作品タイトル不明
386話:適任者
次の日の午後。
イステリアのナルソン邸の会議室では、ナルソンがプロティア、エルタイルの軍団長と戦後処理の話し合いを始めようとしていた。
両国4人ずついる軍団長たちは全員が王族であり、皆が気まずそうな顔をしている。
アルカディア側はナルソンだけで、バルベール代表としてティティスが席に着いている。
カーネリアンはすでに自国に帰っており、同盟国の扱いはナルソンに任せるとのことだった。
ラースとフィレクシアは堅苦しい話は嫌だとのことで、2人でイステリアの工房見学に行っている。
「いやはや、あのような乗り物が存在するとは」
老齢のプロティア軍団長が、愛想笑いをしながらナルソンに言う。
「無線機にも驚かされましたが、アルカディアの受けている神の恩寵はすさまじいですな」
「うむ、まったくだ。あの圧倒的劣勢を巻き返した軍事力もすさまじいし、同盟国として感服しきりだ」
「アルカディアが盟主とあれば、永久の平和が約束されたようなものだな!」
彼に続いて、他の軍団長たちが口々にアルカディアを褒め称える。
ナルソンは笑顔で答えながらも、内心「やれやれ」とため息をついた。
「ところで、現在移動中の両国の軍団はすべてグレイシオールの長城建設の労働力と防衛兵力に使っていいと先日伺いましたが、本当にいいのですか?」
先日、王都にいる間に彼らと無線で話した際、アルカディア、クレイラッツ、バルベール、部族が協力して国境に防壁を造ると説明した。
すると、彼らはすぐさま「自分たちも協力する」と申し出たのだ。
このままでは自分たち抜きで4カ国が親密になってしまうという危機感から出た申し出である。
しかし、すべての軍団を使っていいというのはさすがに言い過ぎなのでは、とナルソンは心配していた。
「もちろんです。プロティアとしては、丸一年軍団をお預けして、その後交代要員を送らせていただければと」
「エルタイルとしても同じ考えです。物資は自国から輸送させますので、どうぞ兵たちをお役立てください」
即答する軍団長たち。
そこまで言うならいいか、とナルソンは頷いた。
「承知しました。では、預からせていただく兵はバルベール軍に組み込むかたちとさせていただきます。無論、現地指導は我が国が行います。ティティス秘書官、よろしいか?」
「我が国としては異論ありません」
ティティスがにこりと微笑む。
「ただ、彼らに払う給金はどうしましょうか? バルベールとしては、財政的にさらなる支出は厳しいのですが」
「うむ。それについてなんだが――」
ナルソンが言いかけた時、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
扉が開き、失礼します、とアロンドが姿を現す。
「遅くなり申し訳ございません。部族同盟盟主の、アロンド・ルーソンと申します」
会釈をするアロンドに、軍団長たちも立ち上がって名を名乗る。
アロンドが席に着き、ナルソンが進んでいた話し合いの内容を噛み砕いて説明する。
「――というわけだ」
「なるほど。では、両国の兵士たちへの給金は部族同盟が持ちましょうか」
にこやかに言うアロンドに、軍団長たちが驚いた顔になる。
「ぶ、部族同盟が?」
「その、失礼を承知で言わせていただきますが、部族側には資金に余裕があるのですか? あまりご無理はしないほうが……」
「うむ……今後何年も続くことになるのだし、給金は我らが支払うのが筋とも思うのですが」
何とも殊勝なことを言う軍団長たち。
アロンドの申し出は自国に有益ではあるのだが、これ以上恩を借りるのはまずいという考えもある。
とはいえ、人員を万単位で他国に貸し出すのだから、かなりの金が必要になるのは確かだ。
いったいどういう意図があってのことだろうと、彼らは警戒していた。
そんな彼らに、アロンドはにこやかに口を開く。
「必ずしも、給金は現金で支払わねばならないということはないでしょう? 両国には、我が部族領土内の土地を給金の代わりにお渡ししたいのです」
