオルでアルの身体を丁寧に拭いていく。

甲斐甲斐しく湯上がりの世話をする母親に、アルは次回ともに温泉に入ろうね!と誘ったようだ。

実のところ、シーナ自身も水浴びは嫌いではない。いや、むしろ好きな方かもしれない。

ただ、このツェリザークの厳しい気候が温泉や入浴という娯楽を阻んでいるのだ。

特に黄泉路の池は、入っている間は極楽だがその後が地獄だ。

池から上がった後に、濡れた身体が急速に体温を奪っていってしまう。春めいてきた最近はまだいいが、これが厳寒期となったら本当に命の危機に晒されてしまう。

故にこの界隈には、魔物すら近寄らないのだ。

だが、今日は妖精のラウルがいる。彼が風魔法ですぐに身体を乾かしてくれるというのなら、黄泉路の池でアルが水浴びしても大丈夫だろう。そう思い、シーナはしぶしぶ黄泉路の池温泉ツアー?に最後尾で参加したのだ。

急いで服を着たライトが、ラウルとともにアル達のもとにやってきた。

「アル、お待たせー。さ、ラウルの風魔法で乾かしてもらおっか!」

「ワウワウ♪」

「二人いっぺんに乾かすぞー。二人ともそこから立ち位置を動かすなよー」

「はーい」

「ワォン!」

ラウルが真ん中に立ち、左側にライト、右側にアルを立たせ、両手で風魔法をそれぞれに送る。

ライトが乾かすのは頭髪だけなので、ラウルの左手は一点に固定。右側のアルは全身を乾かさねばならないので、アルの身体に合わせてゆっくりと前後左右に動かしていく。

一人で二台の無音大風量ドライヤー役をこなすラウル。本当に優秀な万能執事である。

ライトは頭髪もそんなに長くないし、時折髪の毛をワシャワシャと手櫛で梳かしたり自分で身体を回転させたりして、素早い乾燥のために動いていく。

ライトが自ら適宜動くことで、二分程度で髪を乾かし終えることができた。

「ありがとう、ラウル。ぼくの方はもう十分乾いたから、後はアルの身体を両手で乾かしてあげてね。ぼくもアルの身体を拭いて手伝うから」

「了解」

今度は二人がかりでアルの身体を乾かす作業に入る。

家の中での入浴ならもっとゆったりと行えるが、ここはツェリザーク近郊の野外。真冬の厳寒期ではないとはいえ、まだ息が白くなる程度には寒い。

アルが風邪を引かないよう、一分一秒でも早く乾かさねばならない。

ラウルが両手を使えるようになったことで、乾かすスピードもどんどん早くなる。

背中からお腹、脚、尻尾、頭、胸元、アルの全身に満遍なく大風量の温風を送り続けるラウル。

おかげで両手を使ってから二分もしないうちに、アルの身体は完全に乾いた。

乾いた後は、軽くブラッシングをして毛並みを整える。

そうしてアルは再び全身に美しい銀碧色の輝きを取り戻した。

「アル、また綺麗になったね!」

「よしよし、毛も地肌もちゃんと乾いたな」

「ワォーン!」

ライトがアルの毛並みを称え、ラウルがアルの身体をもふるようにして乾き具合を確かめ、アルが満足そうに吠える。

ラウルがアルをもふる様子を見て、ライトもまたアルの身体にボフッ!と抱きつく。

「はぁー、洗いたてのアルのもふもふも久しぶりだぁー♪」

「ワフン♪」

「すっ……ごい気持ち良いーーー……はぁー、幸せぇー」

すべすべでふわっふわのアルの毛に埋もれるライト。幻獣カーバンクルのフォルもとても可愛いふわもふだが、やはりサイズが違えば別格に感じるものだ。

既に大型犬よりも大きくなったアル。ライトはその全身に埋もれて、実に満足そうだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

至福の時を過ごすライト達だったが、いつまでもその時間は続かない。

まだ時間的には十分明るいが、ライト達にはまだしなければならないことがある。

それを告げるように、ラウルがライトに声をかけた。

「さて、じゃあ俺達はそろそろツェリザークに帰るか」

「……うん……アル、またお別れだね……」

「キュウン……」

アルとの楽しい時間もこれで終わり、と思うと、ライトの口調も自然と沈む。

そしてアルもまたライトの沈みがちな様子に、ともに沈んだような鳴き声になる。

そんな子供達に、ラウルは努めて明るい声で話しかけた。

「二人とも、そんな寂しそうな顔すんなって。アルがまた近いうちに、かーちゃんといっしょにお泊まりに来てくれるんだろう?」

「ワフン♪」

「……そうだね、またお泊まりに来てくれるんだったね!その日を楽しみに、ぼくもまたこれから頑張るよ!」

「その意気だぞ」

ラウルの言葉に真っ先に立ち直るアルに、その様子に影響を受けたのかライトもパッ!と顔を上げて明るい顔になる。

アルのメンタルの強さは、本当に金剛級である。

元気を取り戻したライトは、シーナに向かって元気な声で話しかけた。

「シーナさん、絶対にまたアルといっしょに遊びに来てくださいね!もちろんその時はお泊まりで!」

『……ええ、またライトの住む家にアルとともにお邪魔させていただきますね』

「やったぁー!アル、ぼくすっごい楽しみにしてるからね!」

「ワフワフン!」

「ラウルもアル達が遊びに来てくれた時に出すご馳走、たくさん用意しといてね!」

「ああ、任せとけ」

「アル、シーナさん、さようなら!またね!」

『ライト、ラウル、また会いましょう』

「ワォーン!」

近いうちに再び会う約束をしたライト達。

アル達に別れの言葉をかけるライトには、もう寂しいという気持ちは欠片も残っていない。だってまたすぐにアル達と会えるのだから。

再会を固く約束したライト達は、アルとシーナに見送られながらツェリザークの街に戻っていった。