作品タイトル不明
第1716話 囚人番号9019
面会室に連れて来られた男が、レオニスの前にあるガラスの衝立越しに席に着く。
男の見た目は三十代前後で、藍鉄色の外跳ねの頭髪にひと束の長髪を束ねていて、額に赤色のバンダナを巻いている。
細い釣り目で柚葉色の瞳は眼光鋭く、体格はレオニスを一回り小さくしたくらいの筋肉質。
目鼻立ちはそこそこ整っていて、全体的な外見はレオニスより少し年上に見える。
男は乱暴に席に着くでもなく、背筋をピンと伸ばした状態でレオニスを真正面に見据え続けた。
「……あんたが、リュペン・ナインスか?」
「ああ。もっともそれは闇ギルド内での名前で、本名は別にあるがな」
「そうか。そしたら今後あんたのことを、何と呼べばいい?」
「……クレイグ。苗字はない」
「クレイグ、か。分かった。俺の名はレオニス・フィア。俺のことは普通に『レオニス』と呼んでくれていい」
「承知した」
互いに軽く名乗るレオニスとリュペン、もといクレイグ。
リュペン・ナインスというのは偽名で、本当の名はクレイグだという。
とはいえ、ここら辺の身辺情報はラグナ宮殿側や警備隊も既に把握済みであろう。
「俺が今日ここに来たのは、あんたの新しい主従関係についてだ」
「そうか。あんたの存在は、闇の精霊達から聞いている。俺のご主人様の父上なんだってな?」
「父上……そんな大層なもんじゃねぇがな」
ここには立会人兼見張りの刑務所職員がいるので、ココ=クロエの名は出さずに主従関係とだけ言及するレオニス。
クレイグもその意図を察したのか、彼もまたクロエのことを『ご主人様』とだけ呼んで名は伏せていた。
しかし、闇の精霊達がレオニスのことをクレイグに話していたとは意外だ。
その真意を探るべく、レオニスがクレイグに問うた。
「闇の精霊が話しかけてくるのか?」
「ああ。何せ俺はあの御方の新しい下僕だからな。とっととここから出て、少しでもあの御方のお役に立て!と姐さん方から急かされてんのさ」
「ぁー……ここにいたままじゃ何の役にも立てねぇからか」
「そゆこと」
レオニスの問いかけに、フフッ……とニヒルに笑うクレイグ。
確かに闇の精霊達の言う通りで、刑務所に入れられた今のクレイグではクロエの役に立つことなど何一つない。
囚人達の決まりきったルーティンワークの日々を垣間見たところで、クロエの教養や知識が増す訳がないのだから。
それを闇の精霊達に責め立てられている訳だが、だからと言ってクレイグにはどうすることもできない。
脱獄してクロエのもとに馳せ参じるなど以ての外。そんなことをすればすぐに脱獄犯として指名手配されて、それこそ人里の普通の営みからますます遠ざかる羽目になる。
そうした苦悩を、クレイグがぽつりぽつりと語り始めた。
「あの御方……ここでは『姫様』と呼ぶことにするが。姫様は俺の目を通して、人里の日常生活を見ることを望んでおられる。そして俺としても、姫様の願いは一日でも早く叶えて差し上げたいしお役に立ちたいと思っている」
「そのためには、脱獄なんぞせずにお勤めを満了するのが一番なんだがな……闇の精霊達にはそこら辺、俺達人族の都合なんぞ関係ないしな」
クロエのことを『姫様』と呼ぶクレイグ。
『ご主人様』と呼ぶには堅苦しいし、かと言って他者(刑務所職員)が会話を聞いている場所でその名を直接口にするのは避けたい。
適度な距離感と畏敬の念、そしてほんの少しだけ親しみを込めての呼称なのだろう。
一方のレオニスとしては、クレイグの姫様呼びは何とも複雑な心境だ。
愛娘に近づく悪い虫のようにも思えてムッとする反面、その従順さはクロエに対する絶対的な忠誠心の現れでもある。
