作品タイトル不明
340話:新車
ジルコニアが外に出ると、一良とリーゼが超小型軽トラックの荷台に積んだ荷物の山に縄を括りつけていた。
荷物にはブルーシートが掛けられていて、それを縄で上から押さえつけるようなかたちだ。
すぐ傍では、オルマシオールが背中に大きな布袋を縄で縛り付けた格好で伏せをしている。
彼も荷物運びを手伝うようだ。
トラックの周囲には、元からあるバイクに加えて追加で買ってきたバイクが並んでいた。
さらに、1台だけ買ってきたスポーツタイプのバイクも、トラックの隣に置かれていた。
「カズラ、これでいいかな?」
荷台の留め具に縄を縛り付け、リーゼが顔を上げる。
一良も反対側を縛り、リーゼに顔を向けた。
「ああ、こんなもんだろ。それにしても、すごい量になっちゃったな」
「だね。でも、走ってる途中で割れたりしないかな?」
「箱には新聞紙が詰めてあるし、大丈夫だろ。まあ、荒い運転にならないように気を付けないとな」
ダンボール箱の中身は、ガラスのコップや医薬品、リポDだ。
怪我人や病人の数が未知数なので、これでもかというくらいに用意した。
特に、万能薬扱いであるリポDは街中の商店を回って在庫を買い漁ってきた。
また、ここ数日の間、イステリアから送られてきた荷馬車も使って、肥料や食料などの一部の品々は先行して輸送してある。
肥料はイステール領で使うものであり、戦後の食糧大増産に向けて使う予定だ。
「カズラさん、掃除終わりました。自動車、持ってこれたんですね!」
ジルコニアが一良に駆け寄る。
このトラックは1人乗りの超小型トラックで、正面にカバー付きの予備タイヤがくっついている。
荷台付きのRタイプという分類の物だ。
メタリックなグリーンが日の光に反射して、キラキラと輝いている。
「ええ、どうにか。通路の途中の曲がり角がギリギリでしたよ」
「何か、変わった形ですね。前からみると、顔みたいに見えます。これなんて、団子鼻みたいです」
ジルコニアがトラックの正面に立ち、団子鼻と呼んだ予備タイヤを撫でる。
確かに、ヘッドライトが目、予備タイヤが鼻、吸気口が口に見えなくもない。
「そうですね。ずんぐりというか、面白い顔に見えるかも」
「これって、運転のしかたはバイクと同じなんですか?」
「いや、だいぶ違いますよ。アクセルとブレーキは足で操作しないといけなくて、ギアっていう変速機を手元で操作するんです」
一良が運転席のドアを開ける。
どれどれ、とジルコニアが一良の元へと行くと、リーゼも寄って来て中を覗いた。
このトラックはオートマチックであり、ギアはハンドル部分に付いている。
1人乗りではあるが、運転席の左脇には荷物が置ける程度の若干のスペースが空いている。
「おー……ガラスの窓が付いてる。2人で乗るには、ちょっと狭そうですね」
「これなら、雨でも濡れないで運転できるね。冬でも寒くなさそうだけど……今の時期だと、蒸し風呂になるんじゃない?」
ジルコニアに続き、リーゼが指摘する。
「いやいや、ちゃんとエアコンが付いてるんだよ。冷暖房完備だから、夏でも冬でも大丈夫だ」
「えっ、そうなの!? すごいじゃん!」
「カズラさん、私に少し運転させてもらえませんか?」
ジルコニアが期待に満ちた目で一良を見る。
「ええ、いいですよ。まずはお手本を見せるんで、よく見ててください」
一良が運転席に乗り込み、差し込んであるキーを回す。
力強い音とともに、エンジンが起動した。
「操作は簡単です。これがギアってやつで、Pが停止で、Dに合わせると前進。Rが後進で――」
そうして運転のレクチャーをしていると、バレッタがバイクに乗ってやって来た。
その後ろからニィナたち村娘も、バイクで付いてきている。
「カズラさん、火薬兵器の積み込み終わりました。何をしてるんです?」
「あ、バレッタさん。ジルコニアさんがこれを運転してみたいっていうんで、教えてるんですよ」
「私も教えてほしいです!」
バレッタがバイクを降り、運転席に駆け寄る。
せっかくだからということで、周囲にいた村人たちも集めて運転講義をもう一度行った。
「――とまあ、こんなところです。ジルコニアさん、どうぞ。ゆっくり走ってみてくださいね」
「はい!」
一良と入れ替わりにジルコニアが運転席に乗り込み、ドアを閉めてハンドルを握る。
ギアをPからDに切り替える。
ぐぐっとアクセルを踏み込むと、トラックがゆっくりと前進を始めた。
皆が、おお、と声を漏らす。
「動いた! 動きましたよ!」
「そうそう、そんな感じです。村を一回りしてきてもいいですよ」
「行ってきます!」
ジルコニアがトラックを走らせて去って行く。
「カズラ様、このバイクは?」
