軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第368話 第三の聖遺物

教会堂の祭壇横、聖具室のある方向に向かって歩いていくレオニスとオラシオンとエンディ。

教会堂の入口から聖具室までの間の中間地点あたりで、レオニスが一旦歩みを止める。

「レオニス卿、どうかしましたか?」

「……ここら辺からちょっとキツくなってきた。すまんがここで破邪用のアクセサリーをつけさせてくれ」

「もちろんです。私からもレオニス卿の身体に上級浄化魔法をかけておきましょう」

レオニスが会話をしながら空間魔法陣を開き、中からアクセサリーを取り出した。

オラシオンもレオニスに上級浄化魔法をかけてくれている傍らで、レオニスは己の手のひらの中にあるアクセサリーをしばらくの間じっと眺める。

それは、八咫烏の羽根がついたブローチ。羽根の土台は純銀製で繊細な細工が施されており、雫型にペンデュラム、ラウンドカット等々、大小様々なデザインとサイズの黒水晶が組み合わせられた、とても美しいアクセサリーである。

針のピンの他にクリップもついているので、胸ポケットやジャケットの襟の縁などにも簡単に取り付けることができる。こうしたさり気ない配慮も、アイギス三姉妹ならではの細やかさだ。

冒険者という、常に危険を伴う仕事に就いているレオニス。

ディーノ村で同じ孤児院で育ったレオニスを、アイギス三姉妹は実の弟のようにずっと可愛がってきてくれた。優しいカイ、ハキハキしたセイ、口上手なメイ、三人の美しい姉妹達の顔がレオニスの脳裏に浮かぶ。

カイ達のレオニスの身を案じる思いが詰まったアクセサリーを、レオニスは深紅のジャケットの胸元に近い襟の縁にクリップを噛ませて留める。

先程空間魔法陣から八咫烏の羽根のブローチを取り出し、手のひらに乗せた瞬間にレオニスを取り巻く邪気が消えた。

それをジャケットの襟の縁につけると、邪気を撥ね返し寄せ付けないだけでなく身の内から力が湧き出てくるのをレオニスはひしひしと感じる。

己の身を案じてくれる仲間達の思いを胸に、レオニスは聖具室の扉を蹴破って中に入っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

聖具室に入ると、そこは全体的に雑然としていた。

司祭用の衣服や道具が適当に置かれており、整理整頓のセの字もない。やはり悪魔達は掃除や整理整頓が苦手な傾向にあるらしい。

何か聖遺物らしき品はないか、とレオニス達は中をくまなく見回す。

すると、見回した先の机の上に腕輪があるのがレオニスの目に留まる。

ぽつん、と無造作に置かれたその腕輪は銅色の金属製で、一本の線が渦を巻いて三重のリング状に見える。

オラシオンとエンディもすぐにその存在に気づき、三人は慎重に机に近づいていく。

「これ……多分っつーか、間違いなく聖遺物だよな……」

「おそらくは……私は今回も邪気に魔力を食われるといった状態にはなっていませんが、それでもこの腕輪から異様な力が発せられているのは感じます」

「私も兄上と同じ意見です」

前回のプロステス支部調査の時と違い、今回はレオニスも防御対策として八咫烏のブローチをつけているため、明らかに魔力を喰われたりしてはいない。

だがそれでも、この腕輪から発する禍々しい空気は感じ取っていた。

「さて……これもプロステスの時のように、何か異変を起こすと思うか?」

「さぁ……こればかりは何とも予想がつきません」

「そうですね……今のところは何も起きてはいませんが……」

三人が机に近づき過ぎない程度に取り囲み、どうしたもんかと考え 倦(あぐ) ねていた、その時。

突如腕輪から強い魔力が発生し、目の前の空間がぐにゃりと歪む。強烈な目眩に襲われたような感覚に陥るレオニス。

次の瞬間、机の上から腕輪がひとりでに宙に浮き、うねうねと動きながら三重の輪の状態を解いて一本の線のようになっていく。

その異様な動きを凝視していると、腕輪だったものは蛇へと変わっていった。

「……!!」

レオニスが驚きながらも、強烈な目眩に耐えて咄嗟に机から離れて臨戦態勢に入る。

とはいえ、この狭い聖具室の室内で愛用の得物である大剣を振り回すことはできない。両の拳を握りしめて構えるのが精一杯だ。

腕輪から突如変化した蛇に警戒しつつも、周囲の様子を伺うレオニス。オラシオンとエンディがどうなっているのか気になったからだ。

そしてその二人はというと、色褪せた世界の中で特に驚いた表情でもなく動きが止まったまま微動だにしない。やはりプロステスの時と同様に、レオニスと聖遺物以外の時間が停止しているようだ。

