作品タイトル不明
第1752話 ちゃーてぃーの能力
『あの白いキツネ、にゃーーーんかどっかで見た気がするんにゃけど……はて、どこだったかにゃ?』
眠の左肩に乗っている白い管狐、ちゃーてぃーをチョシャ猫がじーっと凝視しながら呟く。
チョシャ猫が見覚えがあるということは、ちゃーてぃーがこの不思議世界の出身であるという話は本当のことのようだ。
だが、どこでちゃーてぃーを見たのかがチョシャ猫にはどうしても思い出せない。
チョシャ猫は決して物覚えが悪い訳ではなく、むしろ巨頭猫族の中でも彼女は優秀な方だ。
そんな彼女なのに、何故かちゃーてぃーのことを考えると頭の中に靄でもかかったかのようになる。
喉元まで出かかっているのに、魚の小骨が引っかかり続けるような不快感がチョシャ猫の中で続いていた。
すると、ちゃーてぃーがチョシャ猫の熱烈な視線に気づいたのか、チョシャ猫と目がかち合った。
その瞬間、チョシャ猫の背筋に強烈な悪寒が走った。
『ッ!?!?!?』
ちゃーてぃーと目が合ったチョシャ猫が、その場でビクンッ!と飛び跳ねた。
そして強烈な寒気に襲われたのだが、それはほんの一瞬だけだった。
次の瞬間、チョシャ猫は三秒ほどぽけーっ……と放心した後、何事もなかったかのように視線を外して眠に声をかけた。
『ねぇ、そこの黒い人。アナタ、案内猫を連れていないようだけれど、大丈夫にゃのん?』
「あちしには、ちゃーがいるから問題ないのです」
『ちゃーってのは、その白いキツネのことよね? その子の里帰りに来たとか、さっき言ってたけど……だから不思議の国でも迷わずに歩けるってこと?』
「そゆことです」
チョシャ猫の尤もな質問に、眠が悠然と答えている。
外の世界から不思議世界に来た者達は、案内猫がついていないと道に迷って元の世界に帰れないという。
しかし眠には、巨頭猫の付き添いが見当たらない。
そんなんでこの不思議の街を歩いていて大丈夫なのか?とチョシャ猫が心配するのも当然だった。
しかしそれは杞憂で、巨頭猫ではないが不思議世界出身の管狐、ちゃーてぃーがいるから問題ないのだという。
確かに不思議世界の現地人ならぬ現地狐?がいれば、眠がこの不思議世界で路頭に迷い遭難することもないだろう。
疑問が無事解決したところで、チョシャ猫はさらに眠に質問をぶつけた。
『てゆか、リンリンちゃん達には声をかけといて、ワタシには 何(にゃに) も聞いてくれにゃいの?』
「ン? あちしには既に狐のちゃーがいるので、声をかけるのは控えていたのですが……巨頭猫族さんともお近づきになってもよろしいので?」
『もちろんにゃ!てゆか、リンリンちゃんとフレジャちゃんとは仲良くなっておいて、ワタシだけ除け者にするにゃんて酷いにゃ!』
「ぬ、そのようなつもりはなかったのですが」
ぷくーっ!と頬を膨らませて『怒ってるんだからね!』アピールをするチョシャ猫。
彼女の言うのも尤もで、リンドブルムやフレア・ジャバウォックとは会話しておいてチョシャ猫はスルーするなど、仲間外れにされた!と思われてもおかしくない。
そう言われれば眠にも理解できるので、改めてチョシャ猫に話しかけた。
「巨頭猫族のレディー、貴女のお名前をお伺いしてもようがすか?」
『よろしい☆ ワタシはチョシャ猫、巨頭猫族の中でも指折り数える名家、チシャ家の末娘にゃ☆』
「ほう、チシャ家の末っ子さんですか。では、貴女の愛称は『チョシャンゴ』で」
「「「『……チョシャンゴ……』」」」
またしても妙ちきりんな愛称をソッコーで繰り出す眠。
