作品タイトル不明
339話:はっちゃけちゃおう
3日後の朝。
一良、バレッタ、リーゼの3人は、バリン邸で動画の編集作業を行っていた。
クーラーボックスに入れてある、ブドウをつまみながらの作業である。
宮崎は思いのほか仕事が早く、昨日の夕方に完成したアプリケーションを渡してくれた。
その時に「よければ一緒に夕食を」、と誘われたのだが、料理を買って帰るとバレッタたちに約束していたので断ってしまった。
やたらとしょぼくれた顔になってしまった宮崎だったが、手土産の高級生チョコを渡すと一転して大喜びしていた。
また、大量購入したブドウは村の各家庭にも配布済みである。
初めて食べる果物に、皆が大喜びだった。
「これ、本当にすごいね。宮崎って人、超優秀なんじゃない?」
バレッタがノートパソコンで字幕を書き込むのを見ながら、リーゼが唸る。
医療、食生活、住居などのシーンごとに動画が分けられており、そのうちの1つを見ている最中にマウスで画面下にポインタを持っていくと、他のシーンのサムネイルがスライドして、タイトル付きで表示される仕組みになっていた。
そのうえ、字幕を入れる為だけに作られた別のアプリケーションまで用意されていた。
字幕の表示時間や、それに対応して動画を一時停止する時間の指定もできる仕様になっていて、使いやすいことこの上ない。
さすがはソフトウェア会社で働くプロだと、一良たちは舌を巻いていた。
「だなぁ。まさか、たった3日……いや、資料集めの時間を抜いたら2日か。そんな短時間でこんなものを作ってくれるとは……」
「本当にすごいです……私もいつか、プログラミングも勉強してみたいです。宮崎さんに会ってみたいなぁ」
カタカタとキーボードを叩いて字幕を入れながら、バレッタが言う。
「バレッタなら、本でちょこっと勉強すればすぐにできるようになるんじゃない? パソコンみたいな頭してるんだし」
「そ、それは言いすぎですよ。すごく難しいんでしょうし」
「バレッタなら、ちょちょいのちょいでしょ。ねえ、カズラ?」
「ああ。正直、今まで生きてきてバレッタさんほどの天才は見たことがない。どんな完璧超人だよって感じだ」
「だよね。同じ人間なのか疑っちゃうよね」
「だから言い過ぎですって……それより、チラシはこれで大丈夫ですか?」
バレッタが文書作成ソフトを起動し、昨晩作ったファイルを開く。
部族とバルベールに配布する、A3サイズの宣伝チラシだ。
すべての者たちに動画を見せるのは物理的に不可能なため、要点をまとめたチラシを作って配布することになったのだ。
動画を流用した写真がいくつも貼られていて、文字は最小限の構成になっている。
これは、部族の者たちの識字率がどれほどあるのかが分からないためだ。
「いいと思うよ。写真だらけで、すごく分かりやすいと思う」
「だな。動画を見せられなくても、これを配るだけでもインパクト抜群だろうな」
土間の隅には業務用プリンタが置いてあり、電源は外に置いてある発電機から取っている。
そうして話していると、出入口の引き戸が開いてジルコニアとエイラが入って来た。
「お洗濯終わりました。動画はどうですか?」
ジルコニアが居間に上がり、一良の隣に座る。
「順調ですよ。宮崎さんがほとんど作ってくれたんで、字幕を入れるだけですし」
「どれどれ……バレッタ、できてるところまででいいから、見せてくれない?」
「はい」
バレッタが字幕書き込み用のアプリケーションを閉じ、動画のほうを起動した。
軽やかな音楽とともに真っ暗な画面に「講和後の新生活」というタイトルが表示される。
続けて、画面に9つ動画が、それぞれのタイトルとともに表示された。
それらの動画の音声は流れておらず、初めの部分が15秒ほど繰り返し流れるようになっている。
「うわ、これすごいですね。映画のチャプター選択画面みたいですね」
