軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

385話:今夜もお願いします

数十分後。

商店を何軒か覗きながら2人は歩き、港へとやって来た。

大きな商船がいくつも停泊していて、荷下ろしをしている男たちや船から降りてくる見慣れない服装の者たちが目に入る。

「おお、賑わってるなぁ。船から降りてきてる人たちは外国人ですかね?」

「かもしれないですね。何だか不安そうな顔をしてますけど……」

それらの人々は皆若く、小さな布袋を手にしている。

彼らの前には立派な服を着た中年男と老人がおり、男は書類を見ながら点呼を取り始めた。

興味を引かれ、一良たちは彼らに歩み寄る。

「ブレスト、ゴードウィン、マレシア」

男が名前を読み上げるたび、はい、と手を挙げて返事をする若者たち。

全員の点呼が終わると、男は彼らに笑顔を向けた。

「ようこそ、アルカディア王国へ! 私は諸君らの主人のモール・ミリニームである」

男が自己紹介をすると、傍らにいた老人が異国の言葉で通訳を始めた。

「諸君らは金で買われたということで、今後の扱いに不安を持っているだろう。だが、ここアルカディア王国においては、そんな心配はいらない。この国の者たちと同等の扱いをするゆえ、安心して働いてほしい」

どうやら、若者たちは南の島からやって来た奴隷のようだ。

男がこれからの待遇を説明するにつれ、奴隷たちの表情に安堵が広がる。

どうやら、奴隷という身分ではあるものの、この国の労働者とほぼ同条件で休みが貰えるらしい。

差別や虐待は厳しく取り締まっているので、何かあったらすぐに報告するようにと説明が続く。

「我が国は慈悲と豊穣の神グレイシオール様の名のもとに、不正や犯罪は厳しく取り締まられている。また、異国の人々にも慈悲を心がけよと国王陛下と領主様より布告が出ている」

