作品タイトル不明
342話:バーラルでの夜
深夜。
夜通し走り続けた一行は、バルベール首都のバーラルへと到着した。
首都を囲む長大な防壁の前では、バルベールのアルカディア攻略軍が、クタクタといった様子で地面に座り込んでいる。
エンジン音を響かせながら一良たちが近づくと、先にやって来ていたアルカディア騎兵たちが駆け寄って来た。
その数、1000人以上はいるだろう。
座り込んでいる兵士たちの視線が、一良たちに集まった。
一良たちは彼らから少し離れた場所で停車した。
オルマシオールとティタニア、数十のウリボウたちは、ラタを怯えさせないようにと離れた場所に移動した。
「うお、すげえ数だな。ムディアにいた奴ら、こんなにいたんだっけか」
ルグロが一良のバイクの隣に自身のバイクを停め、バルベール兵たちを眺める。
ちなみに、トラックはリーゼが運転している。
運転のしすぎでお尻が裂けそう、とのことで、トラックを希望したのだ。
「ほんと、すごい数だよね。でも、向こうにもかなりの人数が残ってるんでしょ?」
「ああ。怪我人だらけだからな。あの時の無駄な戦闘のせいで死にかけてる奴が、5、6百人はいたらしい。けど、カズラのくれた薬を使ったら8割方助かったって話だぞ」
カイレンの命令を無視してムディアからの逃亡を図ったバルベール軍は、アルカディア軍からカノン砲、スコーピオン、カタパルトの乱れ打ちを食らい、かなりの犠牲を出した。
完全に不要な戦闘であり、ルグロとしてはやりきれない思いだったのだ。
「あとちょっとで、皆が故郷に帰れたってのにさ。あれさえなけりゃなぁ」
「最後の最後に、あんなことになるとはね……」
しんみりと話をしているうちに、アルカディア騎兵たちが傍にやって来た。
1騎がナルソンの乗っているサイドカーに近寄り、ラタから降りる。
「ナルソン様、お待ちしておりました」
「うむ。このバルベール兵たちは、今着いたところか?」
「つい先ほど。最低限の休憩しか取らずに移動してきたようで、全員疲れ切っています。街に入るのもおぼつかないようです。落伍者もかなり出たようです」
「まあ、あの距離をこの日数で、しかも徒歩ではそうなるだろうな」
「カズラ様!」
すると、座り込んでいる兵士たちの間を縫って、フィレクシアを後ろに乗せたカイレンがラタで駆け寄って来た。
その後から、ティティス、ラッカ、ラース、さらにはお付きの騎兵たちも付いてきている。
「遠路、お疲れ様でした。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
カイレンたちがラタを降り、一良に深々と腰を折る。
ラッカも同じように腰を折り、棒立ちしているラースの背中を引っ叩いて腰を折らせた。
全員武器は持っておらず、丸腰のようだ。
「出迎えありがとうございます。用意はできていますか?」
「はい。北門の外に、部族の主だった者たちに集まるように伝えてあります。参りましょう」
カイレンは騎兵に指示を出し、座り込んでいる兵士たちに道を空けさせた。
「食事はお済みですか? 必要なら、何か用意させますが」
「食べながら来たんで、大丈夫です。太陽が昇る前に説明会を済ませないとですし、早く行きましょう」
「承知しました。では、参りましょう」
「カイレン執政官」
すると、ラタに飛び乗ったカイレンにバレッタが声をかけた。
「くれぐれも、私たちの誰かが怪我などをしないよう、よろしくお願いしますね」
「警備は万全だ。街中に外出禁止令も出している。そんなに警戒しないでくれ」
カイレンが困り顔でバレッタに言う。
そんな彼に、バレッタはにこりと微笑んだ。
「はい。もし私たちに何かあったら、この街は火の海ですもんね」
バレッタの一言に、カイレンの周囲にいるバルベール兵たちの顔が強張った。
どうやら、彼らも説明を受けているようだ。
「ああ。あと一歩で平和が訪れるんだ。この命に替えても、貴君らの身の安全は守らせてもらう」
「それを聞いて安心しました。カズラさん、行きましょう」
「え、ええ」
一良がエンジンをかけ、ゆっくりと進み始める。
オルマシオールが先頭を、ティタニアが最後尾を、それぞれウリボウたちを伴って、少し距離を離して進み出した。
アルカディア騎兵たちは一良たちを守るようなかたちで、びっしりと両脇を埋め尽くす。
