軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

363話:港にて

「んー、いい風。気持ちいい」

乗合馬車に揺られながら、リーゼがご機嫌な様子で目を細める。

あれから、ちょうど1杯飲み終えたところで馬車がやってきた。

2人は最前列に並んで座り、街並みを楽しんでいる。

馬車は1頭引きの4シート8人乗りで、屋根付きの立派なものだ。

イステール領の技術が導入されており、車体が懸架式になっていて振動が少ない。

「1区画1アルって、ずいぶん安いよな。屋根があって雨の日でも使えるし、便利でいいや」

「うちの馬車組合は、オズボンド家の援助を受けていますからね。『すべての人々が気軽に使えるようにしてほしい』、と言っておられて、こんなに安くご利用いただけているというわけです」

一良たちの前で手綱を握る中年男が、少し振り向いて笑顔を見せる。

「オズボンド家……あ、昨日、その話聞いたかも。『市民のために頑張ってます!』って言ってたかな」

「おや、お嬢さん。オズボンド家のかたとお知り合いで?」

「はい、当主様と何回かお会いしたことがあります」

「おお、ということは、いいところのお嬢さんですか。最近は私たち市民のために支援してくれる貴族様が多くて、助かってますよ。オズボンド様にお会いしたら、皆喜んでいると伝えてください」

