作品タイトル不明
350話:ラース歓喜する
イステリアへと向け、トラックとバイクの集団が街道をひた走る。
イステール領内は平和そのもので、砦に向かう隊商や巡回の兵士たちと何度もすれ違った。
すでにバルベールとの戦争が終結したことは知れ渡っているようで、すれ違う者は皆、「アルカディア王国万歳!」「イステール領軍万歳!」と声を上げてくれた。
「皆、すごくいい顔してたね」
一良のトラックの隣を並走しながら、リーゼが微笑む。
サイドカーにはルルーナが乗っており、楽しそうに景色を眺めている。
トラックを挟んで反対側には、バレッタが運転するバイクにロローナが乗っていた。
「バルベール相手に、まさかの完勝だからなぁ。そりゃあ喜ぶよ」
「だね! あとは、北から来るっていう異民族の対処だけすればいいんだもんね」
「うん……って、これからかなり忙しくなるよな。万里の長城用にレンガを大量生産しないといけないし、戦費でカツカツになった財政もどうにかしないとだし」
「アルカディアは、金欠状態なんですか?」
荷台のフィレクシアが、話に加わる。
「俺は詳しくは知りませんけど、あれだけ大勢動員したんだから、そうじゃないかなって」
イステール領はもとより、アルカディア王国のすべての領地は総動員体制になっていた。
食糧は強制的に徴収されてイステール領以外では配給制となり、道具や衣類の工房の大半は軍需品の生産に置き換えられていた。
イステール領に限っては工房の機械化が進み、市民総出で軍需品の生産とはならなかったため、民需品の生産に影響は出ていない。
とはいえ、戦時ということもあって、高級食材の消費はかなり落ち込んでいた。
早期に戦争が終わったため、失業率が上がったり市民が困窮するといった事態にはなっていないので、これからイステール領は未曽有の好景気に沸くことになるかもしれない。
ちなみに、金銀細工のアクセサリーの需要は急増していたりする。
万が一イステール領軍が敗北した際に、少量でも換金や袖の下に使える品として、市民貴族問わず貯め込む者が多かったからだ。
「俺らの国から賠償金がしこたま手に入るんだから、別に心配する必要はねえだろ?」
ラースが砦で貰ってきたドライフルーツを摘まみながら言う。
「領地もだいぶ割譲するんだし、これからは儲かる一方じゃねえか。ほっといたって、そちらさんは金持ちになるさ」
「そうは言っても、賠償金の支払いは分割ですから。割譲地が安定するのも時間が必要でしょうし」
「そんなもんかねぇ? ま、いざとなったらおたくら神様連中がどうにかするんだろ?」
「ラ、ア、ス、さ、ん!」
ぞんざいな口の利きかたをするラースを、ティティスが睨みつける。
ラースは「分かった、分かった」と両手を挙げて降参のポーズをした。
「カズラ様、イステリアが見えてきました!」
ルルーナが前方を指差す。
長い防壁の上には兵士たちが大勢上がっていて、一良たちの到着を待ち構えていた。
砂埃を巻き上げて走る一行に気付いたようで、皆が歓声を上げながら手を振っている。
時刻は昼過ぎで、半日かからずにバーラルからイステリアまで帰ってこれた。
「おー。あれがイステリアですか!」
フィレクシアが荷台で立ち上がり、楽しそうにイステリアの防壁を眺める。
すぐに、「座ってろ」、とラースに肩を掴まれて座らされていた。
城門から騎兵の集団が出てきて、こちらに向かって来る。
一行は速度を緩めて騎兵隊と合流し、彼らに守られながらイステリアへと向かった。
「アルカディア王国万歳!」
「グレイシオール様万歳!」
城門をくぐって街に入るなり、大通りに詰めかけた市民たちが大合唱する。
建物の2階から花びらを撒く者、さまざまな楽器を手に音楽を奏でる者、感極まって涙する者などで大変な騒ぎだ。
