作品タイトル不明
第1715話 レオニスの交渉
炎の洞窟でフラムや炎の女王と楽しいひと時を過ごした翌日。
ライト達はそれぞれの時間を過ごしていた。
ライトは冬休みの宿題をこなし、マキシはアイギスで店番兼アクセサリー作りの修行。
ライトの冬休みの宿題は、計算ドリルと書き取り、読書感想文、そして書き初め。
書き初めだけはきちんと元旦に行うとして、他の宿題は夏休み同様さっさと片付けておくに限る。
そしてラウルは、久々にカタポレンで畑仕事に没頭していた。
殻焼きの焼却炉をラーデに見張ってもらいながら、ラウルは白菜や大根、ほうれん草、長ねぎ、玉ねぎ、ニンジン、ブロッコリー等々、思いつく限りの様々な野菜の種を撒いたり苗を植えたりしている。
土いじりをしている時のラウルの、実に生き生きとした顔よ。
それまでのラウルはずっと羽衣作りに専念していたため、久しぶりの畑仕事は本当に楽しいようだ。
そしてレオニスはというと、ラグナロッツァの中心街からはるか離れた街外れのとある施設を訪ねていた。
その施設とは、犯罪者を収容する刑務所の一つ『第一刑務所』。
ラグナロッツァには三つの刑務所があり、犯罪の重さによって入れられる刑務所が異なる。
窃盗や暴力沙汰などの比較的軽いものは第三、詐欺や放火、強盗、誘拐などのそこそこ重い犯罪は第二、そして殺人や前科五犯以上の救いようがない屑は第一という決まりがある。
そしてラグナロッツァに蔓延る三大闇ギルドの一つ、盗賊集団『アルセーヌ・リュペン』の頭領、リュペン・ザ・ナインス(リュペン九世)は第一刑務所に収容されていて、レオニスはリュペンに面会するために刑務所を訪れていた。
…………
………………
……………………
時は少し遡り、クリスマスの前日である十二月二十三日のこと。
この日はダリオ・サンチェスが深夜に火の女王から直々に祝福を受けた翌々日。
レオニスはとあることをラグナ大公に相談するために、許可証を使い密談用の私室を訪れていた。
それは、クロエによるリュペンの下僕化の件である。
リュペンは過日、レオニスの愛娘であるノワール・メデューサのクロエの洗脳と魅了を受けて下僕となった。
それらの事実は、闇の女王やクロエから直接話を聞いたレオニスしかまだ知らない。
しかし、リュペンは闇ギルドの頭領だった重犯罪者。そのままでは三桁年の懲役刑もしくは最悪死罪となるだろう。
せっかくクロエが『 ウザ蝙蝠(マードン) より役に立つ、優秀な下僕が欲しい!』と思ってわざわざ洗脳したのに、死刑になってしまっては使役することは叶わなくなってしまう。
これではココががっかりしてしまう、と思ったレオニス。
ラグナ大公に諸々の事情を直接打ち明けて、相談することにしたのだ。
レオニスが密談用の私室に通されてから程なくして、ラグナ大公が入室してきた。
他の仕事や謁見などもあるだろうに、レオニスが待たされたのは三十分程度。
アポ無しで国家元首を訪ねたというのに、この程度の待ち時間で済むとは驚きだ。
しかし、ラグナ宮殿側としてはレオニスの要求を無碍にはできないのだろう。
何しろレオニスは、ラグナロッツァにおける危機―――火の女王の報復回避成功に導いた立役者なのだから。
「レオニス卿、待たせてすまんな」
「いやいや、そんなに待ってはいないから問題ない。つーか、こっちも急に訪ねたんだ、謝られても困る」
「そうかそうか、ならばお互いチャラといこうじゃないか」
「チャラって……ま、いいけどよ」
国家元首らしからぬ言葉遣いに、レオニスが一瞬だけ呆れるもすぐに笑う。
しかし、国家元首の貴重な時間を無闇に消費し続ける訳にはいかない。
早速レオニスが本題を切り出した。
「今日はあの事件に関して、新たに分かったことを伝えに来た。そしてそれに関する相談もある」
「是非とも聞かせてもらおう」
レオニスの話に、ラグナ大公が身を乗り出しながら応える。
レオニスが言う『あの事件』とは、言わずもがな乙女の雫を巡って起きた大事件のこと。
氷の精霊や炎の精霊を拉致しようとして、属性の女王の怒りを買った大事件である。
この件に関して、ラグナ大公は何をさて置いても最優先に対応しなければならない。
そしてどんな些細なことであろうとも、全てを把握しておかなくてはならない。
