軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第369話 砕け散った黒水晶

第三の聖遺物のもうひとつの姿である大鎌が、レオニスめがけて襲いかかってくる。その迅速な動きをレオニスは懸命に躱す。

レオニスの大剣と【女帝】の大鎌の激しい鍔迫り合いが繰り広げられる。キィン、キィン!という刃同士がぶつかる甲高い音が辺りに何度も響き渡る。

この戦闘により、レオニスはいくつか気づいたことがある。

まず、このモノクロの空間は現実世界とは違う空間である、ということだ。

先程から大鎌の猛攻を受けて激しく動いているが、聖具室にある机やオラシオン達の身体にぶつかるといった衝撃が全くない。止まったままこの場にあるように見えて、それらはこの空間では実物ではないのだ。

今レオニスと聖遺物がいる空間は現世とは違う、異空間とか亜空間等の切り離された別次元なのだろう。

そうと分かればレオニスに遠慮する理由はない。大剣を己が手足の如く自由自在に操り、大鎌の猛攻を難なく凌ぎながら大剣で攻撃していく。

ただし、この亜空間も良いことばかりではない。斬撃の合間にレオニスが攻撃魔法を繰り出そうとしたが、魔法が発動しないのだ。

何度試しても発動しないところをみると、どうやらここは一切の魔法が使えない空間らしい。

魔法が使えないということは、攻撃魔法のみならず補助魔法や回復魔法も使えない。さらに言えば、空間魔法陣も使用不可だ。つまり、アイテムによる攻撃や回復も望めないということである。

これはレオニスにとってかなり厳しい戦いを強いられることを意味していた。

そして、大鎌を操る【女帝】の方はどうかは分からないが、戦闘が長引くにつれてレオニスの方はその身体に少しづつダメージが蓄積されていった。

大鎌の鋭い刃が幾度となくレオニスの首を狙い続け、そのうちの斬撃のひとつが顔の近くを掠める。危うく紙一重で躱したものの、レオニスの右頬に一筋の切り傷が浮かび血が滲む。

もしこの亜空間で致命傷になるような傷を受けたら、レオニスとてどうなるか分からない。回復魔法やアイテムによるHP回復が全く望めない以上、大きな打撃を受ける訳にはいかない。

レオニスもいつものような猪突猛進を控え、慎重にならざるを得なかった。

そうやって、どれほどの時間が経過しただろう。

五分?十分?いや、それよりもっと長いかもしれないし、あるいは短いかもしれない。

時間停止により、もはやレオニスの時間の感覚がなくなっていた。

しばらく戦闘を続けた後、レオニスと大鎌が同時に飛び退いて一旦離れる。インターバルを取るかのように双方距離を置きながら、再び対峙するレオニスと【女帝】。

レオニスは肩で息をしながらも、【女帝】の化身である大鎌の聖遺物を睨みつける。その天色の瞳は輝きを失うことなく、強い光を放ち続けている。

『フフフ……存外粘りよる』

『良いわぁ……妾は其方のような強い 男子(おのこ) が好きぞ。【愚帝】や【武帝】のように、強く凛々しく逞しい男は妾の大好物じゃ』

『……じゃが、戯れもそろそろ飽いてきたのう』

享楽に耽るかのような【女帝】の甘ったるい声が響いたかと思うと、次の瞬間その声音が低くより悍ましいものに変わる。

その悍ましい声を合図にしたかのように、大鎌が大蛇の姿に戻りレオニスの身体に素早く巻きつく。

完全に不意を突かれた格好のレオニス。その鋭い反射神経で咄嗟に避けようとするも、僅かに出遅れて瞬時に雁字搦めに縛りあげられてしまった。

「…………ッ!!」

『たっぷりと時間をかけて妾を楽しませてくれるのは良い心がけじゃが、こうも長い時間 焦(じ) らされ続けては敵わん。女を弄ぶ男は嫌われるぞ?』

「……ぐぅ……ッ!」

『さぁ、そろそろ妾を満足させてくりゃれ』

レオニスの身体をギリギリと締め上げる大蛇が、二股の舌を長く伸ばしてレオニスの頬の傷をチロチロと舐める。

縛りあげられた拍子に大剣を落としてしまい、胴体と両腕をもろとも拘束されたレオニス。何とか脱しようと 踠(もが) くも思うように動けず、大蛇はびくともしない。

大蛇が蛇の胴体を維持したまま、頭を槍の穂先のような形状へと変化させていく。まるでドリルのような切っ先鋭い円錐形で、レオニスにとどめを刺そうとしているのか。

円錐形の尖端が、レオニスの胸部を 弄(まさぐ) るようにようにゆっくりと這いずり動く。

『心の臓はこのあたりか?其方の心の臓に滾る熱き血潮で、火照った妾の身体を隅々まで紅く鮮やかに染めてたもれ』

『さぁ……妾の中でともに永劫の時を彷徨おうぞ』

赤黒く濁る聖遺物の尖端が一旦レオニスの身体から距離を取り、斜め上の高い位置からレオニスの心臓めがけて一気に突貫してくる。

その凶刃がレオニスの心臓を刺突するかと思われた、その瞬間。

『ギャアアアアァァァァッッッ!!!!!』

耳を 劈(つんざ) く断末魔の悲鳴が亜空間に響き渡った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「………………?」

