作品タイトル不明
341話:ヘヴン状態
砦から数時間走り、夕方近くになって一良たちはムディアへと到着した。
街では未だに外出禁止令が出されているが、それは夕方以降のみに切り替えられている。
徐々にではあるが、市民たちは日常を取り戻しつつあった。
現状、街を管理しているのはクレイラッツ軍だ。
バルベールの守備隊から管理方法の引継ぎを行っており、すべての業務がクレイラッツ軍に移行されることになっている。
「おっす! お疲れさん!」
「カズラ殿、長旅お疲れ様でした」
城門の外で待っていたルグロとナルソンが、先頭でトラックを運転している一良を出迎える。
残していったバイクと護衛の兵士たちもおり、出立準備が整っている様子だ。
彼の背後にはアイザックもおり、一良に深々と頭を下げた。
マリーと彼女の母親のリスティル、バリンをはじめとしたグリセア村の者たちもいる。
ティタニアとウリボウたちも、ちょこんとお座りして一良たちを見ていた。
「ルグロもお疲れ。ナルソンさん、お久しぶりです。部族の様子はどうですか?」
「何とか抑えられている状態です。今のところ、攻めかかって来る気配はないとのことです」
やれやれ、といった様子でナルソンが答える。
「食料をたくさんあげて、野戦病院も作ってあげたんでしたっけ?」
「はい。他にも、衣料品や酒、簡易住宅用の資材も無償提供しております。バルベール北部地域の割譲に関する合意書も、カイレン将軍が渡したとのことです」
「へえ、そこまで話が進んだんですか。すんなりいってよかったですね!」
一良が言うと、ルグロが少し渋い顔になった。
「いや、順調ってわけでもなかったんだぜ? あっちの穏健派の族長が暗殺されそうになったって話でさ」
物騒な単語に、一良が驚いた顔になる。
「暗殺? それって、アロンドさんが仕えてるっていう族長が殺されかけたってこと?」
「らしいぜ。やっぱ、首都を落としてバルベールを丸ごと手に入れようっていう奴らは結構いたらしくてさ。まあ、未遂で済んだからよかったけどよ」
一良が留守にしている間、バルベールの急激な譲歩に不信感を抱いている部族と、話に乗って講和を結ぶべきと考える部族とでかなり揉めていた。
下手をすればなし崩し的に戦闘再開の可能性もあったのだが、事態はどうにか上手く転がったようである。
「まあ、詳しくはあっちでカイレン将軍から聞こうや。部族連中の説得準備はできたんだろ?」
「うん。ばっちり用意してきたよ。ほら、これが配布用の資料」
一良が運転席に置いてあるバッグから、A3サイズのチラシを取り出してルグロとナルソンに渡す。
いくつもの写真が載っているそれを見て、ルグロは目を丸くした。
「うお!? こ、こりゃすげえな……」
「上映する動画はもっとすごいから、期待しててよ」
「そうなのか……はあ、やっぱ神様ってのはすげえな。見た目は俺らとまるっきり同じなのにな」
「ま、まあそうだね」
「それはそうと、このトラック、ちょっと見せてもらっていいか? 気になっちまってさ」
「うん、いいよ。後で運転する?」
「したい! させてくれ!」
ルグロが、ぱっと表情を輝かせる。
バイクもそうだが、こういった乗り物は大好きなのだ。
「バレッタさん、ルグロにトラックの説明をしてあげてください」
「はい」
ルグロをバレッタに任せ、一良はアイザックへと歩み寄った。
「アイザックさん、久しぶりですね! 元気そうでよかったです!」
一良が両手で彼の手を握る。
「カズラ様もお元気そうで。我が国のために度重なるご尽力、本当にありがとうございます」
「いやいやそんな。こっちこそ、いろいろと大変なことばっかり任せちゃって、すみませんでした。怪我とかしてませんか?」
「このとおり、五体満足で帰ってこられました。すべてはカズラ様のおかげです。ありがとうございます!」
「よかった……イクシオスさんとも会えましたか?」
「はい、帰還報告の時に会ったきりですが」
「えっ、そうなんですか? すごく心配してたと思うんですけど」
怪訝そうに一良が言うと、アイザックは苦笑した。
「叔父のマクレガーからも、そう聞いております。まあ、父はそういう性格ですので」
「ああ、確かに……イクシオスさんは今どこにいるか分かります? お土産を渡したいんですが」
