軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1717話 9019解放作戦

クレイグとの面会を終えた後、レオニスは即座にラグナ宮殿に向かった。

時刻は昼少し前、誰かしら対応に出てくるだろう。

ラグナ宮殿の正門で入城許可証を示し、とっとと中に入るレオニス。

この頃になると、もはやラグナ宮殿内でもレオニスの存在を知らぬ者などいなくなっていた。

だがそれはそれとして、一応毎回入城許可証を提示するレオニス。何気にこまめである。

宮殿内に入り、官僚達がいる上級執務室に向かう。

そして執務室内にいた、とある政務次官がいち早くレオニスの入室に気づき声をかけてきた。

「おや、レオニスさん。また何かラグナ大公への御用向きがお出来になりましたか?」

「ああ、ちょっとな。リュペン・ナインスの件についてなんだが、マルクスは聞いているか?」

「リュペン・ナインスですね、ええ、先日ラグナ大公から御下命がございました。詳細をお話ししたいので、こちらにどうぞ」

「おう」

レオニスからマルクスと呼ばれた男がその要請に対応すべく動き出す。

マルクスはレオニスがラグナ大公に要件を伝える際の窓口担当の一人。

歳の頃は三十代半ば。肩まである駱駝色の髪と黒緋色の瞳に、常時かけている眼鏡が相まって理知的な印象の男性だ。

彼は優秀な頭脳を買われて、平民から政務次官にまで上り詰めた秀才。ラグナ宮殿勤めの中でもレオニスとも気が合うだろう、というラグナ大公の配慮によりレオニスの窓口担当に指名されたのである。

マルクスが自分の机の引き出しから数枚の書類を持って、上級執務室と続く隣室に入った。

この部屋も、ラグナ大公の私室同様の『重要な政務を実行する上で、他者に話を聞かれないための密談室』であり、機密事項を漏洩させないための盗聴防止や魔法の行使の制限等が施されている。

