軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第521話 温室建設開始とご近所回り

時は少々過ぎて、四月半ばの月曜日のこと。

この日は午前中からラグナロッツァの屋敷はトン、カン、という金属音が響いていた。そう、ついにガラス温室の建設が始まったのだ。

ラウルが望んだことがきっかけで、家庭菜園用の温室が実現のものとなる。土作りや肥料作り、そのための焼窯や煉瓦作りなどなど、まだまだやらなければならないことは山積みだ。

だが、家庭菜園計画の肝であり本丸でもあるガラス温室が実際に建てられることで、より一層ラウル達のモチベーションが爆上がりするというものだ。

朝九時からレオニス邸に工事に来た、温室建設の職人達。

ラグナロッツァ東部にある『ガーディナー組』という業者から派遣されている。

ガーディナー組は建設ギルドに所属する中でもかなり大手の業者で、レオニス邸の左のお隣さんであるグレアム家の遠縁が経営する会社である。

朝にライトやマキシを送り出した後、ラウルはガーディナー組の職人達を出迎えて現場監督のイアンと初顔合わせをした。

「おはようございます、ガーディナー組から来ましたイアンと申します」

「おはよう。俺はこの屋敷の執事で温室の建築主のラウルだ」

「こちら様は大事なお客様だから粗相のないように、とうちのオーナーから厳しく仰せつかっております。我らは常に全力で仕事に取り組んでおりますが、本案件もまた全身全霊にて遂行する所存です」

「頼もしいな。皆の仕事の邪魔をしないよう、普段はなるべく屋敷の中にいることにするが、何かあったらいつでも呼んでくれ」

「そうさせていただきます。では、今日から二週間という短い間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

ともに来た六人の職人がイアンの後ろに並びとともに、礼儀正しく頭を下げる。とても感じの良い職人達である。

ここから約二週間の間、レオニス邸でのガラス温室建設工事が続けられていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、では俺も両隣に挨拶をしに行かなくてはな」

ガーディナー組の職人達を出迎えた後、ラウルは手土産を持ってレオニス邸の両隣のグレアム家とメレディス家に工事に関する挨拶をしに行く。

もちろんそれらはライトの入れ知恵である。

もうそろそろガラス温室の工事が始まる、という話をした時に、ライトからアドバイスされたのだ。

ライト曰く『工事中はいろんな音が出て煩くなるし、人の出入りも増えるからね。ご近所さんにもそれなりに迷惑がかかるから、工事する側のぼく達の方から手土産を持って『工事中煩くてすみません、ご迷惑おかけします』ってちゃんとご挨拶をしに行くものなんだよ』とのこと。

言われてみりゃ確かにそうだな、とラウルも納得できる話だったので、迷うことなくライトの指示に従う。

うちの小さなご主人様は博識だよな、とつくづく思うラウル。

まずは左隣りのグレアム家に向かったラウル。

今日はグレアム家への挨拶なので、いつもの勝手口からではなく正面玄関から訪ねる。

ラウルはグレアム家玄関の扉の横にある魔法の呼び鈴を鳴らし、しばし扉の前で待つ。

すると、歳若い執事が対応に出てきた。

「どちら様でしょうか」

「こちらの隣のレオニス邸の執事だ。今日からうちの屋敷内で温室の工事が始まるので、こちらの皆様方にご挨拶をしに来た」

「分かりました。筆頭執事に取り次ぎますので、少々お待ちください」

そう言うと、歳若い執事は一度奥に戻っていった。

仮にも貴族の邸宅なので、同じ貴族相手ならともかくそうでない者に対してはすぐに当主のもとに通すことはないらしい。面子云々よりも、防犯面での意味合いが強いのだろうが。

とはいえ、そこら辺に関しては無頓着なラウル、玄関先で待たされたところで一向に気にはならない。

歳若い執事の言いつけに従う、実に善良な妖精である。

そうして待っていると、奥から筆頭執事のギュンターが出てきた。

「これはこれは、ラウルさん、おはようございます」

「おはよう。朝っぱらから訪ねてきてすまんな」

「いえいえ、お気になさらず。工事のご挨拶にいらした、とお聞きしましたが」

「ああ、今日からうちの屋敷で温室建設が始まるんだ。約二週間の予定だが、その間何かと音が出て近隣に迷惑をかけるんでな。うちの小さなご主人様からも『ちゃんと近所にご挨拶してくるように』と仰せつかってるんだ」

