軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1499話 怪音の主

ライト達を背に乗せたまま、リンドブルムがチュシャ猫とともに洞窟前に立った。

小高い山の裾にあるその洞窟の入口は、巨躯を誇るリンドブルムを優に上回る大きさだった。

洞窟の入口前に佇み、暗くてよく見えない奥を真っ直ぐ見据えながらリンドブルムが呟く。

『ここにファフ兄がいるのね? うん、まぁね、確かにファフ兄が好きそうな洞窟だわー』

『でしょでしょー? もうイビキは聞こえてこにゃ……』

『☆∅◎↗∀∞♪↕▲⇄≪@◇~♬』

「「「『『………………』』」」」

突如洞窟の奥から響いてきた怪音に、ライト達やチュシャ猫が固まる。

まるで地の底から響いてくるようなそれは、確かにイビキに聞こえなくもないのだが、それよりももっと恐ろしげな何かを含んでいるようにしか思えない。

断末魔の叫びか、あるいは拷問の責苦による呻き声を彷彿とさせる恐ろしい声。

ずっと聞いていたら、本当に何かに呪われるかノイローゼになりそうな怪音だ。

しかし、この音の暴力に唯一怯まなかった者がいる。それはリンドブルムだった。

『あ"ーーー……これはイビキじゃないわ。ファフ兄の鼻歌ね』

『ぇ……これ、鼻歌にゃのん?』

『そうそう。ファフ兄はね、とってもご機嫌な時によく鼻歌を歌うのよ。でもって、今聞こえてきてるのは紛うことなきファフ兄の鼻歌よ。妹である私が言うんだから間違いないし、サミー、アンタも分かってるでしょ?』