今回の愛称は『ンゴ』がついたが、その『ンゴ』は一体どこから湧いて出てきたのだろうか。
甚だ謎な愛称に皆が呆然とする中、眠だけが優雅にちゃーてぃーに声をかけていた。
「ちゃー、チョシャンゴと仲良くできますか?」
「コン♪」
「てゆか、貴方、さっき何か変なことしてたでしょう。貴方の力はアレなんですから、無闇矢鱈に使ってはいけませんよ?」
「ココン♪」
「ったく……分かっているんですかね?」
左肩に乗っているちゃーてぃーの頬を、眠が右手人差し指でちょん、ちょん、と突つく。
眠はちゃーてぃーを軽く窘めているが、当のちゃーてぃーは目を糸目にして微笑むばかりであまり堪えてはいないようだ。
眠が言う『変なこと』とは、言わずもがな先程のチョシャ猫との対峙の瞬間のこと。
ちゃーてぃーは、自分の正体を探ろうとしたチョシャ猫にとある催眠をかけていた。
その内容は『自分の正体を詮索するな』『自分に対する疑問を忘れろ』というもの。
ちゃーてぃーは、この場にいる面々に己の正体を知られたくなかったようだ。
しかしこれは、実は何気にすごいことだったりする。
というのも、不思議世界の住民である巨頭猫族は魔法耐性が高い一族で、洗脳や精神操作の類いが効きにくいのだ。
なのにちゃーてぃーは、チョシャ猫に対していとも簡単に洗脳を施した。
これは、ちゃーてぃーの能力がチョシャ猫をはるかに上回る証であった。
するとここで、眠が改めてレオニスに向けて声をかけた。
「さて、ではあちしはまだお出かけの途中ですので。ここでお別れです」
「何だ、ねむちゃま、これからどこに出かけるんだ?」
「さっきも言いましたように、此度の旅はあちしの相棒であるちゃーの里帰りが目的でしてね。今からちゃーの故郷に行くのです」
「ちゃーの故郷って、どこなんだ? この不思議の街じゃないのか?」
「何でもこの不思議の街からはるか遠い東にある国だそうで。国の名前は……はて、何だったかな……お昼寝?」
「お昼寝……そんな名前の国があんのか……」
ここで別れると言う眠にレオニスが彼らの行き先を問うと、それは『お昼寝』という名の国だという。
レオニスは不思議世界のことを全く知らないので、そんな面白い名前の国もあるんだな……程度に思って受け入れていたが、実は『お昼寝』などという国は存在しない。
それは眠の聞き間違いもしくは思い違いで、本当の名称は『オオヒルメ』である。
ただ、それを訂正できる者がこの場にいないので、この勘違いが正されるのはだいぶ先のことである。
「リンリンちゃま、フレりんちょ、そしてチョシャンゴ。今日は貴女方とお近づきになれて実に幸運でした。またそのうちお会いしましょう」
『ええ、私も貴方のような面白い人族に会えて良かったわ』
『縁があればまた会えるでしょう。その日を楽しみにしているわ』
『ねむちゃま、ちゃーちゃん、気をつけてお出かけしてにゃ!』
眠とちゃーてぃーに別れの挨拶をするリンドブルム達。
眠とはここで初めて会ったばかりだが、皆眠のことが気に入ったようだ。
そして最後に、眠がライト達に声をかけた。
「レオンぴっぴ、ラウぴっぴ、ライぴっぴ、向こうに戻ったらまたお会いしましょう。あでゅーーー」
「「「……ぁ、あでゅーーー……」」」
ひらりと身を翻し、ふわりと羽織をはためかせる眠。右手をひらひらとさせながら、颯爽と去っていくその立ち居振る舞いは、もはや優雅ですらある。
相変わらずマイペースで掴みどころのない眠の後ろ姿を、ライト達はただただ右手を小さく振りながら見送るしかなかった。