その完成度の高さに、ジルコニアが目を丸くする。
「ほんと、すごいですよね。これ、宮崎さんが2日で作ったんですよ」
「そうなんですか。それって、すごいことなんですよね?」
「俺はプログラムはさっぱり分かりませんけど、すごいことなんだと思います」
一良がこれを受け取った際、宮崎が「志野さんのためなら楽勝ですよ!」、と言っていたのを思い出す。
特に疲れた様子でもなかったので、彼女にとっては朝飯前なのだろう。
「ジルコニア様、どの動画がいいですか?」
「んー。じゃあ、食事のやつで」
バレッタが頷き、食事の動画をクリックした。
画面が暗転し、楽し気なBGMが流れ始め、『これからの豊かな食生活』という動画タイトルが大きく表示される。
ざわざわと人々が行き交う街なかで、簡素な服装の父子が出店で買い物をしているシーンが現れた。
買っているのはイチジクのシロップ漬けの串で、子供が大喜びでそれを頬張る。
元の音声はカットされているが、楽し気なBGMと下部に差し込まれた字幕のおかげで、特に違和感はない。
「わあ、これ美味しそうですね! 何ていう実なんですか?」
「イチジクですね。甘酸っぱい果物で、いろんな料理に使えます。今度、買って来ましょうか?」
「ぜひお願いします! あと、もっと生チョコを買ってきてほしいです!」
「あれ? もう食べつくしたんですか? 昨日は3箱ありましたよね?」
「いえ、それはまだ1箱残ってるんですけど、またしばらく調達できなくなるでしょう? もっと欲しいんです!」
「お母様、あまり食べすぎると、顔に吹き出物がでちゃいますよ?」
せがむジルコニアに、リーゼが呆れ顔になる。
「大丈夫よ。ここ昨日、一昨日と2箱ずつ食べてるけど、何もできてないでしょ?」
そう言うジルコニアの顔には1つも吹き出物はできておらず、綺麗なままだ。
毎晩、一良が買ってきた大量の料理を食べ、酒を飲み、チョコをもりもり食べているというのに異常なしである。
「エイラ、生チョコ出して。話してたら食べたくなっちゃった」
「かしこまりました」
エイラが苦笑しながら、クーラーボックスに手を伸ばす。
「ジルコニアさん、チョコもいいですけど、ブドウも食べてくださいよ」
「あっ、そうでした。エイラ、やっぱり巨峰をちょうだい」
「はい」
ジルコニアが巨峰を房ごと受け取り、1粒取って皮を剥いて口に入れる。
「んー! これも美味しい! すごく甘くて瑞々しいですね!」
「ジルコニア様、種はこちらのお皿に」
「ありがと」
「ジルコニアさん、動画もちゃんと見てくださいよ」
「はいはい……うん、いい感じだと思いますよ」
パクパクとブドウを食べながら、ジルコニアが頷く。
「本当に? 適当言ってません?」
「言ってませんって。字幕も分かりやすいですし、これを見せれば部族連中も講和に乗って来ると思います。見せながら、似たようなものを食べさせるともっといいかもですね」
「なるほど」
現在、部族軍はバルベール首都、バーラルの前に陣を張っており、今のところ戦闘は起きていないとナルソンから連絡を受けている。
これには理由があり、今にも攻めてきそうな気配だとカイレンから連絡を受けたナルソンの発案で、一策を講じたのだ。
バーラルの一般市民を大量に動員して武具を着せ、街の北側の防壁前に展開し、疑似的にとてつもない大軍が首都に駐屯しているように見せかけたのである。
それと同時に、鉱山や主要水源地などの一部地域を除く、部族側の要求をほぼ丸のみのような土地の割譲案を提案した。
かつ、北から迫る異民族への共同戦線の提案と、長期に渡る物資提供案も出した。
さらに、バルベールから大量の食糧が部族側に提供され、怪我人や病人を首都の外に設置した野戦病院で治療中である。
バルベールの急な態度の軟化に部族側では怪しむ声が上がるだろうとカイレンたちは思ったのだが、今のところ彼らの動向に変化はない。
