軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1703話 ハリエットの胸の内にある思い

街の外に出られる城壁門に辿り着いたライト達。

門の内側には、今から街の中に入りたい人々が手続きのために列を成して順番待ちをしている。

門とは人が出入りするためのものだが、もうすぐ日暮れになるというこの時間帯で今から外に出ようとする者は一人もいない。

街の外から来てツェリザークに入りたい人々ばかりだ。

そんな中で、ラウルが顔馴染みの門兵に声をかけた。

「よう、マルセル、久しぶり」

「ン? ……おお、ラウルさんじゃないか!久しぶりだなぁ!」

ラウルの顔を見た、マルセルという名の門兵の顔が綻ぶ。

ラウルがこの街で殻処理依頼を引き受ける時には、そのついでにツェリザーク郊外の雪の採取に出かけることも多い。

そのため、ラウルは城壁門を守る門兵全員と仲良くなっていた。

「つーか、この時間にラウルさんが来るなんて珍しいな? 一体どうしたんだい?」

「すまんが、ちょっとだけ門の外に出てもいいか?」

「え、まさか今からお連れさんといっしょに街の外に出るってのか? いくらラウルさんでも、そりゃちょっと認められんのだが……」

ラウルの申し出に、マルセルがラウルの後ろにいるライト達をちらっと見遣りながら制止しようとしている。

もしこれが、ラウル一人だけの訪問ならマルセルも快く送り出したことだろう。

しかし、今日のラウルが単独行動ではないことは、マルセルが見ても一目で分かる。

しかもラウルの連れのうち、子供が二人もいるではないか。

ラウルだけで出かけるならともかく、幼い子供二人ともう一人の大人の四人連れで今から外に出るのは、無謀どころの話ではない。完全に自殺行為である。

それを無謀だと考え、引き留めようとするマルセルの行動は正しい。

そんなマルセルに、ラウルがきちんと説明をした。

「いや、そうじゃなくてな。子供達が街の外の景色を見てみたいって言ってるんだ」

「あー……外に出かけるんじゃなくて、城壁の外を見たいだけってこと?」

「そゆこと」

ラウルの説明に、険しかったマルセルの顔が次第に解れていく。

ツェリザークの外から来た余所者達にとって、ツェリザークの豪雪が物珍しく映るのはよくあることだ。

それに、普段はラグナロッツァに住んでいるラウルが連れてくる者なら、当然その者達もラグナロッツァの住民であろうことも容易に推察できる。

都会に住む子供達がツェリザークの雪景色を見たいと思うのも、まぁ当然っちゃ当然だよな……とマルセルも得心していた。

「……しゃあないなぁ、他ならぬラウルさんの頼みだしな」

「ありがとう、マルセル!恩に着る!」

「いやいや、恩に着るのは俺達の方だぜ? 何てったってラウルさんは、このツェリザークの救世主なんだからよ!」

ニカッ!と笑いながら、ラウルの背中をバンバン!と叩くマルセル。

ラウルがあらゆる方面でツェリザークを救い続ける救世主であることは、この街に住む者なら誰でも知っている。

もはや国民的スターならぬツェリザーク的大スターであるラウルの頼みなら、多少の無茶でも通るようだ。

「門の真ん前に立つだけなら、通行料もロハにしとこう」

「すまんな」

「ただし、景色を見るだけなんだから、長くても一分程度にしてくれよ? 見ての通り、この時間帯は入管審査で混雑してるからよ」

「分かってる。本当にありがとう」

融通を利かせてくれるマルセルに、ラウルが改めて礼を言う。

ラウルを先頭に門を潜り、その後をライト、ハリエット、サヴェリオの順で通っていく。

ライトとハリエットは、マルセルとすれ違う際に「ありがとうございます!」とそれぞれ礼を言っていた。

ラウルの執り成しのおかげで、ツェリザークの城壁門の外に出ることができたライト達。

ハリエットの願いを叶えるために出た街の外は、雪がはらはらと降り続いていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

