作品タイトル不明
第127話 クレアとの打ち合わせ
翌日、ライトは再びディーノ村の冒険者ギルドを訪ねた。
目的はもちろん、前日に依頼した氷の洞窟への同行依頼の細かい打ち合わせをするためである。
冒険者ギルドの扉を開き、受付のブースに向かうライト。
相変わらずここのギルドは、訪れる人が少ない。夕方という時間帯のせいもあるかもしれないが、それでも閑散としているなぁ、とライトは思う。
もっともその方が、ライトにとってはクレアと話をするのに都合が良いが。
「クレアさん、こんにちは」
「あ、ライト君。ようこそいらっしゃいませ」
「昨日お約束した通り、今日は依頼の話の続きをしに来ました。昨日は慌ただしく帰ってしまって、すみませんでした」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ライト君が気に病むことではないですから」
「ありがとうございます。本当にレオ兄ちゃんったら、あんなにさっさと帰っちゃって……」
「まぁ、レオニスさんて子供っぽいところがありますからねぇ」
「あ、クレアさんもそう思います?」
「ええ、むしろそう思わなかった時の方が皆無に等しい気がします」
「「アハハハハ」」
ライトとクレアは、レオニスを肴にのんびりと世間話をしている。
今日は転移門を利用してライト一人でクレアのもとを訪れているので、今この場にレオニスはいないのだ。
今日もアイテムバッグの研究開発に没頭しているレオニス、今頃机に向かいながら盛大なくしゃみをしていることだろう。
「さて、では打ち合わせしましょうか。このまま受付カウンター越しだとお話しづらいでしょうから、あちらのテーブルに移動してもいいですか?」
「もちろんいいですよ。クレアさんもまだお仕事中ですし、もし途中で他の冒険者さんが来たら、そちらの方を優先してくださいね」
「ありがとうございますぅ」
クレアは手元にあった書類を一旦ひとまとめにして、机の引き出しに仕舞ってからライトとともにテーブルへと移動する。
そして着席後に、私物であるメモ帳とペンを今まさに被っているベレー帽の中から、スチャッ、と華麗な動作とともに取り出した。
んー、相変わらずこの人のメモ帳類の収納場所はおかしいよなぁ、とライトは思いつつも、決して口には出さない。そう、ライトは余計なことは言わない賢い子(ただし中身はアラフォー)なのだ。
「えーと、ぼく、氷の洞窟は名前だけは知っているんですけど、実際の場所までは詳しく知らないんです。クレアさんはお分かりですか?」
「ええ、もちろん知ってますよ。アクシーディア公国どころか、世界規模で有名な洞窟ですから」
「そうなんですね……このディーノ村からどれくらいの距離にあるんですか?」
「そうですねぇ。まずは氷の洞窟のことをお話しましょうか」
クレアはメモ帳にさらさらと、簡易的な地図を書いていく。
「位置的には、カタポレンの森の最西端にあります。一番近い街は、ツェリザークという城塞都市ですね」
「ツェリザークは氷の洞窟に近い位置にあるせいか、一年中低温気候でしてねぇ。冬は完全に閉ざされた街になりますが、夏は避暑地として最も人気が高い都市なんですよー」
「今はもう秋も深まってきて、冬も目前です。氷の洞窟周辺に行くなら、一日でも早い方がいいです」
「今の時期ですら既に相当寒くなっているはずですが、完全に冬に閉ざされるとそれはもう本当に極寒の地になりますから」
「そういう訳ですので、服装や装備は完全防備の冬支度で来てくださいねー」
ライトはクレアの流暢な解説に心底感心しながら聞き入りつつ、自分の用意してきたメモ帳に要点を書き込んでいく。
それと同時に、ライトは己の心の内にこみ上げてくるものを必死に押し留めようと堪えていた。
何故かというと、クレアが説明したツェリザークの概要が、前世の記憶を持つライトの知るブレイブクライムオンラインのそれと寸分違わず同じだったからだ。
