軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

333話:よかったね

翌朝。

早々に起床した一良は、総督邸の屋上で無線機を手にしていた。

朝焼けに浮かぶ家々からは炊事の煙が上がっており、市民たちも起き出しているようだ。

通りのあちこちにはクレイラッツ兵が見張りに立っており、道には市民の姿はほとんどない。

荷車を引いてゴミ回収を行っている者たちの姿がいくつか見えるくらいである。

平時なら朝から活気のある街なのだろうなと、柵に両腕でもたれかかりながら一良は思った。

「あー、やっぱり蛮族は追い立てられてたのか。どうぞ」

『うん。それで、どうしてもバルベールの領土が欲しいみたいなの』

無線機からリーゼの声が響く。

『バルベールにどうにか譲歩させて北部地域の一部を割譲できないかってアロンドは言ってたんだけど、どう思う? どうぞ』

「俺たちが命令すればバルベールは頷くしかないんだから、そうさせるのがいいんじゃないか? 講和も結べるんだろ? どうぞ」

『どうだろ……半分以上の族長は、このままバルベールを打ち破って首都ごと占領するつもりらしいの。どうぞ』

「今の状況じゃ、そう考えるのが普通だよなぁ。でも、バルベールと同盟国が講和したことは知らせたんだろ? どうぞ」

『うん。でも、蛮族は襲ったバルベールの村や街で住人をたくさん捕虜にしてるらしくて。それを盾に脅迫してくるだろうって』

一良が険しい顔になる。

蛮族は自分たちが圧倒的に有利な立場にあると考えているだろうから、少々の領土割譲案では頷かない可能性が高い。

今までのようなやり方をするとすれば、彼らに動画を見せて逆に脅迫という手段が一番手っ取り早い気がする。

しかし、毎度のように脅迫ばかりしていては、後々の争いの火種にもなりそうだ。

ともあれ、どう対応するのかはナルソンに相談してからだ。

『私も、それくらいはやってくると思う。イクシオス様とマクレガーも同じ意見だよ。どうぞ』

「そっか……それはともかく、マリーさんのお母さんがアロンドさんと一緒にいたってのは本当に驚いたよ。どうぞ」

『ねー。私もびっくりしたよ。バルベールに亡命した時からずっと一緒だったなんてさ。今日中に連れて帰るから、マリーにも伝えておいて。どうぞ』

「ああ、分かった。マリーさん、きっと大喜びするだろうな。本当に良かった」

そこまで言い、一良は昨日ジルコニアたちと話したことを思い出した。

リーゼなら、事情をすべて把握しているだろう。

「ところで、アロンドさんはどうしてリスティルさんを連れて首都に来たのかは聞いたか? アルカディア側に引き渡せる確証なんてないし、危険どころの話じゃないと思うんだけど。どうぞ」

『それなんだけど、あの人、元老院議員たちの目の前で族長の娘を殺すつもりだったらしいのよ』

「えっ!?」

一良が驚いて目を剥く。

『そこまでやれば、議員たちもアロンドを信用するだろうって考えだったみたい。たまたま私がいたから、そうしなくて済んだんだってさ。どうぞ』

「何だよそれ……いくらなんでも、そりゃ酷すぎだろ。それに、信じて付いてきてくれた仲間の命を生贄にするってことじゃんか……」

一良が暗い声になる。

数秒して、「どうぞ」はないが一良の声に続きがないと判断したのか、リーゼが口を開いた。

『私もそう思うけど、「優先順位があるんだから仕方がない」だってさ。よく割り切れるよね』

はあ、とリーゼのため息が無線機から響く。

リーゼがその場に居合わせなかったら、と考えると一良はぞっとした。

もし、アロンドが族長の娘を殺害していたら、同盟国とバルベールは、問答無用で蛮族と全面戦争となっていただろう。

その後でどんな交渉を持ちかけたとしても、信じて送り出したアロンドに娘を殺されたとあっては、族長は聞く耳を持つはずがない。

どちらかが完全に相手を屈服させるまで、血みどろの戦いが続いていたはずだ。

『まあ、そういうわけだから。お父様には、カズラから言っておいてくれる? どうぞ』

「……ああ、分かった。話しておくよ。どうぞ」

『……アロンドのこと、もやもやすると思うけど、そういう人なんだって思うしかないよ』

気遣う声色で、リーゼが言う。

『あの人は、目的のためなら自分を信じてくれてる人でも切り捨てられる人なの。リスティルのことだって、情があってのことじゃない。世の中にはそんな人もいるんだって思って、諦めるしかないよ。彼の考えかたが正しいかどうかは、この際置いておいてさ。どうぞ』

「そうだな……リーゼの言うとおりだと思うよ。どうぞ」

『うん。あっ、私は違うからね? 私は死んでもカズラを裏切ったりはしないから! 何があってもカズラの味方だよ! どうぞ!』

一転して明るい声で言うリーゼ。

わざとそんな口調で言ってくれる彼女の気持ちが嬉しくて、一良の頬が緩んだ。

それも優先順位の問題なのではとも思ったが、口に出すような無粋な真似はしない。

「はは、ありがと。それじゃ、気を付けて帰ってこいよ。あ、そうそう、そっちに無線機と一緒に連絡係を何人か置いてきてくれ。バイクは全部乗って帰ってきていいから。どうぞ」

