作品タイトル不明
343話:深夜の説明会
防御陣地に籠るバルベール兵たちの視線を受けながら一良たちは進み、暗い平原で待っている集団へと向かう。
マリーとエイラはアルカディア兵たちと一緒に、部族の者たちがいる場所から400メートルほど離れた場所にあるゴミ山に向かった。
リスティルは、オルマシオールたちと一緒に城門の前で留守番だ。
「あそこに作っていただいた木箱の大きさは、指示したとおりになっていますか?」
バレッタが近くにいたアルカディア兵に小声で尋ねる。
連れて来ている兵士は、彼を含めて荷馬車を操る兵士の2人だけだ。
「はい。寸分たがわず作りました。ご指示どおり、少し隙間も空けてあります」
「分かりました。ありがとうございます」
「ここでお待ちを。こちらは大人数ですので、先に行って説明してまいります」
エイヴァーはそう言い、単騎で走り出す。
一良は暗視スコープを取り出し、目に当てた。
「お、アロンドさんがいる」
「カズラさん、私にも見せてください」
「どうぞ」
ジルコニアが暗視スコープを受け取る。
「あらあら。よくもまあ、あんなに笑顔でいられること」
ジルコニアが呆れた声を漏らす。
アロンドは駆け寄ったエイヴァーをにこやかに迎え、何やら話している。
彼の隣にいるゲルドンも笑っており、和やかな雰囲気だ。
その傍には、木材で組まれた背の高い木枠が用意されている。
吊り下げ式の大型スクリーンを設置するために、カイレンたちに設置してもらっておいたものだ。
「何を話してるのかしら。皆、機嫌がよさそう」
「ものすごく有利な条件で講和が纏まるんですから、そりゃ機嫌もいいですよ。後ろには大軍勢がいるし、今さら反故になるなんて思ってないでしょうし」
「そうかもですね……リーゼ、アロンドの隣にいる女が、族長の娘?」
ジルコニアがリーゼに暗視スコープを渡す。
リーゼはそれを目に当て、頷いた。
「はい。ウズナという人です。アロンドにメロメロって感じでした」
「なるほどね。娘が気に入ってるなら、族長もアロンドを無下にはできないものね」
「しかしまぁ、敵対勢力に身一つで飛び込んで、よくそんな芸当ができるな。超有能なんじゃねえか?」
ルグロが感心したように言う。
「悪知恵が働くだけですよ。この先何があっても、信用はしないほうがいいです」
「目的のためなら、他者を簡単に切り捨てる人なんです。覚えていてください」
「そ、そうか。でもまあ、アロンドのおかげでこうして講和のチャンスが来たのは事実だしさ。頭から嫌うってのは――」
「「それとこれとは別です!」」
ジルコニアとリーゼに同時に言われ、ルグロが「お、おう」と引き下がる。
余計なことを言うとややこしくなりそうなので、一良は黙っていた。
すると、エイヴァーが振り返ってこちらに手を振った。
こっちに来い、ということのようだ。
カイレンが、「よし」と手綱を握り直す。
「行きましょう。くれぐれも、誤解を招くような行動はしないよう注意してください。ラース、分かったな?」
「わーってるよ。何も言わねえから、心配すんな」
皆で、エイヴァーたちの下へと向かう。
彼らから10メートルほど手前で、ラタから降りた。
「ずいぶんと連れて来たな。アルカディアの司令官は誰だ?」
立派な髭を蓄えた初老の男が、一良たちに目を向ける。
アロンドが仕えている族長、ゲルドンだ。
ルグロが、一歩前に出る。
「アルカディア王国王太子、ルグロ・アルカディアンだ。総司令官は俺ってことになってる」
「ほう。王太子自ら来るとは、驚いたな」
ゲルドンが、傍らにいるアロンドをちらりと見る。
「ご本人です。間違いありません」
「そうか。何とも豪胆な男じゃないか」
がはは、とゲルドンが笑う。
かなり無礼な態度にエイヴァーたちの表情に緊張が走ったが、ルグロは気にした様子はない。
「そりゃあ、お互い様だろ。そちらさんだって、族長を全員連れて来てくれたんだろ?」
「ああ、そのとおりだ。講和締結と一緒に、目玉が飛び出るようなものを見せてくれるって話だからな」
「おう。驚きすぎて、心臓が口から飛び出るかもしれねえな。バレッタ、リーゼ殿、準備をしてくれ」
