軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

387話:その時になったら

それから3日が過ぎ、一良とバレッタは、フライシアに戻るべく船に乗っていた。

行きの船とは違い、今乗っている船は平べったい小型帆船だ。

大きく開いた帆に風を受け、船は順調に上流へと進んでいく。

「おお、ここでも風の力だけで川を登っていく……」

一良が物珍しそうに、船の縁から川を眺める。

水は下流へと流れていくのに、船はそれに逆らってすいすいと進んでいくのがとても不思議だ。

「けっこう流れが速いのに、よく風の力だけで進むなぁ」

「船が平べったいせいもあるみたいです。船底が水面下深く落ちていないから、流れの力を受けにくいそうですよ」

「なるほど。流れの速いところでも、大丈夫なんですかね?」

「そういう場所では、陸から縄で引っ張ったり櫂で漕いだりするみたいです」

「へー」

感心している一良に、バレッタが微笑む。

旅行中、バレッタは一良と2人きりで思う存分いちゃいちゃできたので、とてもご機嫌だ。

昼間はあちこちを観光して回り、夜はベッドを共にするという毎日だった。

「カズラさん、村に帰ったら、ご実家にも報告に行くんですか?」

そよぐ風に髪を揺られながら、バレッタが聞く。

「そのつもりです。で、バレッタさんを日本に連れて行く方法を、いい加減教えてもらおうかなって」

「ふふ、そうですね。カズラさんのご両親に会ってみたいです。早く行けるといいな」

「でも、あんまり期待はしないでください。行く方法がない可能性もありますし」

「たぶん、大丈夫ですよ」

やけに自信ありげに言うバレッタに、一良が小首を傾げる。

「ん? 何か思いあたることでもあるんですか?」

「たぶんですけど、行けるだろうなって。だから、大丈夫です」

「ふーん……あれ? 指輪、付けてないんですか?」

彼女の左手を見て、一良が小首を傾げる。

「はい。傷付いちゃったら大変なんで、大事にしまってあります」

「うーん。手に付けるものですし、傷つくのは当たり前だと思うんですけど」

「私の2番目の宝物ですから。大切にしたいんです」

「2番? 1番は?」

「カズラさんです」

満面の笑みで言うバレッタに、一良が赤くなる。

そうして、2人は景色を眺め続けるのだった。

半日近く船に揺られ、2人の乗る船はフライシアの船着き場に戻って来た。

時刻は午後3時。

首を長くして待っていたリーゼたちが、2人に大きく手を振っている。

一良たちも、手を振り返す。

「カズラさんを独り占めできる時間、終わっちゃいました」

手を振りながら、バレッタがぽつりと言う。

「これからも独り占めですよ。俺たち、夫婦になるんですから」

「……はい、そうですね」

船が岸に着き、タラップを渡って陸に上がる。

「おかえり! 楽しめた?」

明るい声のリーゼに、バレッタはすぐに頷いた。

「はい。すごく楽しかったです。これ、お土産です」

バレッタが布袋を差し出す。

中身は、サンゴや真珠のアクセサリーだ。

リーゼはそれを受け取り、にっこりと微笑む。

「ありがとう! それじゃ、イステリアに帰ろっか」

彼女が指差す方には別の船が待機しており、船員たちがぺこりと頭を下げた。

皆でぞろぞろと、その船に向かう。

「カズラさん、思う存分、いちゃいちゃしてきたんですか?」

さっそく隣にやって来たジルコニアが、ニヤニヤしながら一良に尋ねる。

「え、ええ。まあ」

「いいですねぇ。私もお願いしたいなぁ」

「あのですね、これから結婚するって男にそんなこと言うのは、どうかと思うんですけど」

「ただのやきもちじゃないですか。これくらい、許してくださいよ。ねえ、バレッタ?」

話を振られ、バレッタが苦笑する。

「そうですね。もう少し、我慢していただけると」

