作品タイトル不明
344話:友好の印
バレッタがノートパソコンを操作し、動画の再生を始める。
スクリーンに光の筋が伸び、スクリーンの傍に置かれたスピーカーから軽やかな音楽が流れる。
真っ暗だったスクリーンに、「講和後の新生活」というタイトルが表示された。
続けて、画面に9つ動画が、それぞれのタイトルとともに表示された。
「「……は?」」
ゲルドンとウズナがスクリーンを見つめたまま、同時に唖然とした声を漏らす。
他の族長たちはポカンとした顔をしており、議員たちは「おお……」と声を上げた。
「講和後、部族の皆さんの生活がどう変わるのかを纏めましたので、説明させていただきます。リーゼ、よろしくな」
「うん」
レーザーポインターをリーゼに渡し、一良はカイレンの隣に腰を下ろした。
「司会進行は、私、リーゼ・イステールが務めさせていただきます。まずは、今皆様がご覧になっている、この情景について。これは、我が国に降臨した神、グレイシオール様によって授けられたもので――」
アルカディアに実際に神が降臨したという説明から、リーゼが話し始める。
アロンドを含め、部族の者たちは、驚きすぎて言葉もないといった様子だ。
「カイレンさん、部族側であった暗殺未遂についてなんですけど」
一良がスクリーンに目を向けながら、小声でカイレンに話す。
「どういういきさつなのかは、聞いてたりします?」
「はい。といっても、あまり細かくは知らないのですが……」
カイレンが事の顛末を、要約して話す。
アロンドが持ち帰った講和条件を元に開かれた族長同士の会合にて、穏健派の筆頭である族長のゲルドンは、これ以上の戦闘は不要であると強く主張した。
それに対し、バーラルを攻撃すべきだと主張する強硬派の族長たちが、ゲルドンを「バルベールに懐柔された腑抜け」と罵倒した。
あわや乱闘騒ぎになりそうなところ、どっちつかずだった族長の数人が仲裁し、どうにかその場は収まった。
ところが、その日の夜に、強硬派の族長たちはゲルドンを含めた穏健派の族長たちに暗殺を仕掛けた。
しかし、事前にそれを予見していたゲルドンたちは兵を忍ばせており、すべての強硬派の族長たちが捕らえられた。
それらの族長たちは殺されてはおらず、現在は縛られた状態で軟禁状態にある。
その後、残った族長たちの推薦で、現在はすべての部族をゲルドンが統括することになっている。
「――と、聞いております」
「なるほど。穏健派の人たち、よく暗殺を防げましたね」
「はい。その後のことも、少々出来すぎなのではと思えるくらいで」
「……それって、一連の事件自体が、ゲルドンさんによって計画されたもの、ということですか?」
「かもしれません。直前まで街を強襲しようとしていたというのに、穏健派の勢力がここまで大きくなっているのは不自然かなと」
「なるほど……」
カイレンの言うとおり、ずいぶんと事が上手く進んだものだと一良も頷いた。
もし部族と全面戦争になっていたら、双方ともに途方もない被害が出ていたことだろう。
その場合、一良たちのブラフがバレてしまうことにも繋がるので、その後はもっと面倒なことになっていたに違いない。
とはいえ、上手くいったのは事実なので、今さら真相を暴く必要もない。
「カズラ様、カズラ様!」
カイレンとこそこそ話していると、フィレクシアがやって来た。
すとん、とカイレンの隣に座り、にっ、と笑顔を向ける。
「すごいですね! 本当にすごいのですよ! あれは、別の世界で行われていた出来事なのですか?」
フィレクシアがスクリーンを指差す。
今流れている映像は、巨大な水道橋が建設されているシーンだ。
数年の月日がかかる工事の工程が早送りで流れ、あれよあれよという間に建造が進んで行く。
山から延々と延びた石造りの水道橋が、巨大な都市に繋がった。
街なかのシーンに移り、一般家庭の台所に水道が設置され、女性がレバーを捻ると蛇口から水が出始める。
水道管の構造も透過された立体映像で説明され、途中に設置された蜂の巣状のゴミ受けや、高低差を利用した噴水の構造説明がスラスラと流れた。
時折動画を一時停止させながら、リーゼがレーザーポインターで映像を指して説明をする。
ゲルドンやアロンドたちは呆然と映像を見続けており、誰も口を開かない。
議員たちは先日の動画で耐性が付いているのか、付近の者たちとあれこれ話しながら映像を見ている。
「ええ、そうですよ。見事なものでしょう?」
「はい! それに、まるで時間が早回しされているように見れるのがすごいです! 建造物の中身も透けて見えて、すごく分かりやすいですね!」
「カズラ様、あれらの建造技術を、我が国にも教えていただけるのですか?」
映像を見つめながら聞くカイレンに、一良はすぐに頷いた。
「はい。大掛かりな工事が必要になるものが多いですが、この世界の技術でも十分作ることが可能なものばかりです。それに、部族の人たちの働き口にもなりますしね」
