軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第522話 一日二回の差し入れ

その後、ラグナロッツァの屋敷の温室建設は順調に進んでいった。

温室の土台、基礎作りから始まり、骨組みを組み立ててからガラスをパズルのピースのように嵌めていく。

建設資材の搬入はどうするのかと思っていたら、空間魔法陣持ちの魔術師が朝一でその日の工事で使う資材を出していた。その後すぐに出ていくので、他の現場の資材搬入に回っているのだろう。

大型トラックなどの輸送手段がないサイサクス世界で、大量の資材搬入方法はそう多くない。割れ物でなければリヤカーなどを用いてもいいのだろうが、板ガラスを含む建材でそれは絶対に無理な話だ。

貴重な空間魔法陣持ちを常時雇用するために、さぞや相当の高給を出しているに違いない。ガーディナー組が建設ギルドの中でも大手と言われるだけのことはある。

派遣されている職人の中には【錬金術師】のジョブを持つ者がおり、骨組みをネジやボルトで接続するのではなく溶接?している。

建付けが不揃いになったりガタつかないように、ところどころ凹凸が仕込まれている。玩具のブロックのように凹凸をガッチリ嵌め込めば、ズレることなくぴったり納まるという寸法だ。

大型重機や運搬手段の少ないサイサクス世界において、創意工夫をもって建築に挑む姿勢が伺える。

昼食やおやつの時間には、ラウルが職人達のもとにお茶やスイーツなどを差し入れる。もちろんこれもライトの入れ知恵である。

ライト曰く『職人さん達に気持ち良く働いてもらうためには、ラウルの美味しい差し入れが絶対に効くよ!それに、職人さん達と仲良くなればいろんなお話が聞けて、ラウルにとっても良い勉強にもなると思うよー』とのこと。

そりゃそうだよな、とラウルも納得できる話だったので、今日も迷うことなくライトの指示に従う。

うちの小さなご主人様はどこまでも博識だよな、とつくづく思うラウル。

最初の頃こそラウルの差し入れに恐縮していた職人達だったが、毎日昼と午後三時、二回の差し入れを欠かさず繰り返しているうちにどんどんラウルと打ち解けていった。

今ではその時間帯になると、皆ニッコニコの笑顔でラウルを迎えるくらいだ。

ラウルの美味しいスイーツは、万人の胃袋と心を掴んで離さない一撃必殺技なのである。

今日も昼食の時間に、食事用の冷たいお茶と食後のデザートに豆大福を職人達のもとに差し入れに行くラウル。

今日は快晴で日差しが強めなので、冷たいおしぼりも人数分用意して一人一人に手渡していく。

ひんやりしたおしぼりを受け取り、顔や首筋を拭いていく職人達。実に気持ち良さそうである。

「はー、冷たくて気持ち良いー、生き返るわー!ラウルさん、ありがとう!」

「今日は天気が良くて結構暑そうだからな。皆暑い中ご苦労さん」

「あー、このお茶も美味しいー。というか、ここで出される飲み物ってどれもすごく美味しいよな」

「ああ、ただのお冷やでさえ全然違うよなぁ。水の味そのものが違うというか……ラウルさん、このお屋敷ではいつもどこの水を使ってるんだ?」

各自持参の弁当とともに、ラウルの持ってきた冷たいお茶を飲む職人達。

お茶どころかお冷やでさえただの水とは違う美味しさに、職人の一人がラウルにその秘訣を尋ねた。

「うちで使う水は、全てツェリザークの雪を使っている。飲み水や料理に使うのは自然解凍で、氷代わりに雪をそのまま使うこともよくあるな」

「ツェリザークの雪!? そりゃまたとんでもなく貴重なものを使ってるんだな」

「全くだ。ただの水じゃないとは思ったが、まさかツェリザークの雪とはなぁ……こりゃ俺達じゃ真似できんわな」

ラウルの答えを聞いた職人達が、全員目を丸くして驚く。

ここラグナロッツァとツェリザークは距離的にだいぶ離れているので、ツェリザークの雪自体滅多にお目にかかるものではないからだ。

このレオニス邸以外に、ラグナロッツァでツェリザークの雪を常備できる場所があるとしたら、それはラグナ宮殿もしくは凄腕魔術師をお抱えできる高位の貴族くらいのものだろう。