事件の主犯であるダリオ・サンチェスや闇ギルドのフェデリコを無事捕らえ、火の女王の報復は何とか回避することができた。
しかし、まだ油断はできない。
二度とこのような危機を起こさないためにも、ラグナ大公は意欲的に情報収集に努めていた。
「何日か前に、闇ギルドのフェデリコが急におとなしくなって、あれこれと証言し始めただろう? そのからくりが分かった」
「何ッ!? あれには何か理由があったのか!?」
「ああ、それはだな―――」
フェデリコがどのようにしてあのような変貌を遂げたのかを、レオニスが事細かに話してラグナ大公に聞かせていく。
精霊拉致を指示した実行犯であるフェデリコに、闇の女王と光の女王が姉妹の敵を討つために直々に拘置所に出向いて報復したこと、暗黒神殿守護神であるノワール・メデューサのココもこれに同伴していて、ココの特殊能力である洗脳と魅了の術をかけられたこと。
これによりフェデリコは嘘をつけない体質になり、様々な証言を得られて裁判なんかもスムーズに進むだろうこと。
これらの真実を私室で聞いたラグナ大公は、頭を抱えるようにがっくりと項垂れていた。
「はぁぁぁぁ……フェデリコが突然素直に自供し始めた、と現場から聞いた時には、何故そうなったのか疑問に思っていたが……拘置所にいる間に、そんなことが起きていたのか。そりゃあ突如変貌する訳だわ」
「まぁな。俺も闇の女王や光の女王が直接手を下すとは、夢にも思っていなかったが……それだけ彼女達も怒っていたってことだろう。特に炎の女王なんて、生死の境を彷徨う程の重傷を負わされたんだからな」
「うむ……属性の女王達の怒りを買うことが、ここまで恐ろしい事態を引き起こすとは正直思わなかった……精霊に関する法令の制定を、ますます急がねばならんな」
「おう、是非とも頑張ってくれ」
ラグナ大公が目を閉じ顔を歪めながら、みぞおちの辺りを手で押さえている。
ここ最近の怒涛の出来事を思えば、ラグナ大公の胃がキリキリと痛むのも致し方ない。
しかし、レオニスの話はまだまだ続く。
「でな、すまんがこれとはまた別の闇ギルドの話もあるんだ」
「ン? 別の闇ギルド? フェデリコじゃないヤツというと……ユルゲンとリュペンか。どっちだ?」
「リュペンの方」
がっくりと項垂れていたラグナ大公が、レオニスが振った新しい話題にのっそりと顔を上げた。
フェデリコ以外の二人といえば、詐欺師集団『欺瞞の王』と盗賊集団『アルセーヌ・リュペン』のことを指す。
それらの頭領の名前を、レオニスに教えられるより先に即座に挙げられるとは、やはりラグナ大公は優秀な頭脳を持っているようだ。
「リュペンがどうかしたのか?」
「ココがフェデリコを仕置きに来たついでに、リュペンも洗脳して自分の下僕にしたんだと」
「ブフーーーッ!!!!!」
レオニスからもたらされた予想外のとんでもない話に、ラグナ大公が思いっきり噴き出している。
そんなラグナ大公の動揺などキニシナイ!とばかりに、レオニスは話を続けた。
「ココは普段はカタポレンの森にある暗黒の洞窟に住んでいるんだが、人族が住む人里のことをもっと勉強したいと思っていてな。その目や耳としてリュペンを使役しよう、ということらしい」
「ま、まぁ、それは確かにな……闇ギルドが持つ情報網を使いこなすことができれば、これ以上ない情報収集手段となるだろうな……てゆか、レオニス卿はそのココという神殿守護神、だったか? 属性の女王のみならず、守護神達とも仲が良いのか?」
「おう、ココは俺の娘だからな」
「娘? え、マジ?」
「マジマジ」
レオニスが暗黒神殿守護神のことを『俺の娘』と呼んだことに、ラグナ大公が目をまん丸&点にして驚いている。
え、何、レオニス卿って独身じゃなかったっけ? 独身なのに娘がいるの?
……ぁー、でもなー、レオニス卿は知人の忘れ形見を引き取って里親として育てているらしいし。それと同じようなもんか?
そういやパレンだって独身だが、魔物災害で親を失くした孤児を養子にして息子として可愛がっていたよな。
冒険者ってのは、そういう義理人情に厚い人間が多いのかもな!
……ぃゃ、でも待てよ? 暗黒神殿守護神はノワール・メデューサだそうだから、そもそも人族じゃないよな?
血の繋がりのない異種族相手にも、里親になれるもんなのか?
てゆか、人族と神殿守護神って親子になれるもんなの?
