軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1085話 ケセドの街と受付嬢クレス

ライトとラウルがナヌスの里で結界の勉強会をした翌日。

この日は十二月二十九日。いよいよ年の瀬も押し迫り、正月を迎える準備をしなければならない。

とはいえ、ライト達の生活は普段と基本的に変わらない。

ラグナロッツァの屋敷はラウルの手入れが行き届いているし、カタポレンの家もライトがこまめに掃除しているから大掃除の必要はない。

そしてライトの冬休みの宿題も、数枚の計算ドリルと一枚分の絵日記、体力作りカードに書き初めくらいのものなので、余裕でこなせる。

ちなみに体力作りカードは毎朝のルーティンワークで余裕の花丸連打、書き初めは元旦の一月一日に気合いを入れてする予定なのでまだお預けである。

そんな訳で、ライト達はゆったりとした年末を迎えている。

しかし、大晦日だけは別だ。前の日の深夜に降る恵みの餅、この餅を拾うのに終始することが確定しているからだ。

ライト達が自由に動けるのは、二十九日と三十日の二日。

この二日間は何をしよう?と前の日の晩御飯時に二人で話し合った結果、コルルカ高原に行くことが決まった。

コルルカ高原とは、サイサクス大陸西部に広がる高原の総称である。

レンドルーのような荒野の中に竜尾大河とその支流が走り、複数の峡谷を形成している。

そしてこのコルルカ高原の中で、最も深い峡谷とされるフラクタル峡谷。ここに風の女王がいるという。

そう、ライト達がコルルカ高原に行くのは風の女王に会うためである。

朝早くにラグナロッツァの屋敷を出て、冒険者ギルド総本部に向かうライトとレオニス。

二人は道中でのんびりと会話をしている。

「コルルカ高原に一番近い街は、ケセドだったよね?」

「そうそう。そこにも一応冒険者ギルドの支部があるから、そこまでは転移門で移動してコルルカ高原に向かう」

「風の女王様がいるフラクタル峡谷?ってのは、コルルカ高原のどの辺りにあるの?」

「地図で見ると、高原のド真ん中辺りにあるらしいが……コルルカ高原自体があまり人の手が入っていないからなぁ。地図があまりアテにならねぇんだよな」

ライトの質問に、レオニスが両手を頭の後ろで組みながらぼやく。

実際レオニスの言う通りで、このコルルカ高原は広大かつ人族が求めるような資源もあまりないため、人の手がほとんど入らず開発もされていない。

それもそのはず、何故ならこのコルルカ高原はBCO運営がグランドキャニオンをモデルにして作った冒険フィールドである。

遺跡や鉱山などの目ぼしい資源が全くなく、だだっ広いばかりで厳しい大自然ばかりが広がる場所。現代地球のように、観光資源化なども一切なされていない。

サイサクス世界の冒険者達や商人達には甚だ不人気でそっぽを向かれているので、正確で詳細な地図などもほとんどないのだ。

「とりあえず、ケセドの街から西に向かえば真ん中に行けるよね」

「方角的にはそうなるな」

「帰りはどこかの川でウィカを呼べばいいよね」

「だな。何時に帰れるかは分からんが、コルルカ高原にはいくつか川があるからな。帰りはウィカに来てもらって、サクッと家に戻ろう」

そんな話をしてるうちに、冒険者ギルド総本部に辿り着いたライト達。

建物の中に入り、サクッと奥の事務室に向かい転移門でケセドに移動して行った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