「ん? ラースさん、手はもう大丈夫なんですか?」
カイレンと並んで先を進むラースが両手で手綱を握っていることに気付き、一良が声をかける。
「……ああ。腫れも引いたし、痛みもない。骨もくっついたみたいだ」
ラースが前を向いたまま、無感動に答える。
その態度を無礼と思ったのか、その隣のラッカが焦り顔で口を開いた。
「頂戴した秘薬を飲み始めてから、あれよあれよという間に治ってしまいまして。さすがは神の秘薬だと、皆で驚いていたんです」
「まったく、とんでもねえ薬だよ。いくら負傷兵を出させても数日で治っちまうってんじゃ、数で押してたって勝てるわけがねえな」
ラースにはリポDを何本か渡してあり、一日1本飲むように伝えてある。
数的に身体能力は強化されないが、怪我の治癒はするだろうという見込みだったのだが、上手くいったようだ。
「兄上! 口の利きかたに気を付けろとあれほど――」
「あ、いいですって。無理して敬うような真似しないで、自然体でいきましょう」
「寛大なお言葉、誠に恐縮でございます……」
ラースに代わってペコペコと頭を下げるラッカ。
ラースはつまらなそうな顔で、手綱を握り続けている。
「それはそうと、部族の人たちの様子はどうですか? 攻めてくる気配はないんですよね?」
「はい。これでもかというくらい物資を提供して機嫌を取っていますので。正直なところ、カズラ様が期限どおりに到着してくださって助かりました」
「というと?」
「連中、どんどん数を増しているんです。すでに40万人以上が集まっているかと」
「よ、40万人?」
途方もない数字に、一良が唖然とした声を漏らす。
バルベール軍が砦に差し向けた攻略軍もすさまじい数だったが、それでも兵士の数は7万人程度だった。
その6倍もの人数となると、どのような光景が広がっているのか想像もつかない。
「奴らの機嫌を取るために食料や酒を提供してはいますが、量が尋常ではありません。北の農地は放置状態ですし、市民も不安がっています」
「ええ。早急に、彼らには割譲地域に移住してもらいましょう。そのための資材は、用意できているんですよね?」
「食料だけはできております。新たに街を作ることになりますから、住宅用の建材の大半は現地調達になりますね」
「すべてを一気には無理ですから、人数を分けて順番に移住がいいと思いますよ」
一良の隣を進むバレッタが、口を挟む。
「あと、焦土作戦で街を失ってしまった人たちは、部族の人たちとは離れた土地に移住させたほうがいいと思います。二度と顔を合わすことがないくらいの場所に」
「故郷を追い出されたようなものですもんね……なかには、家族や友人を殺された人もいるでしょうし」
バレッタと一良の意見に、カイレンが頷く。
「はい。議員たちからも、同じ意見が出ております。我が国も南部に新たに街を作って、逃げて来た市民たちはそこに移住させることになっています」
そんな話をしながら、一行は城門をくぐる。
街はしんと静まり返っており、大通りの両脇には松明を持ったバルベール兵が点々と配置されていた。
皆、一良たちの乗るバイクやトラックを見て驚いた顔をしているが、口は閉ざしたままだ。
一切の無駄口を叩くなと、元老院から命令が出ているためだ。
「……すごい街並みだ」
「イステリアとは、比べ物にならないですね……背の高い建物が、すごく多いです」
月明かりに照らされた大通りを進みながら、一良とバレッタが家々に目を向ける。
視界に入る建造物の大半は石造りで、どれも立派でみすぼらしいものは1つもない。
背の高い建物が多く、4階建ての建物が特に多い。
「大きな建物は集合住宅なのです。バーラルの人口はどんどん増えているので、こういった建物がたくさん必要なのですよ」
カイレンの後ろに乗っているフィレクシアが振り返る。
「どこもかしこも人口過密で、生活するだけでも大変なんです。特に、水の確保と排水が問題になっています。衛生状態が悪くて大変なのです」
「そうなんですか。整備が行き届いているってわけじゃないんですね」
「はい。人が増えすぎて、どうにもこうにもなのです。その辺りも、後でお手伝いしてもらえると助かるのですよ」
「フィレクシア、今はそういう話はやめろ。俺たちは、あれこれ頼める立場じゃないんだぞ」
