軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

354話:深夜のティーパーティー⑤

その日の深夜。

一良は調理場で、エイラとお茶をしていた。

もしかしたらいるかな、と寝る前に調理場をのぞいたところ、お手製のクッキーとともに待っていたエイラに出迎えられ、今に至る。

「へえ。弟さんたち、もう王都に戻るんですか」

「はい」

ローズヒップティーの淹れられたカップを手に、エイラが微笑む。

「夕方に実家に行ったら、ちょうど顔を合わせまして。守備隊が解散されたから、すぐに王都の大学に戻るって」

「ずいぶん急ぐんですね。少しくらい、ゆっくりしていけばいいのに」

「ただでさえ勉強が遅れてしまっているから、早く取り戻したいんだそうです。弟たちがこっちにいる間も、授業は続いているはずだからって」

「ああ、大学は休校ってわけじゃなかったのか。授業料って、その間は免除されたりするんですか?」

「あー、どうでしょう? 1年ごとの前払いでしたけど、私が一括で卒業までの3年分を支払い済みなんですよね」

「うお、すごいですね。かなりの額だったんじゃないですか? よく払えましたね?」

「私は14歳から働いて貯金していたので、それを使って。それに、ナルソン様が口利きをしてくださったので、少し安くしてもらえたんです」

あれこれと話をしつつ、クッキーを摘まんではお茶を楽しむ。

すべての心配事がなくなったこともあって、エイラの表情はとても穏やかだ。

そうしてしばらく雑談をしていると、エイラが「そういえば」、と切り出した。

「王都から帰ってきたら、すぐにフライス領への旅行に向かうのですか?」

「んー、そうですね。他に予定が入らなければ……あ、その前に、エイラさんの家に遊びに行きたいかな。サウナ風呂に入ってみたいです」

一良が言うと、エイラはとても嬉しそうに微笑んだ。

「はい! ぜひいらしてください。サウナ風呂、すごく気持ちがいいので、きっとお気に召しますよ!」

「大岩をくり抜いたお風呂でしたっけ。そんなすごいの見たことがないから、きっとバレッタさんたちも驚きますね」

「あ……えっと――」

「こん……ばん……わ……」

「「わあっ!?」」

突然テーブルの下から顔を出したティタニア(人の姿)に、一良とエイラが悲鳴を上げた。

「私のこと、忘れていたでしょう……? 一緒にイステリアに来ていることを、完全に忘れていましたよね……?」

ティタニアが虚ろな目で、ふふふ、と気味の悪い笑みを浮かべる。

「っ! あ、いや、そんなことないですよ? ねえ、エイラさん?」

「は、はい! もちろんです!」

「私、人が嘘をついていると分かるんです……2人とも、嘘をついている人特有の魂の揺らぎが見えますよ……ふ、ふふ」

「う……そ、そんな特殊技能があったんですか」

「嘘ですよ……でも、間抜けは見つかったようですね……」

「「……」」

まんまとハメられてしまい、2人は口をつぐむ。

すると、ティタニアはぷくっと頬を膨らませた。

「酷いじゃないですか! 私、昼食も夕食も楽しみにしてたのに、何の調理もしていないミャギの生肉の塊を昼夜連続で出されたんですよ!? しかも、持ってきた侍女さんは怯えてすぐにいなくなっちゃうし! バイクの傍でずっと放置だし!」

ティタニアが顔を赤くして涙目で捲し立てる。

「本当にごめんなさい! あれこれ忙しくて、気が回らなくて! 誰かが食事を出しているものだとばかり――」

「嘘だッ! 楽しそうにお風呂でお酒を飲んだり、部屋で皆でおつまみを食べながらジュースを飲んでいた声が聞こえてました! 私だけ呼ばれないって、忘れてたってことでしょう!?」