ラウルが飲み水や氷の代わりに用いているツェリザークの雪は、ただの雪ではない。

氷の洞窟から吹き出る冷気によって降り積もる雪には、他の雪や水とは比べ物にならないほどの魔力が溶け込んでいる。この魔力の豊富さが、滋味深くもまろやかな味わいとなっているのだ。

その美味さは神樹ユグドラツィのお墨付きであり、ラウル自身も妖精として、また一料理人としてその味と効能を認めるところだ。

ツェリザークの雪およびその解けた水は、今やラウルにとって欠かせないものとなっていた。

あー、そろそろまたツェリザークに雪集めに行っておきたいな。四月も半ばを過ぎて、だいぶ陽気も暖かくなってきたことだし。夏になる前に、もう一度収穫しておかんとな。

ツェリザークの雪は俺の料理に欠かせないだけでなく、ツィちゃんの大好物だから絶対に在庫を切らす訳にはいかん。今度の日曜日あたりに、ライトを誘ってツェリザークに雪狩りに行くか。

冷たいお茶とデザートの豆大福。

ラウルの心尽くしの品を堪能する職人達の横で、ラウルは『雪狩り』という謎のパワーワードを思い浮かべつつ、小さなご主人様との日帰り旅行計画を密かに立てていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうしてラウルと職人達の仲は順調に深まっていき、休み時間中にいろんな話をするようになったある日のこと。

ラウルはふとあることを思い出し、昼食時に職人達に尋ねた。

「そういや俺、今度煉瓦を手作りしようと思ってるんだが。あんた達ガーディナー組も、煉瓦の取り扱いとかしてるのか?」

「そりゃもちろん!建築屋に煉瓦は欠かせないアイテムだし。ていうか、ラウルさん、煉瓦を自作したいのか?」

「ああ。このガラス温室にも使いたいし、別の場所に焼窯を作るために大量の煉瓦が必要なんだ」

「それならうちで買った方が早いんじゃね? 安価なものから鋼鉄並みに頑丈なお高いものまで、あらゆる種類の煉瓦を販売してるぜー」

ラウルが職人達に聞きたかったのは、焼窯に用いる煉瓦のことだ。

あの後ライトがラグーン学園の図書室などで、煉瓦の作り方を懸命に探してくれてはいたが、どの書物にも『粘土質の土を用いて作る』としか書かれていなくてお手上げ状態だった。

ならば粘土質の土を土魔法で生み出し、適当な砂を混ぜて試行錯誤を繰り返すという手もあるが。そもそも『粘土質の土』がどういうものなのか、その実物を一度も見たり手にしたことのないラウルにはどうもいまいちピンとこなかったのだ。