「あ、ごめんね? 嫌な気持ちにさせるつもりはなくってさ」

「あ、いえ! そんなことは全然!」

少し焦った様子で一良から一歩離れるジルコニアに、バレッタが慌てる。

「あれ? そういえば、ハベルさんとシルベストリアさんは?」

一良がきょろきょろと辺りを見渡す。

「ハベルさんたちなら、あの船に乗ってますよ」

船着き場へと向かって来る船に、バレッタが振り返る。

ジルコニアたちは、「えっ」と声を漏らした。

「バレッタ、気付いてたの?」

「はい。何かあっても大丈夫なように、付いてきてくれてたんですよね? あちらに着いてすぐに気が付きました」

「マジか……俺、全然気付かなかった」

「言うと気にしちゃうかなって思って、黙ってました。お二人が来てから、船に乗りましょっか」

そうしてハベルたちを待ち、皆でイステリア行きの船に乗り込むのだった。

その日の夜。

一行は馬車でナルソン邸に帰って来た。

出迎えは、ナルソン、ラース、ティティス、フィレクシアの4人だ。

バレッタが馬車を降りた途端、フィレクシアは彼女に抱き着いた。

「バレッタさぁん!」

「わわっ!?」

飛びつく勢いで抱き着かれ、バレッタがよろめく。

「もう、遅いですよ! 旅行、長すぎです!」

「あはは。ごめんなさい。バルベールに戻らなかったんですね?」

「だって、まだミシンを作ってないじゃないですか。あんまり遅いから、勝手に作り始めちゃいましたよ?」

「えっ、もう? 設計できたんですか?」

「ばっちりです! 見に来てください!」

「ちょ、ちょっと!」

フィレクシアに引っ張られ、バレッタは屋敷に走って行く。

「あ、まだお父様に報告してないのに」

後から降りたリーゼが、2人の背を見ながらぼやく。

「ん? 何がだ?」

「バレッタとカズラが、結婚することになったんです」

「そ、そうか。カズラ殿、おめでとうございます」

「ありがとうございます。村で式を挙げさせてもらおうと思うんで、ナルソンさんも出席してもらえると」

「承知しました」

ナルソンはにこやかに応えながらも、内心驚いていた。

てっきり、一良はリーゼたち全員を娶ってくれるものだと考えていたのだ。

「村には、すぐに向かうのですか?」

「明日の朝にも。で、村の人たちに報告しようかなって」

「では、私は式の日に向かわせていただきます。風呂の準備ができていますので、夕食の前に入られては?」

「そうさせてもらいます。船の上、けっこう暑くて。汗でベタベタだ」

「ワンワン!」

「ワウッ!」

自分たちを忘れるな、とティタニアとオルマシオールが吠えながら、一良にまとわりつく。

「あ、はいはい。忘れてませんよ。お風呂から出たら、たくさんあげますから」

「「ワン!」」

尻尾をぶんぶん振る2頭を連れて、一良は屋敷に入って行った。

ナルソンがリーゼに目を戻す。

「リーゼ、その……残念だったな」

心配げに言うナルソンに、リーゼは微笑んだ。

「はい。でも、カズラとバレッタが幸せなら、私は大丈夫です」

「うむ……」

苦虫を噛み潰したような顔で言うナルソン。

リーゼはつらいことがあっても表に出さないので、内心酷く落ち込んでいるのではと心配なのだ。

「心配しなくても大丈夫です。ちゃんと割り切っていますから」

「そうか。宿場町の件は、そのまま続けられそうか?」

「もちろんです。では、私もお風呂に行ってきますね。エイラ、一緒にどう?」

「お供いたします」

エイラと一緒に一良の後を追うリーゼ。

その背を見つめるナルソンの隣に、ジルコニアが立つ。

「大丈夫よ。あの娘の芯の強さは知ってるでしょう?」

「しかし、あれほどカズラ殿に入れ込んでいたんだぞ? それがダメになったとなるとだな……」

「もう、心配性ねぇ」

「そういうお前は平気なのか? カズラ殿が好きなんだろう?」

「そんなにヤワじゃないわよ。それに、望みなしってわけじゃないと思うし」