『は、はい……確かにこれは、ファフ兄様の鼻歌です……ファフ兄様、これさえなければ完全無欠のドラゴンなのに……相変わらず酷い音階ですぅ……』

リンドブルムによると、この怪音は何とファフニールの鼻歌だというではないか。これにはチュシャ猫どころかライト達も全員びっくりである。

そしてサマエルもファフニールの鼻歌のことを知っているらしく、姉の問いかけに耳を塞ぎながらコクコクコク……と首を縦に小刻みに振って頷いている。

この怪音もとい鼻歌、リンドブルムは全然平気なのだが。芸術家肌のサマエルには耐え難いものらしく、目をギュッ!と閉じながら耳を塞いで苦悶の表情で耐えている。

『ぅぅぅ……ファフ兄様のことは心から尊敬していますが、この鼻歌だけはどうにもいただけない……』

『それくらい我慢なさい。ファフ兄が鼻歌を歌うくらいに機嫌が良いなんて、滅多にあることじゃないのだから』

『それは、そうなのですが……ファフ兄様の身に、どんな良い事が起きたのでしょうね?』

『それを聞くためにも、中に入らないとね。さ、行きましょ』

サマエルの愚痴を一頻り聞いたリンドブルムが軽く窘め、率先して洞窟の中に入ろうとした、その時。

バコンッ!というものすごい音がしたと思ったら、リンドブルムの身体が後ろに仰け反って倒れてしまった。

『痛ッたぁーーー!!……何よ、コレぇ……』

『ふむ……どうやらこれは、ファフ兄様の結界のようですね』

『ファフ兄めーーー、何でこんなもん張ってやがんのよッ!』

鼻を思いっきりぶつけて涙目のリンドブルム。

上半身を起こして地べたに座り込みながら、ぶつけて痛む鼻を擦りプンスコと怒っている。

試しにレオニスが手を前に翳しながら進んでいくと、確かに洞窟の入口に見えない壁のようなものがあって、リンドブルムやライト達の行く手を阻んでいた。

そしてこの結界、ガラスのように透明で見えなかったのでリンドブルムは思いっきり顔をぶつけてしまったのだ。

怒り心頭のリンドブルムがすくっ!と立ち上がり、見えない結界を拳でガンガンと叩きながら中に向かって叫んだ。

『ちょっとーーー!ファフ兄ーーー!中にいるんでしょーーー!出てきなさいよーーー!!』

『出てこないってんなら、私の尻尾でこの結界を粉々に砕いてやるんだからーーー!』

『私が十数えるうちに出てきなさーーーい!十、九、八、七……』

リンドブルムは尻尾を何度もダン!ダン!ダダダン!と地面に力一杯叩きつけながら、不満を大爆発させている。いわゆる『地団駄』の尻尾バージョンである。

本気でキーキー激怒しながら地団駄を踏んだ後、リンドブルムは数字を数え始めた。

十から始まるカウントダウン方式で数字を数えるリンドブルム。

その数字が『二』になったところで、洞窟の奥から誰かが出てきた。

『おいおい、我が妹よ。兄が苦労して作った結界を、そう簡単に壊そうとするんじゃない』

甘く囁くような魅惑の低音ボイスに、リンドブルムより一回り大きな身体を持つドラゴン。

それこそが、ラーデの第一子にしてリンドブルムとサマエルの兄であるファフニールであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

洞窟奥からのっそりと出てきたファフニール。

大きさや姿形はリンドブルムとほぼ同じで、皮膚が青紫で鬣や爪が赤紫色。配色がリンドブルムと逆になっている。

そして久しぶりに会う兄妹だが、鼻を強かにぶつけた妹が思いっきり兄に食ってかかる。

『ファフ兄の結界のせいで、私の綺麗な鼻筋が曲がったらどうしてくれんのよ!』

『ぃゃぃゃ、そこは無闇矢鱈に洞窟に突っ込んでくるお前のせいだろう? そもそもここは、私とフレアの新居なのだからして。家の出入口に扉をつけるのは当たり前のことだろう』

『扉をつけるなら、透明じゃない扉にしなさいよッ!』

結界を挟んで対峙するドラゴンの兄妹。

キーキー怒る妹に、やれやれ……といった様子のファフニール。

ファフニールの口調は終始穏やかで、レオニスやラウルに劣らぬ 美声(イケボ) だというのに。先程までおどろおどろしく響いていた怪音の主と同一人物とは、とても思えない。

するとここで、ファフニールがふと何かに気づいたように視線を右横下に移した。

その視線の先には、ライトに抱っこされたラーデがいた。

『ぬ? そこにおられるは……父上ですか?』

『うむ。ファフニールよ、久しいの』

『父上!いつ復活なされたのですか!?』

『今から半年程前にな。たくさんの者達の協力によって、あの地獄のような檻から助けられたのだ』

『何と目出度いことか!こうして父上に再びお会いすることができて、恐悦至極に存じます!』

ファフニールの確信めいた問いかけに、ラーデがライトに抱っこされたままの状態で答える。

今のラーデは本来の姿と全く違うのに、ファフニールは一目でその正体を看破した。さすがはラーデの長子である。

そして皇竜メシェ・イラーデの復活を知らなかったファフニールが、ラーデの存在に気づいて破顔しながら跪き大喜びしている。

そんな長兄の様子に、リンドブルムの怒りも少しづつ収まっていった。

『ファフ兄、私達が今日ここに来たのはパパンの復活を知らせるためよ』

『そうか、それは大儀であった。父上の救出には、リンとサミーも関わっておるのか?』

『いいえ、実は私もパパンの復活を知ったのは一昨日なんだけどね? サミーはもっと早くに知ってたみたい』

『そうだったのか。サミーは相変わらず賢い子なのだな。兄として鼻が高いぞ』

『ファフ兄様……久しぶりにお会いすることができて、とても嬉しゅうございます』

父の復活を素直に喜び合う三体のドラゴン。

いつの間にか結界にまつわる諍いなどなかったかのように、皆で和やかに会話している。

そんな実子達の仲睦まじい様子を、ラーデはライトの腕の中で目を細めながら見つめていた。