だが、職人達は自分達の組で売っている煉瓦の購入を進める。

ラウルとしては節約のために自作したかったのだが、とりあえずその値段を聞いてみるのも悪くはない、と考えた。

「そしたら、あんた達のところで売っている煉瓦は一個いくらするんだ?」

「そうさなぁ……一番安いので10G、他にも品質や用途によって20Gとか30Gとかあるが、どんなに高くても150Gだったはず」

「焼窯作りに使うなら、耐火煉瓦だよな。それなら一個30Gのやつで十分足りるよ」

「一個30Gか。二百個買うとしても6000G……うーーーん……」

職人達の話によると、耐火性のある煉瓦は一個30Gで買えるという。

焼窯と火災防止策の囲いを作るのに二百個購入すると仮定して、総額6000Gの費用がかかる計算になる。

日本円にして6万円、これを高いと思うか安いと思うか。ラウルにとっては何とも即断し難い、実に微妙なラインであった。

ラウルが思案顔で悩んでいると、それを見た職人達が気軽に声をかける。

「つーか、二百個も買うなら大量購入割引あるんじゃね?」

「そうだな、それに今回ガラス温室を四棟も購入したラウルさんなら、工事のついでに買えば少しくらいは値引きあると思うな」

「そ、そうか? 二百個で5000Gくらいになるなら、いっそのこと買おうかとは思うんだが……」

「そしたら後でイアンさんに聞いてみたらいいよ。あの人立場的に結構偉い人だし」

「そうだな、そうしてみるか」

職人達は現場監督のイアンに相談しろと言う。

普段はイアンも職人達やラウルとともに昼食を食べるのだが、今日に限ってイアンは「ちょっと確認しておきたいことがあるから」と本社に戻っていて現在不在なのだ。

建設ルール上、現場監督が戻るまでは仕事が再開できないため、この日の昼の休憩はいつもより少し長めだった。

そのおかげで、ラウルはこうして職人達とのんびりと話ができているのだが。

「ちなみにその30Gの耐火煉瓦ってのは、どんなものなんだ?」

「えーと、確か土は魔術師が生み出したもので、混ぜる砂の半分がノーヴェ砂漠の砂だったかな」

「ノーヴェ砂漠の砂が使われているのがポイントなのか?」

「そうそう、灼熱のノーヴェ砂漠の砂を半分入れるだけで耐火性がグンと上がるんだよ」

職人達が勧める、お手頃価格の30Gの耐火煉瓦。

その耐火性の秘訣は、粘土質の土に混ぜ込む砂にあるらしい。

その砂は『灼熱地獄』の異名を持つノーヴェ砂漠産の砂だという。

ラウル自身はまだノーヴェ砂漠に行ったことはない。だが、灼熱の砂漠に無尽蔵にある砂というだけで、さぞや耐火性や耐熱性に優れる砂だろうことが容易に想像できる。

「これが有名産地の天然物の土を使って、なおかつそこに混ぜる砂も全てノーヴェ砂漠の厳選された高品質のものを使うとなるとな。一気に値段が跳ね上がって、一個150Gの最高級品になるんだが」

「人間が土魔法で生み出した土と、無選別のノーヴェ砂漠の砂を半分だけ入れることで、値段もお手頃価格に抑えてるって訳さ」

「そうなのか……煉瓦一つ取っても、いろんな努力の末に作られているんだな」

30Gの耐火煉瓦のお手頃さの秘訣を、なおも語って聞かせる職人達。

粘土質の土を土魔法で生み出せるなら、土そのものにかかる費用はぶっちゃけタダも同然だ。土の採掘や運搬にかかる費用が一切発生しないのだから。

コストがかかるとしたら、せいぜい土魔法を発動させる魔術師のMPくらいのものだろう。

ノーヴェ砂漠の砂も、高級品向けのように選別する手間をかけずに無選別品を用いることで、ある程度の品質を維持しながら極力コストダウンを図ってるのだ。

そうした企業努力の一端を垣間見たラウルが感心していると、そこにイアンが帰ってきた。

「皆さん、ただいま戻りました」

「おっ、イアンさん、お帰りー」

「暑い中出歩いてお疲れさん。あんたの分のおしぼりやお茶、豆大福もあるから少し休むといい」

「おお、ラウルさんのお茶とおやつですか。これはありがたい、是非ともいただきます」

職人達がイアンにお帰りーと声をかける中、冷たいおしぼりとお茶と豆大福をイアンに勧めるラウル。

外から戻ってきたばかりのイアンにとっても、何より嬉しいお出迎えだ。

冷たいおしぼりで顔や手、首を拭き、冷たいお茶をゴクゴクと一気飲みするイアン。紳士然としたイアンが、ぷはーッ!と思いっきり気持ち良さそうにお茶を飲み干していく様はなかなかに趣深いものがある。

「はー、生き返りますねぇ。これでまた午後も元気に頑張れるというものです」

「そうか、それは良かった。また後で三時の差し入れもしに来るが、その時に相談したいことがあるからまたよろしくな」

「私に相談したいこと、ですか? ええ、後ほどまた改めて聞かせてください」

ラウルの言葉に、豆大福をもっしゃもっしゃと頬張りながら頷くイアン。疲れた身体に糖分補給は欠かせない。

もともと甘い物が好きな方らしく、ラウル特製の大きめな豆大福をペロリと平らげてから手を拭き立ち上がる。

ラウルの差し入れを堪能したイアン、ほんの二、三分程度の休憩だったが十分に英気を養えたようだ。

「皆さん、お待たせしました。さあ、午後の仕事も頑張りましょう!」

「「「おう!」」」

イアンの掛け声に、職人達も威勢よい声で応える。

ラウルの夢の家庭菜園計画は、一歩一歩順調に進んでいった。