密談室の中央にある応接ソファに、レオニスとマルクスが対面で座る。

「さて……レオニスさんは、リュペン・ナインスと面会してきたのですか?」

「ああ、さっき行ってきたばかりだ」

「そうでしたか。リュペン・ナインスはレオニスさんのお眼鏡に適いましたか?」

「……そうだな。あれなら問題ないだろう」

「それは良うございました。そうしましたら、こちらの書類に目を通していただきたい」

「………………」

マルクスが持ち込んだ書類をレオニスに渡し、レオニスはそれに無言で目を通す。

そこには『囚人番号9019の取り扱い』というタイトルで、今後の方針が書かれていた。

レオニスが手に持っている書類を見ながら、マルクスに問うた。

「……これ、本当にいいのか?」

「ええ。昨日の会議で決定しました。もちろんその場にはラグナ大公もいらっしゃっていて、むしろラグナ大公が一番乗り気というか……」

「ラグナ大公 肝煎(きもいり) の政策ってことか」

「そういうことです」

信じられない、といった顔つきで問い質すレオニスに、マルクスは平然と答える。

ラグナ大公が率先して決めたという策は、以下のような内容であった。

・リュペン・ナインス(以下9019)を鉱床労働懲役四十年の刑に処す。

・9019をゲブラーの鉄鉱床で一ヶ月働かせる。

・その後ティファレト郊外の金鉱床、ネツァク郊外の銅鉱床でも各一ヶ月づつ鉱床労働懲役を課す。

・三ヶ月の鉱床労働懲役が終了次第、9019をラグナロッツァに移送。

・ネツァクからラグナロッツァの移送中、ノーヴェ砂漠にて移送車が遭難。

・9019以外の者は命からがら逃げられたが、9019は行方不明となる。

・行方不明から三ヶ月後、9019の死亡宣告を行う。

この、一見とんでもない計画にレオニスはしばし思案する。

確かにクレイグが死亡したことになれば、クレイグは晴れて自由の身になりクロエ達の手足となることができるだろう。

それには今から半年の月日が要るが、この程度ならクロエ達も許して待ってくれるに違いない。

さらに言えば、本当に待つのは鉱床労働懲役期間の三ヶ月だけで、死亡宣告を待つ三ヶ月間はカタポレンの森で潜伏していればいいのだ。

そうすれば、潜伏中にカタポレンの森の魔力に慣れる特訓もできて一石二鳥である。

そしてこの計画には、ラグナ宮殿側の様々な思惑も詰め込まれていた。

9019が暗黒神殿守護神の配下にされたということは、レオニスから聞き及んでいる。

しかし9019は重犯罪者であり、アクシーディア公国としてはそう簡単に解放する訳にはいかない。

ならばどうすればいいか。その答えは『9109という人物の存在をこの世の表舞台から消す』であった。

こうでもしない限り、暗黒神殿の主達に9019を早期に引き渡せないからである。

他にも『それでも一応、少しくらいは9019に鉱床労働懲役を課す』ことで最低限の禊とし、ラグナロッツァ公国側の体面を保つ。

さらには暗黒神殿の主達に『私達ラグナロッツァ公国は、9019の早期引き渡しに尽力しました!』『だから、今後とも何卒よろしくね!』というアピールが込められているのだという。

余談ではあるが、そこら辺の諸々は後日ラグナ大公から直接レオニスに説明された。

ラグナ大公がレオニスの両手を握りしめながら「レオニス卿よ、闇の女王様と神殿守護神様にくれぐれも!くれぐれもよろしくお願い申し上げるとお伝えしてくれ!」と鼻息荒く力説するのを、レオニスは「ぉ、ぉぅ、分かった……」と仰け反りながら答えるしかなかったという。

そしてレオニスは、最後にマルクスに質問をした。

「リュペン・ナインスの存在を、本当に完全にこの世から消し去れるのか? 『アルセーヌ・リュペン』の元幹部や構成員達が探したりとか、そうでなくてもリュペンの顔は同業者達にそれなりに知られているだろう?」

「その辺も心配ございませんよ。『アルセーヌ・リュペン』の幹部は全員アレカトラズ送りですし、下っ端の構成員など頭目の顔すら知らない者がほとんどでしょう。そうでなくとも、リュペン・ナインスは『変装の魔神』という二つ名を持つほどの変装の達人ですからね。彼の素顔を知る者の方が圧倒的に少ないはずです」

「そうなんか……」

淀みなく答えるマルクスの答えに、レオニスは圧倒されつつ頷く。

「リュペン・ナインス自身天涯孤独の身だから、血眼になって彼を探すような親兄弟や親族もいません。闇ギルドの部下達ともさして懇意ではなく、本当にただの利害関係で繋がっていた者達のようです。そこには強固な信頼や絆といったものはなく、リュペン・ナインスがいなくなったところで、困ったり嘆き悲しむ者などいないのですよ」

「……そうか……」

「だからこそ、このような無謀な計画が遂行できるのですがね」

「……そうだな……」

マルクスの非情な言葉に、レオニスも顔を顰めつつも同意するしかない。

あまりにも残酷な話だが、そもそも闇ギルドなどというアングラな場所で心から信頼できる者を得られるはずもない。

闇ギルドにあるのは騙し合いや裏切り、如何に他人を出し抜き自分の利益を多くするか等、不毛で陰湿なことばかり。

しかし、そんな世界だからこそクレイグに執着する者などおらず、後腐れなく足抜けすることができるとも言えよう。

ラグナ宮殿側にとっては、クレイグは体のいい人身御供。

何とも虚しくなる話だが、そのおかげでクロエは優秀な配下を得られる。

そして人族側も、暗黒神殿の主達に良い顔ができて表面上は良好な関係が保てる。

クレイグも、何一つ良い思い出などなかった闇ギルドや人族への柵など全て捨てて、新たな主達のもとへ行ける。

全者Win-Winと思うしかない。

その後ラグナ宮殿側が描いたクレイグ解放の絵図は、恙無く進行していった。

クレイグのゲブラーでの鉱床労働懲役が始まったのが十二月二十九日。

そこから三ヶ月後、計画通りノーヴェ砂漠で移送車が行方不明になった。

ちなみにこの移送車関連の工作は、全てアクシーディア公国直属の諜報機関『美しき影』によって全て執り行われた。

国家直属の諜報機関だけあって、ここから情報漏洩することは絶対にあり得ない。

クレイグが行方不明扱いとなり、潜伏のためにカタポレンの森を訪れるのはもう少し先のこと。

時期で言えば、ラグナ歴815年の四月上旬となる。

レオニスからそうした詳細な話を伝えられていたクロエや闇の女王も、クレイグの到来を心待ちにしていた。