作品タイトル不明
351話:頑張ってね!
その頃、ジルコニアはハベルを連れて、ナルソン邸にある地下牢へと向かっていた。
ハベルは手に大きな木箱を持っており、歩くたびにガチャガチャと金属音が鳴り響く。
ジルコニアは機嫌がいいのか、鼻歌混じりだ。
ジルコニアは鎧下姿で丸めた紙を1枚持っており、ハベルは鎧姿である。
「ああ、楽しみ。あいつ、どんな顔をするかしら」
「あの、ジルコニア様。いったい何をするおつもりですか?」
ハベルが木箱を見つめ、額に脂汗を浮かべる。
木箱の中には、足枷付きの長い鎖と手足首切断用の切断機、ハンディカメラが入っていた。
切断機は、前に野盗の指を切り落とした物の手足用バージョンだ。
青銅の刃の片側は半固定されており、もう片側には木製の取っ手が付いている。
取っ手を持ち上げれば刃が上がり、降ろせば刃が台に接するという仕組みのものである。
イステリアでは、重犯罪者への懲罰に過去に用いられていた道具だ。
だが、犯罪者にただ苦痛を味わわせるよりも危険作業用の労働力として使ったほうが良いというナルソンの方針で、彼が領主になってからはこの道具は使われたことがない。
「ふふ、当ててごらんなさい? もし当たったら、金一封出すわよ?」
にやり、と凄みのある笑みでハベルを見るジルコニア。
ハベルは背筋に悪寒を走らせながらも、口を開いた。
「……この切断機で、奴の手足を切り落とすのでしょうか?」
俺がその様子を撮影するんだろうなと考えながら、ハベルが言う。
ジルコニアは楽しそうに、にこっと微笑んだ。
「ざーんねん! 違うんだなぁ」
「で、では、足枷はともかく、切断機は何に使うのですか?」
「ふふっ。前にカズラさんに見せてもらった映画に、面白いものがあって。似たようなことをしてみようと思ってね」
いったい何が行われるのかとハベルは戦々恐々としながら、ジルコニアに続く。
廊下を進み、地下牢へと続く階段を下りた。
ジルコニアは鍵束を取り出して鍵を開け、扉を開けると、しんと静まり返った真っ暗な通路が現れた。
普段なら誰かしら犯罪者が投獄されていて灯りが点いているのだが、その者たちは別の場所に移送済みだ。
ジルコニアはポケットからサイリウムを取り出して、折り曲げた。
黄色い光が輝き、通路をぼんやりと照らす。
彼女は鍵を束ねる輪っかの部分に人差し指を入れて、くるくると回し始めた。
「行きましょ。薄暗いから、転ばないようにね?」
「は、はい」
じゃらじゃらと鍵の音を響かせて、ゆっくりと通路を進む。
途中、2つほど鍵のかかった扉を抜けて、最奥にある部屋の前にやって来た。
ジルコニアが、扉の鍵穴に鍵を刺し込む。
ガチャリという重い音とともに、鍵が開いた。
ギィィ、と分厚い木の扉が開く。
「っ! ようやく来たか! いつまでこんな場所に縛り付けておく気だ!?」
石造りの広い独房の中央で、イスに縛り付けられたニーベルが怒りの形相で叫ぶ。
「ごめんなさいね。バルベールとの戦争が終わったから、いろいろと忙しくて」
ニーベルが怪訝な顔になる。
ジルコニアは楽しそうに彼の顔を眺めながら、ゆっくりと歩み寄る。
「……戦争が終わっただと?」
「ええ、そうよ。結果は同盟国の完勝。バルベールは、アルカディアの従属国になったわ」
ニーベルの正面に置かれていたイスに、ジルコニアが座る。
彼はすぐに、小馬鹿にしたような表情になった。
「見え透いた嘘を。そんなことを言って、私からもっと情報を引き出すつもりだろうが」
「嘘じゃないんだけど……信じてくれないの?」
「あのな、貴殿が私の立場だったら、簡単に信じるか? ……ところで、その光っているものは何なのだ?」
ニーベルがジルコニアの持つサイリウムを見る。
「これ? グレイシオール様から貰った、光の精霊の力が入った照明道具よ。すごく便利なの」
「またその名か。まったく、国民を扇動するためとはいえ、よくもそんな嘘を言いふらす気になったものだ」
「もう。私は嘘なんか1つも言ってないのに」
ジルコニアが、ぷくっと頬を膨らます。
そして、持っていた紙を広げてニーベルに見せた。
「これ、アルカディアとバルベール、それと北の部族の講和合意書よ」
「ほほう。それはすごいな。こんなものまで作って、私を騙そうとするとは。いやはや、ご苦労痛み入る」
まったく信じないニーベルに、ジルコニアは「はあ」とため息をついた。
「あーもう。せっかく合意書の原本を持ってきたっていうのに、信じてくれないんじゃ何の意味もないじゃない。ハベル、カメラをちょうだい」
ジルコニアがハベルを振り返る。
彼は短く返事をして、木箱の布を捲り上げてハンディカメラを取り出し、ジルコニアに手渡した。
「それは何だ?」
「合意書を見ても信じてもらえないんだから、これを見てもらうしかないと思って」
ジルコニアがカメラを起動し、ルグロ、カイレン、ゲルドンたちが講和合意書にサインをしているシーンを再生した。
ニーベルが見られるように、画面をくるりと回す。
「な……に……?」
画面に映し出される動画と響き渡る彼らの話し声に、ニーベルの顔が驚愕に染まった。
「ね? 本当だったでしょ?」
ジルコニアが可愛らしく微笑む。
ニーベルは言葉が出ず、食い入るように画面を見つめ続けている。