真新しいメタリックグリーンの1人乗りバイクに、エイラが歩み寄る。
「イクシオスさんにプレゼントしようと思って買ってきたんです。格好いいでしょう?」
「はい。かたちが洗練されているというか、すごく素敵ですね。車種名は何でしょうか?」
「シノビって名前です。もしよかったら乗ってみてくれませんか?」
「えっ、よろしいのですか?」
エイラが少し嬉しそうに言う。
「ええ。せっかくだし、皆で交代しながら運転しようかなって」
「エイラ、それすごく乗り心地いいよ! 風を切って走ってるって感じがするの!」
リーゼが、見て見て、とデジカメをエイラに見せる。
その画面には、シノビに乗って走っているリーゼの動画が映っていた。
「わあ、リーゼ様、運転がお上手ですね!」
「サイドカー付きのと操作は変わらないからね。むしろ、こっちのほうが簡単に運転できたよ」
それでは、とエイラがバイクに跨り、エンジンをかける。
ゆっくりとアクセルを捻り、ジルコニアの後を追って走り出す。
リーゼはその姿を、デジカメで撮影し始めた。
「ふふ、エイラさん、すごく楽しそうです。気分転換ができて良かったです」
走って行くエイラの後姿を眺めながら、バレッタが微笑む。
「ですね。何だか、時々暗い顔をしてることがありましたし」
「あ、カズラさんも気付いてました?」
「ええ。この間、それとなく聞いてみたんですけど、『何でもない』って言われてしまって」
「そうでしたか……何か心配事でもあるのかな」
バレッタが言うと、リーゼがデジカメからちらりと一良たちに目を向けた。
「それねー。まあ、なるようになるんじゃない?」
「ん? リーゼは理由を知ってるのか?」
「何となくね。まあ、エイラだったら、何かあっても私は気にしないから。気付いても、お口チャックしておくし」
「何だそりゃ?」
「ひみつー」
意味が分からず一良とバレッタが首を傾げていると、ジルコニアとエイラが村を一回りし終え、一良たちの下に戻って来た。
トラックは一良たちの前に停車すると、ピーピー、という警告ブザーとともに、後進を始めた。
バックも試したようだ。
「おー……これ、すごく便利ですね! バイクと違って、長時間乗っていても疲れなさそうです」
ジルコニアがトラックを停車し、エンジンを切って降りる。
「それはありますね。振動もバイクに比べれば少ないし、お尻も痛くなりにくいかと」
「それに、この荷台にカノン砲を載せたら、とんでもない兵器になりますよ。絶対に敵に捕捉されないで撃ち逃げできますし」
「いや、発射の反動でトラックがぶっ壊れるんじゃないかな……エイラさん、乗り心地はどうでした?」
「すごく乗りやすかったです! これは気持ちいいですね!」
「カズラ、私もトラック運転したい!」
「カズラさん、リーゼ様の後で、私も運転したいです」
「カズラ様、私もその後でいいので、トラックを……」
「いや、遅くなっちゃうし、交代で運転しながらにしましょうよ」
わいわいと騒いでいる一良たちを、少し離れたところで待っているニィナやロズルーたちが微笑ましそうに眺めていた。
その後、一行はちょこちょこ休憩を挟みつつ、砦へと向かっていた。
今トラックを運転しているのはエイラだ。
スポーツタイプのバイクは、ジルコニアが運転している。
「いいですね、これ。すごく快適です」
エイラが楽しそうにハンドルを握りながら、バイクで並走する一良に話しかける。
トラックの窓は開いており、彼女の長い髪が風になびいていた。
「これで2人乗りできる車だったら、もっと楽しそうです」
「ですねぇ。通路がもう少し広ければよかったんですけど」
「この自動車を、こちらで改造して2人乗りにするというのはできないのですか?」
「うーん……それはちょっと厳しいかな」
「そうですか……なら、荷台部分を少し弄って、部屋のようにするというのはどうでしょう?」
「あ、それならさ、キャンピングカーをバラして持ってきて、バレッタに組み立ててもらえばいいんじゃない?」
一良の後ろをサイドカー付きのバイクで走っていたリーゼが話に交ざる。
「なるほど! バレッタ様ならできそうですね! カズラ様、どうでしょうか?」
「あー、それも面白そうですね。車体は無理でも、中身だけ持ってくればこっちで組み立てて、外枠はどうにかできるかも」
「え、ええ!? 自動車の組み立てはさすがに難しいと思いますよ?」
一良たちの話に、リーゼの隣を走っているバレッタが困り顔になる。
「大丈夫だって。バレッタならできるできる」
「ああ。きっとバレッタさんなら、ちょちょいのちょいだな」
「戦争が終わったら、それに乗って皆でお出かけしましょうよ!」
「えー……」
そんな話をしながら走るうちに、一行は砦へと到着した。
