作品タイトル不明
364話:お疲れバレッタさん
小一時間後。
2人はぽっこりと腹を膨らませ、港のベンチで海を眺めていた。
「カズラ、苦しい」
「無理して完食するんじゃなかった……」
虚ろな目で、出航していく船をぼうっと眺める2人。
頼んでしまったからにはと気合で完食したのだが、腹に収めたパンが果実酒でふくらみ、満腹で動けなくなってしまった。
「人間、頑張ればできるんだね……こんなに食べたの、生まれて初めてだよ……」
「頑張るところじゃなかったけどな……」
半分魂が抜けたような状態になりながら、2人並んで景色を眺める。
数分そうしていると、少し楽になってきた。
「そういえば、フライス領ってすごくいいところなんだろ? ここと比べてどうだ?」
「んー、今のところ、フライシアよりここのほうがいいかなぁ。この港、すごく綺麗だしさ」
「ああ、フライシアって、確か内陸だったもんな」
フライス領は多くの河川に恵まれた肥沃な地だが、中心都市のフライシアは内陸に位置している。
中心都市が海に面しているのは、王都領だけだ。
「街なかに川がたくさん流れてて、すごく綺麗だけどね。でもやっぱり、この海を見ちゃうと見劣りするよね」
「でも、フライス領も港町はすごいんじゃないか?」
「たぶんね。川で行き来できるから、港町に行ってみてもいいよね」
「じゃあ、旅行の時はフライシアを見がてら、港町にも行ってみるか」
一良が言うと、リーゼは嬉しそうに微笑んだ。
「うん、そうしよ。どんなところなのか、すごく興味あるし」
「アルカディアで一番食べ物が美味しいんだろ? どんな料理があるのか、楽しみだ」
そうしてしばらく雑談し、ようやく腹が落ち着いてきた。
さてと、とリーゼが立ち上がる。
「ほら、立って! お店を見に行こうよ!」
「うん、次はどこに行こうか?」
一良も立ち上がり、振り返る。
相変わらずたくさんの人々で商店は賑わっており、食事前よりも人手は増えていた。
「あっ、カズラ! あれ見て!」
一良が振り返ると、リーゼが波止場に停泊している漁船を指差していた。
漁から戻ってきたところのようで、男たちがせっせと魚を船から運び出している。
「見に行ってみるか?」
「うん!」
2人が漁船へと近づくと、その場で魚を購入している市民が何人かいた。
一抱えほどもある大きな魚や、5本足のタコのようなものもいる。
「うわ、足が5本のタコだ。こりゃ面白い」
「ん? タコはもともと5本足だぞ。兄さん、イカと間違えてないかい?」
中年女性に魚を渡していた若い男が、一良に苦笑する。
「あ、そうなんですか。イカって、足は何本あるんですか?」
「イカは5本とか12本とか、いろいろだよ。種類がたくさんいるからさ」
「「へー」」
異世界のイカタコ事情に、一良とリーゼが揃って声を漏らす。
男はナイフを取り出して生きているタコの足を1本切り取ると、手慣れた様子で吸盤を削ぎ落とし、ブツ切りにした。
「ほら、これも何かの縁だ。食ってみな」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。その様子だと、2人とも旅行者か何かだろ? 旅の思い出に、珍しいもん食っとけ」
「ありがとうございます」
「いただきますね!」
一良とリーゼが1つずつ摘み、口に入れる。
コリコリとした食感とほのかな塩味で、とても美味い。
「おお、美味いですね!」
「美味しい! 何か、少し動いてる気がするけど」
喜ぶ2人に、男が笑う。
「はは、そうだろ。今ならここにある魚、言ってくれればどれでも売れるから、気になるのがあったら言ってくれ」
男はそう言うと、集まっている買い物客たちにもブツ切りを配り始めた。
それからしばらく魚を見ていたのだが、生ものを買うわけにもいかないので、男に礼を言ってその場を離れた。
その後も、2人は港で店を見て回った。
気に入ったものを見つけては悩みながらもいくつか購入し、景色のいい場所を見つけるとハベルを呼び寄せて写真を撮らせ、小腹が空くと飲食店に入ったりと、王都の港を満喫した。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、空は夕焼け色に染まり始めた。
「もう夕方か。そろそろ帰らないと」