「すぐに来ると思いますが……もう出発するようならば、私が預かりますが」
「おっ、そうですか。ジルコニアさん、バイクを」
「はーい」
一良が呼びかけると、スポーツタイプのバイクに跨っていたジルコニアが、アイザックの前にまで進んで来た。
アイザックが驚いた顔で、目をぱちくりさせる。
「えっ。もしかして、このバイクを、ですか?」
「ええ。イクシオスさん、バイクが大好きじゃないですか。だから、喜んでもらえるかなって」
「きっと大喜びするかと。カズラ様たちが出立してからというもの、暇さえあればバイクに乗ったり眺めたりして過ごしていると聞いていますので」
「そっかそっか。アイザックさんは、俺たちと一緒にバーラルに行くんですか?」
「はい、護衛として同行させていただきます」
「なら、あっちでお土産渡しますね。いい酒を持ってきたんで、一緒に飲みましょう」
「はい! ありがとうございます!」
「さ、酒……」
聞こえてきた酒という単語に反応し、バレッタと話していたバリンが物欲しそうな顔でつぶやく。
「お父さんの分も、ちゃんとあるから。そのサイドカーに載ってる箱のやつ、カズラさんが皆で飲んでって」
バレッタが自分の乗ってきたバイクのサイドカーを指差す。
バリンは小走りでサイドカーに向かうとダンボール箱のフタを開け、みっちりと収まっている洋酒の箱を見て、にへら、と表情を崩した。
傍にいた他の村人たちも集まってきて、やったやったと大喜びだ。
その様子を一良は微笑ましげに見ながら、ナルソンへと顔を向けた。
「そういえば、プロティアとエルタイルの軍はまだ着いてないんですか?」
「まだです。距離がかなりありますし、到着はしばらく後になるかと」
「なるほど……彼らは、我々がバルベールと講和を結んだってことはまだ知らないんですっけ?」
「はい、まだ伝えておりません。一応伝令は出しましたが」
「ということは、彼らとバルベール軍がどこかで衝突する可能性があるってことですか」
「そうなります。バルベールも各地の軍に停戦命令を伝えきれていませんので」
現在、ここムディアに向けてプロティアとエルタイルが軍を向かわせている。
だが、本国に残っている軍勢を使って、バルベールに攻撃を仕掛けないとも限らない。
「バイクを使って各地に伝令をとも考えましたが、まあ、そこまでする義理もありませんからな」
それに、とナルソンが続ける。
「とはいえ、彼らとて自分の目で戦況を見たわけではないので、単独で攻撃は行わないでしょう。それほどの気概があれば、砦への攻撃を知った時点で参戦しているはずですので」
「あー、確かに。まあ、放っておいていいですかね」
「それでよいかと」
そんな話をしていると、城門のほうからラタの蹄の音が近づいて来た。
イクシオスとカーネリアン、その後ろには、バルベールの老兵もいる。
「カズラ様!」
カーネリアンがラタから飛び降り、一良に駆け寄る。
そして、何とも朗らかな笑顔で両手を差し出し、一良の手を握った。
一良がグレイシオールであるということは、ナルソンから伝えられて彼も承知済みだ。
「お久しぶりでございます。今までのご支援の数々、改めて礼を言わせてください」
「いえいえ。こちらこそ、ずっと正体を隠していてすみませんでした」
「とんでもございません。状況を考えれば、当然のことです」
カーネリアンはそう言うと、後ろでラタを降りている老兵に目を向けた。
「彼は、今までムディアで守備隊司令官を務めていたセブという者です。セブ殿、カズラ様にご挨拶を」
老兵が慌てて、一良に駆け寄る。
「セ、セブと申します! この度は格別のご配慮を賜り、グレイシオール様には感謝しきりでして!」
彼も、ナルソンから一良の正体については聞かされている。
正直なところ、彼は一良が本当にグレイシオールなのか疑ってはいたのだが、そんなことはおくびにも出していない。
長いものには巻かれるのが一番、というのが彼の生きかたなのだ。
「初めまして。私のことは、カズラと呼んでいただけると」
「ははっ! 承知いたしました!」
セブがしゃちほこばって敬礼をする。
「まあ、いろいろありましたけど、これからは仲間同士です。セブさんの身分や財産は保障しますから、これからも協力をお願いしますね」
「ありがとうございます! 粉骨砕身、励ませていただきます!」
