軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

332話:飲みすぎ

数時間後。

急遽総督邸に集められたアルカディア、クレイラッツの重鎮たちは、飲めや歌えの大騒ぎをしていた。

皆が「勝った勝った」と盛り上がっており、あちこちから明るい声が響いている。

ジルコニアは鎧を脱いでおり、鎧下姿だ。

「ナルソン殿ぉ! 私は、ほんっとうに嬉しくて堪らんのでしゅよ!」

先ほど一良たちを案内したクレイラッツ軍の初老の軍団長が杯を手に、えぐえぐと涙を流しながらナルソンの肩に腕を回す。

彼は泣き上戸のようで、酔っぱらってきてからというもの、ずっとこの調子だ。

「あのバルベーリュを相手に、ここまで完勝できるとは! 貴国を裏切りゃじゅに正義の旗の下に戦えて、わたしゃあもう嬉しい! うん!」

「え、ええ。私も同じ気持ちです」

ナルソンが愛想笑いをしながら、彼に答える。

さすがに酔っぱらってしまうのはまずいと思っているのか、酒は少量に控えている様子だ。

それに引き換え、軍団長は完全にへべれけである。

他の軍団長や副軍団長も、テーブルに突っ伏して眠っていたり、アルカディア軍の軍団長と肩を組んで軍歌を歌ったりしている。

「でしょお!? 正義と信念をちゅらぬけることほど、武人として誇らしいことはありましぇん!」

「はい、そのとおりかと」

「しょれに! 神々は我らクレイラッツのことも認めてくだしゃったのがうれひくて! きっと我が国の神々もえべべべ!」

「おわあ!?」

歓喜しながら突然嘔吐を始めた軍団長に、ナルソンが仰け反る。

肩を組まれたまま吐かれたものだから、ナルソンの服はゲロまみれだ。

給仕をしていた使用人たちが慌てて駆け寄り、軍団長を抱えて引きずって行く。

マリーとエイラもナルソンに駆け寄り、置かれていたナプキンでゲロを拭いた。

「うわあ!? ナルソンさん大丈夫ですか!?」

「おー、こりゃあずいぶんと派手にぶちまけられたなぁ! あっはっは!」

心配する一良と、酔った赤ら顔で爆笑するルグロ。

ルグロはなかなかに酒に強いらしく、先ほどからかなりの量を飲んでいるがベロベロにはなっていない。

「ナルソン様、別室でお着替えを……」

「ああ。カズラ殿、少しの間失礼いたします」

「カズラさん、私も手伝ってきますね」

エイラとマリー、そしてバレッタに連れられて、ナルソンが部屋を出て行く。

「あーあ。いくらなんでも皆飲みすぎ……ジルコニアさん、大丈夫ですか? 顔が青いですよ?」

隣の席で口元を押さえているジルコニアに気付き、一良が声をかける。

「の、飲みすぎと今ので、貰いゲロしそうです……うぷ」

「ええ!? 桶か何か持ってきます!?」

「だ、大丈夫です。ベランダに連れて行ってください……」

「そんなに飲んでましたっけ? ほら、しっかりして」

「カズラ、人妻に手を出すんじゃねえぞ! がはは!」

「この酔っ払いめ……」

一良に支えられ、ジルコニアがよろよろと立ち上がる。

そのまま2人はベランダに向かった。

2人でベランダに出て、扉を閉める。

外は涼やかな風が吹いていて、酒と宴会の熱気で火照った体に心地良い。

今日は満月で、煌々と輝く丸い月が夜空に浮かんでいた。

「はー、いい風ですね……」

ジルコニアが柵にもたれかかり、気持ちよさそうに夜風に当たる。

「ようやく終わりですね。長かったような、あっという間だったような。変な感じです」

ジルコニアが黄昏た表情で、月を見上げる。

「ですね。後は蛮族をどうするかってくらいですし、上手く講和できれば蛮族の背後にいる連中もどうにかできそうだ」

「同盟国とバルベール、それに蛮族も加われば、どんな相手でも大丈夫ですよ。私の役目も、ようやく終わりです」

「あの……本当に、イステール家を出るんですか?」

その問いかけに、ジルコニアがきょとんとした顔で一良を見た。

「え? そりゃあ出ますよ。前にも、そう言ったじゃないですか」

「でも、その……リーゼが寂しがりますよ」

一良の言葉に、ジルコニアが苦笑する。