「ふふ、分かりました」

「もしかして、お嬢さんたちは貴族かしら?」

2人の後ろに座っている中年夫婦の妻が、リーゼに話しかける。

「はい。イ……イグニス家のリサと申します。こちらは、シーノ家のカズラです。イステール領から来ました」

イステールの名を出すと騒ぎになると思ったのか、リーゼが偽名を答える。

どうも、と一良も会釈をした。

「そうなのね! あなたたちの家は、どんなお仕事を?」

「王都との外交をしています。といっても、私たちは末端なので、家名はご存知ないかと」

「ほう、イステール領ですか! 貴君の領地は、本当に素晴らしい働きをしてくれた。イステール家には、まったくもって感服しますよ」

夫がにこやかに話に加わる。

「私らは南方の国々と交易をしているレベット家と申します。イステール家といえば、一人娘のリーゼ様がものすごい美人だと聞きますが……リサ殿も実にお美しいですな」

「ほんとよねぇ。カズラさんは、リサさんのお仕事仲間?」

「は――」

「恋人です!」

「なぬ!?」

リーゼが一良の腕を抱き、にこりと微笑む。

「まあ! お熱いのね!」

「こんな美人を捕まえるなんて、やりますなぁ!」

あっはっは、と笑う中年夫婦に、一良が愛想笑いをする。

その後も適当に雑談を続けながら馬車に揺られ、港へとやって来た。

建物だらけだった景色が一気に開け、2人の視界一杯に青い海が広がった。

「「おー!」」

広々とした港にはたくさんの商船や軍船が停泊しており、今まさに出航していく漁船も見られる。

商船は中央に大きな帆を備えた中型船で、両舷にいくつものオールを備えているものだ。

港に着いたばかりなのか、木箱を抱えた筋骨隆々の男たちが、次々にタラップを伝って降りてきている。

「カズラ、海だよ海! 船もいっぱい!」

「こ、こら! 立つなって!」

初めて見る海に、リーゼはおおはしゃぎだ。

停留所に馬車が停まり、すべての乗客が下車した。

先ほど話していた夫婦も、一良たちに一礼して去って行った。

「うわー、本物の海だ! 綺麗だね!」

リーゼが感激した様子で、海風に髪をなびかせながら瞳を輝かせる。

「すごいな……まさに、古代の港街って感じだ。あのでかいやつ、新型船かな?」

一際目立つ巨大な軍船を、一良が見つめる。

大きな2つの帆と衝角を備えた、オールが上下2段になっているガレー船だ。

同型船が数隻見られ、そのすべてが錨を下ろして停泊中のようだ。

「きっとそうだよ。本に載ってたやつに、そっくりだもん」

「何隻か造ったとは聞いてたけど、よくこの短期間で実用にこぎつけたなぁ」

「カズラ、もっと海の傍に行こうよ!」

リーゼが一良の手を引いて走り出す。

波止場は石材で整備されていて、イスに座って釣りをしている人々がたくさんいた。

一部、海面のすぐ傍にまで下りられる場所があり、2人はそこへ駆け寄った。

「カズラ! 海水! 海水!」

「うん、どこからどう見ても海水だな」

ぴちゃぴちゃと海面を手で叩き、頬を紅潮させて興奮するリーゼ。

海の水は透き通っており、無数の小魚が泳いでいるのが見える。

かなりの透明度だ。

「ずいぶんと透き通ってるんだなぁ」

「綺麗だよね。うう、泳ぎたいなぁ。砂浜ってないのかな? 貝殻拾いとか、砂遊びとかもしたいよ」

リーゼが水に手を浸しながらぼやく。

「探せばありそうだけどな。その辺の人に聞いてみるか」

「うん! ……あ」

その時、昼を知らせる鐘の音が、遠くから聞こえてきた。

「カズラ、ご飯にしよ!」

「もう昼か。どこで食べる?」

一良が立ち上がり、周囲を見渡す。

港にはたくさんの飲食店が立ち並んでおり、テラス席で海を眺めながら食事を楽しむ人々の姿が見える。

鐘の音のせいか、多くの人々がそれらの店へと足を向け始めていた。

「やべ。早く行かないと行列になりそうだ」

「ほんとだ! 行こう!」

リーゼも立ち上がり、再び一良の手を引いて走り出す。

「ごっはん! ごっはん!」

「こ、こら! はしゃぎすぎだって!」

「あはは! こんなに楽しいの、初めてなんだもん! あそこのお店、まだ席がありそうだよ!」

比較的空いていそうな店をリーゼが見つけ、入口へと走る。

石造りの2階建ての、小さな店だ。

店の前の看板に、「量に自信あり!」と意味深な言葉が書かれている。

「すみません、2人お願いします」

店に入るなり、リーゼが店員に声をかける。

「お好きな席へどうぞ。後ほど、ご注文を伺いに参ります」

「ありがとうございます。カズラ、2階に行こ!」

「おうよ」

階段を上がり、テラス席の一番海側の席へと座った。

席には布製のパラソルが付けられていて、これなら陽射しが強くても安心だ。

壁には黒い石盤が貼り付けられていて、石筆でメニューが書かれていた。

「わあ、いい眺め……」

2階からの絶景に、リーゼがうっとりとため息をつく。

遠目には漁をしている漁船がいくつも浮かび、それらの上には海鳥が飛び回っている。

商船の出航を知らせる鐘が、カーンカーン、と鳴り響き、手を振る人々に船員たちが手を振り返していた。

「リーゼは子供の頃にも王都に来たことがあるんだろ? その時は港に来なかったのか?」

「お父様のお仕事に付いて行っただけだから。エイラとお城の周りで買い物はしたけど、港に行く時間なんてなかったの」

「そっか、忙しかったんだな」

「でも、その時に港に来なくてよかったよ。そのおかげでカズラと一緒に初めて来れたんだし」

いひ、とリーゼが歯を見せて笑う。

「そ、そっか」

「あれ? 照れてる? 照れてるよね?」

「うっさい! ほら、何食べるんだよ?」

一良が照れながら、メニューに目を向ける。

旬の焼き魚定食、ニビウオのお酢サラダ、ヒノ貝の塩焼き、ゴンゴと根切り鳥の海藻盛り合わせ、などといった料理名が並んでいた。

10数種類の料理があるのだが、聞いたことのない魚や貝の名前に、2人は頭に?を浮かべる。

「リーゼ、知ってる魚あるか?」

「1つも知らない。もしかしたら、子供の頃にお城で食べたものがあるかもしれないけど」

「うーん。じゃあ、適当に選ぶか。酒も頼むよな?」

「頼む!」

ほどなくしてやって来た店員にいくつか注文し、景色を楽しみながら雑談に興じる。

周囲の席も次々に埋まり始め、すぐに満席となった。

「うわ。あれ、すごくない?」

別の席に運ばれてきた料理を見て、リーゼが目を丸くする。

海鮮辛味スープ、と店員は言っていたのだが、その器がかなり大きい。

一般的な丼より一回り大きく、スープの上に焼かれた貝と海ブドウのような海藻が山盛りになっている。

体格のいい男性客が、スプーンを手にもりもりと食べ始めた。

「かなりのデカ盛りだな……って、もしかして、この店ってデカ盛り店なんじゃ?」

2人がきょろきょろと他の席を見てみると、どのテーブルにも1皿当たり2人前以上の料理が盛られていた。

「お待たせしましたー」

若い女性店員が、おぼんを手にやって来た。

「旬の焼き魚定食になります」

「お、おお……」

目の前に置かれた料理に、一良が呻く。

平皿に載せられた3種類の焼き魚は開きにされているのだが、1匹1匹が成人男性の手のひら2つ分ほどの大きさだ。

さらに、バスケットに盛られた丸パンが5個、小魚と夏イモのスープの大皿、お茶碗サイズの海藻の酢漬け、デザートの黄色いカットフルーツが2つ。

唖然とする一良に、リーゼが爆笑する。

「あははは! カズラ、頑張ってね!」

「いや、さすがにこの量は――」

「お待たせしました。酒蒸しパン、ヒノ貝の塩焼き、ゴンゴと根切り鳥の海藻盛り合わせです」

「……えっ」

ゴッ、と重い音とともに目の前に置かれた3種類の料理に、リーゼの笑みが凍り付く。

焼き立てで湯気を立てている酒蒸しパンは1つだけなのだが、グレープフルーツ大もある。

ヒノ貝の塩焼きは、1つが上から見た350ミリ缶ほども幅があり、かなりの肉厚で平皿に8個盛られている。

極めつけはゴンゴと根切り鳥の海藻盛り合わせで、小ぶりのどんぶりに青々とした海藻と蒸した鳥肉が山盛りになっていた。

「カズラ、笑ってごめん。手伝って」

「自分の獲物を処理しきれるのかすら怪しいんだけど……」

その後、大ジョッキサイズの果実酒もやって来て、優雅な昼食のはずが過酷なフードファイト状態になってしまったのだった。