作品タイトル不明
366話:海水浴
次の日の朝。
朝食を食べて城を出た一良たちは、ルグロ一家に連れられて、馬車で海水浴場に向かっていた。
王族とバレると面倒なので、急遽調達した大型の乗合馬車での移動だ。
同行しているのは、昨夜の食事会のメンバーである。
皆、城で借りた平民服を着ていて、ルグロはオールバックに、ルティーナはお団子頭にして、気休め程度に変装している。
全員が服の下に水着を着ており、現地で脱げばいいだけだ。
ナルソン、エルミア、カーネリアンは異民族関連でやらなければならないことができたとのことで、今日は丸一日城の屋上にいるらしい。
「異民族で問題がって、何があったんだろ。ナルソンさん、どうして教えてくれないのかな」
一良が流れていく街並みを眺めながらぼやく。
「きっと、気を遣ってくださってるんですよ」
「そうそう。こっちは気にしないで楽しんでこいってことだよ」
一良の後ろに座っているバレッタとリーゼが言うと、一良の右隣に陣取っているジルコニアが一良の腕に自身の腕を絡めた。
ちなみに、一良の左隣には獣の姿のティタニアがお座りしている。
「そうですよ。面倒なことはあっちに任せて、カズラさんは私の水着姿を堪能すればいいんですって」
「た、堪能って……」
「ああもう! お母様! もう隠す気ないですよね!?」
「失礼ね。裸で泳いだりなんてしないわよ」
「そっちの意味じゃないっつうの!」
リーゼのツッコミを受けながらも、ジルコニアは一良に腕を絡めたままだ。
バレッタはもう諦めているのか、苦笑するばかりである。
「あそこの4人って、どういう関係なんですかね?」
馬車の最後尾に座っているフィレクシアが、ティティスとラースに小声で聞く。
「リーゼ様とバレッタさんは分かりますけど、ジルコニア様は既婚者なんですよね……」
「自分の娘と男を取り合ってるようにしか見えねえよな……お、見えてきたぞ」
それを聞きフィレクシアが前を見ると、街並みの先に白い砂浜が広がっていた。
現在時刻は、午前10時。
砂浜にはたくさんの人々がおり、波打ち際ではしゃいでいる子供たちが大勢いた。
「おー! これは綺麗な砂浜ですね! これが海ですか!」
「なかなかのものですね。きちんと整備されているようですし」
瞳を輝かせるフィレクシアと、感心した様子のティティス。
フィレクシアは海に来るのは初めてだが、ティティスは何度か行ったことがある。
軍団兵たちの慰労代わりに、というカイレンの提案で、数千人の兵士たち全員が波打ち際でアハハウフフしたのだ。
ティティスは泳いだりはせずに木陰で涼んでいたのだが、なぜ脱がないのかと兵士たちから大ブーイングを受けたことを覚えている。
人々でにぎわっている海水浴場へと着き、一行は下車して砂浜に降り立った。
「「おー!」」
バレッタとリーゼが、その光景に感嘆の声を上げた。
真っ白な砂浜と打ち寄せる白波。
空はすっきりと晴れ渡っていて、絶好の海水浴日和だ。
「あっ、ティタニアさん!」
「ワウッ!」
ティタニアが猛烈な勢いで走り出し、波打ち際へと向かう。
思い思いに楽しんでいた人々は、突然現れた漆黒の巨大ウリボウに仰天した。
あちこちから悲鳴が上がり、パニックになって逃げ惑う。
木陰にいた警備兵は1人で立ち向かうわけにもいかず、あたふたし始めた。
「ああっ! すみません! あのウリボウは安全ですから! 私のペットなんです!」
一良が慌ててその後を追い、大声で叫ぶ。
「ティタニアさん! 戻って来て! 早く!」
一良に呼ばれ、波と戯れていたティタニアが駆け戻って来る。
「ほら、このとおり! 大丈夫ですから!」
ティタニアは砂地に転がり、腹を見せてじたばたし始めた。
一良が伸ばす手に、前足で「ワフワフ!」と声を漏らしながらじゃれついている。
その様子に、逃げた人々は恐る恐る戻ってき始めた。
駆け寄って来た兵士に、ルグロが事情を話す。
ルグロが王子だということを疑われるかと思ったのだが、ルグロとルティーナの顔はよく覚えていたようで納得してくれた。
「ああ、びっくりした。ほら、皆脱ごう!」
リーゼが服を脱ぎ、他の女性陣も水着姿になった。