ラウルは工事や工期などを説明しがてら、空間魔法陣から二つの箱を取り出した。

「これはほんのささやかな気持ちだが、どちらも同じタルトタタンだ。御当主と使用人達の分だ、皆で食べてくれ」

「それはそれは……毎回ご丁寧なお気遣い、痛み入ります。ご主人様のみならず、いつも私達使用人の分まで御用意いただけて一同感謝しております」

「円満なご近所付き合いは大事!というのが、うちの小さなご主人様の方針なんでな。実際俺もガラス温室建設に関することをここでギュンターさんに教えてもらったり、大晦日には聖なる餅を譲ってもらったりして、いろいろ世話になってるし」

ラウルがご近所付き合いと称して、近隣の貴族邸宅と交流を持つようになったのはつい最近。ここ半年くらいのことだ。

それまでは特に何をするでもなく、互いに不干渉の間柄だった。

もともと貴族街の邸宅同士でご近所付き合い云々などというのは、あまりどころかほとんど聞いたことがない。どこに誰が住んでいる、程度の知識しかないのが普通だ。

だが、ライトがラグーン学園に通うようになってから一変した。

ライトがラグナロッツァの屋敷を頻繁に行き来するにあたり、平民ならではの思想『ご近所付き合いは大事!』をモットーに掲げたのだ。

屋敷に常駐するラウルにもそれを指南し、近隣の邸宅との良好な関係を築くことの大切さを常々説いてきた。

ラウルは基本的に一人でも全然平気なので、ライトが何故そんなにも力説してくるのか正直全然分からなかった。

しかし、ラウル自身あまり深く考えない性格なので『小さなご主人様がそういうなら、とりあえずそうしとくか』的な軽いノリで従っていただけである。

でも、そんなラウルも今ではライトに感謝している。

ライトがずっと説いてきた『ご近所付き合いは大事!』という主張が正しかったことを実感しているからだ。

妖精は一人でも生きていけるが、人間はそうではない。ましてやラグナロッツァという大陸一の大都市に住まうならば、どうしたって他人と接する機会が増える。

それまでは市場での買い物する程度の、最低限な関わりしか持ってこなかったラウル。これからもずっとそうした希薄な生活でも良かったのだが、こうしていろんな人と接触し交流を持つことも良いものだな、と思うようになっていた。

そしてそれは、グレアム家のギュンターにも同じことだった。

「ラウルさんの小さなご主人様は、本当にしっかりとした御方ですね。私も時折外ですれ違う時があるのですが、いつもライトさんの方から私に向かって明るく元気なご挨拶をしてくださいます」

「だろう? うちの小さなご主人様は、とても賢くて良い子だからな!」

ギュンターがライトを褒めると、ラウルは嬉しそうに破顔しつつ全力で肯定する。

もともと謙遜のケの字も持ち合わせていないラウル、そこで『いやいや、そんなことはありませんよー』などと上辺だけの否定など絶対にしない。

ライトが褒められれば、自分もまた褒められたような気分になりとても嬉しいのだ。

そんな正直者のラウルを見て、ギュンターも思わず微笑みながら半年前のことを思い出していた。

……

…………

………………

グレアム家という貴族の邸宅の執事として、長年勤めてきたギュンター。

彼の生家は貧乏男爵家。一応世襲で代々受け継ぐ爵位はあるものの、三男のギュンターに爵位継承権はなく、成人してからはグレアム家の執事として働いていた。

普段はグレアム家の当主や奥方、その子供達の世話や他家からの来客のもてなしなど、貴族階級を相手にすることがほとんどだ。

そうした中で、隣のレオニス邸はもともと異質な存在だった。

世界屈指の冒険者として名を馳せ、その功績によりアクシーディア公国から直々に貴族街の邸宅を褒美として下賜されたという傑物。

褒美として邸宅をもらうくらいだから、さぞかし凄い人物なのだろう。まさかその褒美という名の楔に、グレアム家の隣の空家だった邸宅が充てがわれるとは夢にも思わなんだが。

だが、所詮は平民の出。貴族と平民の間には、目に見えない大きな隔たりがある。

聞けばラグナ宮殿にもほとんど寄りつかないというし、彼の人が隣の邸宅に出入りする様子はほとんど見たことがない。

冒険者は貴族階級や権力を嫌う者も多いと聞く。件の傑物も、形ばかりの褒美で国に縛られるのを厭っているのだろう。

そんな人物と我がグレアム家が交流を持つことなど、未来永劫ないであろう―――グレアムはそう思っていた。

そして実際、その後数年間は両家の間に何の交流もなかった。

それが今ではどうだ。『小さなご主人様』という存在が現れてから、みるみるうちに流れが変わっていった。

去年の秋に、初めて見る小さな子供が大の男二人を引き連れてグレアム家に挨拶にやって来たのだ。

「初めまして、こんにちは!ぼくは隣の家のレオニス兄ちゃんの親戚で、ライトと言います!九月からラグーン学園に通うことになりまして、それに伴い隣のお屋敷に引っ越してくることになりました!」