「「かしこまりました」」
「リーゼ様、お手伝いいたします」
「私にも手伝わせてください!」
バレッタたちに続き、ティティス、フィレクシアが、荷馬車に向かう。
フィレクシアは機器に興味津々なようで、あれこれとバレッタに質問をし始めた。
それを止めようと声をかけようとしたカイレンに、一良が「いいんですよ」と声をかけている。
「ところで、あそこにいるのはウリボウか?」
ゲルドンが城門へと目を向ける。
「神様だよ。戦の神、オルマシオール様だ」
ルグロが答えると、ゲルドンが渋い顔になった。
「執政官たちから聞いてはいたが、そんなみえみえの嘘はやめてくれ。我らを脅すつもりだとしても、小賢しいにも程があるぞ」
「んなこと言っても、本物だからなぁ」
ルグロが困り顔で頭を掻く。
それを見て、アロンドの隣にいたウズナの表情が険しくなった。
「あんたたち、まさかとは思うけど、ここまできてバカなこと考えてるんじゃないだろうね? もしそうなら、後悔することになるよ」
「考えてねえって。俺らが心配してるのは、おたくらの背後から迫ってる連中のことだしさ」
ルグロが真剣な顔で言う。
「こんな大軍勢を持ってるあんたたちが圧倒されるような相手が迫ってるってのに、ごちゃごちゃ戦ってる場合じゃないだろ? それに、俺たち同盟国はあんたらに恨みなんてないしさ。ハナからいがみ合うような真似、したくないに決まってるだろ」
「ああ、その通りだ。過去の遺恨は忘れて、迫りくる脅威に対抗しなければな」
カイレンが口を挟む。
「そのための誠意は、この6日間で十分見せたつもりだ。食料、物資、医薬品、それに野戦病院の提供まで、無制限で続けてるんだぞ。徹底抗戦するってんなら、こんな真似をするはずがないだろう?」
「……ああ。そうだね。失礼なことを言って、悪かった」
ウズナが頷く。
当然だが、まだ不信感は拭えないようだ。
「ウズナさんは心配性だね。大丈夫、この場にルグロ殿下が来てくださっていることが、何よりの証だよ」
「……うん、わかった。ごめんね」
しおらしく頷くウズナ。
アロンドがその頭をわしわしと撫でると、「こら!」と顔を赤くして手を振り払った。
それを見て豪快に笑うゲルドンに、ウズナが「何笑ってるんだよ!」と怒る。
「……本当にたらしこんでますね」
「仲良さそうですね……」
小声で言うジルコニアに、一良が頷く。
ウズナはアロンドを信頼しきっているように、一良たちには見えた。
ゲルドンも公認のようであり、いったいどうやったらそこまでの信頼を得られるのかと内心首を傾げる。
すると、視線に気づいたアロンドが、2人に笑顔を向けた。
「ジルコニア様、カズラ様、お久しぶりでございます!」
「お久しぶりです。今まで、大変でしたね。ご苦労様でした」
黙って睨みつけているジルコニアに代わり、一良が笑顔を向ける。
「いえいえ、そんな! こうして再びお会いできたのも、カズラ様のご尽力の――」
言いながら、感極まったといった表情でアロンドが一良の手を取ろうと歩み寄る。
すかさず、ハベルとジルコニアが一良の前に出た。
「それ以上、近寄らないで」
「兄上、止まってください」
2人に睨みつけられ、アロンドが困り顔になる。
「そんな、ジルコニア様。警戒しないでください。何もしやしませんから」
「どうだか。ハベル、アロンドが武器を持ってないか調べて」
「はっ。兄上、両手を挙げてください」
ハベルがアロンドに歩み寄る。
アロンドは素直に従い、両手を上げた。
ハベルがアロンドの首元から順に、身体検査を始める。
「アロンドさん、よく無事でいてくれました。アロンドさんのおかげで、この戦争も終わらせられそうですね」
にこやかな笑みで言う一良に、アロンドが嬉しそうに微笑む。
「もったいないお言葉、ありがとうございます。その節は、突然姿を……こ、こら! どこを触ってるんだ!?」
ベルトを外してズボンに手を突っ込んだハベルに、アロンドが仰天する。
ハベルは顔をしかめながら、ため息をついた。
「触りたくて触ってるわけじゃないですよ。動かないでください」