門の外はものすごく寒くて、街の中とは比較にならない程冷え込んでいる。

そのあまりの寒さに、アイギス製のダウンジャケットを着ているハリエットですらブルッ!と大きく身震いしたくらいだ。

街の中と外でここまで気温が違うのは、ツェリザークという街にもラグナロッツァ同様の結界が張られているからだ。

もっとも両者の結界の目的は異なっていて、ラグナロッツァは魔物の侵入を防ぐため、ツェリザークでは気温の低下を抑えるためである。

「これが……ツェリザークの、本当の、寒さ……」

街の中よりもさらに真っ白な息を吐きながら、ハリエットは眼前に広がる景色をじっと眺める。

門の外の気温はマイナス25℃。門の内側のマイナス15℃よりも、さらに10℃低い極寒の地が広がっていた。

感慨に浸るハリエットの後ろで、サヴェリオが歯をガチガチと鳴らしながら震えている。

ライトとラウルは氷の女王の加護を得ているので、ツェリザーク郊外の極寒気温も全然平気のへっちゃらなのだが。

護衛でついてきたサヴェリオだけは、四人の中で唯一普通の装備。そのため、さすがにこの気温はかなりキツいようだ。

約束の一分を過ぎたあたりで、ラウルがハリエットに声をかけた。

「……さ、ハリエットちゃん、そろそろ門の中に入ろうか。このままだと、サヴェリオが凍りついちまう」

「はい、私のわがままを聞いてくださり、ありがとうございました。サヴェリオ、貴方にまで寒い思いをさせてしまってごめんなさいね」

「ぃ、ぃぇ……ゎゎゎ私は、ぉぉぉお嬢様の、ごごご護衛ですから……」

優しい声でハリエットを促すラウルに、ハリエットも素直に従う。

そうして四人は再び門の内側に入り、マルセルに礼を言って街の中に戻っていった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「うおおおおッ、街の中が温かく感じるーッ!」

さっきまで歯の根をガチガチと鳴らしていたサヴェリオが、街の中に戻ったことで生き返っている。

たかが10℃、されど10℃。この気温差は、案外馬鹿にならないようだ。

その一方でライトは、ハリエットに街の外を見た感想を尋ねていた。

「ハリエットさん、外の景色を見てどうだった?」

「ラグナロッツァにだって雪は降るし、初めて見るものでもないのですが……ツェリザークでは、あんなにもたくさんの雪が降り積もっているのですね」

「うん、ぼくも初めて見た時は感動したなー!」

「………………」

昔を思い出して楽しそうにしているライトと違い、ハリエットはとても真剣な眼差しでふと空を見上げる。

「私は……ライトさんやラウルさんのように、いろんな場所に自由に出かけることはできません。それは、子供である今だけでなく、大人になってからもきっと変わりません」

「ですが……今日は皆さんとともにツェリザークに来れたことで、冷晶石を作る環境がいかに厳しいものかを知ることができました」

「冷晶石は、プロステスの厳しい夏を乗り越えるのに絶対に欠かせない、まさに命綱にも等しい品……私達ウォーベック家でも、夏の時期には毎日のように使う冷晶石。あの涼しさを蓄えるには、この厳しい寒さがあってこそなのだということを……身を以って知ることができて、本当に良かったと思っています」

己の胸の内にある思いを、静かに語るハリエット。

彼女がツェリザークの街の外を見たいと言ったのは、単なる観光や物見遊山などの軽い気持ちではなかった。

彼女にとって第二の故郷であるプロステスの生命線、冷晶石。

それが作られる環境を、ハリエットは自分自身の目で直に見ておきたかったのだ。

勤勉な彼女の真摯な思いに、ライトの胸がちょっとだけ痛む。

ライトは生粋の平民だし、その気になれば冒険者以外の何者にだってなれる。

しかし、ハリエットはウォーベック伯爵家の一人娘。

間違ってもライトやラウルのような冒険者になることなどない。

また、彼女の両親の方針により政略結婚はしないとしても、一生独身を貫く訳にもいかないだろう。

いずれは良家の子息に嫁ぐ未来が来るであろうハリエットにとって、どこへでも自由に羽ばたけるライト達の存在はどれだけ眩しく映ることか。

平民には平民の、貴族には貴族の苦悩があることを、ライトはハリエットの呟きからその一端を垣間見た思いがした。

だがしかし。そんな空気を全く読まない妖精がここに一人。

「ハリエットちゃんは真面目なんだな。そんなにツェリザークの雪景色が見たいなら、これからだって何度でも来ればいいさ」

「それは……正直なところ、とても厳しいです。今日はライトさんとラウルさんがいっしょだから、私とサヴェリオも転移門を使わせていただきましたが……普通なら、馬車に乗って何日もかけて移動しなければ、ラグナロッツァからツェリザークへは来れないものなのですから」

