作品タイトル不明
345話:釘を刺しておこう
空気がビリビリと震えるほどの轟音に皆が驚愕し、音の方向へと目を向ける。
燃え盛る木片が地上十数メートルにわたってはじけ飛び、バラバラと四方へ撒き散らされていた。
真っ赤な紅蓮の炎が数十メートルもの範囲で燃え盛り、巨大などす黒い煙が空に昇っていく。
あらかじめ用意しておいた大量の木材にガソリンをかけ、その下にはガソリンを入れた木箱を仕込んでおいたのだ。
ガソリンタンクではなく木箱にガソリンを入れたのは、バレッタが「せっかくですから、思いっきり大きな爆発を起こしましょう」、と提案したからだ。
最大効率で爆発が起こるように、空気と気化したガソリンの割合が15対1になるように計算し、巨大な木箱を用意してガソリンを入れさせたのである。
その上に大量の木材を載せ、さらにこれでもかとガソリンをかけておいたのだ。
無線で会話を聞いていたエイラたちがタイミングに合わせて火矢で点火した結果、途方もない大爆発が起こったのだった。
「このようなかたちで、街ごと吹き飛ばさせていただきます」
想像以上の爆発音にリーゼは心臓をバクバクさせながらも、涼やかな笑顔でゲルドンたちに言い放つ。
彼らだけでなく、カイレンや議員たち、そしてナルソンやルグロまでもが、そのすさまじい爆発に戦慄していた。
続けざまにリーゼは「具体的にはこのようなかたちで」、とカイレンたちにも見せた航空機による戦闘映像も再生させた。
ゲルドンたちは言葉もなく、口を半開きにしてそれを見つめる。
「カ、カズラ様。今のは、空飛ぶ乗り物を使った攻撃でしょうか?」
カイレンが小声で一良に聞く。
「いえ、今のは違います。航空機はまだこっちには持ってきていないので、地上に仕掛けたものを爆発させただけですね」
「そうでしたか……」
もしもあれを自分たちに使われていたらと思い、カイレンは冷や汗をかいた。
今見た爆発の威力はカノン砲や火炎弾どころの話ではなく、3、4個中隊が纏めて消し飛びかねないほどのものだ。
以前、動画で航空機攻撃で異種族が吹き飛ばされる映像は見ていたが、実際に目にした爆発は想像以上の迫力だった。
今までの戦いも相当手加減されていたのだと、カイレンは改めて納得した。
戦闘映像が終わり、リーゼがゲルドンたちを見やる。
「以上ですべての説明は終了となります。お疲れ様でした」
ぺこりと頭を下げ、リーゼが一良の隣に来て腰を下ろす。
入れ替わりにエイヴァーが立ち上がり、ゲルドンたちに目を向けた。
「で、では、特にご質問がなければ講和文書への調印に移りたいと思います。ゲルドン殿、よろしいですか?」
先ほどの爆発にエイヴァーはかなり動揺しているのか、声が震えている。
「う、うむ。そうしよう」
「ゲルドン、皆が……」
ウズナが自軍へと目を向ける。
先ほどの爆発で部族陣営は大騒ぎになっており、武器を手にしてこちらに駆け出す者が出始めていた。
ゲルドンが、慌てて立ち上がる。
「こりゃいかん! すぐに止めねば!」
「ゲルドン様、こちらをお使いください」
バレッタが拡声器をゲルドンに差し出す。
「ここを押しながら話すと、大きな声がでます。こんなふうに」
バレッタが「あー、あー」と声を出すと、増幅された声が拡声器から響いた。
もうわけの分からないことの連続でいちいち驚いていられないと、ゲルドンはすぐに拡声器を受け取ると口に当てた。
数十分後。
朝日の照らす平原で、各国の代表者による署名がされた講和合意書を、ルグロが読み上げていた。
合意書はまったく同じものが3部作られており、バルベール、部族軍、そして同盟国を代表してアルカディアが保有することになっていた。
クレイラッツからはすべての権限をアルカディアが委任されているが、エルタイルとプロティアには事後報告することになっている。
2カ国は今まで日和見を続けて一切の戦闘に参加していないのだから何も文句は言わせない、とナルソンは言っていた。
「――以上の内容は、本日ただ今より効力を発揮するものとする。戦争は終わりだ」
ルグロがすっきりした顔で宣言する。
お手伝い係として2人だけいるアルカディア兵が歓声を上げ、一良たちや議員たちはパチパチと拍手をした。
ほぼ主だった者たちしかこの場にはいないとはいえ、長年にわたる戦争が終結したにしては、何とも静かなものである。
「んじゃ、俺らは国に帰るわ。カイレン執政官、エイヴァー執政官。後はよろしくな」
スタスタとラタへと向かうルグロに、カイレンたちがぎょっとした顔になる。
