軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

355話:噂の石油王

翌朝。

朝食を済ませた一良たちは、グリセア村へとやって来た。

いつものように守備隊の兵士たちと村人たちが、砂煙を上げて近づく一行に手を振って待ち構えている。

「おー、あれがグリセア村ですか!」

「全周を柵で覆って、堀と跳ね橋までかかってるのか。ずいぶんと厳重なんだな」

「村というより、要塞といった感じですね」

フィレクシア、ラース、ティティスが、トラックの荷台で立ち上がって村を眺める。

3人は腰に巻いた縄で繋がっていて、万が一フィレクシアとティティスがバランスを崩してもラースが支えられるようにしてある。

何度注意してもフィレクシアが荷台で立ち上がってしまうので、ラースが「こうすりゃいい」と提案したのだ。

「グレイシオール様が現れたって、大々的に宣伝しちゃってるからね」

トラックを運転しているジルコニアが、窓越しに答える。

「重要設備がいくつもあるし、野盗に狙われたら厄介だから」

「そうなのですか。その施設というのは、何なのですか?」

ティティスが身を乗り出し、窓からジルコニアを覗き込む。

「それが、残念だけどあなたたちには見せられないのよね。軍事機密ってやつだから」

「そうでしたか。では、私たちは村の外で待機というかたちでしょうか?」

「そうね。まあ、一日だけだから。天幕を張らせるから、適当に過ごして――」

「ええー!? 私も村に入りたいですよぉ!」

フィレクシアが身を乗り出し、反対側の窓からジルコニアを覗き込む。

「村の中には、いろんな工作設備があるんですよね? 見せてほしいです!」

「だから、ダメだって言ってるじゃないの。あなたは技師なんだから、なおさらダメよ」

「そ、そんなぁ。カズラ様、何とか言ってやってください!」

隣でバイクに乗っている一良に、フィレクシアが呼びかける。

「え? 何ですって?」

サイドカーに乗っているマリーと都市開発談義に花を咲かせていた一良はまったく聞いておらず、フィレクシアを見て小首を傾げた。

「私もグリセア村に入りたいのです! いろいろ見て回りたいのですよ!」

「あー。それはナルソンさんから禁止されちゃってるんで、我慢してください。他国の人は入っちゃダメとのことで」

「ううう! あんまりですよ! せっかく来たのに!」

きー、と怒るフィレクシア。

すると、はっとした様子で「あ!」、と声を上げた。

「なら、私がアルカディア人になってしまえばいいのではないですか!? アルカディアに移住してしまえばいいのですよ!」

「ちょ、ちょっと! 何を言ってるんですか!」

ティティスが驚いて、フィレクシアを見る。

「そんなこと、できるわけがないでしょう! カズラ様、申し訳ございません!」

「あはは、それはいいわねぇ。フィレクシア、あなた、アルカディアに国籍を変えちゃいなさいよ。私が許可してあげるから」

笑いながら、とんでもないことを言うジルコニア。

「ジルコニア様まで! ラースさん、黙ってないで何か言ってください!」

「別にいいんじゃねえの? フィーちゃんにとっては、そのほうがこの先楽しいだろうし、またとない機会だろ」

「で、でも、さすがにそれは……」

「あの、それだとフィレクシアさんは二度とバルベールに行けなくなっちゃうと思うんですが、それでいいんですか?」

一良が言うと、フィレクシアが「えっ!」と驚いた。

「に、二度とってどういうことですかっ!?」

「だって、フィレクシアさんは元バルベール人なんですから。あっちに戻って技術を漏らされたら大変ですし」

「そんなことできるわけがないのですよ! 神様を裏切るほど、根性据わってないです! 余計な罪を犯して地獄行きは嫌なのですよ!」

「あれ? フィレクシアさん、何で地獄のことを知ってるんですか?」

彼女からの思わぬ言葉に、一良が驚く。

バルベール人たちには、天国と地獄の動画は一度も見せていないのだ。

「セイデンさんが、グリセア村の人から聞いたというのをラースさんから聞いたのですよ。アルカディアの神々に逆らうと、死んだ後に地獄に送られるのですよね?」

「めっちゃ話が漏れてる……」

一良がラースを見ると、彼はバツの悪そうな顔で口笛を吹いていた。

ティティスがこれでもかと、ラースを睨みつけている。

そうしているうちに、一行は村の入口にたどり着いた。

村人や兵士たちが、一良たちに駆け寄って来る。

一良たちは、いったん停車した。

「マリーさん、アンテナをイステリアに向けてください」

「はい」

マリーが携帯用アンテナを取り出し、イステリアの方角へと向ける。

一良が無線で話しかけると、すぐに応答があった。

無線番をしていたアイザックに指示し、ナルソンを呼び出す。

数分して、ナルソンが無線に出た。

『ナルソンです。グリセア村に到着したのですね? どうぞ』

「ええ。今着いたところなんですが――」

一良がかくかくしかじかと、フィレクシアたちのことを話す。

「――というわけなんですけど、どうしましょう? どうぞ」

『ふむ。そういうことでしたら、もし情報を漏らしたら即地獄行きになってもらうというのはどうでしょうか? もちろん、カズラ殿がそうしていただけるのであれば、ですが。どうぞ』

