作品タイトル不明
362話:王都でデート
「やったね! 大成功!」
城の裏口から街に出るなり、リーゼが満面の笑みで言う。
「殿下なら、いいよって言ってくれると思ったんだよね。あー、よかった」
「うーん。でも、バレッタさんたちも一緒に行ければよかったのに。リーゼは、本当に知らなかったのか?」
「もう、そんなに疑わないでよ。本当に知らなかったんだって」
むう、とリーゼがむくれる。
「昨日の夜に殿下に言いに行った時は、『おう、分かってるって。楽しんでこい!』って二つ返事だったし。お礼を言ってすぐに部屋に帰ったから、他のことは話さなかったんだよ」
「あー、なるほど。先にフィレクシアさんから話を聞いてて、リーゼも同じようなことを言ったから『分かってる』、か」
「だね。私、初めから自由時間にさせてくれるつもりだったのかなって思ってた」
リーゼが一良の左腕に、自身の腕を絡める。
「ちょ、ちょっと」
「嫌?」
リーゼが不安そうな顔になる。
「い、いや、別に嫌じゃ……って、かなり前に同じやりとりをした気が」
「おっ。覚えてたんだ! 嬉しいなぁ」
「……えーと、ところで」
一良がちらりと、後ろを見る。
10メートルほど離れた場所にある木の陰から、私服のハベルが布を巻いたハンディカメラで一良たちを撮影していた。
「ハベルさん。護衛なんですから、そんな離れたところで撮影してないでくださいよ」
一良が言うと、ハベルはカメラを下ろし、にっと笑った。
「いえいえ。お二人のお邪魔にならないよう、遠くから見守らせていただきます」
「ハベル様、上手に撮ってくださいね!」
一良の腕に抱き着いたまま、リーゼが弾けるような笑顔で言う。
「もちろんです。お任せください」
「うう、落ち着かないなぁ」
ハベルにすべてを撮影されながら、一良とリーゼは歩き出した。
城の周囲は広い公園になっていて、建物は1つも建っていない。
「それにしても、でっかい公園だなぁ」
公園の中を進みながら、一良が人々を見渡す。
公園は王家が管理しているもので、木々とベンチがあるだけの草地になっている。
城の周囲に建物がないのは、軍の集結地としても用いられるのと、万が一外敵が街なかにまで攻め込んできて城にまで達した際に、遮蔽物となる建物を敵に使わせないためだ。
街の中心部でこれほどの広い公園を作るとは、かなり贅沢な土地の使いかたである。
「だね。皆、すごく楽しそう」
公園にはいくつも屋台が出ていて、たくさんの市民たちの姿があった。
屋台で食べ物を買う若者、蹴鞠のようなもので遊ぶ子供、軽快な足取りでランニングをしている女性、ベンチに座って井戸端会議をしている老人など、様々だ。
「こういう土地の使いかたっていいよな。イステリアはごちゃごちゃしすぎな気がするよ」
「そうだね。これだけ大きな公園があれば、何かイベントをする時にも使えるし」
楽しむ人々を眺めながら、公園を進む。
「あっ、カズラ! 揚げパンだって!」
看板に「揚げパン・甘ダレ味・3種の果物味・タコ味」と書かれた屋台を見つけ、リーゼが指差す。
荷馬車を改造して作られた屋台では、青銅製のコンロに載せた鍋で揚げパンが作られていた。
1つ5アルと書いてある上からバツ印が付けられ、「戦勝記念。1つ3アル!」と書かれている。
繁盛しているようで、10人近い行列ができていた。
「へえ、揚げパンの屋台なんて初めて見るな。食べるか?」
「食べる!」
2人して行列の最後尾に並ぶ。
商品を受け取る人を見ると、揚げパンの大きさは拳大より一回り小さいくらいで、串に挿さっていた。
パンは素揚げなために短時間でできるようで、すぐに注文の順番が回ってきた。
「リーゼは何味にする?」
「んー。おじさん、この『タコ味』って何?」
リーゼが屋台の店主に、看板を指差しながら聞く。
「中に特製ソースを絡めたタコが入ってるよ! うち一番のお勧めだよ!」
「そうなんだ! 私、それにする!」