「そうだね。あー、楽しかった!」
一良に買ってもらったアクセサリーや小物の入った布袋を手に、リーゼが伸びをする。
水面は夕日を反射してキラキラとオレンジ色に輝いており、とても美しい。
「だな。こんなに楽しいのはひさしぶりだよ」
「だよね! 誰も私たちのこと知らないから、人目も気にしなくていいしさ」
「ああ、それはあるよな。イステリアだと、どこに行ってもリーゼは声かけられるもんな」
「うん。別に嫌じゃないけど、ちょっと疲れちゃうんだよね」
「あっ! カズラ様! リーゼ様!」
背後から呼ばれて2人が振り返ると、ニィナが息を切らせて駆け寄って来ていた。
「ああ、よかった。見つかった……」
「ニィナさん、そんなに急いで、どうしたんです?」
「それが、バル……」
彼女は周囲を確認し、小声で話し始めた。
「バルベールの北の国境に、異民族の集団が現れたらしいんです」
「えっ!? それって、部族の人たちが追い立てられてた相手ですか?」
「はい。バルベール軍と部族軍が警戒に当たっているらしいんです」
「なるほど……それで、すぐに城に戻ってこいってことですか」
「あ、いえ。陛下からは特に指示は出ていないんですけど、一応知らせたほうがいいかなって。無線係をしていたら、聞いちゃったんで」
「そっか。なら、戦闘が起こりそうとか、そういうことはないってことですね?」
「たぶん……あの、余計なことしちゃいました?」
ニィナが気まずそうに、リーゼをちらりと見る。
「そんなことないよ。そろそろ帰ろうって思ってたところだし」
リーゼがにこりと微笑む。
「他の子たちも、私たちを探してるの?」
「マヤがバレッタたちを呼びに行きました。他の子たちは、街に遊びに行っちゃってたんで」
「あれ? バレッタさんがどこにいるのか、知ってたんですか?」
「え?」
一良が聞くと、ニィナはきょとんとした顔になった。
「殿下に聞いたら、行き先は教えてもらえましたけど」
「あ、あはは。殿下、きっと思い出したんだよ」
リーゼが言いながら、ニィナにウインクする。
ニィナはそれを見て即座に意図を理解し、こくこくと頷いた。
「そ、そう! 聞いたけど忘れちゃってたって言ってました!」
「そっか。まあ、俺たちも城に帰りますかね。おーい、ハベルさーん!」
物陰からカメラを回しているハベルを、一良が呼び寄せる。
そんな一良の横では、リーゼがニィナに手を合わせ、口パクで「ごめんね」と言っていた。
一良たちが城に戻って来ると、上半身裸のルグロが兵士たちと剣の稽古をしていた。
4人の兵士たちに囲まれたルグロは、順々に繰り出してくる兵士の剣を、カンカン、とリズミカルに受けていく。
剣術というよりも、舞踏のように一良には見えた。
「おっ、カズラ、リーゼ殿、おかえりさん」
稽古の手を止めたルグロが、ニカッ、と笑う。
「ただいま。会議、どうだった?」
「問題なかったぞ。ナルソンさんが、上手いことまとめてくれたし。2人は楽しめたか?」
「おかげさまで。思いっきり遊んできたよ」
「殿下、ありがとうございました」
にこりと微笑むリーゼに、ルグロが「うん」と笑う。
「異民族が姿を見せたって聞いたんだけど、どうなったの?」
「ああ、それな。部族の連中が見つけたらしいんだけど、数百人規模の斥候が来たらしくてさ。小競り合いになって、ちょいと被害が出たらしい」
「小競り合いって、威力偵察ってことか」
「ああ。部族の奴らは大急ぎで逃げたらしいんだけど、深追いはしてこなかったみたいだ。知らせを聞いたバルベール軍が、軍団を急行させてるんだとさ」
「バルベール軍がいるなら、とりあえずは大丈夫かな?」
「たぶんな。早く『グレイシオールの長城』を作らなきゃって、大慌てみたいだけどよ」
ルグロはそう言うと、木剣を兵士に手渡した。
水桶を手に取り、ざばっと頭から水を被る。
「ふいー! んじゃ、バレッタたちが帰ってきたら、外に飯でも食いに行くか?」
「えっ? 今から?」
「おう。店の予約は取ってある。貸切だぞ?」
楽しそうにしているルグロに、一良たちは顔を見合わせるのだった。
約1時間後。
城の庭園で、一良たちはベンチに座り、雑談にふけっていた。
「あの子たち、遅いわねぇ」
ティタニアの顎をわしわしと撫でながら、ジルコニアがぼやく。
