軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第445話 衝撃の事実

その後バッカニア達は、孤児院の雨漏り修繕作業の続きを再開した。

スパイキーとヨーキャは早々に仕事に取り掛かる。

バッカニアは己の仕事の再開前に、再びラウルに指示を出すべくラウルに向かって問うた。

「ところでラウルの兄ちゃん、あんたのジョブは何だい? もし今回の修繕作業に使えるようなもんだったら、是非とも使ってもらいたいんだが」

「ン? 俺はジョブなんて持ってない」

「……え? ジョブを持ってない? え、ウソ、待って待って、そんなことあんの?」

「まぁな、俺にもいろいろと事情があるんだ」

ラウルはレオニスに『お前が妖精って明かすのは、もうちょい階級が上がってからだ。それまではまだ当分秘密な』と言い含められている。そのためジョブ無しの事実を話すだけに留めて、詳しい身の上話はせずに適当に誤魔化す。

その一方でバッカニアは、ラウルがジョブを持っていないことを知りしばし呆然とした表情になる。

このサイサクス世界の人間にとって、ジョブとは生きていく上で最も必須にして絶対不可欠なものである。

それはいわば空気や水のようなもの。あって当たり前であり、それがない生活など考えられないのだ。

その考えられない事態を目の当たりにしたバッカニアが、唖然となり立ち尽くすのも無理はなかった。

「……そ、そうか……あんたも結構苦労してんだな……」

「ン? このラグナロッツァに来てからは、そこまで苦労してはいないが……」

「ぃゃ、皆まで言うな。その歳までジョブ無しなんて、これまでさぞ苦労してきたんだろうなぁ……俺達で協力してやれることがあれば何でも言ってくれ、力になるぞ!」

くゥーッ!と涙ぐみながら、手の甲で目元をぐしぐしと擦り涙を拭うバッカニア。

どうもラウルのことを『ジョブを得られなかった、ものすごーく不憫な人』と思ったようだ。

不憫なラウルの境遇に涙し、力になるから何でも言ってくれ!とまで言うバッカニア。何と情が篤い男だろう。

もっともその篤い情は、完全に勘違いの全力空回り状態なのだが。

「そしたら、そうだな……ラウルの兄ちゃんは引き続き、子供達の相手をしててくれ。子供達に『お汁粉の兄ちゃん』なんて呼ばれてたくらいだ、もともと料理が得意なんだろ?」

「ああ、俺の本業は料理人で執事はその次だ」

「だったら子供達といっしょにおやつでも作っててくれ。仕事終わりに皆で甘いもん食べたいからよ」

バッカニアはラウルに午前中と同じ仕事を命じた。

それはやはりジョブ無しのラウルのことを気遣ってのことだろう。それに加えて、午前中の仕事をちゃんと完遂したというラウルへの正当な評価も含まれていた。

魔法を使って各種作業中のバッカニア達の周りに、興味津々な子供達がまとわりついてきては危ない。

バッカニア達も子供達の相手をするのは好きだが、冒険者ギルドを経由した正式な仕事を疎かにする訳にはいかない。

仕事中に子供達を危険に晒さないように、彼らの相手になってくれればいい―――バッカニアはそう思いながら、冒険者ギルドの依頼掲示板を熱心に見ていたラウルを同じ依頼に誘ったのだ。

それは大正解だった、と心の中で確信するバッカニア。

「了解した。子供達もお前達のことが大好きなようだから、きっとまた昼飯同様に熱心に作るだろう」

「そ、そうか?何か照れるな……ま、そしたら働いた後のご褒美を楽しみに俺達も頑張るから、美味しいおやつをよろしくな!」

「ああ、任せとけ」

トレードマークの二角帽子を左手でクイッ、と上向きに直しながら、右手の親指をグッ!と立てるバッカニア。

ラウルもそれに応え、右手の親指をグッ!と立てる。

親指で互いにエールを送り合った二人は、それぞれの仕事場に向かっていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

