作品タイトル不明
第1339話 穏やかな朝のひと時
アル達銀碧狼親子と楽しく過ごした翌朝。
ライト達は朝早くから起きて、出かける前のひと仕事をしていた。
ライトは魔石回収ルーティンワーク、レオニスは森の警邏に出かけ、ラウルも早々に来て畑で野菜の収穫。
ちなみにラーデとアルは、未だにレオニスのベッドでぐーすかと寝ている。
そしてシーナは、ラウルの朝の収穫作業を見学していた。
カタポレンの家の周辺の、見違えるように拓かれた広大な複数の畑。
それらを見たシーナが、感嘆しながら呟く。
『まぁ……以前ここに来た時には、こんなに開墾されていなかったのに。だいぶ様変わりしましたねぇ』
「ご主人様の許可を得て、俺が畑を作ったんだ。もともとは自分の作る料理に使いたくて、ラグナロッツァの屋敷の敷地内で家庭菜園を始めたんだが。その延長線で、カタポレンの森でも野菜作りをするようになったんだ」
今日も巨大大根をせっせと収穫し続けるラウルを見つめながら、シーナが『ぃゃ、間違ってもこれは『家庭菜園』などという規模ではないでしょう……』と呟いているような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
ラウルが土魔法で巨大大根の周囲の土を柔らかく解してから、そっと引き抜く。
それをその場ですぐに水魔法で水洗いし、風魔法で軽く水気を飛ばしてから四阿のテーブルの上に並べて置いておく。
ちなみに収穫物の水洗い作業をする場所は、必ず林檎の木の前ですると決まっている。何故かというと、水洗いした水を林檎の木の根元にかけて与えるためである。
このもったいない精神は、ライトを見習ったものだ。
ライトは収穫した巨大野菜を水魔法で洗う時に、必ず林檎の木のもとで作業して使用後の水を林檎の木にあげていた。
それを見たラウルが『おお……ああすると水の無駄遣いにならないし、林檎の木への水遣りも兼ねられて一石二鳥だな!』と心底感心し、以後ライトの真似をして同じように作業するようになった。
うちの小さなご主人様は、本当に賢いよな!とつくづく思うラウルである。
収穫した巨大大根をテキパキと処理していくラウル。
シーナがそれを見ながらから不思議そうに問うた。
『料理好きの貴方が、自分の料理のために野菜を手ずから作る、というのは分かりますが……どうしてこんなに大きなものをたくさん作る必要があるんです?』
「ああ、これにはいくつか理由があってな。まず、この大きな野菜は俺達の友人であるオーガ族達のために作ろうと思ったのが、一番最初のきっかけなんだ」
『オーガ族…………』
シーナの素朴な疑問に、ラウルが巨大大根の収穫を続けながらその理由を語っていく。
オーガ族は大きなご主人様であるレオニスの友で、さらにはライトがもたらした縁によりオーガの里でラウルが料理教室を開くようになったこと。
そしてこの巨大野菜はオーガ族のためだけでなく、今や天空島の天空神殿と雷光神殿の守護神であるグリンカムビとヴィゾーヴニルの大好物で、神鶏二羽への手土産にもってこいなこと。
そしてこの巨大大根は、近々神樹ユグドラツィのもとでとある目的で使う予定になっていること、等々。
それらの理由を、シーナは巨大な林檎の木の前で上を見上げながら静かに聞き入っている。
そして全ての木にたわわに実る、赤々とした林檎を眺めながら呟いた。
『神樹がライト達の友達で、大の仲良しだというのは以前聞いたことがありますが……オーガ族のみならず、天空に御座す神鶏達までもが今では貴方方の友人なのですか……』
「ああ。そのどれもが皆、大小二人のご主人様達からもたらされたものだ。全く以って、俺のご主人様達は偉大過ぎるよな」
『そうですねぇ……貴方がご主人様と仰ぐ者達には、私も会うたびに毎回毎度驚かされてばかりですよ』
くつくつと笑いながらライト達を讃えるラウルに、シーナもまたクスクスと笑いながら同意する。
シーナ達はライトやレオニスとたまに会う程度だが、それでも会う度に思いもよらぬ高位の存在との知己を得続けている二人には毎回驚かされてばかりだ。
今回に至っては皇竜メシェ・イラーデなどという、シーナ達銀碧狼ですらも絶対に生涯出会わないようなとんでもない存在とも会ってしまった。
これら数々の奇跡の出会いに、驚くなと言う方が無理である。
するとここで、巨大大根の今日の分の収穫を終えたラウルがふわり、と宙を飛び、林檎を一つもぎ取った。
そしてシーナの前にふわり、と降り立ち林檎をシーナに渡した。
「これは林檎という果物で、このままでも美味しく食べられる。朝ご飯の代わりという訳じゃないが、良かったら食べてみてくれ」