城塞都市ツェリザークは、氷の洞窟へ向かう前段階地点として攻略に欠かせない重要拠点という役割を持った街だった。
氷の洞窟で出てくるモンスターを倒し、複数のドロップアイテムを獲得して交換所で【氷の女王】のもとに辿りつくために必要なイベントアイテム『炎の勲章』を入手する。
そうした数々のクエストをクリアしないと、ダンジョンボスである【氷の女王】への謁見すら叶わないのだ。
あー、あの素材集めは苦労したなぁ……
途中で何度も死にかけて、ハイポとか回復剤をアホほど買い込んだりしたなぁ……
そうまで苦労してようやく会えた氷の女王様、すんげー綺麗だったなぁ……
前世でやり込んだゲームの思い出が、それこそ走馬灯のように脳内を駆け巡る。そんな懐かしい思い出に浸っていれば、自然と涙も滲んでくるというものだ。
だが、今はクレアと話をしている最中だ。こんなところで涙を見せる訳にはいかない。ライトは懸命に涙を堪えていた。
「そのツェリザークには、どうやって行くんですか?やはり転移門を使うので?」
「そりゃもう当然、転移門一択ですよ?大陸中央より東寄りのこのディーノ村から大陸最西端のツェリザークまで、転移門なしで地上を歩くなり駆けるなりで行こうと思ったら、まぁ片道だけでも一ヶ月弱はかかりますからねぇ」
それは確かに転移門一択案件だわ、とライトは思った。
「ですが、転移門を使ってツェリザークに直行できれば、そこから氷の洞窟への往復もさほど時間はかかりません。氷の洞窟周辺での滞在時間にもよりますが、朝早くにディーノ村を出立すれば十分に日帰り可能です」
「というか、日帰りできないとマズいんですよ。まだ本格的な冬将軍の到来には至っていませんが、それでもさすがにもうこの時期では十二分に冷え込んでいるはずなので」
「城塞都市ツェリザークでのお泊まりならまだマシですが、激寒な氷の洞窟周辺での野宿とか、ライト君もしたくはないでしょう?」
クレアの話を聞き、ライトはロックフェスでのヘッドバンギングの如く首を縦にこくこくと振る。
確かに氷の洞窟周辺で一夜を過ごすなど、幼いライトには到底無理な話だ。
いや、正確に言えば行きたいのはあくまでも氷の洞窟周辺にいるであろうアル母子のもとであって、氷の洞窟の中にまで行くつもりはないのだが。
だが、それを差し引いても『氷の洞窟の周辺』というだけで、相当寒いはずだ。現にそこから一番近い街ツェリザークですら、もう既にかなり寒いというのだから。
これは何としても日帰りで済まさねば!とライトは決心した。
「そしたら、何時にここを出立すればいいですか?冒険者ギルドって、朝5時とか早い時間から開いてるんですよね?」
「朝5時から開くのは、ラグナロッツァなどの大都市圏ですね。ここディーノ村の冒険者ギルドは、暇―――もとい、大都市圏ほど依頼がたくさんある訳ではないので、開始時間は朝6時からです」
「おおぅ、そうなんですね……」
「はい、そうなんですよぅ」
やはり長閑なディーノ村と大都市ラグナロッツァでは、開業時間ですら格差があるらしい。
もっとも、勤める者からしたらどちらがいいかと言えば、おそらくは前者の方なのだろうが。
「じゃあ、土曜日の朝6時に集合ですか?それとも、転移門で瞬時に移動できるならもっと遅い時間でゆっくりしてもいいのかな?」
「朝6時の集合でいいと思いますよ。のんびりしてて帰りが遅くなるよりは、早め早めの行動を取る方が良いと思いますし」
「それもそうですね。アル達の住処も、人間のように家がある訳じゃないからすぐに見つけられるかどうかも分かりませんし」
「そういうことですね」
ライトには冒険者経験など全くない故に、どういう立ち回りをすればいいかいまいちよく分かっていないが、その辺はクレアが適切なアドバイスでしっかりとサポートしてくれている。