バッカニア達三人組が、孤児院の三ヶ所の雨漏り修繕の仕事を終えたのは夕方四時少し過ぎ。

少し遅めのおやつだが、約束通り三人組への労いとして子供達が作ったおやつを振る舞う。

場所は昼食を食べたのと同じ場所、野外の中庭だ。

「「「お疲れーーーぃッ!!」」」

野外でのおやつ会に参加している全員が、お茶やらぬるぬるドリンクやらの飲み物を手に高々とカップを掲げて乾杯する。

天翔るビコルヌの三人には聖なる餅のお汁粉特大丼バージョン、子供達は聖なる餅を使った大福である。

バッカニア達は箸とレンゲで食べ、子供達は大皿に盛られた大福を一個づつ手に取って各々食べていく。

「うおおおおッ!何だこの激ウマ汁粉はッ!」

「働いた後の甘味は美味ぇー!」

「この漲る美味さ……実にイイですねぇ、ハフハフ」

ラウル直伝聖なる餅のお汁粉に舌鼓を打つ三人組。

仕事の後のご褒美デザートは、さぞかし美味く染み入ることだろう。

あまりの美味さにガツガツと食べ進めていくバッカニア達に、マイラが彼らのカップにお茶を注ぎながら笑う。

「ハハハ、あんた達ね、そんなに慌てて食べなくても誰も取りゃしないよ。餅を喉に詰まらせちゃいけないし、せっかく子供達が作ったお汁粉だ。ゆっくり味わって食べてやっておくれ」

「ン……それもそうだな、皆が俺達のために作ってくれたんだもんな!」

「ああ、ここにいる子供達全員が『バッカ兄ちゃんとスパイキー君、ヨーちゃんに美味しいお汁粉をご馳走するんだ!』って、そりゃあもう張り切ってねぇ。皆で頑張って作ってたんだよ」