「「「土地を!?」」」
軍団長だけでなく、ナルソンとティティスも驚いた声を上げる。
せっかく手に入れた領土をいきなり切り売りするとは、誰もが予想だにしていなかったからだ。
「はい、土地です。また、我らの領土にやって来るプロティアとエルタイルの商人には、関税なしで商売する権利を出させていただきます。一般市民が我らの街にやって来る際にも、いわゆる入領税はなしとさせていただければ」
「お、おい、アロンド。さすがにそれはやりすぎなんじゃないか?」
ナルソンが言うと、アロンドは「いえいえ」と笑顔のまま顔の前で手を振った。
「むしろ、我ら部族同盟にとってもメリットしかないですよ。今のままでは我らは両国とは距離が遠すぎて、必ず疎遠な仲になってしまう。ですが、領土内に両国がやって来てくれるのであれば、今後は親密な付き合いができるでしょう?」
「いや、確かにそれはそうなんだが……」
ナルソンが唸る。
彼の懸念は、飛び地というかたちで他国が領土を持つとなると、必ず摩擦が起こるだろうというものだ。
今まで接触しなかった民族同士だから、宗教観や人種的価値観も大きく違うだろうし、一度いざこざが起こると取り返しのつかない事態にもなりかねない。
いくら同盟国同士とはいえ、そこまで思い切ったことをするのは悪手に思えた。
ナルソンが渋い顔でアロンドを見ていると、彼と目が合った。
ふっと、アロンドがわずかに微笑む。
――ああ、なるほど。そういうことか。事前に話しておいてくれればいいものを。
その表情でナルソンはアロンドの考えをおぼろげながら察し、小さく頷いた。
彼のこの表情は、自分の配下として働いていた時にも何度か見たことがあるものだ。
「やはり、各国で分担するのがよいのではないか? 通行関税についても、今後の部族同盟の資金運営を考えると、しっかり取ったほうがいいと思うんだが」
「そうですか……承知しました。ならば、部族同盟からはプロティアとエルタイルに対する通常税率の通行関税で得た利益から、4分の1を両国兵士の給金として提供させていただきます」
「うむ。それくらいがいいだろうな」
頷くナルソンに、軍団長たちがほっとした顔になる。
あまりにもおんぶに抱っこでは、自分たちの立つ瀬がなくなるからだ。
――なるほど。ハナから反対されると分かっていての大盤振る舞いの提案ですか。やりますね。
ティティスも、そのやり取りから状況を察して内心感心した。
さすがは部族を手玉に取ってバルベールを攻撃させただけのことはある。
そう考えていると、アロンドがティティスを見てわずかに目を細めた。
ティティスは頷き、口を開く。
「では、我らバルベールも、プロティアとエルタイルとの通行関税の収入から4分の1を提供させていただきます」
「ふむ。ならば、アルカディアもそれに乗ろう。足りない分は、両国が自己負担というかたちがちょうどいい落としどころかと思いますが、いかがでしょうか?」
ティティスとナルソンの提案に、軍団長たちが頷く。
「はい。その条件でやらせていただけると大変助かります」
「食料についてなのですが、ある程度現地で生産させていただけると助かるのですが、部族同盟の土地を開墾地として貸していただけると――」
あれこれと話が進み、正式な決定はまた後日、ということでまとまった。
「それと、プロティア王国とエルタイル王国にお願いがあるのですが」
アロンドがにこやかな表情で、再び口を開く。
「恥ずかしながら、我ら部族同盟は人数は多いものの、軍隊としては稚拙と言える状況でして。バルベールは手一杯の状況ですし、軍団長である皆様を戦術指導教官として、ある程度の期間、国賓待遇でお招きしたいのですが」
その思わぬ申し出に、軍団長たちの表情がさらに明るいものになったのだった。
数時間後。
会議室から軍団長たちが出ていき、ナルソン、ティティス、アロンドの3人だけになった。
やれやれ、とナルソンがイスの背もたれに背を預ける。
「何とかいい雰囲気で終わらせることができたな。アロンド、よくやったぞ」