「じゃあ、俺は甘ダレ味で。ハベルさんはどうしますか?」
2メートルほど離れてカメラを回しているハベルに、一良が聞く。
「では、3種の果物味でお願いいたします」
「了解です。おじさん、全部1つずつください」
「あいよっ!」
店主が3つの木箱からパンを1つずつ取り出して、鍋に入れる。
一良たちが待っている間に、前の客の若い女性が商品を受け取った。
「ありがと。ねえ、お兄さん。それってなあに?」
ハベルの持っているカメラを、女性が物珍しそうに見る。
「一種のまじない道具ですよ」
「まじない? 何のおまじないなの?」
「仲の良い男女にこれを丸1日向けていられれば、その2人は結ばれる、というクレイラッツの郷土品です」
「まあ! そんなものがあるの? そのツヤツヤしてるのって何? もしかして……黒曜石?」
女性がレンズを見つめる。
「いえ、野菜の薄皮に水を入れたものですよ。日に当てると乾いて破れてしまうので、こうして布を巻いているんです」
「そうなのね! それって、どこで手に入るの?」
「クレイラッツの行商人から買ったので、何人か当たれば手に入るかもしれませんね。野菜の皮は、自分で用意しないといけませんが」
スラスラと適当な嘘を吐くハベル。
あまりにも普通に話す彼に、女性はすっかり信じてしまっているようだ。
そうしていると、揚げパンが出来上がった。
「へい、おまち!」
「ありがとうございます。ハベルさん、行きましょう」
「はい。では、失礼します」
ハベルが女性に笑顔で会釈し、3人でその場を離れる。
ハベルは果物味揚げパンを受け取ると、ささっと一良たちから離れた。
「ハベルさん、すごいな……アロンドさんばりに、口が上手いや」
「さすが兄弟って感じだよね。ほら、カズラ、一口どうぞ」
歩きながら、リーゼがタコ味の揚げパンを差し出す。
「お、ありがと。いただきます」
カリッ、と音を立てて、一良が揚げパンを齧る。
中には小さく刻んだタコと魚のすり身が入っていた。
揚げパンの中にタコとつくねが入っているような、不思議な食感と味わいだ。
「ぬあ、何だこれ……何とも形容しがたいな」
「そうなの? 私もっと……んん?」
リーゼも一口齧り、何だこれ、といった表情になる。
美味いは美味いのだが、パンを食べているんだか練り物を食べているんだか、よく分からない感じになる。
「美味しいんだけど……何だろ、これ? カズラのも食べてみようよ」
「そうだな」
甘ダレ味の揚げパンを、一良が齧る
「おっ、こっちは普通の揚げパンだ」
「一口ちょーだい!」
あーん、とリーゼが口を開ける。
一良は苦笑しながらも、食べかけの揚げパンをリーゼに食べさせた。
公園を抜けて家々が建ち並ぶ商業区画に入ると、大勢の人が通りを行き交っていた。
点々とある商店は「戦勝セール」をしているようで、たくさんのお客で賑わっている。
「おー! すっごーい!」
大通りに並ぶ商店の数々に、リーゼが興奮した様子で声を上げた。
建ち並ぶ店は大型店舗ばかりで、外壁には美しい装飾や模様が描かれている。
4階、5階建ての建物が多く、窓やベランダには花が飾られていた。
一目見て、高級店と分かるようなたたずまいだ。
「すごいね、カズラ! 大きなお店ばっかりだよ!」
「これはすごい……昨日、城に行った時は、暗くて分からなかったな」
「あっ! あそこ、香油屋さんだよ! 入ろっ!」
リーゼが一良の手を引き、香油店へと入る。
木製の上品な扉を開けると、チリンチリン、とベルが鳴った。
いらっしゃいませ、と商品を陳列している若い女性店員が、にこりと2人に微笑む。
店内には木編みのカゴを手にした女性客が何人もおり、買い物を楽しんでいた。
清潔感のある店内にはたくさんの棚が並んでいて、香油の小瓶が無数に陳列されていた。
「わあ、こんなにたくさん……あっ、『試香用』だって!」
手直にあった棚にリーゼが歩み寄り、小瓶を手に取る。
「それは何の香りだ?」