「あ、はい! そのとおりです! ごめんなさい!」

迫力に気圧され、一良が即座に謝る。

「あの、それでしたら、一声お声がけいただければ……」

エイラが言うと、ティタニアはキッ、と彼女を睨みつけた。

エイラがビクッ、と肩を跳ねさせる。

「気を遣ったんですよ! すごくたくさんの人が屋敷に出入りしていたから! ただでさえ怖がられているのに、そんななかに私が入って行ったら大騒ぎになっちゃうでしょうが!」

「ご、ごめんなさい!」

「悪いと思っているなら、何か美味しいものを食べさせてください。何でもいいですから……」

ぺとっ、とテーブルに頬を付けたティタニアが、疲れた声で言う。

エイラは慌てて氷式冷蔵庫に走り、肉や魚を取り出して料理を作り始めた。

一良も別の冷蔵庫から野菜を取り出して、エイラの隣に並ぶ。

「はやくー、おなかすいたー」

「……ティタニアさんって、あんなキャラでしたっけ?」

「……最近、キャラが崩壊してきている気がしますよね」

こそこそと話しながら、大急ぎで料理をこしらえる。

一良とエイラは阿吽の呼吸で料理を進め、10分少々で肉野菜炒めと川魚の煮付けを作ってテーブルに置いた。

ティタニアは目の色を変え、貪るように料理を食べ始めた。

「んっ! うまっ! これですよこれ! やっぱり人の手で作られた料理が一番ですっ!」

頬をぱんぱんに膨らませ、噛んでるんだか飲んでるんだか分からない勢いでティタニアが料理を胃に流し込む。

これは足らなそうだと一良とエイラは判断し、さらに別の料理を作り始めた。

作っては平らげ、作っては平らげの応酬が30分近く続き、ようやくティタニアは落ち着いた。

「ふう、満足です。ごちそうさまでした」

山と積まれた皿を前に、ティタニアが一息つく。

限界まで食べたのか、お腹がぽっこりしていた。

「こんなに急いで料理を作ったのは初めてだ……」

「まるで年越しの宴の時みたいでした……」

ぱぱっと皿洗いを終え、やれやれと一良とエイラがイスに座る。

「ところで、王都に行った後は、フライス領に旅行に行くのですか?」

勝手に一良のハーブティーを飲みながら、ティタニアが聞く。

「ええ。前にリーゼと約束していたんで」

「なるほど。ジルコニアさんやバレッタさんも、一緒に行くんですね?」

「ですね。あちこち観光して、帰ってこようかなって」

「ふむふむ」

ティタニアが、ちらりとエイラを見る。

「ティタニア様? どうかなさいましたか?」

「あ、いえいえ……んー」

何やら考えているティタニアに、エイラが小首を傾げる。

「私、お風呂に入りたくなっちゃいました。入れますか?」

「はい。すぐにご用意いたします」

「ありがとうございます。準備、私も手伝いますね」

エイラとティタニアが立ち上がる。

「じゃあ、俺はそろそろ寝ますね。2人とも、また明日」

「はい、おやすみなさいませ」

「料理、ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」

そうして、一良は部屋へと戻って行った。

しんと静まり返った屋敷の廊下を、エイラとティタニアは並んで歩く。

例のごとく、点々といる警備兵は槍にもたれて船を漕いでいた。

「私といて、眠気は感じませんか?」

足音も立てずに歩きながら、ティタニアが聞く。

「少しありますが、大丈夫です。慣れてきたようですね」

「そうでしたか。でも、さっき私が現れた時は、眠気を感じなかったでしょう?」

「あ、確かに。今は少しありますが……どうしてでしょうか?」

「ふふ、カズラ様とお話ししていたからですね」

「えっ?」

戸惑うエイラに、ティタニアが微笑む。

「おせっかいかとは思いますが、伝えたいことがあるなら伝えたほうがいいのではないでしょうか。あの時言っておけばよかった、と後から考えるのはつらいと思いますから」

