作品タイトル不明
第1711話 アレクシスの謝罪と後悔
炎の洞窟の中を歩いて進むライト達。
洞窟入口で魔物除けの呪符を使用したので、魔物は一体も現れない。
もちろんこれは、アレクシスの身の安全の確保のためだ。
そうしてアレクシスは、初めて目にする炎の洞窟の内部を物珍しそうにキョロキョロと見回していた。
「ぉぉぉ……炎の洞窟の中は、昔と全く変わらぬのだな」
「何だ、アレクシスは炎の洞窟に入ったことがあるのか?」
「ああ、これでも一応ウォーベック侯爵家嫡男にしてプロステス領主なのでな。ただし、この炎の洞窟の中に入ったのは領主就任前、十五歳くらいのことだったか……供も連れずに一回だけ、それも入口から数歩進んだところですぐに出てしまったがな」
かつて一回だけ炎の洞窟に入ったことがある、とアレクシスは言う。
その後もアレクシスがぽつりぽつりと自身の思い出話を語った。
「私の父や祖父は、炎の洞窟のことをそれはもう崇拝していてね。『無知な人族が気軽に立ち入っていい場所ではない』と言って、神聖視すらしていたよ」
「成人前の私には、どうにもそれが今一つ理解できなくてね。百聞は一見に如かず、とばかりに炎の洞窟に単身乗り込んだんだ。それがどれ程無謀なことか……まぁ、冒険者であるレオニス君達には言わずとも分かるだろう」
過去の苦い思い出を、アレクシスが恥ずかしそうに語る。
アレクシスを始めとして、ウォーベック一族は炎の洞窟を崇拝している。
そしてそれは代々続くものであり、歴代当主皆同じだったというが、若かりし頃のアレクシスはそうでもなかったらしい。
「まぁなぁ……一般人が何の準備も無しに炎の洞窟に入るってのは、さすがに無謀としか言えんわなぁ」
「そうだろうとも。今なら私も父達が言っていたことの意味が分かるし、何なら昔の私に向けて『そんな甘っちょろいことを考えるんじゃない!』と叱り飛ばしたいところなのだがな? ……本当に、若気の至りというのは恐ろしいものだ」
やれやれ……とばかりに首を横に振って呆れてみせるアレクシス。
怖いもの知らずもいいところの無謀さだが、若さ故の無知は誰しもが通る道とも言える。
レオニス自身、かつてディーノ村の孤児院時代に散々やらかしてはシスターマイラに怒鳴られていたので、アレクシスの気持ちは分かるつもりだ。
「……ま、その一回だけで懲りて今のアレクシスがあるってんなら、それもいいんじゃね?」
「ハハハ、レオニス君にそう言ってもらえると私も救われるよ。……というか、外は冬でも中は本当に暑いな」
「これぞまさに炎の洞窟!だろう?」
「ああ、全く以ってその通りだ」
のんびりと会話をしながらも、アレクシスの顔がじんわりと汗ばむ。
炎の洞窟は至るところで炎が噴き出している。しかもそれは通年変わらないので、洞窟の外が冬でどれだけ寒かろうとも中は夏のような暑さが保たれているのだ。
しかし、今のアレクシスは若かりし頃とは違う。
魔術師ギルドで私費で購入した耐火耐熱仕様のマントを羽織り、マントの裾やポケットに冷晶石を仕込むことで暑さを凌いでいる。
そして時折体力回復と水分補給を兼ねて、エクスポーションをちびちびと飲む。
そう、アレクシスは己の過去の失敗からきちんと学んで改善できる人間なのだ。
そうして洞窟の中を歩くこと小一時間。
ライト達五人は、最奥の間の手前に辿り着いた。
それまでのんびりとした口調だったアレクシスが、緊張の面持ちでマントの襟や裾などをきちんと直し始めた。
「アレクシス、緊張してんのか?」
「そりゃそうだろう。我がプロステスの象徴であらせられる炎の女王様とフラム様にお会いするのだ、緊張しない訳がない」
「ま、そう堅苦しくならんでもいいさ。炎の女王もフラムも優しい性格だからな」
「うむ……」
最奥の間の入口寸前で、しばし無言で立つアレクシス。
胸に手を当てながら目を閉じ、すぅー、はぁー……と深呼吸を繰り返している。
いよいよ憧れの象徴達と直接会えるのだ、アレクシスが緊張するのも無理はない。
そうして深呼吸を五回したところで、アレクシスは静かに目を開けて前を見据えた。
「皆、待たせてすまない。では、行こうか」
「「おう」」
「「はい!」」
心の準備を整えたアレクシスの言葉に、レオニスはもとよりライトにラウル、マキシまでもが威勢よく応じる。
そうして五人は、レオニスとアレクシスを先頭にして炎の洞窟最奥の間に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最奥の間に入ったライト達。
入口の傍にまずフラムがいて、フラムの左斜め後ろに炎の女王が控えていた。
『皆、いらっしゃい!』
「おう、フラム、わざわざ入口まで迎えに来てくれたのか?」
『うん!だって、皆がこの洞窟に入ってきたのはすぐに分かるもん!』
「そっか、そうだよな。お出迎え、ありがとうな」
『どういたしまして♪』
ニコニコ笑顔でレオニスにガバッ!と抱きつき、そのまま頬ずりするフラム。
フラムはこの炎の洞窟の神殿守護神なので、洞窟の中に何者かが入ってくればそれが誰であるか、ある程度分かる。
そしてその何者かが己の親しい者達であるならば、最奥の間への到着を待ち侘びて入口で待機するのも当然であった。
そして、レオニスの横にいたアレクシスはというと。
最奥の間に入っていきなり朱雀のフラムを目の当たりにしたので、カチコチに固まっていた。