「そんなところに何かを隠すわけないだろ! ちょ、や、やめろって! 揉むんじゃない!」
「陰部の検査は基本ですよ。ジルコニア様とリーゼ様の前でなかったら、全裸にしているところです」
「ハベル、私たちのことはいいから、全部脱がせて徹底的に調べていいわよ?」
ジルコニアがニヤニヤしながら言う。
リーゼはスクリーンを運びながらその様子を横目で見て、「うわあ」と小さく声を漏らした。
ゲルドンは爆笑しており、他の族長たちも「脱がせ脱がせ」と、はやし立てて笑っている。
仲間が疑われているというのに、気にしている様子は皆無だ。
「それくらいにしなよ! 何も持ってやしないんだから!」
それを見ていたウズナが駆け寄り、ハベルに怒鳴る。
さすがに手を出すのはまずいと思っているのか、2歩ほど離れた場所で足を止めていた。
「私たちは、講和を結びに来たんだよ! 土地も食べ物も貰えて、病人まで治してもらえるってのに、自分たちからふいにするわけがないだろ!?」
「あなたがウズナさんかしら?」
ジルコニアに聞かれ、ウズナが頷く。
「ああ、そうだよ……おい! やめろって!」
「ジルコニア様、凶器は見つかりませんでした」
「そ。ご苦労様」
ハベルがアロンドから離れる。
アロンドは顔を赤くして、ベルトを締めた。
表情を取り直し、再び頭を下げる。
「父の反逆の件、家を代表してお詫び申し上げます。大恩のあるイステール家を裏切り、長年にわたりバルベールに情報を渡していたこと、知らなかったとはいえ、止めることができずに申し訳ございませんでした」
「ノールさんの件は、本当に残念でした。しかも、アロンドさんまで消えてしまったので、てっきり寝返ったとばかり思っていましたよ」
「はい。私も、あえてそう勘ぐられるように動いたので……」
そう言うと、アロンドはバレッタに目を向けた。
ノートパソコンを業務用プロジェクタに接続しているところだ。
「ところで、説明をすると聞いてはいるのですが、いったい何を準備しているのですか?」
「皆さんに見てもらいたいものがあって。講和後に、いったいどんな生活になるのかというのを、目で見てもらいたいんです」
「目で、とは? 説明書きがされた書類で、ということでしょうか?」
「ああ、それもありますね。これなんですけど」
一良が荷馬車に向かい、A3サイズの紙束を取って来る。
写真が張り付けられた宣伝チラシだ。
「カズラさん、私が渡します」
「あ、はい」
アロンドに歩み寄ろうとする一良をジルコニアが止め、チラシを受け取る。
彼のことを、まったく信用していないようだ。
「はい。皆に1枚ずつ配ってね」
「承知しま……え?」
チラシに目を落としたアロンドが固まる。
何を驚いているのかと、その両脇からウズナとゲルドンもチラシを覗き込んだ。
一良は、カイレンや議員たちにチラシを配る。
「……何だこれ? 絵が描いてあるの?」
「絵にしてはずいぶんと……ええい、暗くてよく見えんぞ」
「あら、ごめんなさい。これでどうかしら?」
ジルコニアがポケットからペンライトを取り出し、スイッチを入れた。
「うわ!?」
「うおっ!?」
突然の眩い光に、ウズナとゲルドンが驚いて仰け反る。
彼らの後ろにいた族長たちからも、驚きの声が上がった。
「ジ、ジルコニア様。それはいったい?」
アロンドが額に汗を浮かべて、ジルコニアの持つペンライトを見る。
ジルコニアはチラシを照らしながら、ニヤリと笑った。
「神様の道具よ。光の精霊の力が、この中に入ってるの」
「光の精霊……?」
「カズラ、準備できたよ」
吊り下げ式の大型スクリーンの設置を終え、リーゼが一良に駆け寄る。
リーゼはイヤホンマイクを付けている。
バレッタもノートパソコンの用意を済ませ、頷いた。
「ご苦労さん。それじゃあ、始めるか」
一良がレーザーポインターを取り出し、スクリーンの横に移動する。
「皆さん、その場に座って、こちらにご注目を。バレッタさん、始めてください」
「はい」
カイレンや議員たちが、地面に腰を下ろす。
ゲルドンたちも、困惑しながらも腰を下ろした。
バレッタがポータブル電源を起動し、簡易テーブルに置かれた業務用プロジェクタに手を伸ばした。