そんな風にレオニスが警戒していると、どこからともなく声が聞こえてきた。

『フフフ……強く逞しい美丈夫よの。妾の目に留まったこと、心より光栄に思うがよい』

その声は耳障りな程に甲高い女の声で、特徴的な声音とともにまとわりつくような粘着質な響きがする。

聖遺物を操っていると思われる廃都の魔城の四帝の中で、女は唯一人。

レオニスは確信を持って大声で問うた。

「貴様……【女帝】か!!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

時折砂嵐が混じるモノクロの世界で、レオニスと聖遺物の腕輪だけが色づいたまま対峙する。

しばしの沈黙の後、その何者かが答えを発した。

『如何にも。妾は【女帝】―――廃都の魔城の最奥にて、常闇を統べし四帝の一角 也(なり) 』

レオニスの問いに、【女帝】はすんなりと肯定した。

『ふむ……其方、もしや【賢帝】が言っていたやつか?『現世に面白い奴がいる』と言っていたが』

「【賢帝】がそっちで何と言っていたかは知らんが、先日司教杖を通して会話したばかりだ」

『やはりそうか…… 彼奴(あやつ) め、通行手形だなどと言って妾達にも無断で【 晦冥(かいめい) の侵蝕】を人族なんぞにくれてやりおってからに。ほんに自分勝手な奴じゃ』

【女帝】の声音が大層不満そうな音色を帯びる。

どうやら先日、レオニスがラグナ教のプロステス支部で聖遺物と出くわした時のことを言っているようだ。

『彼奴は【賢帝】を名乗っておきながら、妙なところで妙な気を起こす大層な気まぐれ故、其方のことも本当に面白がっておるのだろうが』

『……のぅ、時に一つ聞きたいのじゃが。其方、【賢帝】の奴のくれてやった通行手形でこの廃都の魔城に来るつもりかや?』

ブツブツと不満を洩らしたその口で、今度は突然レオニスに問い質してくる【女帝】。

その質問に対し、レオニスは怒気を孕ませた声で答えを言い放つ。

「当たり前だ。通行手形とやらがあろうがなかろうが関係ない。俺はお前ら四帝だけでなく、廃都の魔城の全てを必ず討ち滅ぼす」

『何故じゃ?我等はこの廃都の魔城に篭っておるだけじゃぞ?』

「貴様等の存在そのものが害悪だからだ!貴様等のいる廃都の魔城、そこから漏れ出る瘴気は全てを侵蝕し破滅させるだろうが!」

『んー、そんなこと言われてもなぁ?我等はただ此処にいて息をしているだけなんじゃがのぅ?』

「ほざくな!貴様等が今まで殺し喰らってきた命が一体どれほどの数になると思ってやがる!人族のみならず、サイサクス大陸そのものを滅亡寸前まで追い込んだ元凶が!!」

鼻にかかった甘ったるい声で、 戯(おど) けたようにのらりくらりと話す【女帝】に、レオニスは怒りを隠そうともしない。

「貴様等はこれまでにどれだけのものを世界から奪ってきた?人々の命だけじゃない、穢れなんて悪質なものまで埋め込んで、世界中から魔力を簒奪しているだろう!」

『……何じゃ。其方、そんなことまで知っておるのか』

それまで戯けたような話し方だった【女帝】の口調が、地獄の底から響くような低音に突如変わる。

レオニスが指摘した穢れの件が随分と効いているようだ。

『以前に比べ採れる魔力が僅かながらも減ってきていると思ったら……そういうことか。其方等が魔力供給の邪魔をしておるのじゃな?』

『この美しき妾の永遠の命を阻害する者は許さぬ』

『妾の命は 永久(とこしえ) にして、未来永劫この世界とともにあり続ける』

それまでも聖遺物から漂っていた悍ましい瘴気が、急激に何倍にも膨れ上がる。

今まで順調だった魔力供給が減少しつつあることに、【女帝】は怒り心頭のようだ。

『妾は【賢帝】の奴ほど甘くはないぞ?其方に通行手形などくれてやる気はさらさらないし、そんな必要もない』

『何故なら妾が今ここで、其方の魂を直々に喰ろうてやるのだからな』

四帝が目の前にいる訳ではないので、どこからか聞こえてくる声以外にその表情など全く見えない。

だが、聖遺物の向こうで口角を限界まで上げながら舌なめずりしている【女帝】の醜悪な様がありありと目に浮かぶようだ。

一方のレオニスは【女帝】が『魂を喰ろうてやる』と言ったことに、さらなる警戒態勢を取る。

こうなったら、狭い部屋で大剣を振り回せないなどとは言っていられない。その背に背負っている大剣を鞘から取り出し、両手で持ち構える。

『わざわざ妾のもとまで来る手間を省いてやるのだ。心優しき妾の慈悲深き配慮に感謝するがよい』

それまでずっと蛇の姿でうねうねと宙に浮いていた聖遺物が、じわじわとその形を変えていく。

蛇状だった腕輪は、次第に大鎌の形に変化していくではないか。

それは如何にも死神が持つような大鎌で、かつてツェリザークのルティエンス商会で見た【ハデスの大鎌】よりも一回り小さく見える。

だが、刃が小さいからといって侮ることなどできない。血に濡れたような赤黒い刃がギラリと異様な光を放つ。

『其方の魂は、どのような味がするのであろうのぅ?これだけの美丈夫じゃ、さぞかし極上にして美味じゃろうのぅ』

『妾の血肉となり永遠の美と命の礎になれる栄誉を噛みしめよ』

『さぁ、妾の手で逝くがよい』

それまで話していた言葉を完全に言い終わる前に、大鎌状態の聖遺物がレオニスに向かって大きく振りかぶり襲いかかった。