「は?」

怪訝な顔をするナルソンにジルコニアは少し笑うと、歩いて行ってしまった。

数時間後。

風呂を済ませた一良は、ティタニア(人の姿)、オルマシオールに見守られながら自室で荷物をまとめていた。

明日からはグリセア村で生活することになるので、こちらに持ち込んだ食料や衣類の大半を持って行くことにしたのだ。

「いくらなんでも持ってきすぎたなぁ。すごい量だ」

『余分なものは、私が食べてやるぞ』

お座りしてぶんぶんと尻尾を振っているオルマシオール。

ティタニアはダンボール箱を漁りながら、目を輝かせている。

「んじゃ、食べてもらいますか。ティタニアさんも、好きに食べちゃっていいですよ」

「いただきます!」

待ってましたと、ティタニアがポテチの袋を開けてバリバリと食べ始める。

一良はエネルギーバーをダンボール箱から取り出すと、袋を開けて中身をオルマシオールに投げた。

ひょい、ぱく、ひょい、ぱく、と次々にオルマシオールはエネルギーバーを平らげていく。

『もっと、もっとだ。どんどん寄こせ』

「了解です。はは、面白いなこれ」

「カズラ様、冷蔵庫の中のものも食べちゃっていいですか?」

あっという間にポテチを食べ終えたティタニアが、冷蔵庫を開く。

「どうぞ。確か、ハムとか魚肉ソーセージが大量に入ってたと思いますよ」

「んふふ。全部いただきますね!」

猛烈な勢いで食料を消費していると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。

扉が開き、バレッタが顔を覗かせる。

風呂に入ってきたようで、髪がしっとりと濡れていた。

「カズラさん、そろそろ夕食……あ、ティタニア様たちも、いらしたんですね」

「おはひびいばばいべばびゅ!」

ハムを丸かじりして口をパンパンにしたティタニアが、何やら言う。

『カズラ、私にもハムをくれ』

「はいはい。バレッタさん、手伝ってもらえます? ダンボール箱にもハムが入ってるんで」

「は、はあ」

バレッタがダンボール箱からハムを取り出し、一良と一緒にオルマシオールに食べさせていく。

開けては食べさせを繰り返していると、冷蔵庫の中身を貪り食っていたティタニアが、扉を閉めてイスに座った。

「ふう、少し落ち着きました。すごく美味しかったです」

「もしかして、全部食べたんですか?」

床に散らばる包装紙やらプラスチックケースやらを、一良が見やる。

「はい。酸っぱい野菜以外は、全部いただきました」

「おしんこは苦手なんですね」

「はい。酸っぱいものはどうにも……ところで、バレッタさん」

ティタニアがバレッタを見る。

「残っていた迷いが、なくなったようですね。とても穏やかな魂になっていますよ」

「迷い? バレッタさん、何か悩み事があったんですか?」

一良が聞くと、バレッタは穏やかな表情で微笑んだ。

「はい。どうしようってずっと悩んでいたんですけど、決めました」

「何をです?」

「それは、もう少ししてからで。その時になったら、話しますね」

「そうですか。まあ、何でも協力しますから、遠慮なく言ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」

「それじゃ、夕食を食べに行きましょうか」

『うむ、そうしよう。ここの飯はいつも美味いから、楽しみだ』

オルマシオールが咀嚼していたハムを飲み込み、ぺろりと口の周りを舐める。

「ま、まだ食べるんですか。こんだけ食べたのに、よく入りますね」

そうして、オルマシオールたちを連れて、一良は部屋を出た。

バレッタは今夜は自室で休むとのことだったので、食後に一良は調理場に行ってみたが、エイラはいなかった。

代わりに、レモンピールのお茶が入った水筒が手紙とともに置いてあった。

手紙には、「村で暮らし始めたら、バレッタ様たちも誘ってお茶会をしましょうね」、と書かれていた。