レオニスの『俺の娘』発言に、ラグナ大公が脳内で懸命に答え探しをしている。
百面相をしながら必死に考え込む国家元首というのも、なかなかにお目にかかれないレアシーンである。
そしてこのレアシーンも、レオニスはキニシナイ!とばかりにさっさと話を続けた。
「で、だ。ついてはリュペンの刑について教えてもらいたい。もしリュペンが死刑にでもなったら、ココが下僕にした意味がなくなっちまう」
「いや、それはそうだろうが……まだ裁判も始まっていないし、ここで即答はできん」
「そうか……なら、ラグナ大公個人の予想でいい。リュペンの刑はどれくらいのものになると思う?」
「そうだな……三つの闇ギルドの中では、リュペンが最も軽い刑だろうが……それでも鉱山懲役三十年は下らんだろう」
「三十年か……」
戸惑いながら答えたラグナ大公の回答に、レオニスが渋い顔をしている。
三十年もの間、鉱山労働をし続けるリュペンを眺め続けたところで、果たしてどれだけクロエや闇の女王の役に立つだろうか。
クロエが期待するような役割は、まず果たせないと考えて間違いないだろう。
「なぁ、ラグナ大公。リュペンをココの配下にするには、どうすればいい?」
「……もしかして、それがレオニス卿の相談したいこと、か?」
「ああ。俺はココの父親だから、できる限り娘の願いを叶えてやりたい。それに、ココや闇の女王には闇ギルドの拠点探しでたくさん協力してもらったからな。その恩返しもしたいんだ」
「うぬぅ……」
レオニスの話に、ラグナ大公もしばし思案する。
確かに今回の事件は、闇の女王と光の女王の協力なくして解決などできなかっただろう。
人族側の調査能力だけでは、三週間という限られた期間のうちに闇ギルドの拠点を全て暴くことなど到底無理だった。
さらに言えば、闇の精霊達の働きがあったからこそダリオの邸宅にある転移門の存在を暴き、別件逮捕というきっかけを作ることもできた。
それがなければ、サンチェス家が持つ絶大な力の壁を打ち破ることはできなかっただろう。
娘の願いを叶える云々はともかく、人族側は闇の女王に対して多大な借りがあることは明白である。
闇の女王達の協力に報いるために恩返しがしたい、というレオニスの考えは人として正しい。
しかしラグナ大公には、それだけではない思惑があった。
それは『闇の女王とその守護神に、少しでも恩を売っておきたい』ということ。
今回の件は、ただでさえ人族側に多大な過失がある。
それをリュペンの一件だけで帳消しにできるとは思わないが、それでも闇の女王や神殿守護神の願いを叶えてやることで、彼女達の人族に対する心証を少しは良くすることができるのでは?とラグナ大公は考えていた。
「……闇の女王様や暗黒神殿守護神様の望みとあらば、俺としてもなるべく意に添いたいとは思う。リュペンに関しては、こちらの方で何とか調整するよう努力しよう」
「ありがとう、恩に着る!」
「どういたしまして。俺の方こそ、レオニス卿には散々厄介をかけたからな」
ラグナ大公の前向きな意見を聞き、レオニスが破顔する。
そしてその勢いで、もう一つの相談を切り出した。
「ラグナ大公、そしたらもう一つ相談があるんだが」
「え、何、まだあんの?」
「ああ。ココが下僕にしたというリュペンに、俺も一度会っておきたいんだ。そいつがココの手足となって働けるかどうか、この目で確かめておきたい」
「ぁー……」
レオニスの二つ目の相談に、ラグナ大公もびっくりした後で納得している。
情報収集の手先として使い物になるかどうか、レオニスは直接会って判断したい、と言っているのだ。
「ンーーー……年明けには裁判も始まるだろうし? 会うなら年内のうちがいいだろうから、面会許可証を出すよう手配しておこう」
「ああ、それでよろしく頼む!」
ラグナ大公の提案に、レオニスが一も二もなく承諾した。
リュペンがクロエの配下に相応しいかどうか、先に確認しておきたいというレオニスの心情も分かる。
この時のラグナ大公は与り知らぬことだが、マードンという失敗例を知るレオニスとしては『リュペンがどんな奴か、父親として先に知っておく必要がある!』といったところか。
そうしたレオニスの交渉の努力の甲斐あって、レオニスはリュペンとの面会にこぎつけることができたのだった。
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………………
…………
ラグナ大公直筆の許可証を持ち込み、リュペンとの面会に臨んだレオニス。
レオニスはリュペンの親族ではないし、弁護士でもないから本来なら面会などできないのだが。さすがはラグナ大公の勅命、効き目は抜群である。
面会室で一人、リュペンが連行されてくるのを静かに待っていた。
程なくして、ガラスの向こう側にある扉が開いた。
立会人と思しき刑務所職員の後ろについてきた一人の男。
それこそが『アルセーヌ・リュペン』の元頭領、リュペン・ナインスだった。