カイレンが少し振り返り、フィレクシアを窘める。
フィレクシアは不満顔になった。
「でも、これからは私たちと同盟国は協力関係になるじゃないですか」
「それは形式上の話だ。実質、俺たちは無条件降伏したんだからな」
「それはそうですけど……」
「まあ、手伝えそうなところは手伝いますから。追々、話し合いましょう」
一良が助け舟を出すと、フィレクシアは嬉しそうに頷いた。
「はい! それと、後でリーゼ様が乗っている乗り物を見せて――」
「こら! いった傍から!」
「ひっ! ご、ごめんなさいです」
カイレンに叱られ、フィレクシアが肩をすぼめる。
そうしてしばらく通りを進み、一行は 北の城門前に到着した。
軍団長と元老院議員たち、そしてエイヴァー執政官が一良たちを出迎え、深々と腰を折る。
全員で200人以上はいるようで、皆が丸腰だ。
「遠路、お疲れ様です。お待ちしておりました」
頭を上げたエイヴァーが、にこやかな笑みを一良に向ける。
「お久しぶりです。部族の人たちは、約束どおり来ていますか?」
「はい。互いの陣の間に設けた会場に。まずは首脳陣に説明をし、承諾が得られたのちに他の者たちにもということになっております」
「分かりました。荷物、積み替えちゃいますね」
一良が指示し、アルカディア兵が用意されていた荷馬車にトラックやバイクに載せていた荷物を積み込む。
バイクなどのエンジン音で、部族の者たちを驚かせないためだ。
エイヴァーは城門を開けるように、兵士に指示を出した。
城門の扉は重厚な板の上から鉄板が張られたもので、高さは5メートルはある巨大なものだ。
バルベール兵たちが声を掛け合いながらロープを引っ張り、釣り下げ式のそれを上げていく。
「今日が過ぎれば、お互いゆっくり休めるようになるでしょう。国の存亡に頭を悩ませるのは、しばらくはしなくて済みそうですね」
上がっていく門を眺めながら、エイヴァーが言う。
「はい。これからは互いに協力して、共に発展していきましょう。殺し合いなんて、もうこりごりです」
「そうですね……今後は民の幸せを一番に考えて、治政を行っていきたいものです。そのための舵取り、どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、その通りだ。こっちの貴族も、おたくらの元老院もさ、これからはちょくちょくお互いの街を行き来して、仲良くやろうぜ?」
一良の隣に来たルグロが話に交ざる。
「んで、皆で仲のいい友達になるんだ。そうすりゃ、戦争しようなんて考えなくなるだろうからさ」
「はは、それはいいですね。皆が、ルグロ殿下のような考えでいてくださればよいのですが」
「大丈夫だって。反対する奴がいたら、俺がどやしつけてやる。それに、カズラが号令を出してくれりゃ、絶対に大丈夫だ。な、カズラ?」
ルグロが一良の肩を、ぽん、と叩く。
その時、ようやく城門が視線の高さまで上がり、外の光景が見えた。
城門の外には広大な防御陣地が作られており、幾重にもわたって馬房柵と掘りが作られていた。
大勢のバルベール兵が配置についていて、全員が座り込んでこちらに目を向けている。
一良たちが外に行く邪魔にならないよう、城門の正面の陣地は撤去されて道が整備されていた。
「す、すごい数ですね……」
道の先に広がる光景に、バレッタが唸る。
1キロメートル以上先の暗い平原に、部族軍の大集団が居座っていた。
深夜ということもあり、所々に見張りの松明の明かりが見えるが、ほとんどの者は眠っているようだ。
露天で横になっている者が大勢おり、それは遠目に見える森の中にまで続いている。
馬房柵や防塁といったものはなく、彼らはただそこにいるといった様子だ。
木で作った掘立小屋がぽつぽつ見られ、バルベールから提供されたとみられる天幕もかなりの数があった。
集団の少し手前には数百にもおよぶ数の天幕が等間隔で横一列に置かれている。
それらは野戦病院で、部族軍の病人や怪我人が大勢治療を受けているのだ。
そこから3、400メートルほど先に、十数人の人影があった。
「でしょう? あの集団がここに攻めかかってきたらと思うと、生きた心地がしませんでしたよ」
エイヴァーはバレッタにそう言うと、行きましょう、と皆をうながす。
一良たちは頷き、用意されていたラタに飛び乗った。