「それは分かっています。こんな私を、本当の母親みたいに慕ってくれていますし」

「なら、無理に出て行かなくても」

「いえ、これは私なりのけじめですから」

そう言って、ジルコニアが再び月を見上げる。

「今私がいる場所は、本当ならリーゼの本当のお母さんがいるべき場所です。いつまでも、そこにいるのは違うと思うんです」

「……そっか」

一良としてはその考えかたは寂しいというか、今を生きている人にとっては酷すぎるように思えた。

とはいえ、彼女の考えを否定するのも違う気がした。

ジルコニアは、リーゼの産みの親のことを想ってのことなのだろう。

「それに、イステール家を出たからって二度と会えないわけじゃないですし。会おうと思えば、いつでも会えますよ」

「えっと……イステール家を出た後、どうするかは決めたんですか?」

「んー。ちょっと困ってるっていうのが正直なところですね」

ジルコニアが困ったように笑う。

「困ってる? まだ決めてないってことですか?」

「はい。カズラさんは、どうしたらいいと思いますか?」

「俺に振るんですか」

「振ってみました。こうしろって言ってくれれば、それに従いますよ?」

「ええ……」

にこりと微笑むジルコニアに、一良が困り顔になる。

「ほら、例えば、『俺の女になれ!』とかどうです? そのまま日本に連れて帰っちゃうとか。楽しそうだと思いません?」

「何言ってるんですか。そういう冗談は――」

「冗談じゃ……なかったら?」

「……え?」

じっと見つめてくるジルコニアに、一良がたじろぐ。

すると、ベランダの扉が開いてバレッタがやって来た。

2人がバレッタに振り向く。

「ベランダに出てたんですね。ジルコニア様、大丈夫ですか? 顔色が悪かったと聞いたのですが」

「うん、平気。吐きそうだったけど、夜風に当たったらだいぶ良くなったわ」

ジルコニアが答えると、バレッタはほっとした顔になった。

トコトコと、一良に歩み寄る。

「カズラさん、精油は使いましたか?」

「あっ、いけね。忘れてた」

一良がポケットからチャック付きのビニール袋を取り出した。

チャックを開け、ガーゼを1枚取り出した。

「ジルコニアさん、これ嗅いでください。酔い覚ましの精油です」

「まあ、用意がいいですね」

「バレッタさんが、もしものためにって用意してくれたんです」

「……なるほど」

ジルコニアがガーゼを受け取り、鼻に当てる。

すうっと深く息を吸った。

「あっ、カズラさん。頬っぺたにソースが付いてます」

バレッタがハンカチを取り出し、一良の頬を拭う。

「ありがとうございます。子供みたいだ」

「ふふ、可愛くていいと思いますよ」

「ええ……男に対してそういうのはちょっと」

「えっ!? ご、ごめんなさい!」

慌てるバレッタに、ジルコニアが笑う。

「ほんと、仲がいいわねぇ。さて、そろそろ中に戻りますか?」

「ジルコニア様、戻って大丈夫ですか? また気分が悪くなったりするかも……」

バレッタが心配そうに言う。

「大丈夫よ。もう片付けたでしょ?」

「はい。窓も開けているので、だいぶマシになってはいます」

「なら、戻りましょ。もっといろいろ食べておきたいし」

ほらほら、とジルコニアが2人の背を押す。

ジルコニアは一良たちに続いて室内へと戻りかけ、少し振り向いて月を見た。

「……あの子の言ってたこと、当たってたんだなぁ」

「ジルコニアさん、どうかしました?」

立ち止まっているジルコニアに気付いた一良が声をかける。

「んー、何か甘酸っぱいものが込み上げてきちゃって」

「えっ!? だ、大丈夫ですか!? 吐きそうなんです!?」

「吐いちゃったほうが楽かもですね。でもまあ、大丈夫ですから」

「いや、全然大丈夫じゃないでしょ、それ」

「ジルコニア様、やっぱりもう少しベランダに出ていませんか?」

心配する一良とバレッタに、ジルコニアが笑う。

「大丈夫、大丈夫」

そうして、3人は再び宴会へと戻った。

戻ってからのジルコニアはかなりのハイペースで酒を飲み続け、結局悪酔いして数十分後に桶にリバースしてしまい、ちょうど戻って来たナルソンに呆れられていた。