作品タイトル不明
352話:女湯
ジルコニアが一仕事終えた頃。
バレッタたちが入る浴室では、きゃいきゃいと楽し気な声が響いていた。
「すっごくいい香りですね! しかも、あわあわなのですよ!」
全身を泡だらけにしたフィレクシアが、ボディスポンジをこねくり回す。
その隣では、ティティスがこれまた髪の毛を泡だらけにして洗っている。
「こんなに気持ちのいい洗髪は初めてです。あ、あれ?」
ティティスが手探りで桶を探す。
「ふふ、流してあげます。いきますよー」
「あ、はい。お願いします」
バレッタがティティスの頭に、ざばざばとお湯をかけていく。
「次はコンディショナーですね。髪になじませるようにしてください」
「ええと、これですね」
ティティスがコンディショナーを手に出し、両手でわしわしと髪をこねる。
「おおっ! 何だかサラサラになってきました!」
「すごいでしょう? 乾かした後なんて、びっくりするくらいサラサラになりますよ。しかも、明日になっても香りが継続しますし」
「私も髪の毛洗います!」
フィレクシアがシャンプーで髪を洗う。
バレッタもイスに座り、同じように髪を洗い始めた。
シャンプーやらスポンジやらの感想をティティスとフィレクシアから聞きながら髪を洗い終え、続けて体を洗いにかかる。
「それにしても、お二人ともいい体してますね」
フィレクシアがコンディショナーを髪になじませながら、羨ましそうな目でバレッタとティティスの胸を見る。
「バレッタさんは隠れ巨乳だったのですね。なかなかの迫力なのですよ」
「ですね。服を着ていた時には、あまり分かりませんでした」
じっと胸を見つめられ、バレッタがたじろぐ。
「べ、別にそこまで大きくはないですよ」
「そんなことないです。結構な大きさなのですよ。ティティスさんよりは小さいですけど」
「最近大きくなってきちゃって……でも、ティティスさんはすごいですね」
「大きくてもいいことないですよ。肩は凝るし、セクハラされるし、散々です」
「ティティスさんにセクハラするなんて、命知らずですねぇ」
「カイレン様に言い付けると言うと、途端に皆さんペコペコし始めますね」
そんな話をしながら、3人とも髪と体を洗い終えた。
バレッタが、置いておいた発泡剤入りの固形入浴剤の袋を手に取る。
「それは?」
「お花の絵が描いてありますね。すさまじい画力なのです」
「お湯に入れる入浴剤です。お二人とも、湯舟へどうぞ」
髪をタオルでまとめたティティスとフィレクシアが湯舟に入ると、バレッタは袋を開けて入浴剤をフィレクシアの目の前に投げ入れた。
ぽちゃん、と湯に入った入浴剤が、シュワシュワと音を立てて気泡を発する。
「わわっ!? 泡が出てきました!」
「おー。これは面白いですね。それに、いい香りです」
「でしょう? すごく温まりますし、リラックスできるんです」
バレッタも湯に浸かり、3人で「はあ」と気持ちの良いため息を漏らす。
すると、入口が開いて全裸のリーゼが入って来た。
缶と氷水の入った桶を持っている。
「私も入る! 一杯ひっかけて、疲れ取っちゃおう!」
「あ、リーゼ様。それ、お酒ですか?」
「うん。ジュースも持ってきたよ」
はい、とリーゼが桶を湯舟に浮かべる。
そして、手慣れた様子で体を洗い始めた。
季節外れの氷を見て、ティティスとフィレクシアが「氷だ……」と声を漏らした。
「金属の入れ物に入ったお酒ですか」
「これも綺麗な果物の絵が描いてありますねー!」
ティティスとフィレクシアが、物珍しそうに缶を眺める。
レモンと梅のチューハイ、桃とつぶつぶオレンジのジュースの缶だ。
「これ、カズラさんがくれたんですか?」
「うん。エイラがカズラから頼まれたって、用意してくれてたの」
ゴシゴシと体を洗い、続けて髪を洗い始める。
缶を見ていたティティスとフィレクシアは、今度はリーゼを見つめ始めた。
「リーゼ様、お肌がものすごく綺麗ですね……」
フィレクシアがリーゼの体をじっと見つめながら漏らす。
「染みどころか、ホクロ1つ見当たりませんね。普段、どういうお手入れを?」
ティティスの問いに、リーゼは「んー」と唸る。