兵士たちは道の端から市民が飛び出してこないようにと、大声で注意しながら人々を押さえている。
「す、すごい騒ぎですね」
予想以上の騒ぎに、バレッタがバイクを走らせながら一良に言う。
「皆、嬉しくてたまらないんですよ。しばらくの間は、お祭り騒ぎになりそうですね」
「ナルソン様ー! グレイシオール様はどちらにおられるんですかー!?」
「我らの神を、どうか一目拝ませてください!」
先頭を走るナルソンに、市民たちが叫ぶ。
ナルソンは苦笑しながらも、片手を挙げて彼らに応えるにとどまっている。
「おー。グレイシオール様、すごい人気なのですね」
フィレクシアがトラックの荷台から身を乗り出し、運転席の窓を覗き込む。
ラースとティティスが、彼女がおっこちないようにと慌てて服を掴んだ。
「まあ、わざと噂を流して煽ってた面もありますからね」
「彼らに宣言しないんですか? 『俺が神様だぞ』って」
「いや、そんなことしてもいいことないでしょ」
「だ、か、ら! フィレクシアさん!」
「お前、本当に18歳かよ……本当は12、3歳だったりするんじゃねえのか?」
怒るティティスと呆れるラース。
フィレクシアは意に介さず、楽しそうに一良にあれこれ話しかけている。
そうして大歓声を浴びながら大通りを進み、たっぷり1時間以上かけてナルソン邸外周の軍事区画へと到着した。
一行が城門をくぐると門が閉められ、やれやれ、と皆が息をつく。
そのままナルソン邸の庭園まで進み、ようやく乗り物から降りることができた。
「あー、疲れた!」
ジルコニアがバイクに寄り掛かり、ぐっと背伸びをする。
ナルソンも疲れた顔で、ため息をついた。
「本当に疲れたな……さて、陛下に連絡をせねばな」
「そんなの、少し休んでからでいいんじゃない? すごく疲れた顔してるわよ?」
「いや、そうもいかんだろ……というか、陛下へのご報告を『そんなの』とか言うな」
顔をしかめるナルソンに、ルグロが笑う。
「いやいや、ジルコニア殿の言うとおりだって。父上への報告は俺が適当にやっておくから、ナルソンさんたちは風呂でも入って休憩しとけよ」
「し、しかし……」
「しかしも 案山子(かかし) もねえって。つうか、立場的にその役目は俺じゃねーの?」
「た、確かにそうですが」
「お父様、殿下から『連絡は少し休んでから』と陛下に伝えていただいて、後ほどご一緒に陛下にご報告をしては?」
リーゼの意見に、一良たちも「それがいい」と頷く。
「……では、そうするか。殿下、よろしくお願いいたします」
「おう。んじゃ、ぱぱっと済ますか。リーゼ殿、アンテナ頼むわ。屋上行こうぜ」
「はい!」
リーゼが携帯用アンテナを手に、ルグロと一緒に屋敷へと入っていく。
ナルソンはそれを見送り、一良に顔を向けた。
「では、風呂にしますか。カズラ殿、ジル、バレッタ、先に入ってくれ」
「私はちょっと野暮用があるから、後で入るわ。ティティスたち、先に入っていいわよ」
ジルコニアがティティスたちに目を向ける。
ティティスは驚いた顔になった。
「えっ。お風呂を使わせていただけるのですか?」
「いいに決まってるでしょ。あなたたちは客人なんだから」
「ありがとうございます。フィレクシアさん、あまり時間を使ってはいけませんし、一緒に入ってしまいましょう」
「おっ、ティティスさんと初めて一緒にお風呂なのですよ! バレッタさんも、一緒にどうですか?」
「ちょっ、何を言ってるんですか! 失礼ではないですか!」
慌てるティティスに、バレッタは苦笑しながらも頷いた。
「いえ、大丈夫ですよ。3人くらい十分入れる広さですし、一緒に入っちゃいましょうか」
「む……ナルソンさん、ラースさん、俺たちも一緒に入っちゃいます?」
「え、ええ……?」