「ヘイシェル様、ちゃんとカズラさんの言いつけを守ってるみたいですね」

バレッタが小声で一良に言う。

「ですね。奴隷にもって話はしてなかったけど、考えてくれてるんですね」

「5年間の労働を全うすれば、諸君らは自由である。祖国に帰るもよし。そのまま働き続けるもよし。働き続けるならば、解放奴隷としてフライス領民の資格が与えられ――」

男の説明は続き、若者たちは皆が嬉しそうに近場の者と話し始めた。

男は私語を咎めるでもなく、彼らの様子に満足そうに話し続けている。

「――というわけだ。明日からの諸君らの働きに期待しているぞ。では、住居に案内するとしよう」

男が若者たちを先導し、馬車へと向かう。

「えっと、『ミリニーム家』か」

メモ帳を取り出す一良に、バレッタが小首を傾げる。

「カズラさん、何をメモしてるんですか?」

「よくやってくれてるみたいなんで、後でヘイシェルさんに伝えておこうと思って」

「あはは。きっと驚きますね。『グレイシオール様から直々にお褒めの言葉が』って伝えてもらうといいかも」

「はは、それいいですね。ついでに、万年筆でもプレゼントしようかな」

「噂が広まるかもですね。『いつどこでグレイシオール様が見てるか分からないぞ』って」

そうして馬車を見送り、2人は串揚げ屋の店主に教えてもらった宿探しを続けた。

宿はすぐに見つかり、港に面した大きな石造り4階建ての建物の前に2人はやって来た。

おー、と2人並んで、宿を見上げる。

「大きな宿ですねぇ」

「ですね! 海側のお部屋が空いてるといいな」

うきうきした様子で、バレッタが重厚な木製ドアを開く。

カランカラン、とドアベルが鳴り、少し奥のカウンターにいた女性従業員が「いらっしゃいませ」と微笑んだ。

とりあえず1泊を申し込み、鍵を貰って4階に上がった。

泊まるのは、角部屋の一番価格が高い部屋だ。

ふんわりとした絨毯の敷かれた廊下を進む。

「ええと、401号室……ここか」

鍵を開けて部屋へと入る。

広々とした室内は一面に絨毯が敷かれており、大きな天蓋付きのベッドが2つあった。

革張りのソファーと大きな鏡台、高級そうな木製のイスが4脚に大理石のテーブルが置かれている。

木製の壁には草原を走るラタの絵画が飾られていて、銀製の壁掛け燭台が灯っていた。

テーブルには小さな木箱に入ったクッキーが置いてあり、ルームサービスの書かれた紙が置かれている。

ベランダへと続く大きな窓は開け放たれていて、青く広がる海が一望できる。

「「おー!」」

バレッタがはしゃいだ様子で、部屋を見渡す。

「こりゃあいい部屋だ。高いだけのことはあるな」

一良が荷物をソファーに置き、ルームサービスの紙を手に取った。

肉料理、魚料理、カットフルーツ、酒など、24時間いろいろと注文できるようだ。

「景色も最高ですね!」

バレッタがベランダに駆けて行く。

一良もその後を追い、ベランダの手すりに手をかけて瞳を輝かせている彼女の隣に並んだ。

「いい景色……あっ、ハンモックまでありますよ!」

ベランダにはハンモックがあり、日除けのパラソルが開いていた。

バレッタが靴を脱ぎ、ハンモックに横になる。

「はは、バレッタさん、大はしゃぎですね」

「えへへ。こんな高級宿、初めてなんですもん」

ハンモックに揺られ、バレッタが気持ちよさそうに目を細めて一良を見る。

「何だか、昨日からのことが夢みたいです」

「夢じゃないですよ。これからずっと、一緒にいましょうね」

「えへへ。はい! えいっ」

バレッタは幸せそうに微笑むと、一良の手を掴んでぐいっと引き寄せた。

「おわっ!?」

べしゃ、と一良がバレッタの胸に顔から突っ込む。

バレッタは彼の頭を抱き、頭に頬ずりした。

「カズラさん、大好きです。愛してます」

「むぐぐ!」

「あっ、ごめんなさい!」

バレッタが手を放し、一良は身を起こして苦笑した。

「はあ……バレッタさん、何だか急に子供っぽくなったなぁ」

「だって、ようやく思いっきり甘えられるようになったから嬉しくて」

にへら、と微笑むバレッタ。

一良はじっと、彼女の顔を見る。

「ど、どうしました?」

「んー、どこか景色のいい場所でって思ってたんだけど。今がいいかなって」

一良がポケットから、小さな黒い小箱を取り出した。

片開きのそれを開くと、虹色に輝くダイヤモンドが付いた指輪が現れた。

「わっ、すごい!」

「左手を出して」

バレッタが差し出した左手の薬指に、一良が指輪を嵌める。

バレッタは左手を目の前にかざし、目を輝かせる。

「綺麗……あっ、もしかして、婚約指輪ですか!?」

