作品タイトル不明
361話:欠席
翌朝。
爆睡していたところをマリーに優しく起こされた一良は、彼女と一緒に食堂へと向かっていた。
「へえ、マリーさんの部屋も豪華だったんですか」
「はい。カズラ様の泊まられている部屋と同じくらい豪華で……何だか、落ち着きませんでした」
「はは、普段と勝手が違うと、緊張しちゃいますよね」
「はい……それに、皆さんが私を様付けで呼ぶんです。リブラシオール様の件が、どういうわけか伝わってしまっているみたいで」
「あー、そんなこともありましたね。たぶん、ルグロかミクレムさんあたりが話しちゃったんでしょうね」
「お仕事をしようとしても止められてしまって……でも、お願いして普通に振る舞っていただくことを陛下に了承していただけました」
そんな話をしながら廊下を進み、食堂へとやって来た。
すると、食堂の扉の前でバレッタが待っていた。
「カズラさん、おはようございます」
「おはようございます。中に入らないんですか?」
「その、カズラさんに先に謝っておきたいことがあって……」
「謝る? 俺に?」
きょとんとする一良に、バレッタがため息をつく。
「はい。今日の会議なんですけど、私は欠席することになってしまって」
「えっ、欠席ですか? どうして?」
「フィレクシアさんが、一緒に王都の工房巡りをしたいって言いだして。会議があるから無理って断ったんですけど、彼女がルグロ殿下に直談判しに行ったみたいで。『おう、楽しんでこい!』って二つ返事で許可が出ちゃったみたいなんです」
「ええ……まあ、ルグロならそう言いそうだけども」
苦笑する一良に、バレッタがしゅんとする。
「なので、今日はずっとフィレクシアさんと王都巡りをすることになっちゃいました……ごめんなさい」
「ああ、別に構わないですよ。せっかくですし、あちこち見学して楽しんできてください」
「うう、本当なら明日、カズラさんと一緒に見て回りたかったです……」
「時間はあるんだし、後でまた一緒に見に行きましょうよ。今日だけで全部の工房なんて、見尽くせるわけがないんですから」
「はい……」
話が終わり、バレッタが食堂の扉を開ける。
「うわ、こりゃすごい」
目に飛び込んで来た光景に、一良は思わず声を漏らした。
宴会でも開けそうなほどに広い室内には、数十種類もの料理が並んだ大きなテーブルが鎮座していた。
イステリアでは見たことのない料理がいくつも並んでおり、魚や貝を使ったものが多い。
この場所は海に面していることもあり、海産物が豊富なようだ。
侍女はエイラが壁際に立っているだけだ。
込み入った話も出るだろうとの配慮で、エルミアが下がらせたのである。
ティティスたちは別室での食事とのことで、この場にはいない。
マリーが一良から離れ、エイラの下へと向かう。
「カズラ、バレッタ、マリー、おはよーさん!」
「カズラ様、おはようございます」
先に席に着いていたルグロが片手を挙げ、エルミアが軽く会釈する。
ルティーナや子供たち、ナルソンたちやカーネリアンも、席に着いていた。
マリーは自分まで挨拶されるとは思っておらず、「お、おはようございます!」と驚きながらも頭を下げた。
「おはようございます。朝からずいぶんと豪勢ですね」
一良とバレッタが席に着く。
一良をリーゼとバレッタが挟むかたちの席だ。
「せっかくおいでいただいたので、昨夜のお詫びも込めて用意させていただきました」
昨夜は上映会を夜遅くまでやっていたため、皆が疲れていたので食事は各部屋で軽く済ませた。
一良の分はマリーとエイラが作ったものだったが、他の者たちの分は城の料理人が作ってくれた。
一良たちも席に着く。
「あれ? ヘイシェルご夫妻は?」
昨日会ったフライス領の領主夫妻の姿が見えないことに気付き、一良がエルミアに尋ねる。
「それが、カズラ様にご挨拶したかっただけとのことで。今朝早く、フライス領に帰りました」
「えっ。そんな、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「私もそう言ったのですが、『ナルソンがいるなら私の仕事はないので』と言い張りまして」
「……ナルソンさん、戦後処理を丸投げされましたね」
「はい。上手いこと逃げられました」
ナルソンが苦笑する。
とはいえ、今まで散々世話になった相手なので、責めるつもりはない。
あちらとて戦後の負傷兵たちへの補償やら、今まで輸出に極振りしていた内政状態の転換やらで忙しいはずなのだ。
「まあ、仕方がないですね。それじゃ、食べましょっか」
いただきます、と食事を始める。
「うわ、これものすごく美味しいですね!」
魚と野菜のテリーヌのようなゼリー状の料理を食べながら、一良が驚く。
程よい塩加減とまろやかな口当たりで臭みはまったくなく、かなり美味い。
「だろ? それ、俺が作ったんだぜ!」
ルグロが嬉しそうに一良に言う。
「えっ! ルグロって、こんなに料理上手だったの!?」
「これでも、元料理人だからな!」
「下働きの分際で何言ってるのよ。それに、料理長に手伝ってもらいながら作ってたじゃない。手柄を横取りしちゃダメでしょ」
ルティーナが苦笑しながら言うと、ルグロが、がはは、と笑った。
「今日はこれから夜まで会議だし、俺らは頑張らないとだからな! 皆、しっかり食べておいてくれよな」
「夜までかぁ。バルベールのほうは、割譲とかの話はまとまってるのかな?」