「おま……別にいいけどよ」
一良の誘いにナルソンが困惑し、ラースが呆れ顔になる。
「お風呂は3つありますから、ルティーナさんたちもお子さんたちと入っちゃってください。まとめて入って、時短といきましょう」
「ふふ、分かりました」
屋敷に入り、風呂場に直行して脱衣所に入る。
男3人というむさくるしいことこのうえない状態にもかかわらず、なぜか一良はニコニコしていた。
「カズラ様よ。どうして俺らみたいなのと一緒に入るなんて言い出したんだ? リーゼ殿とかと、一緒に入ればいいじゃねえか」
ガチャガチャと鎧を外しながら、ラースが妙な物でも見るような目を一良に向ける。
「いや、せっかくラースさんが来てくれたんですし、ここはいっちょ裸の付き合いでもして、じっくり話そうかなって」
「別に風呂で話さなくても……うーん、3人でもまあ、大丈夫かな?」
開け放たれている浴室を、ラースが覗き込む。
浴槽はそれなりに広いが、この3人で入ったら少々窮屈そうだ。
「一番大きな風呂を使わせてもらってますし、大丈夫ですって。うわ、すっごい筋肉ですね!」
鎧下を脱いで上半身裸になったラースを見て、一良が驚く。
ラースは筋骨隆々で、腹筋は6つに割れており、無駄なぜい肉などまったくない。
2メートルを超える高身長と相まって、すごい迫力だ。
「うむ。これは素晴らしい。毎日訓練をしているのか?」
ナルソンも服を脱ぎながら、ラースに聞く。
「いや、これは体質なんだ。訓練もしちゃいるが、そこまで根詰めてやっちゃいないよ。勝手にこうなっていくんだ」
「ほう、そうなのか。ラッカ将軍は兄弟なのだろう? まるで似ていないように見えるが」
「よく言われるよ。でも、正真正銘血のつながった兄弟だぞ。あいつも、脱ぐと結構いい体してるんだけど、どうにも線が細くてさ」
「へえ、体質で筋肉が付くなんて、羨ましいなぁ。俺なんてヒョロヒョロですよ。腹筋だって割れてないし」
全裸になった一良が、自分の腹をさする。
「別に普通じゃねえか? それに、筋肉なんてなくても、ジルコニアみたいな怪力があるんだから別にいいじゃねえか」
「ああ、まあ、そうですね。ナルソンさんも、結構引き締まってるんですね」
「私はただ痩せているだけですよ」
全裸になった男3人で、浴室に入る。
イスと桶は3つ用意されており、それぞれ座って湯舟の湯をすくって頭からかぶった。
「まずこれで髪を洗って、その後でこれです。体はこっちを使ってください」
一良がシャンプー、コンディショナー、ボディーソープを指差す。
ラースはシャンプーのボトルを手に取り、へえ、と声を漏らした。
「綺麗な入れ物だな。これも神の国のものかい?」
「そうです。すごくいい香りがするんで、気に入ると思いますよ。上の部分を押し込むと、先っちょから液体が出てきます」
「ほほう、どれどれ……」
ラースがボトルを押し込み、シャンプーを手に出す。
「こりゃあいい香りだ。女どもにくれてやったら、きっと大喜びするな」
「ティティスさんとフィレクシアさんも、今頃驚いてるかもですねぇ」
「バルベール上層部のご婦人にプレゼントすれば、今後あれこれと協力的になるかもしれませんな。カズラ殿、どうでしょうか?」
3人でくっちゃべりながら、ワシワシと頭と体を洗う。
そうしているうちにラースは気持ちがほぐれてきたようで、表情から硬さが取れて笑顔が出てきた。
「おっし、全身ピッカピカだ。湯に入ってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
「んじゃ、お先に失礼して」
ラースが浴槽に入って肩まで浸かる。
ざばっ、と音を立てて湯があふれ出した。
「ああ、いい湯加減だ。湯に浸かるのなんて、ひさしぶりぶりだ」