『うん! はあ、もう「どうぞ」って言うの疲れちゃったよ。早く顔を合わせて話したい。それじゃあね! 通信終わり!』

「カズラさん」

突然背後から声をかけられ、一良が驚いて肩を跳ねさせる。

「うおっ!? バ、バレッタさん。いたんですか」

「ごめんなさい。驚かしちゃいましたね」

バレッタは苦笑すると、一良の隣に並んだ。

「昨日はよく眠れました?」

ムディアの街並みに目を向けながら、バレッタが聞く。

「そりゃあもう。思ってたよりも疲れてたみたいで、爆睡しちゃいました。ベッド、ふかふかで最高でしたし」

「ふふ、よかったです。ジルコニア様は、まだダメみたいですけど」

「あー、二日酔いか。薬はあげました?」

「さっき、エイラさんがハーブティーを持って行きました。すぐに良くなると思いますよ」

バレッタが一良の顔を窺うように、目を向ける。

「カズラさん。彼のことは、考えないようにしたほうがいいですよ」

「……聞いてましたか」

「はい。リーゼ様も言ってましたけど、彼はそういう人なんです。そんな人のことなんて、考えても無意味です」

「はは。バレッタさんって、アロンドさんのことになるとけっこう厳しいこと言いますよね」

「う……」

バレッタが小さく呻く。

「……私、あの人のこと嫌いです。前にあの人、カズラさんのことを貶したことがあって。それから、もうダメなんです」

「え? アロンドさんが俺を? 何て言ってたんですか?」

「そ、それは、その、いろいろと……あの人なりの考えがあってのことだとは思うんですけど、どうしても許せなくて……」

はぐらかした言いかたをして、黙るバレッタ。

一良は事情が分からず気になったが、「言いたくないのかな」と思い、それ以上は聞かず街並みに目を戻した。

しばらくそうしていると、バレッタが、はあ、とため息をついた。

「……私、あの人に嫉妬してたから、そのせいもあって余計にどんどん嫌いになっちゃったんだと思います」

「嫉妬……ですか?」

「はい……」

きょとんとした顔になる一良。

バレッタが、しゅんとした顔でうつむく。

「カズラさん、あの人をすごく信頼してましたし、頼ってたじゃないですか。姿をくらませた後も、ずっと信じていましたし。それが、何かこう……ああ、もう。私、最低です……」

口をへの字に曲げて、バレッタが泣きそうな顔になる。

思わぬ告白に、一良は少し驚いた表情になった。

「嫉妬なんてしなくても、俺が一番信頼してるのは、ぶっちぎりでバレッタさんですよ」

「ぶっちぎりですか?」

「ぶっちぎりです。他の追随を許さないレベルで。この間のジルコニアさんじゃないですが、今この場で、お尻にホクロがあるかないかの確認をしてもらってもいいレベルです」

「お、お尻!? ……はうう」

一良のお尻を見る自分の姿を思い浮かべ、バレッタの顔が真っ赤になる。

「い、いや、冗談だから真に受けないでもらえると」

「いいなぁ。私にも確認させてもらってもいいでしょうか?」

その声に2人が振り返ると、数歩後ろにエイラが立っていた。

「あ、エイラさん……って、何言ってるんですか」

「だって、私もカズラ様のお尻を見てみたいですもん。バレッタ様、カズラ様を押さえてください。私がズボンを下ろしますので」

「や、やるんですかっ!?」

「やめてください。力じゃ2人には敵わないんですから、マジで怖いですって」

後ずさる一良に、エイラが笑う。

一良の腕に手を伸ばしかけていたバレッタは、慌ててそれを引っ込めた。

真に受けていたらしい。

「ジルコニア様ですが、調子が戻られたようです。それと、言伝で『リスティルのことはどうしますか?』、だそうです」

一良たちは「本当に会えると判断できるまでは伝えないほうがいい」、と考え、まだマリーにはリスティルの無事を伝えていない。

リーゼとこちらに戻って来ることが決まった今なら、もう伝えてもいいだろう。

「ちょうどよかった。リスティルさん、リーゼと一緒にこちらに戻って来るのが決まったんです。マリーさんに伝えてあげましょう」

「よかった……朝食ができておりますので、その席で話してはいかがでしょうか。個室を用意していただきましたので。それと、ルグロ殿下は今朝早く野営地に戻られました。日課の早朝訓練をなさるとのことで、食事もあちらで済ますそうです」

