作品タイトル不明
第1702話 ツェリザークでの楽しいひと時
無事クリスマスプレゼントの買い物を終えて、ルティエンス商会を後にしたライト達。
時刻は正午の少し手前、お昼ご飯を食べるにちょうどいい時間だ。
「お昼ご飯は、何を食べようね?」
「俺がよく食いに行く、氷蟹の美味しい店とか近くにあるぞ」
「まぁ、氷蟹が食べられるお店ですか!? 氷蟹はラグナロッツァでは滅多に食べられない高級食材で、ラグナ宮殿の晩餐会でもたまに振る舞われるくらいだと聞いたことがあります!」
「なら、ハリエットちゃんのために氷蟹の店に行くとするか」
ラウルが何気なく口にした『氷蟹』という言葉に、ハリエットが思いの外嬉しそうな反応をしている。
ハリエットの言う通りで、氷蟹はその特性上、食材として扱う場合は鮮度の維持が非常に難しいとされている。
凍っている身が自然解凍されると、溶け出した氷水とともに旨味まで一気に流れ出てしまうからだ。
氷蟹は茹でたり焼いたりしてもいいが、その調理には必ず凍ったままの氷蟹を用いる———これこそが、サイサクス世界における氷蟹の正しい調理方法なのである。
そのためツェリザーク以外の街に氷蟹を運ぶには、ただ単に馬車を使用するだけの一般的な運搬方法は使えない。
空間魔法陣を使える人材を雇うか、あるいは馬車を使うにしても氷の魔石を大量に積み込むことが必須となるので、どうしてもコストが壮絶に嵩むのだ。
四人はラウルのオススメの店『迷える小カニ亭』に入り、それぞれ好きなものを注文する。
ライトは氷蟹の蟹爪ステーキ、ラウルは狗肉ステーキ、ハリエットは氷蟹のしゃぶしゃぶ、サヴェリオは狗肉ハンバーグ。
どれも絶品料理で、その美味しさに皆舌鼓を打っていた。
昼食を食べた後も、四人のツェリザーク観光は続いた。
特にラウルは氷蟹の殻目当てで頻繁にツェリザークに訪れているので、ツアーガイドができるくらいにいろんな店や場所を知り尽くしているのだ。
ツェリザークで一番賑わうヘルムドソン通りの市場を始めとして、様々な店を見て回るライト達。
「お父様達へのお土産に、是非とも氷蟹を持って帰りたい!」というハリエットの願いを聞き届けるために、彼女が購入した生の氷蟹の脚(一本3000G)二本分をラウルが空間魔法陣で預かってあげたり、凍砕蟲の織物の店でハリエットやライトの個人的な買い物をしたり。
その途中で、屋台で売っている熱々の焼き芋を買って歩きながら食べたりもした。
屋台のおじさんがニコニコしながら「お嬢ちゃん、可愛いねぇ!可愛い子には一番大きなお芋をあげちゃうよ!」と言って、本当に四人の中で一番大きな焼き芋をハリエットに渡してくれた。
茶目っ気たっぷりの屋台のおじさんに、ハリエットが嬉しそうに「ありがとうございます!」とお礼を言っていたのが何とも微笑ましい。
平民のライト達はともかく、伯爵令嬢であるハリエットが外で買い食いをするなど普段なら絶対にあり得ないことだ。
しかし今は、普段とは違う。
ハリエットは伯爵令嬢という身分を隠し、町娘に扮して同級生とともに買い物に出かけている。
普段とは違う、まさに今ここでしか経験できないことに、ハリエットの胸は終始ワクワクしっぱなしだった。
市場での買い物三昧の後、三時のおやつと休憩も兼ねてテバブを買って近くのベンチで四人で食べた。
このテバブは、ライトが初めてツェリザークを訪れた時にクレアやフェネセンとともに食べた思い出の品だ。
ライトがこのツェリザークの街を初めて訪れたのは、二年前の十月のこと。
あれからもう二年以上が経ったことに、ライトはテバブを食べながら一人感慨に浸る。
あの時は、大好きなクレアさんとフェネぴょんといっしょにお出かけできて、すっごく楽しかったな……
フェネぴょんが旅に出てから、全然連絡が取れなくなっちゃったけど……
フェネぴょん、今どこにいるんだろう?