王都では海水浴の際には、女性はサラシのようなかたちで布を胸に巻く。
下半身にも布を巻くのだが、ビキニパンツのような見た目であり、腰の後ろでピン留めし、万が一にも大変なことにならないようにしてあった。
ちなみに、短パンやシャツを着たまま水に入ることもよくあるらしいのだが、「せっかくだから水着を着てみては」という一良の控えめな進言によって、今日は全員が水着である。
「……すげえ」
「ちょっと! 私を見なさいよ!」
どうだ、と腰に両腕を当てているジルコニアと、恥ずかしそうにしているエイラをガン見している一良に、リーゼが怒る。
2人とも、かなりのプロポーションであり、特にエイラは胸が大きいため、サラシの上で主張している谷間がとてもけしからんことになっていた。
ジルコニアは真っ白な布を上下に巻いており、エイラは黒色の布地である。
「ああ。リーゼもかわいいぞ」
「だから、こっちを見て言いなさいよ!」
「はいはい……おおっ」
一良はリーゼに顔を向けたのだが、その隣にいるバレッタに即座に視線が移った。
バレッタはジルコニアやエイラのような水着ではなく、ビキニタイプのオレンジ色の水着を着ていた。
成長期ということもあり、以前に比べてスタイルのメリハリが良くなっている。
腰には色鮮やかなパレオが巻いてあり、内ももが見えすぎないようになっていた。
バレッタは顔を真っ赤にして、上目遣いで一良に視線を向けている。
「バレッタさん、超かわいいですよ! その水着、どうしたんですか!?」
「前に雑誌で見たものを参考にして、昨日の夜にこっそり作ったんですけど……うう、やっぱりやめておけばよかったかも」
バレッタは昨夜、城に戻るとすぐさま裁縫室に駆け込み、大急ぎで水着を仕立てたのだ。
こっそりルティーナに相談していたので、置いてあった生地は使い放題だった。
その中でもとびきり手触りがよく、水に濡れても透けないものを選んで水着を仕立てた。
以前見た雑誌に載っていたものを参考にしたのだが、ほろ酔い気分も手伝い、ついつい攻めた水着を作ってしまったのだ。
朝目が覚めて水着を着る際、なぜこんなものを作ってしまったのかと自室で頭を抱えていたのは内緒である。
「ええ!? そんな、かわいいですって! すごく上手じゃないですか! めっちゃ似合ってますよ!」
「うう、恥ずかしい」
大興奮の一良に、バレッタがさらに顔を赤くする。
「ちょっと、バレッタ! そんなにかわいいの作るなら、私も誘ってよ! 私もそういうの着たかったよ!」
「え、えっと、これくらいしてもいいかなって。あはは」
憤慨するリーゼに、バレッタが笑顔を向ける。
「あっ、もしかして、昨日のお出かけの仕返しってわけ!?」
「ふふ、バレッタさん。それくらいにしてあげたほうがいいですよ。皆の分も、ちゃんと作ったんですから」
ルティーナが苦笑しながら、口を挟む。
彼女はまだ服を脱いでおらず、平民服のままだ。
ルグロは子供たちの服を脱がせてやっている。
子供たちの水着はルティーナのお手製で、ルルーナたち女の子はスカート付きのワンピースタイプ。
ロンは短パンだ。
「え? 皆の分?」
きょとんとするリーゼに、ルティーナが頷く。
「ええ。私とバレッタさん、それにマリーさんにも手伝ってもらって、皆さんの分も作ったんです。ただ、時間がなかったので1組ずつですけどね」
ルティーナが肩から下げているバッグから、水着を取り出す。
マリーはそれを受け取り、皆に配る。
「ジルコニア様、どうぞ」
「あら、すごいわね。でも、サイズが合うかしら?」
「バレッタ様が、大丈夫とおっしゃっていましたが」
マリーがバレッタを見る。
「ぴったりなはずです。お風呂をご一緒した時に、サイズは大体分かったので」
「バレッタが言うなら大丈夫ね。で、どこで着替えましょうか」
「あそこの店で、有料で着替えられるぞ」
子供たちの介助を終えたルグロが、砂浜に並んでいる小屋に目を向ける。
食べ物や飲み物を販売している店のようだ。
「エイラ、お金持ってきて。着替えに行きましょ」
「かしこまりました」
「カズラ、着替えてきたらちゃんと見てよね!?」