そんな話をしながらまったりしていると、一良のスマートフォンのアラームが鳴った。
バイクと小型軽トラックが届く時間だ。
「おっと、もうそんな時間か。バイクとかを受け取りに行ってきます。皆は出立準備を整えておいてください」
「カズラさん、お昼ご飯は用意しておいたほうがいいですか?」
バレッタが動画を止め、一良に尋ねる。
「いえ、宅配を頼んであるんで大丈夫ですよ。あと、生チョコも冷凍のやつを50箱注文済みです」
一良が答えると、ジルコニアの表情がぱっと輝いた。
「さっすがカズラさんです! 大好きです!」
「ちょ、ジルコニア様!」
「お母様!」
一良に抱き着こうとするジルコニアの顔をバレッタが押さえつけ、リーゼが身を乗り出して手首を掴む。
「いたたっ! ただの冗談だって! 手だってベトベトだし、フリだけよ」
「「冗談に見えないです!」」
「じゃ、じゃあ、俺は行ってくるんで」
むう、と睨み合う彼女たちを残し、一良は立ち上がるのだった。
約2時間後。
ジルコニアとエイラは、屋敷内で掃除をしていた。
外ではバレッタたちが村人とともに荷物の積み込みを行っており、楽しげな話し声が聞こえてくる。
これから2人ともバイクを運転するので、ジルコニアはライダースーツ、エイラはズボンとシャツといったラフな服装だ。
「これでよしっと。エイラ、私たちも行きましょうか」
ジルコニアが雑巾を水桶に入れ、立ち上がる。
「はい……あの、ジルコニア様」
エイラが窺うような顔で、ジルコニアを見る。
「ん? なあに?」
「その、カズラ様のことなのですが……ジルコニア様、最近その、かなり、えっと……」
奥歯に物が詰まったような言いかたをするエイラ。
「もしかして……本気、なのですか?」
「カズラさんに本気で迫ってるのかってこと?」
「は、はい」
グリセア村に来てからというもの、ジルコニアはことあるごとに一良に引っ付こうとし、過剰なほどに後を付いて回っていた。
以前からも少なからずそういった傾向はあったのだが、ここ数日のそれは少々度が過ぎているようにエイラは感じていた。
「そうねぇ。まあ、あわよくば、くらいには考えてるかなぁ」
「あ、あわよくばって……」
「だって、好きになっちゃったものは仕方がないじゃない?」
さらりと答えるジルコニアに、エイラが目を丸くする。
「少し悩んだけど、後からうじうじ考えるのは性に合わないし、はっちゃけちゃおうかなって」
「え、ええ……」
「あ、でも、無理矢理どうこうはしないわよ? さすがに、洒落にならないと思うし」
「は、はあ」
引き攣った顔のエイラに、ジルコニアがくすくすと笑う。
「なあに? びっくりした」
「びっくりしないわけがないじゃないですか。以前のジルコニア様とは、まるで別人ですよ……」
「あはは。かもね。私自身、驚いてるくらいだし」
ジルコニアはそう言うと、土間に下りて靴を履いた。
それに続こうと立ち上がるエイラに、ジルコニアが振り返る。
「こんな気持ちになるのは、彼が最初で最後だと思うから。そんな相手ができたってだけで、十分幸せかな。あとはカズラさんが幸せになってる姿を見ていられれば、言うことなしね」
「……何かそれ、切ないです」
少し暗い顔になるエイラに、ジルコニアがきょとんとした顔になる。
「え? そう?」
「はい。私なら、独り占めしたくなっちゃいます」
「ふーん……普通は、そう考えるものなのかな?」
「それは……分かりませんが……」
エイラが寂しそうに答える。
「まあ、エイラも好きにしたらいいんじゃない? あなたなら、裸で押し倒せばいけると思うけど? いい体してるんだし」
「なっ!?」
顔を赤くするエイラに、ジルコニアが、あはは、と笑う。
「さてと、行きましょっか。さっさと戦争を終わらせましょ」
ジルコニアはそう言うと、さっさと出て行ってしまった。