軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1148話 ヴァイキング道場の女主人

レオニスがバッカニアや門下生達と道場で稽古をしていた頃。

ラウルとマキシは、ヴァイキング道場の厨房にいた。

厨房の中にはラウルとマキシの他に、五人の門下生と一人の中年女性がいた。

紅一点の中年女性が、厨房を訪ねてきたラウルとマキシに向かって話しかけていた。

「ようこそいらっしゃい。貴方達がレオニス君のお連れさんね?」

「ああ。俺の名はラウル、レオニスの家の執事をしていて、今日もご主人様とともにここに来た。この道場に来るのは二度目だ」

「初めまして、こんにちは!僕はマキシといいます。ラウルとともにレオニスさんのおうちに居候させていただいてる縁で、今日は皆でホドの街に来ました。よろしくお願いします!」

「まぁまぁ、とても礼儀正しい方々なのねぇ」

ラウルはともかく、マキシの礼儀正しい自己紹介にエプロン姿の中年女性がニコニコと微笑んでいる。

エプロンだけでなく三角巾も着用しているので、この厨房の主として働いているのかもしれないな、とラウルは密かに内心で考えている。

その女性はマキシより少し背が高いくらいの小柄な体格だが、服の上からも相当引き締まった身体をしているのが分かる。

麦藁色の癖毛の髪を後ろで一つに縛り、鮮やかな柳緑色の瞳は眼力と意志の強さをひしひしと感じさせる。

目鼻立ちも整っていて、ぱっと見は『気の良い姐御』『綺麗なお母さん』といった感じの女性だ。

しかし、このヴァイキング道場の厨房にいる時点で只者ではないことは間違いない。

ラウルとマキシの自己紹介を受けた中年女性の方も、自己紹介をし始めた。

「私の名はグレイス・パイレーツ。ハンザの妻で、コルセア達の母よ」

「そうなのか。ではこの道場主の奥方で、女主人ということなんだな。うちのご主人様達ともども、今後もよろしく頼む」

「アッハハハハ!奥方とか女主人なんて、そんな御大層なもんじゃないけどねぇ!」

この謎の中年女性、何とハンザの妻でバッカニア達の母だと言うではないか。

再び改まった挨拶をするラウルに、グレイスは右手を縦にパタパタと振りながらきゃらきゃらと笑う。

目を細めて高笑いするグレイス、何とも人好きのする笑顔だ。

その人懐っこい笑顔を見ながら、ラウルが何の気なしに呟く。

「……うん、確かに目元なんかはバッカニア達とよく似ているな」

「あら、そう!? そんなこと滅多に言われないから嬉しいわ!」

「え、そうなのか?」

「そうなのよー。パイレーツ家の血筋、特に男は何をどうしたって赤毛に本紫色の目で生まれてくるの。これはもう何百年も前の初代から変わらない伝統らしいわ」

バッカニアに似ている、とラウルに言われたグレイス。

大喜びしたのも束の間、喜んだ原因を語りながらあっという間にため息をつきながら意気消沈する。

確かにグレイスの言う通り、ハンザもコルセアもバッカニアも赤毛に本紫色の瞳をしている。ただし、バッカニアだけは髪を黒に染めて瞳も本紫と薄花色のオッドアイなのだが。

色素的遺伝だけで言えば、 母方(グレイス) の要素など微塵もない。これではグレイスがしょげるのも無理はない。

「ホントにねー、私も旦那も一人は女の子が欲しくてねぇ。頑張って四人まで産んだんだけど、全員 タマ付き(・・・・) だったからもうバッカニアを産んだ時点で諦めたのよー」