冒険者ギルドの転移門を使い、ケセド支部に移動したライト達。

事務室から出て表の広間に行くと、そこは人も疎らで閑散としていた。コルルカ高原は冒険者達には不人気らしいので、冒険者ギルドの支部の中でも小規模な方なのだろう。

もっとも、それでもディーノ村出張所よりはだいぶマシなのだが。

広間に出た後、早速受付窓口に向かうライトとレオニス。

初めてもしくは久しぶりに訪れる街は、まず真っ先に窓口で情報を得るのが常だ。

そしてケセド支部の受付窓口には、見慣れたラベンダーカラーの楚々とした美女が座っていた。

「よう、クレス。久しぶり」

「あらまぁ、レオニスさんじゃないですかぁー。お久しぶりですねぇー」

「クレスも元気そうで何よりだ」

「レオニスさんこそ、その見目鮮やかな深紅のロングジャケットが眩しいですねぇー」

レオニスがクレスと呼んだラベンダー色の美女。

レオニスと和やかな挨拶を交わした直後、レオニスの斜め後ろに控えていたライトの存在に気づき声をかける。

「あら、そちらにいるお子さんは……噂に聞くライト君ですか?」

「正解。グラン兄とレミ姉の子だ。さ、ライト、ご挨拶しな」

「うん!」

ライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら、クレスへの挨拶を促すレオニス。

初めて会うクレア十二姉妹の一人に、ライトも嬉しそうな声で自己紹介を始める。

「初めまして、こんにちは!ぼくの名前はライトと言います、いつもディーノ村のクレアさんやラグナロッツァのクレナさんにはお世話になってます!」

「とても丁寧なご挨拶、痛み入りますぅー。私はクレア姉さんの妹で、クレスと申します。十二人の中では四番目、四女なんですよー」

「四番目のお姉さんなんですね!よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますぅー」

双方にこやかな笑顔で挨拶を交わすライトとクレス。

ライトがクレア十二姉妹に会うのは、クレスで十人目。いつ見ても、何度見比べても全部同じ顔に見えるが、それでもクレア十二姉妹に会えるのはライトにとってとても嬉しいことだ。

ラベンダー色の愛らしい美女にほっこりするライトに、クレスは優しい口調で問いかける。

「今日は、どのようなご用件でケセドにお越しですか?」

「えーとですね、コルルカ高原のフラクタル峡谷に行こうと思いまして」

「フラクタル峡谷、ですか?」

ライトの思いがけない答えに、クレスの表情が少しだけ険しくなる。

クレスはレオニスの方に視線を向けながら、レオニスに話しかける。

「レオニスさん、今のお話は本当ですか?」

「ああ、俺とライトの二人でフラクタル峡谷に行くつもりだが……何か問題があるのか?」

「問題というか……もしフラクタル峡谷に行くのでしたら、是非とも確かめていただきたいことがございまして」

「俺達でできることなら協力するが、何を確かめてくればいいんだ?」

「それはですね……」

その後クレスが語るところによると、フラクタル峡谷で吹く風が近年極端に不安定になっている、という報告が冒険者ギルドケセド支部に届いているらしい。

フラクタル峡谷で吹く風は、風の女王が出す息吹そのもの。女王が健在のうちは、一定の強さの風が絶えず吹いているという。

それが弱まっているということが、一体何を意味するか。それは、風の女王の身に何かが起きたのではないか、と予測されているのだ。

「これまでにそうした事例は全くなかったのか?」

「いいえ、事例がない訳ではありません。何十年か何百年単位で風が急激に弱まり、数日間風が絶える時があります。そしてそれは、フラクタル峡谷の主である風の女王が代替わりした印である、とされています」

「女王の代替わり……」

レオニスの問いに答えたクレスの話に、レオニスもライトもしばし考え込む。

風の女王の代替わりとは、穏やかではない。

「風が数日間止まったという報告は上がってるのか?」

「去年の夏に、フラクタル峡谷の風が止んでいる、という報告が一件上がってきています。その直後に冒険者ギルドの方でも調査員を派遣しましたが、その時には既に微弱な風が吹いていて……正確なところは結局分かりませんでした」