前回同様、砦の城門の前で、ロズルーの妻のターナをはじめとした村人たち、そしてルティーナと子供たちが手を振って出迎えた。
市民や兵士たちも大勢集まっており、歓声を上げている。
コルツとミュラも、ウリボウたちの背に乗って手を振っていた。
一行は速度を緩めて近づき、彼女たちの前で停車した。
「お疲れ様です! 新しい乗り物に乗ってこられたのですね!」
「大きな乗り物ですね」
「透明な黒曜石が張り付いています……すごい」
「かっこいい!」
「ピカピカしてますね!」
ルティーナ、ルルーナ、ロローナ、ロン、リーネが、トラックに駆け寄り、物珍しそうに眺める。
すると、ルティーナが思い出したかのように、そうだ、と一良に顔を向けた。
「つい先ほど、港町のラキールに向かったセイデン将軍たちから連絡があったとルグロから聞きました。無事に停戦できたそうですよ」
「おっ、そうですか。何の連絡もなかったから、てっきりとっくに解決してると思ってましたよ」
「あら、そうだったのですね。全部ご存知かと思ってました」
これには事情があり、ムディアにいるルグロとナルソンが、一良たちには知らせないでおこうと決めたからだ。
せっかく村に戻って息抜きができるというのに、余計なことを伝えて気を揉ませるのはやめておこうとなったのだ。
一良に伝えても、特に意味のない情報だからというのもあった。
毎日何度もルグロの声を聞こうと連絡してくるルティーナには、ルグロがすべて話していた。
「彼らは、セイデン将軍が人質でも取られて嘘を言わされているのでは、と考えていたみたいです。無線機を見せてカイレン将軍と話させても、邪悪な魔術か何かだと言い張って、なかなか信じてくれなかったみたいで」
「そう考えてしまっても仕方がないかもですね。あ、これ、お土産の果物とアクセサリーです。お子さんたちとどうぞ」
一良が、ブドウとホタルガラスのアクセサリーが入っている紙袋を差し出す。
「まあ! いつもありがとうございます! ほら、皆、お礼を言って」
「「「「カズラ様、ありがとうございます!」」」」
並んでぺこりと腰を折る子供たちに、一良が「どういたしまして」と笑顔を向ける。
さっそくアクセサリーを確認しようとするロンとリーネを、ルルーナとロローナが「後でにしなさい」と叱りつけていた。
一良たちがそんな話をしていると、少し離れたところでミュラと話しているロズルーに、コルツが困り顔で近寄った。
「あのさ、ロズルーさん。こいつ、トイレに行く時も付いてきて困ってるんだよ。何とか言ってやってよ」
「え? トイレって、どうしてだい?」
きょとんとするロズルーに、コルツが心底疲れた顔になる。
「おしっこしにくいだろうからって、ズボンの上げ下ろしを無理矢理手伝ってくるんだよ。この間なんて、宿舎のお風呂使わせてもらえたんだけど、一緒に入ってきて全身洗われたし」
「え、ええ? ミュラ、そういうのはユマさんたちに任せておけばいいんじゃないか?」
困惑するロズルーに、ミュラが不満顔になる。
「私がお世話するって決めたんだもん!」
「いや、そうは言うけど、何でもかんでも介助が必要ってわけじゃないだろ?」
「そうだよ。だいたいのことは自分でできるから、大丈夫なんだって」
ロズルーに続いて言うコルツに、ミュラがむくれる。
「そんなこと言って、ベルトの留め具、上手く止められなかったじゃない。お風呂だって、左手がないのにどうやって右腕を洗うの?」
「いや、でもさ……ロズルーさぁん」
コルツがロズルーに助けを求める。
ミュラはロズルーに目を向けると、「余計なことは言うな」とでも言うかのような視線を向けた。
「ま、まあ、どうせ将来は夫婦になるんだし、その予行練習ってことでいいんじゃないかな?」
「ええ!?」
驚愕するコルツに、ミュラが「そうだよ!」と同調する。
結婚することは決定済みのようだ。
「コルツ、いいじゃないか。ミュラちゃんみたいな可愛い子と結婚できるんだから」
「ミュラちゃんなら安心よね。見限られないように、大事にするのよ?」
コーネルとユマまでそれに乗っかり、ギャラリーたちも「そうだ! そうだ!」とはやし立てる。
ターナは口出しするつもりはないようで、「あらあら」と微笑むばかりだ。
「うう……カズラ様も何とか言ってよ!」
「え、ええと……あ! ガソリン入れ終わりましたか! 出発しましょう!」
「カズラ様!?」
「あとこれ、ウリボウたちへのお土産だから、おやつに食べさせてあげてね!」
一良がトラックの荷台から大きなビニール袋を4つ取り出し、その場に置く。
「そ、そうじゃなくってさ!」
「じゃあまた!」
余計な口出しをしてミュラに睨まれては困ると、一良はさっさとバイクに跨るとエンジンをかけるのだった。