「そんなところまで気にかけていただけるとは、ありがとうございます」
「経済を活性化させないと、治安の悪化につながりますからね。せっかく休戦したのに、そんなことで火種が起きるのなんてごめんですから」
「ううう、今からすごく楽しみなのです! あ! 部族の人たちとの折衝が終わったら、私をイステール領に連れて行ってもらえるのでしょうか? いろいろと見て回りたいのですよ!」
「カイレンさんの許しがあれば、俺は別に構いませんよ」
一良が言うと、フィレクシアが期待を込めた目でカイレンを見た。
カイレンは軽く笑い、「分かった、分かった」とフィレクシアの頭を撫でる。
ラースはそんな彼らの様子を横目で見ながら、はあ、とため息をついた。
「ったく、つい何日か前までは殺し合いをしてたってのに、よくあんなふうに仲良くできるな」
「兄上、仕方のないことですよ。我々は完全に、彼らに命を握られているんですから」
ラッカが宥めると、ラースは「ちっ」、と舌打ちをした。
「だけどよ、俺はどうしても納得がいかねえ。どうせこんな真似をするなら、最初っからやっとけってんだよ。そうすりゃあ、アーシャは死なずに済んだ」
「彼らにも事情があるのでしょう。お願いですから、カズラ様やジルコニアに突っかかるような真似だけはしないでくださいよ?」
「おっかなくて、そんなことできねえよ。地獄送りにされたら、たまんねえし」
ラースたちは、港湾都市ラキールに向かったセイデンと無線で話した際、天国と地獄があるらしい、という話を聞いていた。
その時はセイデンと一緒にいたグリセア村の村人が慌てて止めたため、その一言しか聞いていない。
しかし、今まで信じがたいものばかりを目にしてきたラースたちにとっては、信じざるを得ないといった状態だった。
ちなみに、ラースたちとその場にいたアルカディア兵もそれを聞き、ぎょっとした顔になっていた。
「そう思うのなら、カズラ様への態度をどうにかしてください。先ほどのは、無礼にもほどがありますよ」
「悪かったよ。あんまりにも理不尽で、頭の整理がついてねえんだ。これからは気を付ける」
「ジルコニアにも、絶対に手出しはしないでくださいね。カズラ様とかなり仲がいいようですし、彼女に何かしたらカズラ様は激怒しますよ」
「しねえって。それに、あの女が素手で俺が完全武装だとしても、負ける姿しか想像できねえ。同じ人間とは思えねえよ」
少し離れた場所に座っているジルコニアを、ラースが見やる。
彼女はティティスと何やら話しており、和やかな雰囲気だ。
「兄上も、ティティスさんを見倣うべきです。彼女は兄上以上に、アーシャさんと仲がよかったんですよ?」
「……ああ。結果的にクソみたいな連中の始末も済んだし、余計な揉め事は起こさねえよ」
それに、とラースが続ける。
「ヴォラス派を始末した件、神様連中にはバレてるってカイレンが言ってたしな。どういうわけか、何をしてもあいつらにはお見通しみたいだしな」
先日の、上映会の最中にマリーが乱入してきた時のことをラースが思い返す。
あの時マリーは、「今回の『あなたが』やらかしたことは、特別に大目に見ておいてあげる」と言っていた。
カイレンたちが策謀して、兵士もろとも議員たちをアルカディア軍に狙撃させたことがバレていると考えて間違いない。
どういう方法かは分からないが、何を企んでも神様たちには筒抜けになる、というのがカイレンたちの結論だった。
実のところ、バレッタの推測と策略で、そう思い込まされているだけなのだが。
「――以上が、皆様に提供される技術です。必要に応じて、他の技術が提供されるかもしれません」
そうしている間にも、リーゼの進行で説明会は続く。
「続いて、食生活の変化について、ご覧いただきます」
リーゼが言うと、アルカディア兵たちが小さな布袋を皆に配り始めた。
ラッカとラースもそれを受け取り、いぶかしみながらも袋を開く。
中には、ドライフルーツがぎっしりと入っていた。
たくさんの種類の色鮮やかなそれに、ラッカが「へえ」と声を漏らす。
「ただ見ているだけというのもつまらないので、摘まみながらごらんください。グレイシオール様に教えていただいた特殊な加工法で、半日で製造したドライフルーツです」
その説明に、議員たちから喜びの声が上がる。
彼らはさっそく食べ始め、これ見よがしに「美味い!」「さすがはグレイシオール様が手掛けた品だ!」と大声で騒ぎ立てた。
議員たちは皆、どうにかして一良の印象を良くしようと必死である。
部族の者たちは動画に驚きすぎてそれどころではなく、ドライフルーツを口にしてはいるものの呆然とした顔のままだ。
そうして説明会は進み、すべての動画の上映が終わった。
「以上となります。続きまして、バルベールから、部族の皆様に割譲する地域の説明をしていただきます。カイレン執政官、よろしくお願いします」
「承知しました」
カイレンが立ち上がり、バレッタに歩み寄る。