「えっ!? そ、そんな!?」
「ルグロ殿下、お待ちください!」
エイヴァーとカイレンが、ルグロに駆け寄る。
「そんなに急いでお帰りにならなくても。何日か、ご滞在いただけませんでしょうか?」
「そうですよ。それに、戦争終結の祝賀会を催しますので、ぜひご参加ください」
「いや、早く嫁さんと子供らに会いたいんだよ。俺は帰る」
「「えぇ……」」
カイレンとエイヴァーが、そろって困り顔になる。
「ねえ、ルグロ。せめて、今日のところは泊っていこうよ。皆、徹夜明けなんだし」
「うむ……正直なところ、体力の限界ですな」
一良とナルソンが疲れた顔で言う。
「ああ、それもそうか。じゃあ、今日一日だけ泊っていこう」
ルグロが答えると、皆が一様にほっとした顔になった。
リーゼやバレッタも目の下にクマができており、眠くてたまらないのだ。
「でも、祝賀会ってのは勘弁してくれ。さすがにもう、疲れちまったよ」
「で、ですが、友好を深めるためにもぜひお願いしたく……」
「ルグロ殿下、どうかお考え直しを」
「貴国との同盟を祝すものですので、ぜひ」
エイヴァーに続き、議員たちがルグロに懇願する。
「でもなぁ。それをやるなら、クレイラッツとか、エルタイルやプロティアの連中も一緒にじゃないと角が立つぜ? 今すぐやるのは、まずいんじゃねえの?」
もっともな意見を出すルグロに、リーゼが驚いた顔になった。
意外だ、と顔に出ている。
「ルグロ殿下の仰るとおりです。祝賀会は、また別の日にしましょう」
ナルソンの意見に、エイヴァーとカイレンが、仕方がないか、といった顔で頷く。
「承知しました。では、また日を改めてということで」
カイレンがゲルドンに目を向ける。
「ゲルドン殿。そういうわけですので、本日はこれにて解散ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、分かった。こっちは勝手に大騒ぎすると思うが、気にしないでくれ」
「アロンド」
ジルコニアが、いまだに呆けた顔をしているアロンドに声をかける。
アロンドは、ビクッ、と肩を跳ねさせた。
どういうわけか、慌ててアルカディア陣営全員の顔をチラチラと見る。
一瞬、その視線が一良と交わり、アロンドはすぐにジルコニアに目を戻した。
「あなたは、こっちにいらっしゃい。いろいろと聞かせてもらいたいから」
「……承知しました」
「お、おい! そのままアロンドを返さないつもりじゃないだろうね!?」
焦り顔で言うウズナに、ジルコニアは不思議そうに小首を傾げた。
「返すも何も、元々こっちの人間なんだけど?」
「なっ、そのまま連れて帰るつもりなの!?」
「それはそうよ。コレが何も言わずに姿をくらませたせいで、しなくてもいい心配をこれでもかってくらいさせられたんだから。今までのことを、全部聞かせてもらわないとね」
「それに、相応の処分は必要ですね。我が国の機密を持ち逃げしたのですから」
ジルコニアに続いて、リーゼが真顔で言う。
「ふざけんな! アロンドのおかげで、この戦争は終わったようなものじゃないか! どうしてそんな話になるんだよ!」
「……ウズナさん。ジルコニア様たちの言うことはもっともだよ」
アロンドが疲れた顔で、静かに言う。
「俺のやったことは、到底許されることじゃない。いくら国のために命を張ったとはいえ、罰は受けなくてはならない。結果がどうとか、そういう話じゃないんだよ」
――うっわ、コイツ……本っ当にコイツは……。
アロンドの語り口に、リーゼが感心半分軽蔑半分といった顔になる。
ジルコニアたちは気付いていないようだが、リーゼはアロンドが一良をアテにしていることを直感していた。
リーゼはすぐさま、アロンドから見えないように、すっと一良の斜め後ろに下がった。
どうしたのかと振り向きかける一良の背に顔を寄せ、口を開く。
「振り向かないで聞いて。今から30秒だけ、何も言わないで」
一良は不思議に思いながらも、素直に従う。
頭の中で、1、2、と数を数える。
「で、でも!」
「分かってくれ。俺は、それだけのことをしてしまったんだ。この命をもって、償いをしなければならない」
「アロンド……そんな……」
ウズナがつらそうにうつむく。
「「「……」」」
彼ら以外誰も口を開かず、沈黙が流れる。
皆の視線はアロンドに集中しており、10秒、15秒と時間が流れる。
平静を装っていたアロンドだったが、徐々に額に汗が浮かんできた。