「それじゃ、ナルソンさん。そろそろ出発しましょうか」
「かしこまりました。イクシオス、カーネリアン殿とともに、後のことは……こらこら、それは後にしないか」
ナルソンがイクシオスに目を向けると、彼は早速スポーツバイクに跨って、リーゼから説明を受けていた。
話の邪魔にならないようにとリーゼが気を利かせ、イクシオスに応対してくれていたのだ。
「イクシオス様、父が呼んでいますよ」
リーゼに言われ、少年のような目でハンドルを握っていたイクシオスが、ナルソンに顔を向ける。
「ん? すみません、聞き取れませんでした。もう一度願います」
「はあ……後のことは任せると言ったのだ。それと、バイク遊びはほどほどにしておくように」
「心得ております。ご安心を」
「まったく……お前、ここ最近で性格が変わったんじゃないか?」
「はあ、そうでしょうか?」
呆れ顔のナルソンにイクシオスはとぼけた調子で答えると、再びバイクに目を戻した。
「父上、カズラ様にお礼を」
アイザックがイクシオスに囁く。
「何という美しい造形……ん? 何だって?」
「カズラ様にお礼を言わないと」
「あっ、そうだった! カズラ様、ありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして。たくさん乗り回してやってください」
ぺこりと頭を下げるイクシオスに、カズラが笑って答える。
イクシオスは「はい」と返事をすると、すぐにバイクに目を戻した。
興奮しすぎてそれどころではない様子だ。
アイザックは父親の態度に、げんなりした顔で頭を押さえている。
「それじゃ、行くとしますか」
それぞれがバイクに乗り、エンジンをかける。
マリーとリスティルも同行するようで、それぞれ別のバイクのサイドカーに向かった。
一良がトラックの運転席に乗り込もうとしていると、ティタニアがトコトコと小走りでやって来た。
ウルウルと涙をにじませた瞳で、一良を見つめる。
「お土産は?」と顔に書いてあった。
「あっ、ティタニアさん。ちゃんとお土産ありますから。後で、オルマシオールさんと一緒にと思ってたんですけど……」
一良がトラックの荷台に走り、ビニール袋を漁る。
その中から、「犬用ちゅるる 120本パック」と大きく書かれたプラスチックの丸い箱を取り出した。
フタを開けてチューブ式のそれを1本取り出し、口を切る。
「犬用なんですけど、どうですかね?」
怪訝そうな顔をしているティタニアの前にそれを差し出すと、一瞬彼女の動きが止まった。
次の瞬間、彼女の口から、だばあ、とよだれがあふれ出した。
「わんわんわんわん!?」
「うおお!? ど、どうぞ」
目を見開いてよだれを散らしながら吠え出したティタニアの口に、ちゅるるを差し込んで中身を押し出す。
彼女はくちゃくちゃと音を立てて咀嚼した直後、その表情が、あへえ、ととろけた。
ヘヴン状態である。
「おお、すごい効き目だ。犬用でいいんだな」
「カ、カズラさん、それ何なんですか? 麻薬とかじゃないですよね?」
「ティタニア様、目がイッちゃってるんだけど……」
その様子を見ていたバレッタとリーゼが、心配そうに言う。
ティタニアはあまりの美味しさに衝撃を受けたのか、ピクピクと体を震わせながら舌を垂らしてアヘ顔になっている。
「麻薬じゃないですって。日本で大流行してるペット用のおやつで、ティタニアさんたちも食べられるかなって思って大量購入してきたんです」
「おやつですか……そんなに美味しいんだ」
「カズラ、私にも1本ちょうだい!」
「別にいいけど、これは犬用だから人の口には合うかどうか……ん?」
一良がそう言って箱に手を入れると、いつの間にか周囲にウリボウたちが集まって来ていた。
オルマシオールもおり、鼻をひくつかせながら、ちゅるるを持つ一良の手をガン見している。
ティタニアも正気に戻ったのか、目を血走らせて一良に「もっと寄こせ」という視線を送っている。
「じゃ、じゃあ、皆に1本ずつあげますから。マリーさんたちも、手伝ってもらえます?」
「か、かしこまりました」
そうして、皆でウリボウたちに1本ずつ、ちゅるるを与えてから出発の運びとなった。
セブとカーネリアンは謎の展開に困惑しながらもそれを手伝い、どれだけ美味しいのだろう、とちゅるるを一気に口に入れたバレッタとリーゼはその場で吐いていた。