「え、ええと、何をおっしゃっているのか……」

表情を曇らせるエイラにティタニアは苦笑した。

「私、ずっと悔やんでいることがあるんです。もう、1000年以上も前のことですが」

「は、はあ。1000年以上前ですか」

「ええ。私がまだ、普通の獣だった頃。崖から落ちて、大怪我をしたことがあるんです」

ティタニアが思い出すように、目を細める。

「その時、私を助けてくれた人間がいたのですが、彼らは私を彼らの家に連れ帰って、怪我を治療してくれて。傷が治った後に放してくれたのですが、私はお礼も言えなかったみたいで」

自身のことなのに、妙な言いかたをするティタニア。

エイラは内心首を傾げたが、「言い間違いかな?」と流すことにした。

「そんなことが……でも、普通の獣だったのなら、仕方がなかったのではないですか?」

ゆっくりと歩きながら、ティタニアが頷く。

「そうですね。でも、いくら言葉が通じなかったからといっても、どうにかして感謝を示すべきだったと思います。それがとても、残念で。彼らの顔すら、よく見れなかったようですし」

「えっ? でも、家で治療を受けていたんですよね? その時に見なかったんですか?」

エイラが小首を傾げる。

「その人たちはずっと頭巾のような物を被っていて、顔がよく見えなかったそうなんです」

「頭巾……盗賊か何かでしょうか」

「かもしれませんね。あの頃も、少数ですがそういう輩はいましたし。でも、全員が私をすごく丁寧に扱ってくれたようです」

「その人たちの気まぐれってことでしょうか」

「かもしれません。まあ、あまりにも昔すぎて、私はほとんど覚えていないんですけどね。ただ、感謝を伝えられなかったことの後悔が、ずっと胸に残っているんです」

風呂場の隣にある湯沸かし室に着き、2人で入る。

室内には大釜が置かれていて、水で満たされていた。

大釜の側面には穴が開いていて、今は栓がしてある。

穴のすぐ下には、隣の浴室へと繋がる木製の水路が設置されている。

大釜で湯を沸かしたら栓を抜き、水路を通じて浴室の湯舟にお湯が注がれる仕組みだ。

「なるほど。これは上手い仕組みですね」

ティタニアが感心した様子で、大釜を見つめる。

大釜への水の補充は、外の揚水水車から繋がっている水路を伝って行う構造になっている。

水車から繋がる水路には常時水が来ているが、水路の途中から外へと水を送り戻すための水路も繋がっている。

水路には板で仕切りができるようになっていて、仕切りを使って大釜に水を送るか、外に水を戻すかが選べるようになっていた。

「はい。以前はそこの扉から外に出て、水路から水桶で水を汲んでいたのですが、水車のおかげですごく楽になりました」

「これは、カズラ様が考えたのですか?」

「いえ、バレッタ様がお屋敷に来てすぐ、ぱぱっと作ってくださいました」

「そうなんですか。本当に、彼女はすごいですね」

「ええ、本当に」

エイラは炭壺の灰の中から燃えている炭を火箸で取り出し、大釜の下に入れて薪をくべた。

ふうっと息を吹きかけると、パチパチと音を立てて薪が燃え出した。

2人で薪を追加し、火力を強くする。

それきり話が途切れ、2人で静かに火を見つめる。

数分そうしていると、大釜から湯気が立ち上り始めた。

エイラが湯に手を入れて温度を確かめ、大釜側面の栓を抜いて浴室へとお湯を送り出す。

「ティタニア様、すぐにお湯が貯まります。ここは私が見ていますので、浴室へどうぞ」

「はい。それと、エイラさん」

ティタニアがエイラの目を、じっと見つめる。

「一番大切なのは、ご自身の気持ちです。それをお忘れなきよう」

「……はい」

頷くエイラにティタニアは微笑み、部屋を出て行った。

エイラは彼女の言葉を反芻しながら、じっと大釜を見つめていた。