作品タイトル不明
第1725話 前向きな言葉と新たな発見
『そうか……闇の女王と光の女王、そして火の女王が我と炎の女王の敵を討ってくれたのだな』
「ああ。本来なら、俺達人族の手で始末をつけなきゃならんところなんだがな……力不足で申し訳ない」
精霊拉致事件に関する顛末の全てを氷の女王に聞かせたレオニス。
人族の不甲斐なさを噛み締めつつ謝罪した。
そんな真摯なレオニスに、氷の女王は小さく微笑みつつ口を開いた。
『いや、そこは気にせずともよい。我ら姉妹の敵は、我らの手で討ってこそ皆の気が晴れるというもの。そういう意味でも、此度の件は最も良い方法で落着したと思う』
「そう言ってもらえると、俺も救われる」
『……特に火の女王は、同じ属性である炎の女王に対する思い入れが誰よりも強いはずだ。それは我にとっての水の姉様に対する思いと同じ。だからこそ……火の女王の気持ちが、我には痛い程よく分かるのだ』
「……そうだな」
灰色の空を見上げながら、自身の思いを吐露する氷の女王。
今日もツェリザークの空はどんよりと重たく、今もはらはらと雪が降り続く。
そんな重たい空とは対照的に、氷の女王の顔は晴れやかだった。
するとここで、氷の女王に抱っこされていたアトラが何かに気づいて声を上げた。
『……ン? ライト君達が帰ってきたようよ?』
「え? もう帰ってきたのか?」
『おお……確かにエレ様の仰る通り、アルやシーナ姉様の気配がこちらに近づいてきていますね!……って、シーナ姉様の方はまだだいぶ遠そうだけど……』
エレの言葉に、レオニスがびっくりしている。
ライトとラウルがここを出ていったのが、今から十五分くらい前のこと。
ライトの話では、アルはかなり遠い位置にいるということだったから、もう少し時間がかかるだろうと思っていたのだ。
そうして程なくして、レオニス達の前に砂塵ならぬ雪塵が現れた。
そして雪塵の中から一番真っ先に現れたのはライトだった。
「あッ!レオ兄ちゃん、ただいまー!」
「おう、おかえりー。アル達は見つかったかー?」
「もちろん!……ほら、アルが来たよ!」
「……お、ホントだ」
「ワォーーーン!」
ライトに続き、アルもレオニス達のもとに到着した。
猛烈な勢いそのままに、嬉しそうにレオニス目がけて突進するアル。
ドゴーーーン!という音を立ててレオニスの胸に飛び込んで、レオニスが思わず「ゴフッ!!」という声を漏らしている。
しかし、この程度のことで怯むレオニスではない。
アルに押し倒されることなく、ガッシリと受け止めきった。
「おお、アル、久しぶりだなぁ!今日も元気いっぱいだな?」
「バウワウ!」
「つーか、母ちゃんはどうしたよ? 今日は一頭だけなんか?」
「アォン!」
アルの頭や背中をワシャワシャと撫でながら問いかけるレオニスに、アルが後ろを振り返った。
それと同時に、遠くから小さな声が聞こえてきた。
『アルぅー……待ちなさぁーーーい……』
『母を置いてけぼりに……するんじゃありませぇーーーん……』
小さな声はだんだんと大きくなっていき、程なくして現れたのはシーナだった。
シーナの姿が見えたのとほぼ同時にラウルの姿も見えてきた。
シーナは見るからにヘロヘロに草臥れていたが、ラウルは全然疲れていなさそうだ。
銀碧狼母の姿を見た氷の女王が、アトラを抱っこしたままシーナのもとに駆け寄った。
『シーナ姉様!ご無沙汰しております!』
『……ぁぁ、氷の女王、お久しぶりですね……ということは、氷の洞窟の近くに、着いたのですね……』
『はい!アルとライトも既に到着しております!』
『そ、そうですか……それなら良かった……エレ様も、ご機嫌麗しゅう存じ上げます……』
『うん!てゆか、シーナちゃん、お疲れさまー』
ペタリ……と雪原の上に腹這いで休むシーナの鼻先で、氷の女王がライト達の到着を報告する傍らでエレがシーナを労っている。
その間にシーナのもとにライトやレオニス、アルも寄ってきた。
「お、シーナ、久しぶりだな。今日もアルに振り回されているようで何よりだ」
『何よりだ、なもんですか……ライトが競争しよう、なんて言った、途端に……アルが走り出したんですからね……』
「おお、そりゃすまんな!うちのライトも追いかけっこの類いが大好きなんでな!」
まだ息が上がっているシーナに、レオニスがカラカラと笑いながら挨拶をする。
一方でシーナはレオニスの言い草にむくれていたが、その後のレオニスの「すまんすまん、お詫びに後でブラッシングを丁寧にするから。それで勘弁してくれ」という言葉に、耳をピクピクさせながら『ン……それなら許しましょう』と呟いていた。