持っていた筒から地図が描かれた紙を取り出して渡し、バレッタはそれをプロジェクタ上部のガラス面にセットした。
スクリーンに地図が映し出され、カイレンが「おー」と声を漏らす。
「カイレンです。ただいまより、皆様へ割譲する地域と、その後の移転方法案を説明いたします」
「カイレン執政官、これをどうぞ。ボタンを押すと、光が出ますから。人の目に当たらないように注意してくださいね」
「あ、どうも」
カイレンがリーゼからレーザーポインターを受け取り、ボタンを押してレーザーを出した。
瞬時に現れた赤い点をクリクリと動かし、「おー」と再び声を漏らす。
少し楽しそうだ。
「カイレン様、説明! 説明!」
レーザーポインターで遊んでいるカイレンを、フィレクシアがせっつく。
「おっと、そうだな。では――」
そうして、驚きすぎて頭が追い付かないゲルドンたちに、カイレンはつらつらと説明を行うのだった。
数分後。
すべての説明を終え、カイレンはゲルドンたちに目を向けた。
空は薄っすらと白んでおり、夜が明けたようだ。
「以上となります。ゲルドン殿、何かご質問はありますか?」
「あ? あ、ああ。ええとだな……」
ゲルドンが額に脂汗を浮かせ、カイレンとスクリーンを交互に見る。
スクリーンには地図が表示されたままだ。
それを見て、一良は傍に控えているアイザックに目を向けた。
「アイザックさん、アレを皆さんに配ってください」
「はっ!」
アイザックが荷馬車に走り、紙袋を取って戻って来る。
包装紙に包まれた手のひらサイズの物を取り出し、ゲルドンたちに1つずつ配り始めた。
「こちらは、我が国の神々から皆様への、信頼と友好の印です。お納めください」
「む、何だこれは?」
「神の国で作られたコップです」
「む。この紙はずいぶんと――」
ゲルドンが訝しみながら包装紙を解こうとすると、先に中身を取り出したウズナが「わっ!?」と驚いた声を上げた。
「ちょっ、な、何これ!?」
「うおっ!?」
ウズナが持つ虹色に輝くオパールグラスに、2人が仰天する。
議員たちもそれらを受け取っていて、すごいすごいと大騒ぎだ。
アロンドも1つ受け取っていて、額に汗を浮かべてそれを見つめている。
「……ゲルドン、もういいだろ。族長たちを呼ばないと」
「あ、ああ。そうだな」
ウズナに言われ、ゲルドンが立ち上がる。
自軍へと目を向けて口に指を当て、ピー、と指笛を吹いた。
こちらを窺っている者たちの1人が、ボロ布を付けた旗を大きく振った。
「ゲルドン殿?」
訝しんだ目を向けるカイレンに、ゲルドンが強張った顔を向ける。
「いや、申し訳ない。ここにいる奴らは族長たちの代役でな」
「そうでしたか。では、信用頂けたということでよろしいですね?」
「うむ……すまんが、彼らにも、もう一度説明してやってくれないか」
ゲルドンたちはこの説明会が罠であった時に備えて、他の族長たちは陣地に残してきていた。
策に嵌って自分を含めた族長が全滅することを避けるため、まずは自分たちだけで様子を見たのだ。
渡されたコップはどう考えても国宝級の物であり、罠に嵌めるつもりならばそのようなものを持ってきたりはしないと判断したのである。
神が降臨したという点については、いまだに半信半疑だ。
「では、それはまた後ほど。とりあえずは、講和内容は問題ありませんか?」
「ああ。土地もそうだが、まさかこんなものまで渡してくるとはな……お前たちが講和に本気だということは、よく分かったよ」
そこに、部族陣地から本物の族長たちが、護衛の兵士を伴ってラタで到着した。
族長たちは皆が高齢だが、筋骨隆々でいかにも歴戦の猛者といった出で立ちだ。
「やれやれ、罠ではなくてホッとしたぞ。土地の割譲は確定ということでいいんだな?」
「ほれ見たことか。医者やら使用人やらを千人単位で送ってきておいて、そいつらを見殺しにしてまで罠に嵌めるはずなどないと言っただろうが」
「アロンドの言うことは、本当によく当たるな……ん? ゲルドン、それは何だ?」
族長たちは口々に言うと、固まっているゲルドンへと歩み寄った。
そして、彼が手にしているコップを見て、目を丸くする。
「お、おい! それは黒曜石のコップか!?」
「虹色に輝いているぞ……」
驚く族長たちに、身代わりとしてやって来ていた偽の族長たちがコップを渡す。
「アルカディアの神々から我らへの、信頼と友好の証だそうです」
「神々……?」
「リーゼ殿といったか。その『神』とやらに直接会わせてもらえれば、手っ取り早いのだがな」
ゲルドンが言うと、リーゼは少し困り顔になった。
「すぐに、というのは難しいですね」
「何故だ。我らと友好を結ぶというのなら、ダメだという理由はないだろう?」
「神との面会は、これから皆様と同じ時を過ごし、真の友となれた後にさせていただきます」
「いや、しかしだな……」
「また、もしも皆様が、我々の信頼を裏切るような真似をした場合には――」
リーゼが言った次の瞬間、耳をつんざくような爆発音が辺りに響き渡った。