「うおおおおッ、俺達ゃ何て幸せ者なんだぁぁぁぁッ」

「全くです……聖なる餅と皆の愛で身も心も全回復ですヨ……クスン」

マイラの言葉にスパイキーもヨーキャも感激の涙を浮かべる。

一方の子供達は、今のところおやつの大福を食べるのに夢中のようだ。

そんな子供達の微笑ましい姿を見ながら、マイラがラウルに礼を言う。

「ラウルさんも、今日も子供達に料理の指導をしてくれて本当にありがとうねぇ」

「いや何、前にここに来た時にもまた料理を教える約束してたからな。来るのが遅くなってすまない」

「いいんだよ、ラウルさんもレオ坊も忙しいのは分かるしね」

「…………レオ、坊?」

ラウルとマイラの会話の中の『レオ坊』という言葉に、バッカニアの箸を持つ手がピタリ、と止まる。

「まぁなぁ、うちのご主人様も何かと忙しいようであちこち飛び回ってるしなぁ」

「あのレオ坊が、あんなに出世するなんてねぇ……ディーノ村の孤児院で世話してた頃には夢にも思わなんだよ」

「…………ディーノ、村?」

バッカニアに続き、スパイキーの持つレンゲの手もピタリ、と止まる。

「でもまぁ明日の日曜日にはここに来るんじゃねぇかな。できればこの孤児院には、ライトが休日の日にいっしょに来たいようだから」

「ライト君……そうね、あの子もラグーン学園に通ってるんだったわね。ライト君もレオ坊といっしょに顔を見せてくれるなら、私もその方がもっと嬉しいねぇ」

「…………ライト、君?」

バッカニアとスパイキーに続き、ヨーキャまでもが全身ピタリ、と止まる。

ラウルとマイラの会話の中に、彼らの動きをピタリ、と止める呪文の言葉のような何かが含まれているようだ。

バッカニア達三人が、凝り固まった身体を何とか動かすべく奮闘する。

首をンギギギギ……と軋ませつつ、ゆっくりと90°向きを変えてラウルとマイラの座る方向に向けた。

そして三人は、おそるおそるマイラ達に質問していく。

「……なぁ、シスターよ……」

「ン? バッカニア達、どうしたんだい?」

「……その、ディーノ村のレオ坊ってのは……」

「レオ坊はレオ坊だが、あの子がどうかしたのかい?」

「……ラウル君、キミのご主人様ってのは……」

「俺の雇い主か? レオニス・フィアという冒険者だが」

「「「!!!!!」」」

ラウルから放たれた衝撃の言葉に、迸る無数の雷に撃ち抜かれる三人組。

目に見えない雷のはずなのに、その衝撃で黒焦げになりそうな勢いだ。

「ラウルの兄ちゃんのご主人様って、レオニスの旦那だったんか……」

「バッカニアの兄貴、あの人には莫大な借金があるもんなぁ……」

「うッせー!ありゃ借金なんかじゃねぇ!レオニスの旦那が勝手に水増ししまくってるだけだ!」

「でも、もとはと言えばバッカ兄がレオニス君相手に飯奢るって宣言したのが始まりだしィ……ネェ?」

「飯奢るって言って、その返しが『じゃあ氷蟹の贅沢フルコース料理十人前奢れ』になるなんて、一体誰が想像するよ!?」

スパイキーとヨーキャのツッコミに、バッカニアだけがキーキーと喚き必死に抵抗する。

そう、レオニスと顔を合わせる度に『氷蟹の贅沢フルコース○○人前奢れ』と毎回言われ続けているのは、誰あろうこのバッカニアであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ぐああああッ、レオニスの旦那と顔突き合わさないためにしばらくラグナロッツァ離れてたってのに!こんなところでその名を聞くとはッ……!!」

「ぃゃー、ラグナロッツァって広いようで狭いもんだなー」

「うんうん、結局はどこかで繋がるもんなんだねェ……むぐむぐ」

衝撃の事実を知ったバッカニアは両手で頭を抱えて天を仰ぎ、スパイキーとヨーキャは聖なる餅のお汁粉をのんびりと食べている。

レオニスに奢れと毎回言われるのはバッカニア一人なので、他の二人はどこ吹く風のようだ。

そんな二人に、天を仰いでいたバッカニアはガバッ!と身を翻して詰問する。

「お前ら!他人事みたいに言ってんじゃねぇ!俺に氷蟹フルコース三十人前を奢る財力があると思ってんのか!?」

「「なーい」」

「俺が奢れなきゃ、『天翔るビコルヌ』の一員であるお前らにだって塁が及ぶかもしれないんだぞ!」

「ぃゃー、あの人が鬼なのは皆承知してるが、そこまでじゃないっしょ?」

「そんなこと分かるもんか!レオニスの旦那はな、ヤると言ったら必ずヤる人だ!」

「レオニス君が追い詰めるのは当人だけで、親兄弟や親友仲間にまで追い込みかけるほど鬼ではないヨ……タブン?」

バッカニアがスパイキーの肩やヨーキャの黒ローブの襟首を掴み、ブンブンと前後に激しく揺さぶるも二人ともさほど動じる気配はない。

必死なのはバッカニアだけで、スパイキーとヨーキャはのほほんとしたものだ。

そんな二人の態度を見て、バッカニアが絶望しながら崩れ落ちる。

「お前ら、何て薄情な奴らなんだ……俺は悲しい、悲しいぞ……」

四つん這いになり、がっくりと項垂れるバッカニア。

彼らの騒ぎの一部始終を静観していたラウルが、徐に口を開いた。

「あー、お前達、うちのご主人様の知り合いだったのか?」

「知り合いも何も、このラグナロッツァであの人を知らん冒険者なんざいねぇわな」

「まぁそうだよな。しかし、お前達の様子を見ると、単なる知り合いじゃなくて結構仲が良さそうだが」

「まぁねー……ボクらはレオニス君の少し下の世代だけど、昔から彼には結構世話になってるしね……キヒッ」

ラウルの問いに、スパイキーやヨーキャが答える。

ちなみにバッカニアはと言うと、まだ打ち拉がれていて立ち直れないようだ。

そんな様子を見ていたマイラも、心配そうに声をかける。

「何だかよく分からないけど、あんた達も大変なんだねぇ」

「大変なのはバッカニアの兄貴だけだけどな」

「でもその話だと、あんた達もバッカニアといっしょに頑張って稼がなきゃならないんじゃないのかい?」

「レオニス君もそこまで鬼じゃないヨ……ネェ?」

心配するマイラに、スパイキーとヨーキャは変わらずのほほんとした声で返す。

二人はレオニスの言う氷蟹二桁人数分奢れ云々が、お約束の戯れであることをちゃんと理解しているようだ。

毎回請求されて必死に抵抗しているバッカニアだけが、深刻かつ生真面目に受け止めているのだ。

するとここでラウルがスパイキー達に向かって話し始めた。

「そういやその氷蟹の話、俺もちろっとだけ聞いたことがあるが……」

「あー、そうなのか? あの人は何て言ってた?」

「何なら今度あいつらを連れて氷蟹を狩りに行くか!とか言ってたような気が」

「「うげッ」」

ラウルの話に今度はスパイキーとヨーキャが目を丸くして固まる。

ラウルがレオニスの言葉として語った『あいつらを連れて氷蟹を狩りに行くか』とは、つまりは『氷蟹を狩るために、レオニスが天翔るビコルヌの三人を引き連れて氷の洞窟に遠征する』ということである。