「おっ、そりゃ都合がいいですね」

「ふふ。マリーちゃん、きっとびっくりしますね」

バレッタが嬉しそうに微笑む。

「さっきバレッタさんがマジで俺の腕に手をかけようとしてたことのほうが、俺はびっくりですけどね」

「う、うぐぅ」

「あはは。バレッタ様って、たまに面白いですよね」

「虐めないでください……」

そうして、3人は屋上を後にするのだった。

「カズラ様、おはようございます」

朝食の用意された個室の前にやって来た一良たちは、マリーに出迎えられた。

「カズラ様、バレッタ様、おはようございます」

「おはようございます。ジルコニアさんは?」

すると、曲がり角からナルソンとジルコニアがやって来た。

ジルコニアが朗らかに手を振る。

「おはようございまーす」

「おはようございます。ジルコニアさん、調子はどうです?」

「元気です。すみません、昨日は酷いとこ見せちゃって」

ジルコニアが照れ臭そうに頭を掻く。

「まったく、たいして強くもないのに飲みすぎなんだ。お前らしくもない」

「だって、飲まなきゃやってられなかったんだもの」

はあ、とジルコニアがため息をつく。

「何だそれは。何か心配事でもあるのか?」

「ちょっとね。まあ、どうでもいいことだし、気にしないで。ほら、入りましょ」

ジルコニアが扉を開け、部屋へと入る。

こぢんまりとした部屋の中央には大きな丸テーブルが置かれ、朝食が用意されていた。

メニューは、お粥、瓶入りの海苔の佃煮、ボイルソーセージ、カリカリに焼かれたベーコン、杏仁豆腐だ。

水筒に入れられた、熱々の緑茶も用意されている。

すべて一良が持ち込んだ食材で、とても美味しそうな香りが漂っている。

エイラとマリーの分も含め、人数分用意されていた。

「おおっ、美味そうだ。そういえば、こんなふうに個室で朝ごはんってひさしぶりですね」

「ですね。最近はずっと野営地暮らしでしたから、何だか新鮮ですね」

一良とバレッタが席に着きながら、嬉しそうに言う。

「エイラ、マリー、あなたたちも、ほら」

「「ありがとうございます」」

エイラとマリーも席に着き、いただきます、と皆で食べ始めた。

バレッタが皆のコップに、水筒からお茶を注ぐ。

「カズラさん、例の件ですけど、どうします?」

もぐもぐとソーセージを食べながら、ジルコニアが聞く。

「こっちに来れることが確定したんで、話すことにしました。マリーさん」

「もぐもぐ……っ、ふぁい!」

話を振られると思っていなかったのか、ベーコンを食べていたマリーが素っ頓狂な声で返事をする。

「えっとですね、マリーさんのお母さんが見つかりまして。今日中にリーゼが連れてくるんで――」

「ぶほっ!?」

「うわんぐっ!? ごほっ!?」

驚きすぎてベーコンを噴き出すマリー。

あまりにも勢いよく噴き出したため、対面にいた一良の顔にまでベーコンが飛来した。

口を開けていたところにベーコンが突入し、ピンポイントで喉に直撃して一良までむせ返る。

「わわっ!? カズラさん、大丈夫ですか!?」

「げほっ! げほっ! ず、ずびばぜ、げふっげふっ! えごふ!」

「あっ! マリーちゃん、そのお茶熱い――」

「ブフォッ!? あっづい!?」

エイラが制止しかけたが間に合わず、マリーが激しくむせながら熱々のお茶を一気に口に含み、今度はお茶を噴き出した。

辛うじて自分の皿に噴き出したが、テーブルにはマリーの口から飛び出したベーコンの欠片が散らばっている。

「あはは! ちょっと、今のすごくない? カメラで録画しておけばよかったわ」

「うおお……ジル、バカ言ってないで片付けろ」

爆笑しているジルコニアと、やれやれと飛び散ったものを摘まんで片付けるナルソン。

マリーは涙目で咳込みながら、「ずびばぜん、ごべんなざい」と平謝りだ。

「げほっ、げほっ、の、喉に飛び込んでくるとは思わなかった……」

「カズラさん、お茶です。熱いから、気を付けてください」

「げほっ、ありがとうございます」

一良がバレッタからお茶を受け取り、一口飲む。

「ふう。マリーさん、大丈夫ですか? あ、片づけはいいから、とりあえず落ち着いてください」

立ち上がって片づけをしようとしたマリーを、一良が止める。

「ごほっ、ごほっ……も、申し訳ございません。大丈夫です……げふ、げふ」

マリーが小さく咳込みながら、涙目で謝る。

飛び散った物をナルソンたちが片付けているのを横目に、一良は口を開いた。

「マリーさんのお母さん、リスティルさんですが、アロンドさんと一緒にいたようなんです。それで、偶然リーゼがバーラルで会いまして。こちらに引き渡されることになったんですよ」

「……」

マリーは強張った表情で、一良の話を聞いている。

「そういうわけで、今日中に会えますから。食事を終えたら、野営地で待っていましょうか」

「……」

「……あの、マリーさん?」

「ふえええん」

突然ぼろぼろと泣き出すマリー。

そうなるだろうなと予想していた一良とバレッタは、顔を見合わせて微笑んだ。

「おがっ、おがあざんっ、おがあざんっ……うあああん」

「マリーちゃん、すぐに会えるからね。よかったね」

エイラが目に涙を浮かべ、よしよしとマリーの頭を撫でる。

マリーは泣きじゃくったまま、しばらく「お母さん」と繰り返していた。