「そしたら、後は……そうだ、転移門のことなんですが」
「はい、何でしょう?」
「その……冒険者ギルドの設備である転移門を、ぼく個人のために使ってもいいんですかね……?ぼくは現役冒険者であるレオ兄ちゃんと違って、ただの子供ですし……」
「……ライト君は、本当に真面目なんですねぇ」
ライトの疑問に、クレアが微笑みながらライトを見つめる。
「そもそも転移門は、そんなに頻繁に使われるものではありません。魔力という動力だって要りますし、その動力だって魔石という貴重な品を使うものですし」
「だったらなおのこと、ぼくのような子供の個人的な事情で使うことは、許されないのでは?」
「でも、ライト君はレオニスさんの養い子なのでしょう?」
「……はい……」
ライトは俯きながら、クレアの言ったことに頷き肯定する。
こんなところでも、自分はレオニスの威光を借りなければ何一つ成し遂げられないのか―――
己の非力さ、無力さに歯噛みする心情がライトをより落胆させ、自分自身を責め立てる。
ライトのそんな表情を見てとったクレアは、その白魚のような指をライトに伸ばし―――ほっぺたを優しくムニった。
「 あいおふうんえふは(なにをするんですか) ー」
「ライト君は、何をそんなに落ち込んでいるんです?」
「 らっへ(だって) ぇ……」
「らっへもへったくれもありません。ライト君はレオニスさんの養い子。これは誰もが認め、覆すことのできない事実です」
「ふぁい……」
「それに―――」
クレアはムニっていた指をようやく離し、そのまま優しく頬を手に包んだ。
「転移門に関しては、何の問題もありません。転移門を使用する動力のお代として、魔石をひとつふたつ多めに納めていただければギルドとしても絶対に否やは言いません」
「そんなんでいいんですか……?」
「ええ、いいんですよ。そもそも何故転移門がそう容易に使えるものではないのかと言えば、単にその動力コストが高くつくからってだけの話ですし」
なかなかに身も蓋もないことを、子供相手に容赦なくぶっちゃけるクレア。いっそ清々しいとさえ思える潔さである。
だが、事実としてそんなものなのだろう。貴重な動力を使用する設備は、コストパフォーマンスというものを考えながら適宜運用しなければならないのだから。
「それにですね。ライト君はもうちょっと私を信用するべきです」
「信用、ですか……?ぼく、十分にクレアさんのことを信用している、つもり、ですが……」
「いいえ、全然足りません。私への信頼度が、絶対的に不足しています!」
「えええ……そう、なんです、か?」
ライトはクレアの熱のこもった言い分に全く訳が分からず、何と返事をしていいものやら戸惑うばかりだ。
そんなライトに、クレアはニッコリと微笑みながら優しく語りかける。
「そうですよ。何故ならば、何でもできるスーパーウルトラファンタスティックパーフェクトレディーたるこの私が断言することに、間違いなどないのですから」
クレアの言葉を聞き、ライトの目は大きく見開かれた。
クレアの言い分は、一見傲岸不遜なものに思えるかもしれない。だが、彼女は先程も言っていたように『私をもっと信用しろ』と繰り返し言ってくれているのだ。
そのことに気づいたライトは、心の中がとても温かくなるのを感じた。
人里離れたカタポレンの森で、ずっとレオニスと二人きりの生活をしてきたライトにとって、全幅の信頼を置ける相手というのはまだまだ少ない。
レオニス以外では、ラウルやフェネセンくらいしか思い浮かばない。
だが、そんなライトにももっと自分を信用しろと言ってくれる人がいる。
そのことが、ライトにはとても嬉しかった。
「……はい。これからもっともっとクレアさんのことを頼りにしますので、土曜日の氷の洞窟行きでの護衛、よろしくお願いします」
「はい、しかと承りました」
ライトとクレア、どちらからともなく手を差し出し、握手を交わしていた。