やがて動画が終わり、ジルコニアはカメラと講和合意書をハベルに渡した。
「というわけで、戦争はおしまい。約束どおり、裏切り者の名前を全員教えてもらえるかしら?」
「ふ、ふざけるな!」
ニーベルが怒鳴り声を上げる。
「今のは幻覚だ! 何か私に、薬でも盛ったのだな!? あんな道具、存在してたまるかッ!」
「えー……」
ジルコニアが、酷く不満そうな顔で唸る。
「これ以上、証明のしようがないんだけどなぁ」
「いくら私を騙そうとしたって無駄だからな! 絶対に騙されんぞ!」
「ん、そっか。じゃあ、もういいや」
ジルコニアがにこりと微笑む。
「あなたはこれから、条件付きの監禁処分。情報は教えてもらえなかったけど、戦勝の恩赦ってことで、今までの罪は全部赦してあげる」
「……は? ど、どういうことだ?」
ニーベルが額に脂汗を浮かべながら問う。
「そのままよ。殺さないって約束だったし、それは守る。でも、赦すっていっても、さすがに即解放っていうのは無理でしょ?」
ジルコニアはそう言うと立ち上がり、ハベルの持つ木箱から足枷付きの鎖を取り出した。
木箱の布は、中の切断機が見えないように掛けたままだ。
「だから、あなたには、ここで一生暮らしてもらう。ここにずっといてくれれば、それでいいから」
ジルコニアはニーベルに歩み寄り、左足に足枷を付けた。
鎖の端を手に、壁に取り付けてある金具へと向かう。
「ま、待て! ここで一生だと!? こんな暗い地下牢で、死ぬまで過ごせというのか!?」
嘘の苦手なジルコニアからまったく嘘の気配が感じられず、ニーベルが慌ててまくし立てる。
彼女の言っていることはすべて事実だと、論理ではなく本能で認めた。
「さっき、条件付きの監禁と言ったな!? それは何だ!?」
「えっとね、あなたが頑張れるなら、解放してあげることにしたの」
金具に鎖を付け、ガチャリ、と鍵をかけながらジルコニアが言う。
「な、何でもする! あれか、国のために内政に尽力しろというのだな!? やるとも! どんな案件でも、私に任せてくれれば――」
「あ、違う違う。そんな小難しいことじゃないわ」
ジルコニアはニーベルの下に戻ると、腰から短剣を引き抜いた。
ニーベルが「ひっ!」と悲鳴を上げる。
「怖がらないでよ。傷つけたりしないから」
ニーベルを縛っている縄を、ジルコニアは短剣でぶちぶちと切った。
縛られていた腕を摩りながら困惑しているニーベルに彼女は微笑み、ハベルに手を差し出した。
「ハベル、木箱をちょうだい」
「はっ!」
ハベルが緊張した様子で、木箱を彼女に手渡す。
ジルコニアは「ありがと」、と木箱を受け取ると、それをニーベルの足元に置いた。
そのすぐ隣にサイリウムも置き、木箱の布を取り払う。
中に入っている切断機を見て、ニーベルの表情が引きつった。
切断機は長らく使われていなかったせいか、手入れ不足で刃が錆びきっており、ボロボロだ。
「ここで暮らしたくないのなら、いつでも出て行っていいわ。そしたら、無罪放免。自由の身よ。それじゃ、元気でね」
ジルコニアがニーベルの肩を、ぽん、と叩く。
「は? それはどういう意味――」
「さてと。ハベル、帰りましょ」
ジルコニアはペンライトを取り出して灯りを点けると、ハベルの脇をすり抜けて出口へと向かった。
ハベルは「むごい……」、と小さく漏らし、憐れみの目をニーベルに向けた後、ジルコニアを追った。
「ま、待て! 無罪放免と言うのなら、足枷を外してくれ!」
「だから、『条件付きの監禁』って言ったじゃない」
ジルコニアが出口の扉に手をかけ、振り返る。
「ここから出たいなら、出て行けばいい。その切断機で足を切り落として、足枷から逃れて、ね」
「……な」
「ここにはもう、誰も来ないから。それじゃ、頑張ってね!」
ジルコニアは胸の前で両手の拳をぐっと握って微笑むと、扉を開けて出て行った。
ハベルはニーベルの顔を見ないように視線を前に向けたまま、その後に続く。
「ま、待て! 待ってくれえええ!」
ニーベルがイスから立ち上がり、ジルコニアに駆け寄ろうとする。
しかし、足枷の鎖がビンと伸びきり、彼は足を取られて転倒した。
ジルコニアが静かに扉を閉める。
ハベルは血の気が引いた顔で、ジルコニアを見た。
「……鍵は閉めますか?」
「そんなことしないわよ。かわいそうじゃない」
ご機嫌な様子で、地下牢の出口へと向かうジルコニア。
ハベルは黙って、その後を追う。
背後からは、ニーベルの悲痛な叫び声と、ガチャガチャという鎖の音が響き続けている。
ジルコニアはそれを気にする様子もなく歩き続け、地上へと繋がる扉を開けて外へ出た。
「もうここは使わないことになってるし、誰かが間違って入って事故でも起きたら大変ね。鍵は閉めておきましょ」
ガチャン、とジルコニアが鍵を閉める。
ハベルは無言で、その行為を見つめる。
先ほどの「かわいそう」のくだりは何だったのかと思ったが、口には出さない。
「私もお風呂に入ろっと! ハベル、お疲れ様!」
ジルコニアはハベルの肩を、ぽん、と叩くと、足取りも軽く階段を駆け上って行った。
ハベルはその背を見送りながら、この先何があっても彼女にだけは逆らわないと固く誓うのだった。