とりあえず、クロエの洗脳と魅了はクレイグにも十二分に発揮されているようで、そこだけはレオニスも安心できた。
しかしそれとは別に、大きな問題点があった。
「だが、あんたが刑期を勤め終えるまで待つとなると……出所できるのは何年先になるんだ?って話だ」
「それなー。普通に考えたら、少なくとも十年以上はかかりそうなんだよなぁ」
「それだけのことをしてきたんだから、当然っちゃ当然だがな」
「ホントそれなー」
レオニスの指摘に、クレイグが目を閉じ手を頭の後ろに組みながら椅子の背凭れに凭れかかる。
「本当は今すぐにでもここを抜け出して、姫様のもとに駆けつけたい。だけどそれは許されない。俺がきちんと罪を償ってからでないと、姫様や女王様に合わせる顔がない」
「……分かってんじゃねぇか」
「フッ……俺がこんなこと言ってんのを昔の手下が聞いたら、その場で卒倒するだろうがな」
クレイグの言葉に、レオニスが意外そうな顔をしている。
三大闇ギルドの頭領という最高位の地位に就いていた者にしては、かなりまともな部類の考え方をするもんだ、と思ったからだ。
しかし、今はまともそうに思えても以前は違ったらしい。
一体何が彼をここまで変えたのか。その答えを、クレイグは静かに語った。
「俺は小さな農村に生まれた、しがない小作農の一人息子でな。両親も村の連中もいっつも痩せこけてて、病気になっても薬一つ買えなんだ。挙句に流行り病で両親が立て続けにぽっくり逝っちまって、天涯孤独になった俺は隣町の孤児院に入れられた」
「だがそこは、孤児院を隠れ蓑にした盗賊団の巣窟だった。そこで俺は盗賊団の一員にさせられて……下っ端が生き延びるために、あくどいことでも何でもしてきた。だってそうしなきゃ、俺が奴等に殺されちまう」
「そうして無我夢中にやっているうちに、いつの間にか盗賊団のトップに上り詰めていた訳だ」
目を伏せながら自身の過去を語るクレイグ。
そこまで詳細に語る訳ではないが、それなりに凄惨な生い立ちであっただろうことはレオニスにも分かる。
だからと言ってクレイグの行いが正当化される訳ではないが、それでもレオニスには胸にくるものがあった。
レオニスとクレイグは、孤児という共通点がある。
レオニスも幼いうちに天涯孤独の身になったが、クレイグと違ってディーノ村の孤児院に引き取られた。
そしてシスターマイラのもと、グランやレミ、アイギス三姉妹らとともにすくすくと育つことができた。
しかし、レオニスと同じく孤児院に引き取られたクレイグは、そうはならなかった。
幼いクレイグが両親の庇護を失くした後に、自身の意思で選べる選択肢など無いに等しい。
流されるままに行き着いた先は悪党の巣窟。こればかりは運が悪かったとしか言いようがない。
クレイグの人生は、自分が辿っていたかもしれない道。
それを思うと、レオニスの胸中は複雑な思いでいっぱいだった。
そんなレオニスを前に、クレイグは思いの丈を語り続けた。
「俺がろくでなしの屑だったことは、変えようのない事実だ。そしてそんな俺が変われたのは、姫様のおかげだ。あの日姫様が俺の前に現れて、俺を配下にしてくれたからこそ俺は俺が犯した罪と真正面から向き合うことができた」
「だからこそ、姫様と女王様に報いたい。昼間は自由に動けない姫様方の目となり耳となり、手足となって働きたいんだ」
「そのためにも、これまで犯してきた罪をきっちり精算して、身奇麗になってからお会いしたいんだが……さすがに今から十年以上も待ってはくださらんよなぁーーー……」
真剣な思いを吐露した後、頭を抱えながらがっくりと項垂れるクレイグ。
いや、彼女達高位の存在は短命な人族と違って長く生きるので、十年程度ならまだ短い方だと思ってくれるかもしれないが。