「そうか……」

正確なところは分からない、というクレスの話にレオニスはまたもしばし黙り込み思案する。

もともと冒険者達がフラクタル峡谷に入ることは滅多にないし、風の観測も毎日行っているものでもない。むしろ風が止んでいた日にそれを知ることができたこと自体が、かなり幸運なことなのだ。

考え込んでいるレオニスに、クレスがさらに補足説明していく。

「風が止んで代替わりした後、しばらくはフラクタル峡谷の風はとても不安定になります。ですが、遅くても半年も経てば風の乱れは収まり、安定した風が吹くようになる、と言い伝えられているのですが……」

「去年の夏からその不安定さが続いていて、一向に収まらないってことか?」

「はい……一年半近くも風が安定しないなんてことは、これまでに一度もなかったことなのです……」

不安そうな顔で俯きながら答えるクレス。

その後も冒険者ギルドで何度も調査員を派遣したが、その度に嵐のような酷い突風に襲われて誰一人としてフラクタル峡谷に入れないのだという。

「うちの上層部は、この件に関して然程関心を示しません。風が吹いていようがいまいが、このケセドの街に甚大な影響を及ぼすことはありませんし……」

「まぁな……これが水属性とか火属性の女王なら、洪水だの大火だのの懸念があるから放置してはおけんが……渓谷に吹く風が荒れたところで、ここまで土砂が飛んでくるなんてこたねぇもんな」

「そういうことです。ですが……」

それまで悲しげな表情で俯いていたクレスが、パッ!と顔を上げてレオニスを見つめる。

「私としては、風の女王の身を案じています。このケセドという街は、風の女王とともに生きてきたようなもの。この街には、風の女王にまつわる逸話や童話もいくつも伝承されていますし……」

「そうか、そしたら俺達が直接この目で確かめてくるとしよう。もともと今日俺達がここに来たののは、風の女王に会うためだからな」

「……ッ!!……レオニスさん、ありがとうございますぅ!」

レオニスの承諾に、クレスは涙目でレオニスの手を握りしめる。

冒険者ギルドの上層部の腰が重たい今、フラクタル峡谷の異変を真に案じているのはクレス唯一人。

しかし、冒険者でもない一介の受付嬢に過ぎないクレスには、直接調査に出向くこともできない。

そんな中、偶然この街を訪ねてきたレオニスという存在は、クレスにとってまさに救世主であった。

しかし、一度は明るくなったクレスの顔が、数瞬後にはまた沈む。

「……あ、でも、この件は冒険者ギルドから出す依頼ではないので……調査していただいても、何の報酬も出ません。やはりこの話はなかったことに……」

「何言ってんだ?」

クレスが再び暗い顔になったのは、レオニスに支払う報酬がない、ということだった。

レオニス程の冒険者を動かすには、基本的に高額な報酬を用意しなければならない。だが、クレス支部の上層部がフラクタル峡谷の調査に報酬を出すことを認めるとは、到底思えない。それは、クレス支部受付嬢であるクレスが一番よく分かっていた。

だからこそ、一度は依頼した調査を取り下げようとするクレスに待ったをかけたのは、他ならぬレオニスだった。

「クレスのたっての願いを断る訳ないだろう?」

「でも……私個人の願いなだけですから、報酬など出せませんよ……?」

「そこはほら、アレだ……お前ら十二姉妹には、俺もライトもいつも世話になってるからな、その礼だと思えばいい」

「……ッ!!」

照れ臭そうにそっぽを向きながら呟くレオニスに、クレスのつぶらな瞳は極限まで見開かれる。

「……ありがとうございますぅ!」

「いいってことよ。じゃ、早速行ってくるわ」

「クレスさん、いってきます!」

「レオニスさんもライト君も、どうぞお気をつけていってきてくださいねぇー!」

照れ臭そうに背中を向けてさっさと出口に向かうレオニスに、ライトもクレスにいってきますの挨拶をしながら慌てて追いかける。

眦に滲んだ涙を指でそっと拭いつつ、クレスは二人の背中を見送っていた。