『林檎、ですか……美しい赤色ですね。では向こうでいただくとしましょう』
ラウルに手渡された林檎を、シーナが両手で持ちながら物珍しそうに眺めている。
そして畑から家の横の平地にいそいそと移動し、人化の術を解いて銀碧狼の姿に戻った。
人化していた時には巨大だった林檎も、本来の銀碧狼の姿に戻ると普通サイズに見える。
まずシーナは林檎に鼻を近づけてクンクン、と匂いを嗅ぎ、それから徐に軽く一口齧りついた。
シャクシャクと林檎を咀嚼する音が聞こえたかと思うと、シーナが驚きの声を上げた。
『ッ!!これは……何という美味しさでしょう!口の中いっぱいに甘さが満ちて……その後鼻から抜ける芳しい香りがまた、得も言われぬ幸福を感じさせます』
「おお、気に入ってくれたか、そりゃ良かった」
『この家に来て、こんな極上の甘露を味わえるとは思ってもいませんでした』
プロの食レポばりにラウルの林檎を大絶賛するシーナに、ラウルも嬉しそうに微笑む。
ラウルがシーナに渡したのは『つがる』という、生食向けの品種。
普段ラウルは、林檎はアップルパイなど加熱調理することが多いが、そのままでも食べられる生食向けも作っている。
これらはオーガ族にも大人気で、子供達へのおやつにはもちろんのことニルの大好物としても大変重宝しているらしい。
最初の一口は上品に小さく齧りついたシーナだったが、ラウル特製巨大林檎のあまりの美味しさに夢中になって食べ進め、気がつけば芯ごとバリボリと食べ尽くしていた。銀碧狼の鋭い歯と強靭な顎の力の前では、林檎の芯など無力!ということか。
いちいち皮を剥いたり芯を取り除く必要がなくて、楽と言えば楽ではあるが。林檎をバリバリと丸ごと食べるその様は、どこぞのエクスポ大好き竜族達を彷彿とさせる。
シャクシャク、ボリボリ、ゴッキュン……
あっという間に巨大林檎を食べ終えたシーナが、ラウルに声をかけた。
『ラウル、こんなに美味しいものを食べさせてくれてありがとう。お茶会でいつも食べさせてもらっているスイーツ?もとても美味しいですが、この林檎というのもとても素朴な味わいで実に良いものです』
「そんなに気に入ってくれたなら、もっとおかわりするか?」
『え、いいのですか?』
「もちろん。採れたても美味しいが、追熟させたものがあるから今度はそっちを出そう」
『お言葉に甘えて、是非ともいただきましょう』
ラウルの林檎を褒めちぎるシーナに気を良くしたのか、ラウルがシーナに林檎のおかわりを提案する。
ラウルは空間魔法陣を開き、氷の女王の融けない氷の槍で追熟させた林檎を一個取り出した。
美味しいもののおかわりとあらば、シーナとてそれを拒否する理由などない。
銀碧狼のシーナのこと、追熟という言葉の意味は今一つよく分かっていない。
だがしかし、何やらそれは素敵な響きを含んでいて、抗うどころか興味はますます唆られるばかり。
ラウルが取り出した追熟のつがるを、シーナがキラッキラの眼差しで見つめている。
そうして食べ始めた二個目の林檎もとても美味しくて、あっという間に完食してしまった。
『先程食べたものよりも、今食べたものの方が格段に甘いですね』
「それが追熟ってやつだ。収穫した後に適切な処理をすることで、そのまま食べても美味しいものがさらに美味しさを増すんだ」
『フフフ……貴方の料理に対する情熱は、本当にすごいですねぇ』
追熟効果を認めたシーナに、ラウルが追熟の何たるかを語る。
料理に関することを語る時のラウルの顔は、ものすごく生き生きとしていて実に微笑ましい。
するとここで、ラウルがふととある方向に目を向けた。
魔石回収ルーティンワークに出ていたライトが、帰宅するために近づいてきていたのだ。
「小さなご主人様のお帰りのようだ。そろそろアルやラーデを起こして、出かける前に皆で飯を食えるように支度を始めるか」
『ああ、ライトがこちらに向かってきているのですね。ではアルと皇竜の起床は私に任せて、ラウルは朝ご飯の支度をしてください』
「おお、そりゃ助かる。よろしくな」
ラウルとシーナがそんな会話をしていると、空を飛んだライトがストッ、と家の横に降り立った。
「あ、ラウルにシーナさん、おはよう!でもって、ただいま!」
「おはよう、朝から仕事ご苦労さん」
『おかえりなさい、ライト。ラウルが今から朝ご飯の支度をしてくれるそうですよ』
「分かりました!そしたら皆でいっしょにラウルの美味しい朝ご飯を食べましょうね!」
『ええ、そうしましょう』
家の横にいたラウルとシーナに、帰宅したライトが挨拶をする。
レオニスはまだ森の警邏から戻ってきていないが、そのうち帰ってくるだろう。
ライト達は三人で仲良く家の中に戻っていった。