元気にしてるのかな、大丈夫かな……フェネぴょんに会いたいな……
口の中に広がるテバブの旨味を噛みしめながら、ライトは親友であるフェネセンの身を案じる。
行方不明の友の身を案じていたせいか、ライトの顔も自然と曇りしょんぼりとしている。
そんなライトの異変に、ハリエットが目敏く気づいた。
「ライトさん、どうかしましたか? もしかして、歩き過ぎてお疲れですか……?」
「ン? ……ぁ、ぃゃ、そんなことはないよ!」
「なら良いのですが……」
「本当に大丈夫!だってぼく、冒険者になるための体力作りを毎日欠かしてないもん。だから、今日歩いた分くらいじゃ疲れないし、全然平気だよ!」
眉をハの字にして、心配そうにライトの顔を覗き込むハリエット。
彼女に要らぬ心配をかけてしまったことに、ライトは慌てながら努めて明るい声で元気さをアピールしている。
「というか、ハリエットさんの方こそ疲れてない? ほら、今日はあちこちたくさん歩いたし」
「私も大丈夫です。ライトさんやラウルさんとお出かけできて、すっごく楽しいです!」
今度はハリエットの身を気遣うライトに、ハリエットも明るい笑顔で応える。
しかしここで、サヴェリオがハリエットに声をかけた。
「お嬢様、もうそろそろラグナロッツァにお戻りになるべきかと」
「……そうですね。日が暮れる前には、家に帰らなければなりませんものね」
護衛騎士の進言に、ハリエットが俯きながら同意する。
あと数日で冬至を迎える昨今だけに、日が暮れるのも早い。
午後五時前にハリエットを自宅に送り届けるには、時間に余裕を持って午後四時にはツェリザークを出てラグナロッツァに帰還したいところだ。
しかし、ハリエットの顔はどことなく暗い。
それは、この楽しいひと時がもうすぐ終わりを迎えることへの落胆か。
するとここで、俯いていたハリエットがつい、と顔を上げてラウルに声をかけた。
「あの……ラウルさん、一つお願いがあるのですが……」
「ン? 何だ?」
「私、一度でいいからツェリザークの街の外を見てみたいんです。ラグナロッツァに帰る前に、街の外を見ることはできますか……?」
「………………」
ハリエットからのお願いに、ラウルはまずサヴェリオの顔をちろり、と見遣った。
サヴェリオは、無言で首を横に振っている。
護衛騎士であるサヴェリオに言わせれば『そんな危険な場所に、お嬢様を連れていくなど言語道断だ!』といったところか。
そうした二人の大人のやり取りに、ハリエットの顔がますます曇りを増していく。
そんな中で、ライトだけがハリエットの味方をした。
「ラウル、ツェリザークの出入口の門を出たところに行くだけなら大丈夫なんじゃない? ほら、ハリエットさんはぼく達と違ってツェリザークに来ることなんて滅多にないだろうしさ。せっかくなら、街の外の雪景色をハリエットさんにも見せてあげたいよ」
「まぁな……門を出てすぐのところなら、魔物が襲いかかってくることもないしな。サヴェリオも、それでいいか?」
「……(コクリ)……」
ライトの助け舟に、ラウルも頷きながらサヴェリオの同意を求める。
確かにライトの言う通りで、ツェリザークの街の外の景色を見るだけなら門を出てすぐのところでも問題ないはずだ。
それに、万が一門のすぐ近くで魔物に襲われたとしても、今のラウルなら難なく退治できるだろう。
そしてサヴェリオも、ラウルの腕っぷしの強さは時折噂に聞いていた。
自分とラウルがハリエット達の身を守るべくついていれば、何かあっても大丈夫だろう。
それに……ライト君の言う通りで、お嬢様がこの先ツェリザークを訪れることなど滅多にないだろうからな……
サヴェリオはそう思ったからこそ、先程の反対を翻して賛成することにしたのだ。
そうと決まれば話は早い。
時刻は午後三時半の少し手前。ここから街の出入口である城壁門まで、少し急ぎ足で往復すれば帰りの時間に十分に間に合うだろう。
四人はまだ手に持っているテバブを急いでパクパクと食べて、ベンチから立ち上がった。
「じゃ、今から皆でちょいとだけ街の外の景色を見に行くか」
「うん!」「はい!」
口の端についた少量のテバブのソースを、ラウルは親指で拭いながらライト達に呼びかける。
そうして四人は、急ぎ足で城壁門に向かっていった。