「んと、『春の訪れ』だって。リミロラとアッカにユユ草を冬マメ油に混ぜたものって書いてあるよ」
「冬マメ以外分からねぇ……」
「リミロラとアッカは春の花だね。ユユ草はミントみたいな香りがする草だよ」
思えば、一良はこちらの世界の植物についてほとんど知らないことに気が付いた。
税として納められる作物についての知識は少しはあるが、その辺に生えている草や花についてはまったく調べていない。
まだまだ、この世界について知らないことは山ほどある。
リーゼが試香用の瓶の木栓を開け、手で扇いで香りを嗅ぐ。
「わあ、すごくいい匂い!」
「どれどれ……おっ、これはいいな。爽やかな香りだ」
「でしょ? こっちも試してみよ!」
あれこれと小瓶を手に取っては、香りを試していく。
店員が言うには店には百種類近くの香油があるようで、1階は香油店、2階は雑貨屋、3階は飲食店になっているらしい。
「リーゼ、いろいろ匂いを嗅ぎすぎて鼻がバカになってきたんだけど」
「あはは。そうだね、これくらいにしておこっか」
「気に入ったのがあったなら、買ってやるぞ」
「ほんと!? えっとね、最初に試したやつと、こっちにあったやつが――」
香油の小瓶を2つ購入し、2階に上がった。
様々な小物やバッグ、靴や帽子が並んでいる店内を、のんびりと見て歩く。
「俺はこれ買おうかな」
一良が布製のワンショルダーバッグを手に取る。
「えっ、それ? 今着てる服には、ちょっと合わないんじゃない?」
「そうかな? 俺、美的センスゼロなんだよなぁ……リーゼ、選んでくれないか?」
「いいよ! 香油のお返しに、私が買ってあげる!」
いくつもあるバッグを見て回り、リーゼは手に取っては一良に背負わせた。
数分そうして選び、革製バッグを手に取った。
少し小さ目だが、なかなかに洗練されたデザインに見える。
「これとか、いいんじゃないかな? 掛けてみてよ」
「うん」
一良がバッグを背負い、青銅製の姿見の前に立つ。
「おお、何かいい感じがする。さすがリーゼだ」
「気に入った?」
「うん、これにするよ。リーゼは、欲しいものはないのか?」
「んとね。靴が欲しい!」
「なら、それも選ぼうか」
「階段を上がってきたところにあったやつなんだけど、すごくかわいいの!」
その後、リーゼの靴を1足購入し、一良たちは店を出た。
「えへへ。買ってもらっちゃった」
靴の入った無料サービスの布袋を手に、リーゼがにやける。
「ほら、俺が持つよ」
「あ、いいよ! 男なんだから荷物持ちするとか、そういうのはなしで!」
「でも、こういう時って男が持つものなんじゃないか?」
「私がそういうのは嫌なのー。それに、カズラには香油を持ってもらっちゃってるし」
「せっかく買ったバッグなんだから、使わないとだしな。で、次はどこへ行こうか?」
一良が通りを見渡す。
広々とした大通りには数えきれないほどの商店があり、1つ1つを見ていてはいくら時間があっても足りなさそうだ。
「少し離れてるけど、港に行かない? 海を眺めながら、お昼ご飯食べたい!」
「おっ、いいねぇ。そうしようか」
「乗合馬車があるって殿下が言ってたの。停留所があちこちにあるらしいんだけど……」
「あそこに案内看板があるぞ。見てみよう」
道の脇にある、大きな看板へと向かう。
看板には街の簡略化した地図が描かれていた。
乗合馬車の行き先と料金も書かれていて、この看板が停留所も兼ねているようだ。
「ここが停留所なのか。いつ来るのかが書いてないな」
「時計なんてないんだし、きっちり時刻どおりなんて無理だもん。日本のバスとか電車とは違うって」
「それもそうか。まあ、のんびり待とうか」
「少し喉が渇いちゃったなぁ……あ! あそこ、立ち飲み屋だって!」
リーゼが指差す先に、道側にカウンターを備えた立ち飲み屋があった。
看板に、「馬車を待つ間に一杯いかが?」と書かれている。
「よし、呑むか!」
「呑むっ!」
そうして、2人は馬車を待ちながら、一杯ひっかけたのだった。