「はいはい」
ジルコニア、エイラ、リーゼが店へと歩いて行く。
「ティティスさん、私たちも行きましょう!」
うきうき顔でビキニを手にしたフィレクシアが、ティティスの手を引く。
「いえ、私はいいですよ。海に入るつもりもありませんし」
「えええ!? もったいないですよ! せっかく来たんですから、泳ぎましょうよ!」
「ですから――」
「そうだぞ。こんな綺麗な海に来たんだから、泳がなきゃ損ってもんだ」
短パン一丁のラースが、ティティスに勧める。
筋骨隆々で巨体のラースはかなり目立ち、付近にいる人々の視線を集めていた。
「ティティスさん、せっかくですから。きっと、いい思い出になりますよ」
一良にまで勧められ。ティティスは、はあ、とため息をついた。
「分かりました。でも、少しだけですよ。フィレクシアさん、行きましょう」
「やった!」
ティティスとフィレクシアも、ジルコニアたちを追う。
「……ハベル。ちゃんと撮ったか?」
それまで黙ってやり取りを見ていたアイザックが、カメラを回しているハベルに小声で聞く。
「ええ、撮りましたとも」
「相談なんだが、リーゼ様の写真を――」
「口止め料込みで、1枚100アルいただきます」
「……おう」
こそこそと話しているアイザックたちをよそに、一良は「さて」と海に目を向けた。
「皆には悪いけど、先に海に入っちゃおうかな」
「いいのかぁ? きっとまた、リーゼ殿に怒られるぞ?」
いそいそと服を脱ぐ一良に、ルグロが苦笑する。
「だって、暑くてたまらないじゃんか。早く入ろ――」
一良がそう言いかけた時、リーゼが駆け戻ってきた。
「分かってると思うけど、私たちが着替えてくるまで海に入っちゃダメだからね?」
「あ、うん」
短パン一丁になった一良が頷くのを見て、ルグロは笑いを噛み殺すのだった。
「海だー!」
「海なのですよー!」
戻ってきたリーゼとフィレクシアが、一良たちを素通りして海へと駆けて行く。
2人ともビキニ姿で、かなり肌色が多めだ。
「あっ!? おい! ずるいぞ!」
「カズラさん! 待ってくださいー!」
「あはは! 海に入らないのは戻って来るまでって約束だしー!」
「早い者勝ちなのですよー!」
笑いながら駆けていくリーゼたちを追って、一良とバレッタも走り出す。
水着を見せる話はどこにいったのだろうか。
「あらあら、まるで子供みたいね」
「う、うう。この水着、さっきまで着てたものより恥ずかしいです……」
ビキニ姿になったジルコニアとエイラも戻って来ると、付近にいた海水浴客たちの目が釘付けになった。
女性からは「あれかわいい!」「どこで買ったんだろ?」「私もほしい!」といったもの。
男性からは「何あれすごい!」「胸がすごい!」といったものが多めだった。
「あれ? ティティス、何でシャツなんて着てるんだよ?」
後からやって来たティティスを見て、ラースが怪訝な顔になる。
「いえ、いくらなんでも、あんなほぼ裸みたいな恰好はできませんよ……」
「んなこたねえだろ。サラシ巻いてるのと、あんまり変わんねえって。シャツ、脱いでみろよ」
「胸が強調されてすごいことになってるんです! 人に見せられるようなものじゃありません!」
「そ、そうか。まあ、シャツ着たままでも泳げるしさ。俺たちも行こうぜ」
真っ赤な顔で怒るティティスに、ラースはそれ以上突っ込むのを諦めた。
後でカイレンに「セクハラを受けた」などと告げ口されては、本気でぶん殴られかねない。
「うおお、ルティ、それめっちゃいい! 惚れ直した!」
ルティーナのビキニ姿に、ルグロが両手の拳を握って大喜びする。
マリーもビキニになっており、すかさずハベルが写真を撮りまくった。
「ふふ、かわいいでしょ? マリーさん、先に休憩場所を作りましょ」
「かしこまりました」
マリーとルティーナが馬車から長い棒を4本取り出し、先端に大きな布を縛り付けて日除けを作る。
「ほら、ルグロも見てないで手伝ってよ」
「おう! ハベルとアイザックも……あれ? アイザックはどこ行った?」
「リーゼ様を追って走って行きましたが」
「そ、そうか」
こうして、楽しい海水浴が始まったのだった。