現在、バレッタとフィレクシア待ちだ。
「だなぁ。俺、腹減っちまったよ」
ジルコニアの隣に腰掛けたラースもぼやく。
ルティーナと子供たち、ティティス、ニィナ、エイラ、マリーもおり、皆で暇を持て余している。
ナルソンだけはエルミア国王、カーネリアン、イクシオス、マクレガーとともに、バルベールにいるエイヴァー執政官と会議を続けている。
軍備についての細々したものを詰めないといけないとのことで、会議は徹夜になるかもしれないとの話だった。
「カズラ、バレッタには、今日遊びに行ったことは言っちゃダメだよ?」
地べたで棒切れを使い、ルルーナと○×ゲーム(♯の枠内に○と×を交互に書いて3列並べるやつ)をしている一良に、リーゼがささやく。
「いや、それはダメだろ。隠すようなことじゃないし」
「でも、バレッタめちゃくちゃ怒ると思うよ?」
「そんなことは……ある?」
「ある」
断言するリーゼに、一良が頭を掻く。
「でもまあ、仲間外れみたいになっちゃうのも嫌だしさ。聞かれたら答えるよ」
「うー……分かった。確かに、隠してバレたら気まずくなりそうだもんね」
リーゼが渋々といった様子で頷く。
「別に悪いことをしてたわけでもないし。そんなに気にするなよ」
「気にするよ……そうだよね、先に言っておいたほうがいいよね……」
そうしていると、城門が開いて馬車が入って来た。
「ただ今戻ったのですよ!」
「うう、疲れた……」
元気いっぱいのフィレクシアと、疲労困憊のバレッタが馬車から降りてくる。
アイザックも馬車を降り、一良に一礼した。
「カズラ様、ただ今戻りました」
「お疲れ様です。どうでした?」
「大変興味深いものばかりでした。イステリアよりも、鍛冶や大工工房は大規模なものばかりで圧倒されてしまいました」
「へえ、そうなんですね。これから皆で――」
「ふえええん、カズラさぁん。疲れましたぁ」
バレッタが半泣きで、一良に擦り寄る。
「か、かなりお疲れですね」
「フィレクシアさん、帰ろうって言っても、もう少し、もう少しって聞かないんです……お昼ご飯も食べれなかったし、ずっと歩きどおしでした……」
「それはキツかったですね……でも、いろいろ見れて楽しかったんじゃ?」
「最初はそうでしたけど、あちこち行き過ぎて気疲れしちゃって……彼女、作業中の人にもがんがん質問しに行っちゃうし、何度も怒られちゃいましたよ……」
「うあ、そりゃきついわ……」
「あ、あのね、バレッタ。謝らないといけないことがあって」
リーゼがおずおずと、バレッタに声をかける。
「バレッタたちが出かけるの、私たち知らなくってさ。あなたたちが行ってから、私とカズラ、街で遊んできちゃったの」
「えええ!? な、何ですかそれ!?」
バレッタが驚愕してリーゼに詰め寄る。
「酷いですよっ! あんまりですっ! どうして先に言ってくれなかったんですか!?」
「だ、だから、知らなかったんだって! 私が食堂の外に出たら、バレッタたちはもういなかったんだもん!」
「なら、殿下に行き先を聞いて追いかけてくれてもよかったじゃないですかっ!」
「そ、それはね……」
リーゼがちらりとルグロを見る。
ルグロは「げっ」とでも言いそうな顔になった。
「ご、ごめん、バレッタ! お前らがどこに行ったのか、ド忘れしちまってさ!」
ルグロが、ぱちん、と手を合わせてバレッタに謝る。
「後から思い出して、マヤさんには言ったんだけどさ。ほんと、ごめん!」
「ド忘れって……工房に話を通していただいてたのに……」
ルグロに頭を下げられてはこれ以上問い詰めるわけにもいかず、バレッタが肩を落とす。
「まあ、ほら。明日また、遊びに行けばいいしさ? な、カズラ?」
「う、うん。そうだな。バレッタさん、明日、遊びに行きましょうよ」
「うう、何だか納得いかないです……」
そんな彼女たちを横目に見ながら、ティティスがフィレクシアに呆れ顔を向ける。
「フィレクシアさん、バレッタさんに迷惑かけまくりじゃないですか」
「むー。バレッタさんも、見学してる時は楽しそうにしてたんですよ?」
「だからって、昼食抜いてまで連れ回すのはダメでしょう。少しは連れのことを考えてください」
「う、ごめんなさいです……」
そうして、ようやく夕食を食べに出かけることになったのだった。