「……え、ええと、ウズナさん。その件についてなのですが」
きっかり30秒数え終えてから、一良が口を開く。
ばっと、アロンドが一良に顔を向けた。
「アロンドさんが法を犯すことをしたとはいえ、今回ばかりは事情が事情なので。極刑とか、そういうことにはならないようにしますから、安心してください」
「カズラ様……!」
アロンドが心底ほっとした顔で、一良を見つめる。
――そういうことか。うーん……。
リーゼの意図が分かり、一良が内心頷く。
こんなふうにアロンドは一良のことを利用しようとするんだぞ、とリーゼは教えたかったのだ。
この場にはアロンドを嫌っている者たちだらけなので、自分をアテにするのは仕方がないのでは、と一良は感じたのだが。
とりあえずは、自分はアメ役になるべきだということは理解できた。
ウズナと仲のいいアロンドに寛大な対応をすれば、部族側の心証も良くなるだろう。
ジルコニアが、やれやれとため息をつく。
「カズラさん、そういうことを軽々しく約束しないでください。アロンドのしたことは、本来ならば『石潰し刑(横長に加工した石を足の先から1つずつ載せて体を少しずつ潰していく刑罰)』になるほどのことなんですよ?」
「そうは言いますけど、アロンドさんのおかげで戦争が終わったというのは確かですし。よく話を聞いてから決めることにしましょうよ」
「そうそう、それがいいって。おい、アロンド」
ルグロがアロンドに、にっと笑う。
「これからは、お互い嘘は無しだぜ? まあ、おっかなくって嘘なんてつけなくなるだろうけどな!」
「もちろんです。金輪際、嘘はつきません」
アロンドが笑顔で頷く。
おっかなくって、のくだりの意味が分からなかったが、今はそんなことを聞ける状況ではない。
「んじゃ、解散ってことで。またな!」
ルグロがゲルドンたちににこやかに手を振り、ラタへと向かう。
そうして、その場はお開きとなったのだった。
「カズラさん、起きてください」
「んぁ……」
街なかの高級宿屋で爆睡していた一良は、肩を揺すられて目を覚ました。
まどろみつつ目を開くと、ベッドに腰掛けているバレッタと目が合った。
おはようございます、とバレッタが微笑む。
傍らには、一良の着替えが置いてあった。
「おはようございます。そろそろ夕食ですよ」
「もうそんな時間ですか。ああ、体中が痛ぇ……」
一良が身を起こし、ぐっと背伸びをする。
「ん? 何だか、外が騒がしいですね」
一良が目を擦りながら、閉じている窓へと目を向ける。
外からはざわざわと喧騒が響いており、笛や管楽器の音楽も響いていた。
バレッタが、窓へ歩み寄る。
「戦争終結の宣言が、元老院から出されたんです。それで、街中でお祝いするようにって指示が出されて」
そう言って、バレッタが両開きの窓を開く。
喧騒と音楽の音が、大きく室内に響いてきた。
「お祝いの指示?」
服を着替えながら、一良が小首を傾げる。
「はい。バルベールは実質的には敗戦ですけど、市民には『平和的な終戦』って伝えたそうですよ。土地の割譲とか賠償金については、まだ伏せられているみたいです」
「へえ。市民たちの不満を和らげるためですかね?」
「だと思います。はっきりと敗戦って言っちゃうと、大勢が反発するでしょうから」
バルベールは今後、同盟国にすさまじい額の賠償金を払うことになっている。
割譲する領土も広く、部族に対する物資の提供は何年も続くだろう。
実質的にアルカディアの属国扱いになるだろうが、公にそれを発表すると、実際に戦火を味わっていない市民たちは納得しないはずだ。
今後のことも考えて、国民に不利な情報は小出しにするつもりのようである。
「なるほどなぁ。そういえば、アロンドさんは?」
「別室で、地獄の動画を見てもらっています。リーゼ様とジルコニア様が、どうしてもやるって言って」
「はは、そうですか。アロンドさん、今頃震え上がってるんじゃないですかね?」
「たぶん。まだやってると思いますけど、行きますか?」
「うん。ついでに、俺のことも話して、少し脅しておきましょうかね」
一良が言うと、バレッタは少し意外そうな顔になった。
「どうしました?」
「その……カズラさんなら、もっと彼を庇うかなって思って」
「いやぁ、さすがにここまで皆が警戒してたらねぇ……。皆が安心できるようには、しておくべきですよね」
「はい。やっとこれで安心できます。行きましょう!」
着替え終わった一良の手を取り、バレッタは扉へと向かうのだった。