「じゃあ、そうしましょっか。地獄についても、どんな場所か映像を見てもらっておきますね」

話がまとまり、一良が無線を切る。

「聞いてのとおり、ナルソンさんの許可が出ました。約束、守れますか?」

「守れます!」

フィレクシアが満面の笑みで頷く。

「ティティスさんとラースさんはどうします?」

「ええと……ラースさん、どうしましょうか」

「口外しなきゃいいだけの話なんだから、いいじゃねえか。行こうぜ」

「……ということですので、村に入れていただければと」

2人の返答に一良は頷いた。

「分かりました。それじゃ、バレッタさん、リーゼ。彼女たちに地獄のレクチャーをお願いします。俺はいったん、日本に行ってくるんで」

「分かりました」

「どれくらいで戻ってこれそう?」

「夜までには帰ってくるよ。遅くても、明日の朝には帰って……ティタニアさん、ちゃんと美味しいもの持ってきますから、そんな目で見ないでください。忘れてませんから」

「ワフ!」

彼女たちを皆に任せ、一良は雑木林へと向かうのだった。

いつものように石畳の通路を通り、一良は日本の屋敷へと戻ってきた。

スマホを取り出して時間を確認する。

今日は日曜日で、時刻は午前10時ちょうどだ。

「さて、スーパーにでも……お?」

スマホにメッセージ受信の通知が1件あった。

アプリを開いて見てみると、宮崎からのものだった。

『おひさしぶりです。動画アプリはあれで大丈夫でしたか? 何かあればすぐ修正するので、いつでも連絡ください!』

「あー。作ってもらっておいて、感想を伝えてなかったもんな。昼飯がてら、お礼言おう」

宮崎に電話をかけると、2コールで彼女が出た。

『志野さん、おひさしぶりですっ!』

「ご無沙汰してます。メール貰ってたのに、長いこと確認できなくてすみません。電波の届かないとこにずっといて」

『いえいえ! 志野さんがいつもそういう場所でお仕事をしてるのは分かっていますから、気にしないでください!』

「はは、ありがとうございます。もしよかったら、これから一緒に食事でもどうですか? 動画アプリの感想を、伝えられればと思って」

『ぜぜ、ぜひお願いしますっ! どこに向かえばいいですかっ!?』

「今いる場所に迎えに行きますよ。どこにいます?」

『家にいます!』

というわけで、彼女のアパートに迎えに行くことになった。

屋敷を出て車に乗り込み、山を下る。

季節は秋に差し掛かっているが、まだまだ暑く気温は31度もあった。

湿度の低い異世界とは違い、こちらはうだるような暑さを感じる。

エアコンを全開にして涼みながら、のどかな田舎の風景を楽しみつつ車を走らせる。

道の脇のところどころに、選挙ポスターが貼られているのが目に入った。

「おっ、市長選挙があるのか……って、カーネリアンさんと政治の話をしないといけないんだった」

彼に「今より優れた国家運営の方法を教えてほしい」、と頼まれていたことを思い出し、どうすべきかと頭を捻る。

「どれが正解かって、正直分かんないからなぁ。日本と同じ議会制民主主義ってやつでいいのだろうか」

一良は日本で暮らしていて、特に不満は感じたことはない。

他の国に住んだことがないので、どの国のものがいいと比較のしようがないのだが。

「いくつか本を買っていって、バレッタさんに相談するか。うん、そうしよう」

銀行に寄り道して現金を下ろし、宮崎のアパートの近くにまでやって来た。

アパートの前で待っていた宮崎が、一良の車に気付いて大きく手を振る。

ばっちりメイクしていて、服装もかなり気合が入ったものだ。

彼女の前に停車し、窓を開けた。

「お待たせしました。乗ってください」

「はい!」

宮崎が助手席側に回り込み、車に乗り込む。

「家の中で待っててよかったのに。暑かったでしょう?」

「いえ、そろそろ来るかなって思って、出てきたばかりでしたから」

宮崎が照れ笑いしながら、頭を掻く。

実のところ、一良と会うのが楽しみすぎて、ずっと外で待っていたのだ。

「志野さんは、事業のほうは順調ですか?」

「ええ、おかげさまで。宮崎さんは、あれから生活のほうはどうです?」

「人並みの生活が送れるようになりました。事務所のマネージャーも、一応は見つかりましたし」

「あ、お金を持ち逃げしたマネージャーさん、見つかったんですか! 返してもらえそうなんですか?」

「それが、オンラインカジノで全部スッたらしくて……これから裁判なんですよね」

「ええっ!? それじゃあ、取り返せないってことですか?」

「たぶん……少し前から事務所とも連絡が取れなくなっちゃって。警察の話だと同じような感じで、会社ぐるみで契約していた配信者に詐欺行為をしてたみたいです」