人族の手による丁寧なブラッシングは、ライトやレオニス、ラウルがいてこそ味わえる至福。
それを提示されれば、大抵のことは帳消しになるのである。
そしてレオニスがラウルにも声をかけた。
「おかえりー。アル達のお迎えご苦労さん」
「おう、小さなご主人様の護衛をきちんと果たしたぞ」
「ラウル、お前はライト達の競争に参加しなかったの?」
「参加するより早く、アルとライトが一気に走り出したからな。……ま、子供同士の遊びに大人の俺まで無理矢理割り込むこともあるまい」
「そりゃそうだ」
護衛という任務を無事果たしたラウルを労うレオニス。
そんな二人の横で、それまでずっとへばっていたシーナがのっそりと頭を上げた。
『……ああ、そういえば……貴方達に見せたいものがありましたね』
「ン? 何だ?」
『アル、こっちにいらっしゃい』
「ワォン!」
母の呼ぶ声に、アルが嬉しそうに駆け寄る。
そして二頭が何かゴニョゴニョと話していたかと思うと、アルの姿がシュルシュル……と変化した。
そう、アルが人化の術を覚えたのだ。
「「「………………」」」
アルの変身した姿に、ライト、レオニス、ラウルの三人が目を大きく見開きながらじっと見つめている。
背丈はライトより少し大きいくらいで、青緑の瞳に銀碧狼ならではの銀髪。そして目がぱっちりとしていて、髪型はマッシュショート。
そう、顔貌がライトに瓜二つだったのだ。
この驚くべき変化に、真っ先に口を開いたのはレオニスだった。
「こりゃまた……ライトにそっくりだな?」
『見本となる人族が、貴方達三人くらいしかいないですからね……』
「それにしたって、もうちょい違うところを教えられんかったのか?」
『私も努力したんですがね……アル自身ライトのことが大好きなので、それ以外の顔に寄せるための心象がどうにも浮かばなかったようで……』
「ぁー、確かにそういうこともあるか……」
シーナの苦心を知り、レオニスも納得する。
人化の術というのは、術者本人のイメージ力によってその結果が大きく左右される。
アルの場合、シーナの言うように人族との触れ合いはライト、レオニス、ラウルの三人くらいのもの。
その中でアルが誰を見本にするかと言えば、一番大好きなライト一択となるのは必然の流れであった。
ニッコニコの笑顔でライトの前に立つアル。
一応服のようなものは着ていて、ライトがいつも身にまとっているマントを羽織りブーツっぽいものを履いているように見える。
自分より少しだけ背の高いアルを見ながら、ライトの目は次第に輝きを増していった。
「……アル、人化の術を使えるようになったんだね!」
『うん!』
「そしたら話す方はどう? 会話もできるの?」
『少し、だけ……まだ、もっと……勉強、しなきゃ……』
「そっか!そしたらぼくといっぱいおしゃべりしようね!」
『うん!』
嬉しそうにアルの両手を握るライトに、アルもまた破顔しつつライトに抱きつく。
その横でレオニスがシーナにこっそりと話しかけた。
「……シーナ、アルって男の子か?」
『ええ、あの子は紛うことなき立派なオスですよ。……って、もしかして今まで気づいていなかったんですか?』
「そりゃまぁ……名前の響きは男女どっちでもアリだし、そもそもアルに タマ(・・) がついてるか否かなんて、これまでわざわざ確認したこともねぇしな」
『……タマ……』
身も蓋もないレオニスの言い草に、シーナの顔がスーン……となっている。
かつてライトとレオニスは、カタポレンの家でアルとともに一ヶ月ほどともに暮らしていた。
その時は母親のシーナが不在だったし、股間を 弄(まさぐ) ってタマの有無を確認するようなこともしていなかったのだ。
『コホン……まぁいいでしょう。これからきちんと認識していれば良いことです』
「そうだな。……そっかー、アルは男の子かー。道理でシーナの子育てが大変そうな訳だ」
『ええ……うちの子は銀碧狼一族の中でも特に元気が有り余っていましてね……』
ハァー……と深いため息をつくシーナに、レオニスがまたカラカラと笑う。
「まぁでもな、元気いっぱいなのはいいことだ!」
『……そうですね。そう思う方が前向きでいいでしょう』
レオニスの明るい励ましに、シーナも小さく微笑みながら同意する。
レオニスの言葉は一見無責任なものに思えるが、真理でもある。
わんぱく坊主に振り回される母親は大変だが、それでも元気いっぱいに野を駆け回る我が子の姿、そして日々成長していく様子を見守れるのは幸せなことだ。
銀碧狼親子との再会は、新たな発見と賑やかなものとなった。