頭が割れるかと思うほどの大絶叫が長く響いた後、その絶叫音が次第に消え入っていく。

思わず目を瞑ってしまっていたレオニスは、絶叫が完全に消えた頃にそっと目を開いた。

レオニスの視界にはオラシオンとエンディ、そして聖具室の光景が映る。どうやら現実世界に戻ってきたようだ。

「レオニス卿!大丈夫ですか!?」

レオニスの異変に気づいたオラシオンとエンディが、慌ててレオニスのもとに駆け寄る。

現実世界に戻ってきたことをようやく実感したのか、レオニスはその場に崩れ落ちるようにへたり込む。

最強の現役冒険者たるレオニスが、こんな無様な姿を晒すことなど滅多にあることではない。そんなレオニスの様子を見て、オラシオンとエンディはレオニスの左右につき肩や背中を支える。

「この傷は……聖遺物と対峙したのですね!?」

「他にお怪我はありませんか?ひとまず上級回復魔法をかけますが、もしまだ怪我や痛みなど残っていたら遠慮なく言ってください。追加で何度でもかけますから」

レオニスの右頬の傷を見てオラシオンが驚愕し、エンディが即座に上級回復魔法を発動させる。

頬の切り傷程度なら、回復魔法も上級などではなく初級で十分なのだが、服の下や内臓など表からは見えない部分も負傷しているかもしれないのだ。

現役大教皇が施す上級回復魔法。その温かく柔らかな光は、極上の癒やしパワーを以てレオニスの怪我を治していく。

「…………ありがとう、だいぶ楽になった」

エンディの上級回復魔法で人心地ついたレオニスが、空間魔法陣からアークエーテルの瓶を一本取り出してぐい飲みする。身体のダメージはもとより、兎にも角にも精神的疲労がものすごく酷かったのだ。