しかし短命な人族であるクレイグにとって、十年以上も無為に過ごすのは我慢ならない。
きちんと罪を精算したいが、かと言って十年も待ってなどいられない———このどうしようもないジレンマに、クレイグは苦悶していた。
するとここで、クレイグがパッ!と顔を上げてレオニスに話しかけた。
「なぁ、レオニス。あんた、すんげー偉い冒険者なんだよな?」
「ン? すんげー偉いって程でもないが……まぁそれなりの階級にはなっている」
「だよな!姫様がいっつも『ワタシのパパは、とってもスゴい人なのよ!』って仰ってるって、先輩の姐さん方が話してたし」
「……あんた、闇の精霊達と一体どんな井戸端会議してんだよ?」
明るい顔でレオニスを讃えるクレイグに、レオニスは苦笑いするしかない。
精霊というのは基本的におしゃべりが大好きな者が多い。
このクレイグという男も、クロエの配下になったことで闇の精霊達からは新入りの後輩扱いをされているらしい。
先輩である闇の精霊達にとって、人族の新人後輩はさぞ物珍しいオモチャに違いない。
「レオニス、あんたを見込んで一つ頼みがある」
「何だ?」
「上の人達に掛け合って、俺を極刑にするよう頼んでくれ」
「!?!?!?」
クレイグの突拍子もない頼みに、レオニスが仰天顔になる。
刑期を短縮するとかならともかく、自ら極刑を望むなど想定外にも程がある。
しかしそれは、クレイグなりの考えがあった。
「だってよぅ、今から十年以上も待ってらんないだろ? だからって脱獄なんぞしたら、お天道様の下を歩けなくなっちまう。そんなことになれば、姫様方の目や耳として働くことすら叶わなくなる。それだけは絶対に許されない」
「そりゃまぁ、そうだろうが……」
「だからな? ここはもう一旦死んで生まれ変わるとか、あるいは腕や足の一本づつを切り取られるとかでもいいから、何とかして十年以上の刑を一気に返済したいんだ。そうすりゃ姫様方のもとに早く行けるだろう?」
「だからって、お前……死んだら元も子もねぇだろうよ?」
一足飛びに服役刑を終えようというクレイグ。そのあまりにも奇天烈な案に、レオニスは呆れ返る他ない。
しかしここで、レオニスがはたとした顔になり思案し始めた。クレイグの言葉の中に、何か思うところがあったようだ。
「……分かった。とりあえず上に掛け合ってはみる」
「おお、頼まれてくれるか!ありがとう!」
「ただし、それが通るかどうかは一切保証できん。別に俺は高位の貴族でもなければ裁判官でもないからな。罪人の刑罰を決める立場にはない」
「もちろん分かっている。ダメ元で掛け合ってくれるだけで十分だ」
「だったら、事が上手く運ばなくても文句言うなよ? その時は潔く諦めて、鉱山でもどこでも十年以上お勤めしろよ」
「承知した」
レオニスの言葉に全て頷くクレイグ。
レオニスが何をどう受け取ったのかは分からないが、やるだけやってみると言ってもらえただけでも御の字だ。
するとここで、刑務所職員が二人に声をかけた。
「面会時間の終了だ。9019番、戻るぞ」
「うぃっす」
刑務所職員の呼びかけに、クレイグがすぐさま応じて席を立った。
9019番とはクレイグに割り当てられた囚人番号で、刑務所内では全ての囚人が番号で呼ばれるという。
「……じゃ、レオニスさん。後はよろしくお願いします」
「おう、あまり期待はしてくれるなよ」
「分かってます。姫様方にもよろしくお伝えください」
面会室を退室する直前、クレイグはレオニスに向かって深々と頭を下げた。
そうしてクレイグと刑務所職員が退室した後、レオニスもまた徐に席から立ち上がり面会室を後にした。