「うん。本当は告白する時に渡そうと思ってたんですけど、まあ、あんなことになっちゃったんで」

一良は苦笑して頭を掻くと、改めてバレッタに向き直った。

「バレッタさんのこと、絶対に幸せにしますから。これからも、よろしくお願いしますね」

「……」

「……あ、あの?」

「カズラさんっ!」

「うおあっ!?」

バレッタが一良に抱き着き、ハンモックから落っこちる。

そのまま、一良はベランダの床に押し倒された。

ごん、と一良の頭が床にぶつかる。

「いてっ!?」

「あっ!? ご、ごめんなさい!」

「いてぇ……何か、つい最近まったく同じように頭を打ち付けたような」

「うう、古傷をえぐらないでください……」

その後、再び観光をすべく、2人は部屋を出たのだった。

近場を観光しているうちに時間は過ぎ、2人は宿の食堂で夕食を食べていた。

海産物をメインとした料理の数々に、美味しい、という言葉が何度も零れる。

「どれを食べても美味いなぁ。これで俺も栄養が取れればな……」

魚の酢漬けと香草和えを頬張る一良。

バレッタはずっとニコニコ顔で、料理を頬張っている。

その左手薬指には、婚約指輪が輝いていた。

「そこがネックですよね。部屋に戻ったら、何か食べないとですし」

「まあ、慣れましたけどね。満腹になりすぎないように気をつけないと」

テーブルの中央には数本のロウソクが灯っており、少々薄暗いがかえっていい雰囲気だ。

宿には他にも数組が泊まっているようで、それぞれ食事を楽しんでいる。

一良たちは窓際の席に座っていて、開け放たれた窓からは月明りに照らされた夜の港がよく見えた。

あれこれと今日の観光の感想を話しながら、食事を続ける。

「あの……部屋に戻ったら、お酒を頼んでもいいですか?」

バレッタからの思わぬ申し出に、一良が少し驚いた顔になる。

「えっ、珍しいですね。お酒は苦手なんじゃ?」

「少し酔っぱらっていないと、夜は恥ずかしいかなって」

バレッタが赤い顔でもじもじしながら、上目遣いで一良を見る。

「そ、その……きょ、今日も、してほしい……です」

そう言って、湯気が出そうなほどにさらに顔を赤くしてうつむく。

「え、ええ、もちろん。それじゃあ、お酒はお風呂に入ってから頼みましょうか。酔ってお風呂は危ないんで」

「……えへへ」

バレッタは、ほっとした様子で顔を上げた。

「むう。何の話をしてるんでしょうか」

中央の席からその様子を横目で見ていたハベルが、料理を食べる手を止めて小声で言う。

ハベルもシルベストリアも、変装したままの恰好だ。

「わ、わぁ……バレッタ、超積極的じゃん」

「え? 聞こえるんですか?」

顔を赤くしているシルベストリアに、ハベルが驚いた目を向ける。

「ううん、読唇術」

「そんなことができるんですか?」

「スラン家の人間なら、全員教え込まれるからね」

「知りませんでした……それで、彼女は何と?」

「……今夜、えっちいことするんだってさ」

「そ、そうですか。仲が良くていいことですね」

シルベストリアは顔を赤らめたまま、じっとバレッタたちをガン見している。

視線に気づいたバレッタがこちらに目を向け、シルベストリアは慌てて料理に目を戻した。

ハベルは苦笑し、食事を再開する。

そこで、ふと疑問が頭に浮かんだ。

「……バレッタさんは、カズラ様の子を身籠ることができるのでしょうか?」

「え?」

きょとんとした顔になるシルベストリア。

「そりゃあ、することすればできるでしょ。ていうか、カズラ様が作るつもりなら、どうとでもなるんじゃないの? 神様なんだから」

「そ、そうですね」

「はあ、いいなぁ。私もあんな恋愛、してみたいな……」

シルベストリアがフォークで料理を突きながら、羨ましそうにバレッタたちを見る。

「アイザック様が相手となると、ガンガン押して行かないと難しいと思いますよ」

「そんなこと言ったって、彼って超真面目で一途じゃん。リーゼ様のことを諦めないうちは無理だって」

「うーん……となると、カズラ様がリーゼ様も娶らない限りは、無理ということになりますが」

「だから、それも無理でしょ。あれ見てみなよ」

くいっと、シルベストリアがバレッタたちを顎で指す。

楽しそうに食事を続けている2人は、とても幸せそうだ。

「はあ。私、一生独身かなぁ。他にいい男なんていないしさ」

「そのうちチャンスが来るかもしれませんし、そう悲観しないでください」

「そんなこと言ってもなぁ……あと1年でどうにもならなかったら、ハベルが私のこと貰ってくれない?」

「か、考えておきます」

その後もシルベストリアに付き合い、ハベルはうんうんと愚痴を聞くのだった。