「そ、そうなのか……女の子なら、赤毛に本紫の目以外になるのか?」

「ええ、絶対ではないのだけどね。それでも二人に一人くらいは母方の色が出るって話をハンザから聞いてたから、女の子が欲しかったんだけどねぇ……はぁー」

「「…………」」

目を閉じ困り顔でため息をつくグレイスに、ラウルもマキシも何と声をかけていいやら分からない。

グレイスの言うことが本当なら、グレイス達が女の子を儲けたいと思うのも理解できる。男は全部パイレーツ家の特徴しか出ないなら、ぶっちゃけ誰が産んだって同じことだ。

その点女の子なら、嫁に似た子になるかもしれない。その一点だけでも女の子を願う気持ちとしては十分だろう。

しかし、その女の子も半分はパイレーツ家の特徴を持って生まれるというのだから驚愕だ。

パイレーツ家の持つ『赤毛&本紫』の遺伝子とは、一体どれ程頑強なのであろう。他家の遺伝子の介入を一切許さないパイレーツ家の遺伝子、恐るべし。

するとここで、グレイスがはたとした顔になりラウルに話しかけた。

「……って、お客人にこんなどうでもいい話を長々と聞かせちゃって、本当にごめんなさいねぇ」

「いや、なかなかに興味深い話だったから気にしないでくれ」

「気を遣わせちゃってごめんなさい。ところで貴方達は、この厨房に何か御用なの? レオニス君達のいる道場の方に行かなくていいの?」

「ああ、全然構わん」

グレイスからの問いかけに、ラウルはさもそれが当然かのように答える。

「ご主人様はご主人様で、あっちでまた道場の門下生達と楽しく稽古してるだろうしな。その間に俺はここで、カラスが喜んで食べる食べ物のレシピが知りたくてこっちに来たんだ」

「まぁまぁ、レオニス君のお宅でカラスを飼い始めたの?」

「そうじゃないが、今日も知人の鳥二羽とここに来ててな。鳥が好む食べ物のことを知っておきたいんだ」

「へぇ、そうだったの。貴方達、前回も可愛らしい黒の文鳥二羽とここに来たって聞いたわ。だからなのね!」

「そうそう。最近黒い鳥とよく縁があるんだ」

この厨房を訪ねてきた理由を語るラウルに、グレイスもうんうん、と頷いている。

ラウルは嘘をつけない妖精だが、今の会話で嘘は一つも言っていない。

例えばここでグレイスに『黒い鳥って、何て種類の鳥なの?』と具体的に問われれば速攻で詰みだが、そう聞かれてはいないので『知人の鳥』『黒い鳥』という回答で済む。

人里で長年暮らしてきたラウルならではの、見事な処世術?である。

「そしたら、うちのカラス達にいつも食べさせているものを貴方達に教えればいいのかしら?」

「ああ、そうしてもらえると助かる。特に前回教えてもらったたまごボーロ、あれは鳥達に大好評だった。あんな感じのレシピがあったら、是非ともまた習わせてもらいたい」

「あー、我が家の秘伝のたまごボーロね!うちのカラス達もあれが一番好きなのよね!」

ラウルのさり気ないリクエストに、グレイスもまたニカッ!と笑いながら答える。

「じゃあ早速何か作りましょうか!……そうねぇ、ナッツ入りのミニクッキーなんてどうかしら? 本当はドングリの実を砕いて入れたクッキーが、うちのカラス達はクッキーの中で一番好きなんだけど。ドングリの実は秋に実るものだから、今の時期は手持ちがないのよね」