「組織的犯行だったってことですか?」

「みたいです。社長と他の社員はフィリピンに出国済みで行方知れずになってるって警察が言ってました。テレビでもニュースになってましたよ」

「酷い話だ……」

「私って、疫病神でも憑りつかれてるんでしょうかね……元彼の件といい、こんなのあんまりですよ……」

そんな話をしながら車を走らせ、駅前の大きなドラッグストアへとやって来た。

駐車場に車を停め、2人で店内へと入る。

「えっとですね、宮崎さんに、化粧品を見てもらいたくて」

「け、化粧品ですか?」

ピシッ、と宮崎が固まる。

「ええ。ちょっと事情があって、若い人から年配の人まで、大勢に配ることになっちゃって。俺、そういうのまったく分からないんで、見てもらえたらなって」

「あ、ああ、そういうことですか! 了解です!」

ほっとした様子の宮崎を連れ、カゴを手に化粧品コーナーへと進む。

若い子に人気のあるのはこれ、お肌の調子に不安を感じ始めたらこういうの、というふうに、流行りのもの中心に解説を受ける。

一良はふむふむと話を聞いていたが、何が何やらさっぱりなので、かたちだけ頷いている状態だ。

陳列されている商品を、片っ端から説明してもらう。

「――こんな感じですね。どうします?」

「んー。どれも特徴があるんですね。これが一番いい、みたいなのはないというか」

「その人に合う合わないもありますからね」

「そっか。じゃあ、今説明してもらったものをひととおり買っていこうかな」

宮崎が説明してくれたメイクアップ化粧品やらスキンケア化粧品を、1つずつカゴに入れた。

その数、40品を超えている。

近くで品出しをしていた若い女性店員を、一良が呼ぶ。

「どうなされましたか?」

「あの、このカゴに入ってるものを、店にある在庫全部買いたいんですが」

「「えっ」」

宮崎と女性店員の声が重なる。

「在庫を全部……ですか?」

「はい。全部ください。支払いはカードで」

「は、はあ……あっ! もしかして、噂の……」

「え?」

「あ、いえ! 少々お待ちください!」

女性店員は慌てた様子で、レジにいた年配の男性店員に駆け寄った。

彼女が何やら話すと、「マジで!?」と男性店員の驚いた声が聞こえてきた。

「何の話をしてるんだろ?」

「そんなに大量に買う人なんて普通いませんから、驚いてるんじゃないですか? でも、在庫全部はさすがに多すぎるんじゃ?」

「それが、百人単位になるかもしれなくて。数はあるに越したことはないかなって」

「ひゃ、百人単位?」

一良と宮崎が話していると、中年の男性店員が女性店員を連れて小走りでやって来た。

「お待たせしました。あの、カゴに入っている品を、在庫全部お買い上げいただけるとか?」

「はい、お願いします。全部ください」

「承知しました。金額が膨大になりますので、失礼ですが先に身分証明書をご提示いただけますでしょうか?」

「いいですよ。免許証でいいですかね?」

一良が財布から免許証を取り出し、彼に渡す。

彼は免許証の名前を見て、目を見開いた。

「せ、石油王……」

「え?」

「あ、いえ! 何でもありません! ご提示、ありがとうございました! 在庫を確認してまいります!」

男性店員は一良に免許証を返すと、バックヤードへと走って行ってしまった。

残された女性店員が、一良を「おお……」と謎の声を漏らしながら見つめている。

「え、ええと……あ、そうだ。シャンプーとコンディショナーとボディーソープも、ついでに買いたいです」

「は、はい。どちらの商品でしょうか?」

「あー、えっと……」

遠目に見える商品棚に一良は目を向けて少し考え、もういいや、と思考を放棄した。

「あそこの棚にあるやつ、全部ください。で、指定する住所まで即日送ってほしいんですが」

「「マジで言ってます!?」」

宮崎まで女性店員と一緒になって、一良に突っ込む。

「マジです。お願いします」

「は、はい!」

女性店員もバックヤードへと駆けていく。

宮崎は唖然とした顔で、一良を見た。

「志野さん、そんなに必要なら、問屋に連絡して買ったほうがいいんじゃないですか? 現地まで運送してもらえますし」

「いや、それがそうもいかなくて。秘境みたいなところに運ばないとなんで、業者に運送してもらうのはちょっと厳しいかなって」

「えっ。で、でも、国内の話なんですよね? 県内にそんな場所ってあるんですか?」

「えーっと……地図にも載ってない、知る人ぞ知る外界から隔絶された場所というか。そんな感じなんです」

「は、はあ」

宮崎は「なんじゃそりゃ」と内心訝しんだが、あえて突っ込むメリットもないので、それ以上聞くのは諦めた。

その後、支払いと発送の手続きを済ませ、2人は店を出たのだった。