「特に何も。でも、前は太ももと二の腕に少し大きなホクロがあったんだけど、1年くらい前に消えちゃったんだよね」
「ホクロって消えるんですか!?」
驚くバレッタに、リーゼが頷く。
「消えたよ。たぶん、カズラがくれた食べ物のおかげだと思う。他にも小さいのがいくつかあったけど、全部消えちゃったし」
「えー。私も左の二の腕と右胸の下に少し目立つホクロが……あ、あれ? ほとんど消えちゃってる」
バレッタが自分の腕を見た後、右胸を少し持ち上げて覗き込む。
濃い色のホクロがあったはずなのだが、色がかなり薄くなって消えかかっていた。
「よかったじゃん。でも、どうして私はあっという間に消えちゃったんだろ? バレッタ、1年くらいかかってるよね?」
「うーん……あっ! もしかしたら、ワインの効果かも!」
バレッタが、ぽん、と手を打つ。
「ワインに入ってるポリフェノールの効果で、消えたのかもしれないです!」
「そのポリ何とかってのって、ホクロを消す効果があるものなの?」
「いえ、抗酸化作用があるだけで、ホクロを消す効果はないです。でも、リーゼ様はワインをよく飲んでいたじゃないですか。だから、それかなって」
戦争が始まる前、リーゼは一良が持ってきた酒を、晩酌で時々飲んでいた。
一良と会う前より飲酒頻度は減っていたのだが、単純にワインが美味かったので飲んでいたのだ。
がぶ飲みできるほどには貰っていなかったので、少しずつ大事に飲んでいたのだが。
「そっか。なら、バレッタもワインを飲めばいいんじゃない?」
「「私にもいただけませんか!?」」
ティティスとフィレクシアが、浴槽から身を乗り出してリーゼに迫る。
「ホクロが消えるなんて、聞いたことがありません! 私、あちこちに小さいのがあるので消したいんです!」
「私もいくつかあるので消したいのですよ!」
「え、えーと……カズラに聞いてもらってもいい? 私が決められることじゃないから」
「「聞いてきます!」」
ざばっと2人が立ち上がる。
「あっ、ちょっと待って! せっかくお酒を持ってきたんだし、楽しんでからでもいいんじゃない?」
「そうですよ。カズラさんには、食事の時に聞けばいいですし」
「そ、そうですね」
「うう、カズラ様、ワインをくれるといいのですが」
ティティスとフィレクシアが再び座る。
リーゼはぱぱっと髪と体を洗うと、タオルを頭に巻いて湯舟に入った。
「ティティスさんとフィレクシアさんは、お酒飲めるのかな?」
「ええ、飲めますよ。酒豪とはいきませんが」
「私は少しくらいなら飲めるのですよ。甘いやつしか飲めませんが」
それなら、とリーゼがティティスにレモン、フィレクシアに梅のチューハイを渡した。
バレッタは桃のジュースで、リーゼはレモンのチューハイだ。
手本としてリーゼがプルタブを開けてみせ、ティティスとフィレクシアもプルタブを摘まんで持ち上げる。
「す、すごいですね、これ。完全に密閉されていたようですが、どうやって中にお酒を入れたのでしょうか」
「いい香りです。それに、キンッキンに冷えてますね!」
「ほらほら、感想は飲んでから! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
コツン、と缶を打ち合わせ、ぐいっと4人が酒をあおる。
リーゼはゴクゴクと喉を鳴らし、一気に半分ほど飲んだ。
「っかーっ! 美味しいねぇ! 生き返るねぇ!」
中年オヤジのような台詞をリーゼが吐く。
「この桃ジュースも美味しいです。お風呂で飲むなんて、すごく贅沢してる気分になりますね」
「こ、これは美味しいですね。しゅわしゅわする飲み物なんて、初めて飲みました」
「こっちもすごく美味しいです! ティティスさん、そっちも一口ください!」
そうして大盛り上がりしていると、全裸のジルコニアが入って来た。
「お邪魔するわね……って、いいもの飲んでるじゃないの」
「あ、お母様。ご用事は済んだのですか?」
「うん。埃っぽいところに行って疲れちゃった」
ジルコニアがイスに腰掛け、桶で湯をすくって頭から被る。