氷蟹を奢れないリーダーの巻き添えを、よもや本当に自分達まで食らうとは夢にも思わなかったスパイキーとヨーキャ。

まさに先程バッカニアが叫んでいた『お前らにも塁が及ぶ』の即時実現である。

「参ったなぁ……俺、この格好で氷の洞窟なんぞ入ったら、確実に凍死するって」

「ボクだって、まだ氷の洞窟に入る実力なんてないですヨ……ゥゥゥ」

二人してもしょもしょと小声で会話するスパイキーとヨーキャ。

未だ四つん這いで打ち拉がれているバッカニアと合わせて、天翔るビコルヌの全員に暗雲が立ち込める。

だが、そんな暗雲の忍び寄る空気を一切読めない者が、ここに一体。

「なぁ。ご主人様といっしょに氷の洞窟に行くなら、俺もついていっていいか?」

「ン? そりゃあの人が良いって言えば問題ないだろうが……ラウルの兄ちゃんもついてきてどうするんだ?」

「そりゃもちろん、俺の分の氷蟹も狩るんだよ」

「え? 冒険者登録したばかりの紙級のキミが? 氷蟹を狩るっての?……ウソーン」

ラウルの突拍子もない申し出に、スパイキーとヨーキャの目は先程よりもさらに大きく見開かれる。

二人はほぼ同時にクルッ!とラウルに背を向けたかと思うと、何やらゴニョゴニョと話し始めた。

「あの雇い主にしてこの執事あり、だな……」

「ええ、全くですヨ……ウヒィィィィ」

「しかし、あの人が自ら採用して雇うようなヤツなら、それなりの実力はある……かも?」

「そうですねェ……それなりどころかかなり期待できちゃう、かも?……ニシシ」

二人の背を見ながら『???』な表情のラウル。

小声の相談が終わったらしいスパイキーとヨーキャが振り向き、半固形状態の笑顔でラウルに話しかける。

「とりあえず氷の洞窟に狩りに行く件は、また今度相談するとして。レオさんによろしく伝えといてくれ!」

「おう、ご主人様にも今日の初仕事の報告をしなきゃならんからな」

「ボク達まだラグナロッツァにいるつもりだけど、リーダーがアレだからまた遠くに出かけちゃうかもしんないけどね……ハァー」

ヨーキャがクイッ、と親指で指差した先には、四つん這いから五体投地に進化を遂げたバッカニアの姿があった。

魂が抜けたかのようにぐったりとうつ伏せになっているバッカニアを他所に、ラウル達の会話はなおも続く。

「そうなのか? そりゃ残念だな、俺もお前達のような良い先輩から冒険者としての心得や指導をもっと受けたかったんだが」

「嬉しいことを言ってくれるじゃねーか!任せときな、ギルド総本部でまた会うこともあるだろうさ」

「そうそう、お互い生きていればね、いつかは必ずまたどこかで会えるヨ……フフッ」

「それもそうだな」

天翔るビコルヌはまたラグナロッツァを離れるかも、と聞いたラウルがとても残念そうにしている。

そんなラウルを見た二人は、努めて明るい声で励ましの言葉をかけていた。

「とりあえずは総本部に戻るまでよろしく頼む。依頼達成したら、それをギルドに伝えなきゃならないんだろ?」

「そうだな、まずはラウルの兄ちゃんの初仕事完了の報告をしなくちゃな!」

「ソウデスネ、ボク達も依頼達成報告しなきゃなりませんしね……あ、そしたらシスター、この依頼書にサインお願いしますぅ……キヒッ」

「はいよ、ペンを持ってくるから少し待ってておくれ」

「バッカニアの兄貴、いつまで寝そべってんだ、ぼちぼち帰るぞ!」

マイラのサインを待つ間、ぐったりと地べたに転がるバッカニアを起こすスパイキー。

なかなか起きないのでヨーキャが子供達を呼んできて、皆で一斉にバッカニアの身体をこちょこちょし始めた。

多数の手にくすぐられて「ギャーーー、ヤメローーー!」と騒ぐバッカニアに、子供達は面白がってさらに群がり楽しそうにこちょこちょし続ける。

日暮れ間近の空の下、孤児院からの笑い声が辺り一面に響いていた。