「ン? そういうもんなのか?」

ハリエットの答えを聞いたラウルが、思わずライトの顔を見る。

ラウルの素の質問に、ライトはただコクコク、と首肯する。

そう、この妖精もまたレオニスという規格外に仕えるが故に、大多数の人族が持つ一般常識に非常に疎かった。

もっともラウルの場合、そもそも人族ではないのでもとから人族の常識に疎いのだが。

とはいえ、レオニスのせいで常識がさらに乖離していることは否めないので、これはやはりレオニスの責任大であろう。

しかし、この程度のことで凹んだり引っ込むラウルではない。

ライトの首肯を見た後も、ケロッとした様子で話を続ける。

「ぁー、まぁ、確かにな……転移門を使うのに結構金が要るってのは、だいぶ前に聞いたことがあるような気がするわ」

「ええ、災害などの非常時は別として、余程裕福なお家でもなければ転移門など使わないものなのですよ?」

「そっか……でも、もしハリエットちゃんがまたツェリザークに来たいってんなら、俺やライトが連れて来てやれるし」

「!?!?!?」

思いがけないラウルの提案に、ハリエットが目を丸くして驚いている。

「だって、ハリエットちゃんはまたルティエンス商会に買い物をしに行きたいんだろう?」

「え、ええ……確かに先程、お店でもそう言いましたが……」

「だったらいつでもそう言ってくれればいい。俺もライトも、ルティエンス商会にはよく買い物に行くしな!」

ニカッ!と笑いながらハリエットの頭を撫でるラウル。

その眩しい笑顔に、ハリエットの目が釘付けになる。

ラウルは『ハリエットちゃんがツェリザークに行きたいなら、俺が殻処理依頼をこなしたりライトがルティエンス商会に買い物に行くついでに、いっしょに連れていってやればいい』くらいにしか思っていない。

割とぞんざいかつ気軽過ぎる思考だが、ライトやラウルが冒険者ギルドに通行料代わりに納める魔石はカタポレンの家でいくらでも作れるので、全く問題ない。

強いて問題点を挙げるとすれば、ハリエット側の方だ。

お出かけする際には、必ずと言っていいほど今日のように誰かしら護衛についてきてもらわなければならないだろう。

そしてその都度両親にその旨を話して、出かける許可を逐一取らなければならない。

しかし、それらはハリエットにとって瑣末な問題でしかない。

ツェリザーク限定であろうとも、自由に外に出かけることができるなら御の字だ。

ハリエットは目をキラキラと輝かせて、ラウルの手を握りしめた。

「ラウルさん、お心遣いいただきありがとうございます!またツェリザークにお出かけする際には、是非とも私にもお声がけくださいませ!」

「おう、任せとけ。ただしそれは、ラグーン学園が休みの日だけな?」

「もちろんですとも!そして、もしよろしければ兄のウィルフレッドも是非ともお供させてくださいまし!お兄様もウォーベック一族の者として、ツェリザークの厳しい冬を直に見ておくべきです!」

「ああ、ウィルフレッドも行きたいと言ったら連れていってやろう」

「ありがとうございます!」

ハリエットの願いを快く聞いてくれるラウルに、ハリエットが興奮気味に喜んでいる。

名目としては立派な社会見学だし、社会見学のついでにライトやラウルと楽しいひと時が過ごせるならこれ程嬉しいことはない。

そんな話をしているうちに、冒険者ギルドツェリザーク支部の建物に到着した。

建物の中に入ると、外の寒さが嘘のように温かい。

建物の温かさにホッとするハリエットに、ライトが声をかけた。

「ハリエットさん、ほら、あっちを見て」

「???…………ッ!!」

ライトが指差した方向を見たハリエットの目が大きく見開かれる。

その指先の向こう側には、熱晶石が収められたストーブがあった。

そして熱晶石入りの設備はストーブだけではない。

人が簡単に触れないような高さに吊るされているランタンだったり、あるいはスノードームのようにガラスの球に入れて飾られていたり。

様々な場所にプロステス産の熱晶石が置かれていた。

「このツェリザーク支部の温かさは、プロステスの熱晶石のおかげなんだよ」

「そうなんですね……こうして熱晶石が使われているところを見るのは初めてです。プロステスの伯父様やお父様は、きっと見慣れているでしょうが……」

「熱晶石も冷晶石も、ホントにすごいよね!人族が生み出した真の叡智って、晶石のことを言うんだとぼくは思うね!」

「……はい!私もそう思います!」

あちこちに置かれて大活躍している熱晶石を、ライトがそれはもう手放しで大絶賛している。

ライトはいつもBCO関連で嘘をついたり誤魔化したりする度に、ラキやヴィヒトなど他種族から『人族の叡智は侮れん……』と感嘆されるのだが。

そんな嘘っぱちのハリボテ叡智よりも、ツェリザークの冷晶石やプロステスの熱晶石の方が余程すごい叡智だと心底思っている。

そしてライトの大絶賛に、ハリエットも花咲くような笑顔で同意する。

身も心も温かくなったハリエットの笑顔は、ライトやラウル、そしてサヴェリオの心も和ませてくれるのだった。