『レオニス君、この人族は誰? レオニス君達のお友達?』
「ああ。プロステスという人里の街を治めている、アレクシス・ウォーベックという人間でな。俺達全員の友達であり、今日は是非ともフラムと炎の女王に会いたいと言うので連れてきた」
レオニスに抱きついたまま、きょとんとした顔で小首を傾げるフラム。
そんなフラムに成り代わり、炎の女王がレオニスに問いかけた。
『レオニス、その人族は妾達に害なす者ではないのだな?』
「もちろん。俺達がそんな奴をここに引き入れる訳がないだろう?」
『う、うむ……もちろん妾とて、汝らのことは信頼しておるが……あの日以来、どうにも疑り深くなってしまっていてな……』
「そりゃ仕方ない。あれだけ酷い目に遭ったんだ、そうなるのも無理はないさ。むしろ、あんな事件があった後でもこうして俺達と会ってくれるんだから、こっちが感謝しなきゃならん」
アレクシスが何者であるかを詰問するかのような炎の女王の問いかけに、レオニスは怒ることなく受け入れている。
それまで炎の女王は、他者を疑うことなど滅多になかった。
しかし、欲望に塗れた人族の汚い策略によって、炎の女王とフラムは生死の境を彷徨う羽目になった。
如何にライトやレオニス達のことを信用していても、それ以外の者に対してはどうしたって警戒してしまうのも無理からぬことだった。
するとここで、それまでカチコチに固まっていたアレクシスがその場で土下座した。
「炎の女王様、フラム様……誠に申し訳ございませんでした!」
「此度は愚かな人族がしでかした愚行により、お二方に多大なご迷惑をおかけして……いや、ご迷惑などという生易しいものではございません。決して許されざる所業にございます」
「本当に……本当に、申し訳ございません……」
最初のうちは絶叫に近かったアレクシスの声が次第に小さくなっていき、最後の方では嗚咽を堪えて震えていた。
それは、アレクシスの心からの謝罪と強い後悔。
敬愛する炎の洞窟の主達を、同胞である人族が私利私欲のために付け狙うだけでも許し難いというのに。その上両者に瀕死の重傷まで負わせたというのだから、アレクシスの憤りは如何ばかりか。
しかし、アレクシスが何より怒っていたのは自分自身にだった。
プロステスの管轄区域である炎の洞窟で、不逞の輩をのさばらせてしまったこと。そして事件を未然に防げなかった己の不甲斐なさが、アレクシスは一番腹立たしかった。
地面にゴツン!と頭を打ちつける勢いで土下座するアレクシス。
ざらついた剥き出しの地面のため、アレクシスの額が切れて血が滲み出ている。
しかし、レオニス達にはアレクシスの土下座を止めることはできなかった。
炎の洞窟での一件で、誰よりも強い憤りと後悔を抱えているのはアレクシスだということが分かるからだ。
そんな中、真っ先に口を開いたのは炎の女王だった。
『……ぁぁ、ぃゃ、その、何だ……あの不埒者どもは、汝が差し向けた訳ではないのだろう?』
「それはもちろん!我らプロステスの民に、あのような愚行を犯す輩などおりませぬ!というか、もし今私の目の前に奴等がいたら、それこそ八つ裂きでは済ませません!この手で百万回擂り潰しても飽き足りません!」
『う、うむ、同胞を擂り潰すというのは感心せぬが……それでも妾達に対する汝の気持ちは理解した。その謝罪、妾は受け入れよう』
「あ、ありがとうございます!」
炎の女王の言葉に、アレクシスがガバッ!と顔を上げて涙ながらに感謝している。
切れた額から血が垂れているのだが、今のアレクシスは極限に近いハイテンション状態なので全く気にならないようだ。
しかし、血がダラダラと垂れている状態のアレクシスをそのままにしておく訳にもいかない。
アレクシスの横に立っていたレオニスがしゃがみ込み、無言で中級回復魔法のキュアヒールをアレクシスにかけていた。
そして炎の女王は、未だレオニスに抱きついたままのフラムにも声をかけた。
『フラム様、妾はこの者の謝罪を受け入れましたが……もしフラム様がお許しにならないのでしたら、今すぐにでも洞窟から追放いたしましょう』
『ンー……そこまでしなくてもいいよ。見たところ悪い人じゃなさそうだし、何よりレオニス君達が連れてきた人だからね。きっと、いや、間違いなく善い人なんだと思う。だから僕も、炎の女王ちゃんと同じく彼の謝罪を受け取るよ』
「ありがとうな、フラム」
『どういたしまして♪』
レオニスの首っ玉に抱きついているフラムを、レオニスが嬉しそうに片腕に抱き抱えながら礼を言う。
ただし、アレクシスはフラムの加護を得ていないので、フラムが何と言っているのかは正しく聞き取れない。
不安そうな眼差しでフラムを見上げているアレクシスに、後ろにいたライトがこっそりと話しかけた。
「ウォーベック侯爵様、フラムも許すって言ってくれてますよ」
「何ッ!? ほ、本当にフラム様は私を許してくださるのか!?」
「ええ。ほら、フラムの顔を見てください。笑ってるでしょう? もし許してなかったら、あんな笑顔にはなりませんって」
「………………」
ライトの通訳と解説に、アレクシスが改めてフラムの方を見た。
そこにはライトが言ったように、穏やかな笑みを浮かべている愛らしいフラムがいた。
「ぅぅぅ……フラム様、ありがとうございます……ありがとう、ございます……」
フラムの笑顔を見たアレクシスの双眸に、再び涙が溢れる。
炎の女王とフラムの寛大な心に、アレクシスはただただ感謝するばかりだった。