精神的疲労とは即ちMPの摩耗であり、その回復はHPのみを回復させる魔法では補えない。MPを回復させるには、魔力回復アイテムに頼る他ないのである。

一気に飲み干したアークエーテルの瓶を、その蓋とともに空間魔法陣に放り込み、ふぅ、と一息つくレオニス。

見るからに疲労困憊なレオニスに、オラシオンとエンディは心配そうに声をかける。

「レオニス卿はしばらくここで休んでいてください。聖遺物と思しき腕輪は私達が 検(あらた) めます」

「そうですね、先日のプロステスでの司教杖のように何らかの変化を起こしているかもしれませんし」

「……ああ、すまんが頼む」

オラシオン達が立ち上がり、腕輪があったはずの机の方に向かっていく。

レオニスは床に胡座をかいて座り込んだまま、ぐったりと心底疲れきったように頭を下に向けて項垂れる。

がっくりと項垂れた拍子に、ふと胸元に着けていた八咫烏の羽根のアクセサリーがレオニスの視界に入る。それを見た瞬間、レオニスの顔が驚愕に染まる。

しっとりと輝く美しい濡羽色の八咫烏の羽根は、その艷やかな光沢を完全に失い毛羽立っていたのだ。

そして、変貌していたのは八咫烏の羽根だけではない。

最も大きな黒水晶を始めとして、いくつもの大粒の黒水晶が粉々に砕け散っていたのだ。

その驚愕の光景を目の当たりにしたレオニスは、アイギスでアクセサリーを受け取った時のことを思い出していた。

……

…………

………………

「はい、レオちゃん。頼まれていた八咫烏の羽根のアクセサリーよ」

「ありがとう、カイ姉。ブローチにしてくれたんだな」

「ええ。針でも留められるしクリップもつけてあるから、布地じゃない箇所にも簡単につけられるわよ」

「おお、そりゃありがたい。さすがカイ姉、そういう細やかな配慮がすげぇよな。カイ姉の作る物は、いつだって最高で完璧だな!」

出来上がったブローチをカイから受け取るレオニス。

針だけでなくクリップでも簡単に留められると聞き、カイの仕事の丁寧さと完璧さを手放しで大絶賛する。

八咫烏の羽根の裏側にある土台の針やクリップ部分を眺めながら、表と裏を何度も交互に見返してはその美麗さに嘆息を洩らす。

「この銀細工に黒い石も格好いいな。これは黒曜石……いや、黒水晶か?」

「当たり。そうよ、このブローチにはね、純銀と最上級の黒水晶を使用してるの」

レオニスの問いかけに、カイはにこやかに正解を告げる。

「レオちゃん、純銀や黒水晶の効果って知ってる?」

「効果、か?……うーん、銀は一部の毒に反応するとか、魔除けになるという話は聞いたことがあるが」

「銀はその通り、正解。レオちゃん、本当に物知りねぇ」

「ぃゃ、それ程でも……」

カイがニコニコとしながら、幼い弟を褒めそやすようにレオニスの頭を優しく撫でる。

カイにいい子いい子されているレオニスも、照れ臭そうにしながらも抵抗することなくはにかむ。

「でも、黒水晶の効果?とやらはよく知らないな。魔法付与とかに有利な要素とかあるのか?」

「黒水晶はね、数ある宝石類の中でも最も魔除けや邪気祓いの効果が強いとされているの」

「へぇー、そうなんだ?」

レオニスは男性としては普段から宝石類に触れる機会は多い方だが、それでも基本的には『魔法付与に最も適した素材』という程度の概念しかない。

一方カイ達アイギス三姉妹は、服飾だけでなく宝飾品のスペシャリストでもある。宝石類や金属類に関して、鉱物としての特性だけでなくパワーストーンの知識や造詣も深いのだ。

「レオちゃんは、この八咫烏の羽根に破邪効果を求めている訳でしょう?」

「ああ、詳しいことは言えないんだがな……」

「それは気にしなくていいのよ。姉さんも根掘り葉掘り聞こうとは思っていないわ」

「すまん、カイ姉には心配ばかりかける」

「本当よ、全くもう。レオちゃんはいつまで経ってもやんちゃ坊主なんだから」

申し訳なさそうに頭を下げるレオニスに、カイが戯けたようにぷくー、と頬を膨らませる。

「……ふふっ、冗談よ。でもね、レオちゃんがお仕事をする上で破邪効果を持つ物が必要なんだってことが、この間の話で分かったから。飾りの石には、最も魔除けの力が強い黒水晶を選んだの」

「レオちゃんがお仕事で死にませんように。レオちゃんが大怪我しませんように。これは姉さんがいつも願っていること」

「私の願いが叶いますように。レオちゃんの身を守るために、この黒水晶が少しでも役立ちますように。……そう願いながら、このブローチを作ったの」

柔らかな微笑みを浮かべながら静かに語るカイ。

レオニスの身を案じるカイの気持ちが、レオニスにも痛いほど伝わってくる。

「……ありがとう、カイ姉。皆にそこまで思ってもらえる俺は、間違いなく幸せ者だ」

「あら、この程度で幸せ者だなんて思ってもらっちゃ困るわ。レオちゃんにはこの先、私達に可愛いお嫁さんや子供を自慢気に見せてもらう予定なんだから」

「……??……カイ姉、何の話だ?」

カイの心遣いに感激したレオニスが己のことを幸せ者だと言うも、何故かカイは『それで満足してちゃ困る』といったようなことを呟く。

そんなカイの独り言にも近い呟きに、その意味が分からないレオニスが首を傾げながら聞き返す。

「うふふ、こっちの話よ。それよりも、レオちゃん。くれぐれも大怪我とかしないでね?」

「ああ、分かってる。これからもカイ姉達には世話になる、よろしくな」

「任せなさい!……で、今回のブローチのお代は―――」

何だかカイには上手いことはぐらかされてしまったが、レオニスもそれ以上追及したりはしない。

カイが自分の身を心配してくれることは、親兄弟のいないレオニスにとっては何より有り難いことだ。

血の繋がりはなくとも、もはや家族も同然の絆だった。

………………

…………

……

己の胸元で無惨に砕け散った、黒水晶のブローチ。襟に噛ませていたクリップを外し、手のひらに乗せてじっと見つめるレオニス。

『あの時確かに聖遺物の尖端は、俺の心臓めがけて刺しにかかってきていた』

『俺の胸の前まで迫り、間違いなく刺される!と思った瞬間に【女帝】の断末魔が響き……俺は現実世界に戻ってこれた』

『……ああ……そうか、そういうことか』

『八咫烏の羽根のブローチを心臓に近いところに着けていたおかげで、俺の代わりに黒水晶が【女帝】の攻撃を受けてくれたのか……』

これまでの諸々の状況を頭の中で整理し、黒水晶が砕け散っていた理由を導き出す。

レオニスの推測が正しいかどうか、それは誰にも分からないし証明のしようもない。だが、レオニスが特注で作ってもらったアクセサリーが、聖遺物との対峙を境に完全に変貌しているのだ。

レオニスにはその事実だけで十分だった。

あまりにも変わり果てた八咫烏の羽根のブローチを、レオニスは両手に包みそっと握りしめる。

「ありがとう、カイ姉……」

アクセサリーを包んだ両手を、祈るように己の額に当てて静かに目を閉じるレオニス。

黒水晶で本当にレオニスの身を守ってくれたカイに、ただただひたすら感謝するレオニスだった。