「そんなにか。ずっと出征していたのか?」
ナルソンも湯舟に入る。
湯舟は幅があるので、向かい合って入れば大丈夫そうだ。
3人とも足を伸ばして入れるだろう。
「ああ。あっちこっち行かされて、働きづめだったよ。たまにバーラルに戻った時は入っていたが、基本は野営地暮らしだったからさ」
「それじゃあ、久方ぶりのお風呂をしっかり楽しまないと。ラースさんはお酒は好きですか?」
「ん? 酒は大好きだが、風呂から出たら飲ませてくれるのかい?」
「ふふふ」
一良はニヤリと笑うと、浴室の入口に行って顔を出した。
シャンパンボトルと氷の入ったステンレスのバケツ(※ワインクーラー)、シャンパングラスの3つ載ったおぼんを手にしたマリーと目が合う。
「おっ、準備万端ですね」
「お申しつけいただいた物は、こちらでよろしいでしょうか?」
「ええ、ばっちりです。ありがとうございます」
「あの……本当に1本頂いてしまってもよろしいのでしょうか?」
マリーが恐縮した様子で、床に置いてあるボトルを見る。
ずんぐりとしたガラスボトルのラベルには、フランス語で「ドンペリニョン2008」と書かれていた。
戦争が終結した後で皆に振る舞おうと、一良が日本でいくつか買ってきて隠しておいた酒の1つだ。
リーゼに言うと我慢できなくなってしまうかもと思い、マリーとエイラにだけ存在を明かしていた。
「もちろんですよ。ハベルさんやリスティルさんと、思い出話でもしながら楽しんでください」
「ありがとうございます!」
「おーい、何をコソコソやってんだ?」
ラースの声が背後から響く。
一良はマリーからそれらを受け取ると、浴室へと戻った。
「さあて、お湯に浸かりながら酒盛りといきますか!」
「うお、マジか……って、それは黒曜石のボトルか!? そのコップは、透明な黒曜石だよな!?」
「カ、カズラ殿、湯に入りながらの飲酒は体に毒かと」
「まあまあ、脱衣所にはマリーさんが控えていてくれてますし、大丈夫ですよ。ね、マリーさん?」
「あ、はい! どういたしましたか?」
ひょこっと、マリーが顔を覗かせる。
全裸の一良と目が合うが、ルーソン邸では入浴後のノールやアロンドの体拭きもしていたため、男の裸は見慣れているので動じない。
一良は慌てて、マリーに背を向ける。
「い、いや、何でもないです。あと、氷水も用意してきてもらっていいですか?」
「承知いたしました」
マリーが引っ込んだのを確認し、一良は気を取り直してグラスを2人に配った。
ボトルを握ってコルクの針金を外し、ぐりぐりとコルクをねじる。
ぽん、という小気味いい音とともに、コルクが抜けた。
「ささ、どうぞ。ぐいっとやってください」
「おお、ありがとう。神様にお酌してもらえるとは……シュワシュワしてて綺麗だな」
「すみません。お先にいただきます」
ラースとナルソンが、グラスを傾ける。
液体を口に流し込んだ途端、2人は目を見開いた。
「「美味い!」」
「それはよかった。んじゃ、俺もお湯に入りますかね」
一良が湯に入り、自分のグラスにもドンペリを注いで一口飲む。
「うお、ほんとだ。こりゃ美味いわ」
「カズラ様! もう一杯くれ! いや、ください! めちゃくちゃ美味い!」
「何と美味な……こんな酒がこの世にあったとは」
「はは、気に入ってもらえてよかった。はい、どうぞ」
「あっ、いやいや! 酌係は俺がやるから! ナルソン殿、ほら!」
いきなり超上機嫌になったラースが、とろけそうな顔でナルソンに酌をする。
「おお、すまんな。というより、乾杯を忘れていたぞ。カズラ殿、改めて乾杯しましょう」
「それもそうですね。んじゃ、乾杯!」
カチン、と3人で乾杯をする。
そうして、美味い酒の力のおかげで、3人は楽しく風呂での酒盛りを楽しむのだった。