「父上、どうなんだ?」
ルグロがエルミアに話を振る。
「昨夜に無線で連絡を取ったが、あちら側の意見はすでにまとまっているようだ。部族の新族長が、バルベール内のことまであれこれと見てくれたそうでな」
「新族長? アロンドさんのことですか?」
一良の問いに、エルミアが頷く。
「ええ、その男です。元老院議員の半数近くが戦死したので、バルベールは戦後処理の手が足りないそうで」
エルミアの話では、アロンドは結婚式の翌日の朝から元老院議員や街の有力者たちに挨拶回りをし、部族の族長や戦士長を紹介して回ったらしい。
その際、領地の割譲で治めていた土地を無くしてしまうことになって落ち込んでいる議員には、部族を相手にした新たな商売の提案と、商売の優先権をその場で族長たちに確約させた。
賠償金支払いのための富裕層への税率引き上げを懸念する有力者には、元ムディア住人が内地に移住してくることを引き合いに出し、新たな都市の立ち上げに加わることを提案した。
新都市の立ち上げに加わる代わりに税負担の一部免除を元老院に提案する代行をする、と持ちかけたのである。
その他、戦死した多数の議員たちと懇意にしていたうえに、彼らの内情を書面にまとめたうえで把握していたアロンドは、「彼らが抜けた穴を自分が埋める」と申し出た。
現在、アロンドはバーラルに住み込みで内政の手伝いをしている状況であり、部族同盟の族長たちと連携して、バルベールと部族同盟の2つの政治に関わっているらしい。
「――というわけでして」
「す、すごいですね。アロンドさん、めちゃくちゃ働くじゃないですか」
「アルカディアとカズラ様に心配をかけた罪滅ぼし、と言っておりましたな」
「陛下、アロンドのそれは方便ですよ。きっと、地獄行きになりたくないから必死になっているだけです」
もぐもぐと料理を頬張りながら、ジルコニアが口を挟む。
「ああ、それも言っていたぞ。カズラ様には、よろしく伝えてほしいとのことだ」
「ま、悪いことしたら地獄行きってのは分かってるんだから、悪いことはしねえって。有能なんだし、頑張ってもらおうぜ」
ルグロがガツガツと料理を食べながら言う。
「そうそう。プロティアとエルタイルの軍が、ムディアに着いたらしいぜ。無線で会議に参加するとさ」
「ああ、そういえば彼らも動いてたんだっけ。完全に忘れてたよ」
一良が言うと、ルグロが「俺も」と笑った。
「で、あいつらをどう扱うのかなんだけど、ナルソンさんに丸投げするから、いい感じに頼むわ」
「うむ。バルベールと部族関連も、ナルソン主導で頼む。骨子は、この間打ち合わせた内容で構わん。他はお前の裁量で進めてくれ」
「ええ!?」
突然全権を委任され、ナルソンが目を剥く。
「し、しかし、プロティアとエルタイルの扱いまで私の判断でとは、さすがに……」
「お前に任せておけば間違いないことは、私はよく分かっているぞ。他の者から意見は出るだろうが、基本的に私は文句は言わん。上手くやってくれ」
「いやいや、それでは他の者たちから反発が――」
あーだこーだと言い合うナルソンたち。
結局、食事を終える頃にはすべてナルソン主導で纏まってしまったのだった。
食後。
一良たちが食堂から出ると、フィレクシアが待っていた。
「バレッタさん、行きましょう!」
「えっ、も、もう行くんですか!?」
「時間は有限ですよ! ほらほら!」
バレッタがフィレクシアに引っ張られ、廊下を駆けていく。
「あー、いいなぁ。俺も遊びに行きたかったな」
一良がぼやくと、後ろから来たルグロが「ん?」、と一良を見た。
「どうしたの?」
「カズラ、会議には出ないでリーゼ殿と遊びに行くんだろ?」
「え?」
「昨日の夜、リーゼ殿が言いに来たぞ。てか、バレッタたちも一緒に行くんじゃなかったのか?」
「いや、そんな話、初耳なんだけど」
一良がそう言った時、リーゼがジルコニアと傍に来た。
「何かバレッタが引っ張られて行ったけど、どうしたの?」
「ええと……」
かくかくしかじかと、一良が説明する。
「えっ、そうだったんだ。知らなかったよ」
「あら、いいわねぇ。私も会議に出ないで、遊びに行っちゃおうかしら」
「ジルコニア殿にはいてもらわないと困るぞ。カイレン執政官が、報告したいことがあるって言ってたし」
「むー」
ジルコニアがむくれる。
「まあ、今まで一良には世話になりっぱなしだったしさ。堅苦しいことは俺らに任せて、楽しんでこいよ」
「なら、お言葉に甘えるかな。バレッタさんたちがどこに行ったのかは聞いてる?」
「ああ、行き先は――」
ルグロが一良に答えようとすると、一良の後ろでリーゼが「しー!」と口元に人差し指を立てていた。
「え、ええと……あー、どこだっけなぁ。聞いたんだけど忘れちまったなぁ」
「ええ? そんな、無責任な。行った先で何かあったらどうするんだよ」
「そ、それは大丈夫だ。アイザックを連れていくように言っておいたからさ」
「ナルソン!」
席に着いたままエルミアと話しているナルソンにジルコニアが声をかける。
「ダメだ」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「話は聞こえてたぞ。最後の仕事なんだから、ちゃんとこなしていけ」
「ぶー」
こうして、むくれるジルコニアを残して、一良とリーゼは街に繰り出すことになったのだった。