「これからご近所さんとして、レオニス兄ちゃんやラウル共々仲良くしてくださると嬉しいです!よろしくお願いします!ほら、レオニス兄ちゃんもラウルも改めてご挨拶して!」

「「ぉ、ぉぅ……」」

明るい笑顔でハキハキとした声で挨拶する、ライトと名乗る子供。何やら大きな箱を二箱抱えている。

ギュンターが久しく接していなかった、生粋の平民の子供の姿がそこにはあった。

そしてその平民の子供に促された大の男二人も、ギュンターに挨拶をした。

「俺はレオニス、隣の屋敷の主だ。これまで別の家に住んでいたため、ここの近隣に挨拶など一度もしてこなかったんだが。この子が言った通りの事情で、これからはあの屋敷を活用していくことになった。改めてよろしく頼む」

「俺はラウル、隣の屋敷の唯一の執事だ。一応筆頭執事なんて肩書がついているらしいが、あの屋敷の使用人は俺一人だ。この通り、あの屋敷のご主人様が一人増えてな。小さなご主人様の方針により、今後円満なご近所付き合いなるものを極めなければならなくなった。ついては今後ともよろしく頼む」

何とも型破りな口上に、対応に出たギュンターは目を丸くして驚く。

大の男二人のあまりにも杜撰な物言いに、小さな子供は頭を抱えるようにして渋い顔で苦言を呈する。

「あのねぇ、レオ兄ちゃんにラウルも……二人とも、そんな挨拶の仕方はないでしょうよ……」

「え、そうか? 俺にしちゃすんげー頑張った方だよ?」

「おう、大きなご主人様の挨拶にしちゃかなり立派な方だと思うぞ?」

「ほら、ラウルもこう言ってるじゃんか、ライトだってもうちょい褒めてくれてもいいんだぞ?」

「はいはい、二人に過大な期待しちゃいけないんですね……分かりましたよ、二人ともよく頑張りました」

「「そうだろそうだろ♪」」

子供が致し方なく折れる形で大の男二人を褒め、大の男二人はそれを真に受けて鼻高々で喜ぶ。それは決して貴族の世界では見られない、何とも面白おかしい光景である。

だが、貧乏男爵家に生まれたギュンターにとっては、どちらかといえば懐かしい光景でもあった。

仕える家こそ由緒正しい貴族然とした家だが、ギュンター自身はその生まれにより庶民寄りの感性も持ち合わせていたからだった。

小さな子供はため息をつきつつ、ギュンターに向かって詫びる。

「お恥ずかしいところをお見せしました……あ、こちらはうちの執事が焼いたアップルパイです。御当主様用と使用人の皆さん用の二つ分ありますので、よろしければ皆さんでお食べください!」

「ぁ、こ、これはどうも、ご丁寧にありがとうございます……」

小さな子供は恥ずかしそうに詫びた後に、その手に持った大きな二つの箱をギュンターに差し出した。

呆気にとられつつも、ギュンターはその箱を受け取る。

「では、ぼく達まだご近所のご挨拶回りがあるので、これで失礼します。お忙しいところをお邪魔してすみませんでした。御当主様にもよろしくお伝えください。これからもレオニス兄ちゃん共々、よろしくお願いします!」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

終始礼儀正しい小さな子供に対し、ギュンターもまた恭しく対応する。

これが、ライトとグレアム家の初めての対面だった。

………………

…………

……

「おっと、今から向こう側のメレディス家にもご挨拶に行かなきゃならん。では俺はこれで失礼する」

「お疲れさまです。お心遣いの品は皆でいただくことにします。ガラス温室の完成が楽しみですね」

「ああ、まだまだ他にもやらなきゃならんことが山積みだが、皆のおかげでガラス温室を作ることができそうだ。これからガラス温室の運用方法について、分からないことが出てきたらまた質問しに来ることもあるかもしれんが、よろしくな」

「もちろん。いつでもお越しください」

「じゃ、忙しい時間帯に邪魔してすまなかったな」

ラウルはそう言うと、グレアム家を後にした。

隣の邸宅に住むあの礼儀正しい小さなご主人様は、今でもこの若き執事の進むべき道を照らしておられるのだな―――

グレアム家の門扉を潜り、外に出ていくラウルの背中をギュンターは見送りつつ、仲睦まじいレオニス邸の面々に思いを馳せていた。