「ドングリの実か? それなら俺が持ってるから、それを使おう」

「!?!?!?」

グレイスの提案である『ナッツ入りクッキー』。これはもともとドングリの実を入れたものが本物らしい。

しかしドングリの実が成るのは秋であり、今の時期には入手不可なのでナッツで代用しているという。

そんなグレイスに、ラウルがすぐに空間魔法陣を開いてドングリの実をザラザラザラ……と取り出した。

そして手のひらいっぱいのドングリの実を、事も無げにグレイスに差し出すラウル。

グレイスはラウルが空間魔法陣の使い手であることを知らないため、びっくり仰天していた。

「ンまぁぁぁぁ……ラウルさん、っていったっけ? 貴方、空間魔法陣を使えるのねぇ」

「ああ、ご主人様に教えてもらってな。おかげさまで重宝している」

「ぁー、確かにレオニス君も空間魔法陣が使えていたわね……というか、どうしてこんなにたくさんのドングリを持ってるの?」

「そ、それは…………屋敷にたまーに飛んで来る、鳥なんかの動物達にあげる、餌……として?」

グレイスが発した素朴な疑問に、ラウルがしどろもどろになりつつ答える。

実際、ドングリの実をこんなにたくさん拾っておく必要など、普通に生きている人間ならば絶対にないだろう。

そしてラウルが何故ドングリの実を大量に保存しているのかというと、これはひとえにカーバンクルのフォルのためである。

フォルは木の実が大好物で、もちろんドングリの実も喜んで食べる。

そしてラウルはフォルのことが大好きなので、秋にはドングリ他たくさんの木の実を大量に拾ってストックしておくようになったのである。

しかし、フォルの存在は軽々に明かせない。かといって、フォルのことを『リス』と騙って誤魔化すこともできない。

故にラウルはしどろもどろになってしまったのである。

しかし、グレイスとしてはそこまでラウルを深く追求する気などない。

よく分からない、といった顔をしながらも、ラウルが咄嗟に言った『鳥や動物達の餌』という理由で納得した。

「そうかい、まぁね、ラグナロッツァのお屋敷にだって鳥が飛んでくることくらいあるだろうしね」

「そ、そうそう。近隣のご近所さんでも、鳥をペットとして飼っているお宅も多くてな。そうしたお屋敷にドングリや他の木の実を譲ったりすることもある」

「まぁまぁ、ご近所付き合いも大事にして立派にこなすなんて、レオニス君はとても素晴らしい執事に恵まれたのねぇ」

何とか会話を立て直そうと必死に言い繕うラウルに、グレイスはとても感心している。

執事というのは、仕える屋敷の雑務全般をこなして円滑な運営をしなけらばならない。

そしてこれは、ヴァイキング道場の主の妻であるグレイスにも言えることだった。

自分の家庭であるパイレーツ家だけでなく、今ヴァイキング道場に所属している門下生全てのことを把握しておかなければならないし、道場の掃除や炊事、そしてご近所付き合いなどの外交問題もグレイスが一手に引き受けている。

言ってみれば、グレイスとラウルは『屋敷を切り盛りする』という点において完全に同士だった。

ちなみにラウルの補足『ご近所のペットの餌として木の実を譲っている』というのは事実である。

レオニス宅の近隣の貴族邸には、珍しくて綺麗な鳥をペットとして飼っているお宅が本当に何件かあるのだ。

そうした貴族邸に、秋の実りの木の実をおすそ分けするととても喜ばれるのである。

「じゃあこのドングリの実は、ありがたく使わせてもらうとしましょうか」

「ああ、是非ともそうしてくれ」

「そしたら、ラウルさんとマキシ君は自分のエプロンを持ってる? もしなければ、うちのものを貸すけど」

「俺はエプロンを持ってるが、マキシはあるか?」

「えーと、さすがに今日は持ってきてないので、貸してもらえたらありがたいです」

「分かったわ、そしたら中等部生用のエプロンを一組お貸ししましょうね」

エプロンを持っていないというマキシのために、グレイスが直々に隣の更衣室から一組のエプロンを持ってきた。

それをマキシに渡すまでの間に、ラウルは早々に空間魔法陣からマイエプロンを取り出す。

ラウルとマキシ、二人の調理正装が整ったところでグレイスが改めて二人に声をかける。

「では、今からヴァイキング道場秘伝のドングリクッキーを作りましょう!」

「「よろしくお願いします!」」

講師であるグレイスに、ラウルとマキシは生徒として頭を深々と下げる。

こうしてラウル達は、グレイスに師事しながら八咫烏達のためのドングリクッキーを作っていった。