湯には入浴剤が入ってしまっているが、気にしないようだ。
「何をしてきたのですか?」
「ゴミの片づけ。一応機密品だから、私が処理する必要があってね」
「ゴミですか。機密資料ですか?」
「まあ、似たようなものね。必要な情報が載ってればって思って見てきたんだけど、ダメそうだったから捨てちゃった」
ジルコニアがシャンプーを手に出し、わしわしと髪を洗い始める。
「ジルコニア様、ものすごいスタイルなのですよ……」
フィレクシアが、ジルコニアの体を舐め回すように見つめる。
「そのうち、リーゼ様もあのようなスタイルになるのですね。羨ましいです」
「あっ、フィレクシアさん」
ティティスがはっとして声をかける。
きょとんとした顔で小首を傾げるフィレクシアに、リーゼが苦笑した。
「私とお母様は、血が繋がってないの。顔も似てないでしょ?」
「そ、そうだったのですね。どうりで、お若いと思いました」
「お母様、お背中流しますね」
「あら、ありがと。そういえば、一緒にお風呂なんて久しぶりね」
リーゼが湯から出て、スポンジを手にジルコニアの背中を洗う。
「お母様、すごく肌が綺麗ですね。ホクロ1つありません」
「ありがと。でも、前は足とか胸にホクロがあったのよ? 捕虜になってる間に、全部消えちゃったけど」
「「えっ!?」」
フィレクシアとティティスが同時に声を上げる。
「あ、あの、ジルコニア様は倉庫にいる間、お酒は飲んでいませんでしたよね?」
ティティスがジルコニアに聞く。
「飲んでないけど? お茶しか出なかったし」
「なら、どうしてホクロが消えたのですか?」
「たぶん、チョ……流木虫の効果じゃない? あれの燻製、毎日食べてたし」
「そ、そうでしたか。そんな効果があったのですね」
「ホクロを消したいの? 流木虫の燻製、用意しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
「遠慮しないでよ。前は、『興味深い味』って言って食べてたじゃない。今夜、山盛りで部屋に持っていってあげるから」
「い、いえ、本当に――」
「あれっ!?」
すると、フィレクシアが突然声を上げた。
「フィレクシアさん、急にどうしたのですか?」
「私のホクロ、薄くなってるのですよ! それに、何年か前に工房で足を火傷した時の染みが消えちゃってます!」
フィレクシアが体を捻り、あちこち見回す。
以前はあったはずのホクロが薄灰色になっており、火傷の染みは綺麗さっぱり消えていた。
「ええっ!? どうしてフィレクシアさんだけ!?」
ティティスが自分の体を見回す。
小さなホクロが、腕や腹に数個あった。
「むむう……あっ! 分かりました! きっと、ジルコニア様にもらったチョコレートを食べたおかげなのですよ! それくらいしか、思い当たらないです!」
フィレクシアが言うと、バレッタは「ああ」と声を漏らした。
「チョコレートにも、ポリフェノールはたくさん含まれていますからね。きっとそれですね」
「ちっ」
コンディショナーを髪になじませながら舌打ちをするジルコニアに、ティティスが「えっ」と目を向ける。
「そ、そういえば、エイラはそばかす消えてないよね? エイラもチョコは食べてるのに、どうしてかな?」
察したリーゼが誤魔化そうと、バレッタに聞く。
「そばかすは遺伝的要因もあるので、そのせいかも。といっても、ポリフェノールを摂取しても、本来はホクロや染みは消えないと思いますけど」
「そうなんだ。カズラのくれる食べ物が、私たちには特別に効くってことなのかな?」
「たぶん、そうだと思いますよ」
「あの、ジルコニア様……先ほどの舌打ちは……」
ティティスの問いかけに、桶で湯をすくっていたジルコニアの手がピタリと止まる。
「何? 流木虫の燻製、食べたいの?」
「す、すみません。何でもないです」
びくっと肩を跳ねさせるティティスに、ジルコニアが笑う。
「ふふ、ごめんごめん。冗談よ。チョコレート、お風呂から出たら食べさせてあげるから」
「っ! ありがとうございますっ!」
そうして、髪と体を洗い終えたジルコニアを加え、5人は再び飲み始めるのだった。