「ありがとうございます。まあ、これくらいやっておけば十分でしょう」
疲れた顔で苦笑するアロンド。
そんな2人に、ティティスが微笑む。
「お二人とも、息がぴったりでしたね。実に自然な形で、プロティアとエルタイルの顔を立てておいででした」
「アロンドとは付き合いが長いからな」
「はは。あのような連携ができるのは、ナルソン様とだけですよ。ティティスさんも、上手く合わせてくれてありがとうございます」
「いえいえ。いい勉強になりました。でも、次からはあらかじめ打ち合わせをしましょうね」
「すみません。打ち合わせをしてしまうと、ナルソン様が態度に出してしまうかもと不安で。初めて会う相手だったので、万全を期したかったのです」
「こいつめ、私はまだまだ現役だぞ。お前が心配するなど、10年早いわ」
不満げなナルソンに、ティティスとアロンドが声を上げて笑う。
「まあ、これで彼らも部族同盟が友好的だと認識しただろう。後は、交流を続けて仲を深めていけばいいな」
「ですね。さて、私はそろそろバーラルに戻らせていただきます」
席を立つアロンドに、ナルソンが驚いた顔になる。
「何、もうか? 少しくらいゆっくりしていけばいいだろう」
「いえ、妻が『いい加減かまえ』とおかんむりなので。何日も空けて、浮気を疑われても大変ですし」
それでは、とアロンドは部屋を出て行った。
閉まった扉に目を向けたまま、ティティスが口を開く。
「プロティアとエルタイルとの関係がどうなるかと心配でしたが、大丈夫そうですね」
「ああ。あの様子なら、各国間の外交はアロンド主導で進めさせても大丈夫だろう。しばらくは安泰だな」
「ですね。では、私も失礼いたします。フィレクシアさんたちの様子を見に行かないと」
そう言って、ティティスが席を立つ。
「ティティス秘書官、毒ガスの後遺症に苦しんでいる兵士たちについてなんだが、その後の様子は?」
「頂いた薬のおかげで、全員が快方に向かっています。ご心配いりません」
「何? 完治しそうなのか?」
「はい。ご指示通り、薬を……栄養ドリンクを3日間だけ毎日1本ずつ飲ませたところ、全員がほぼ完治しました。息苦しさを少し感じる者がいくらかいるようなので、半月空けた後にまた栄養ドリンクを与えることになっています」
バルベール首都バーラルにはアルカディアの医者が滞在しており、厳格な薬の管理のもとで傷病兵の治療を行っている。
使っているのはリポDと呼吸器に効く精油だ。
さすがに後遺症は治癒できないだろうと一良は言っていたのだが、予想に反して良好な結果が得られたようだ。
ちなみに、バルベール傷病兵に薬を与えることは、一良がナルソンに申し出た。
バレッタやリーゼには言っておらず、ナルソンだけにこっそりと、である。
ようやくすべてが終わって安堵しているところに、水を差したくなかったのだ。
「さすがは神の秘薬ですね。旅行からお帰りになられたら、またお礼を言わないと」
「うむ。カズラ殿も、それを聞けば喜ぶだろう。後遺症で苦しむ者たちのことを、だいぶ気に病んでいたからな」
「さすがは慈悲の神ですね。貴国と友好関係になれて、私も嬉しいです」
そう言ってティティスは微笑むと、部屋を出て行った。
「……さて、後はリーゼたちがどうなるか、か。こちらの跡継ぎは……リーゼがいなくなるとなぁ。アイザックは統治者には向いていないし、どうしたものか」
ううむ、と唸るナルソン。
しばらく考え、小さな声で「ハベルなら適任かもしれんな」と漏らした。
「へっくしょん!」
桟橋で夕焼け色に染まる海を眺めている一良とバレッタを遠巻きに見守っていたハベルは、突如襲ったむず痒さに盛大なくしゃみをした。
「うわっ!? どしたの? 風邪?」
イカの串焼きを食べていたシルベストリアが、驚いて彼を見る。
「いえ、急にむずむずして……嫌な寒気もしましたし」
ハベルが鼻を擦る。
「あはは。誰かに悪口でも言われてるんじゃないの?」
「失礼なことを言わないでくださいよ」
ハベルは不満顔で言うと、再び「へっくしょん!」と大きなくしゃみをしたのだった。