軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

308話:狙い撃ち

一良たちが食事を始めてからしばらくして、砦の防壁からカンカンと警鐘の音が鳴り始めた。

予め決めておいた距離にまで敵が接近したことを知らせる合図だ。

防御陣地では食事の配布がまだ終わっておらず、侍女や使用人たちがパンだけでも配ろうと大急ぎで陣地内を走り回っている。

最前列の部隊から先に配布されていたため、まだ食べていないのは中央よりやや後ろの兵士たちのようだ。

「もう来たのか? かなり早いな……」

ナルソンが空になったスープ皿をエイラに手渡す。

空はだいぶ明るくなってきてはいるが、太陽はまだ昇っていない。

「そんだけ、連中も焦ってるってことだな。おし、片付けるか」

ルグロが立ち上がり、皆の皿を集め始める。

「殿下、私どもがやりますので……」

「いいって。皆でやったほうが早いだろ? カズラ、テーブル頼むわ」

「うん。ティティスさん、テーブルのそっち側持ってもらえます? フィレクシアさんは、足を外してください。引っ張れば抜けますんで」

「はい」

「分かりました!」

「ほら、子供らも片付け手伝え。使用人さんに皿を渡す時は、『お願いします』ってちゃんと言うんだぞ」

「「「「はい!」」」」

子供たちが元気に返事をし、自分たちの使った皿を荷車へと持って行く。

ルティーナは気が気でないのか、何度も「気を付けてね」と子供たちに声をかけていた。

「バレッタ、私たちもパンを配るの手伝いに行こ!」

「はい。急いで配らないと」

バレッタとリーゼが席を立ち、駆け出して行く。

一良たちは片付けを済ませ、テーブルも分解して荷車へと運んだ。

そうしている間にも空はだんだんと明るくなり、迫りくるバルベール軍の全容が露わになった。

移動防壁で下部を守った塔が、重装歩兵に囲まれるようなかたちでじわじわと進んで来ている。

そのすさまじい数に、一良は唸った。

「相変わらず、すごい人数だなぁ……ざっと見たところ、10個軍団くらいかな?」

「そうですな。しかし、前回よりも若干数が少ないようにも思えますが……」

ナルソンがちらりとティティスたちを見る。

2人はその視線に気づいたが、気付かぬふりをしてじっと戦場を見つめている。

すると、ティティスがアルカディア防御陣地のあちこちにウリボウの姿があることに気が付いた。

それらのウリボウよりも2回りほど大きな体躯のオルマシオールが、トコトコと走ってウリボウたちのところを巡っている。

まるで何かを話しているような、そんな仕草だ。

「あれは……あのウリボウたちも、戦闘に参加するのですか?」

「うむ。貴君らの騎兵対策だ。騎兵で我が軍に攻撃を仕掛けても、彼らが一声吠えればラタは言うことを聞かなくなるだろうな」

「なるほど。それは効果的ですね。対策の立てようがありません」

「あの……どうやって、あの猛獣を手懐けたのですか? あれは飼い慣らせるような動物じゃないって聞いたことがあるのですよ」

フィレクシアがティティスの顔色を窺いながら、ナルソンに聞く。

ウリボウは非常に獰猛な獣であり、たとえ子供の頃から育てたとしても、成体になればふとしたきっかけで飼い主ですら食い殺すことがある。

本来は群れで生活をする生き物ではないため、家畜には不向きなのだ。

「オルマシオール様がお力添えしてくださっているのだ。ウリボウたちは、神の尖兵だよ」

「そ、そんな! 真面目に答えてください!」

「私はいたって真面目だが?」

不満顔のフィレクシアに、ナルソンがすまし顔で答える。

「我らには神がついているのだ。我が国を勝利に導こうと、ご尽力くださっている。この戦争は、貴君らの負けだよ」

「……」

フィレクシアが口をつぐむ。

何をふざけたことをと言いたい気持ちはあるが、ここでナルソンに口ごたえしてもいいことなど何もない。

この作戦が上手くいき、カイレン主導の下で北方の蛮族を押さえ込めれば、年数はかかるだろうが大国であるバルベールは必ず勝利するだろうと疑っていなかった。

その間、自分はこの地で彼のためにやれるだけのことをやるつもりだ。

数々の先進的な道具や機械を開発した職人たちの価値は計り知れない。

その者たちが戦争のゴタゴタで殺されないように、バルベールの統治が行き届くまで生き延びられるように動く必要がある。

それらの職人たちと協力して技術革新を進めれば、カイレンは自分の価値を改めて認めてくれるはずだ。

「ナルソン様」

フィレクシアがそんなことを考えていると、ティティスがナルソンに声をかけた。

「ん、何だ?」

「ジルコニア様はどこにおられるのでしょうか?」

「ジルなら、自分の軍団で指揮を執っている。何か用事か?」

「いえ……」

ティティスが表情を曇らせてうつむく。

ナルソンは小首を傾げたが、すぐに視線を敵軍に戻した。

「さて……元老院軍団はどこかな?」

ナルソンが双眼鏡を取り出し、目に当てる。

「ナルソン様、それは何なのですか?」

「これは双眼鏡と言ってな。遠くのものが、まるで間近にあるように見える道具だ」

フィレクシアの質問に、ナルソンが双眼鏡を目に当てたまま答える。

「遠くのものを? ……あっ! もしかして、水を使って物を大きく見たり小さく見たりする方法ですか!?」

「何?」

ナルソンがフィレクシアに振り向く。

「私も、水をそういう道具のような使いかたができないかなと思ってあれこれ試したことがあるのですよ。結局無理でしたが、アルカディアでは実用化していたのですね!」

「フィレクシアさん、残念ですけど、双眼鏡には水は使っていませんよ」

一良が口を挟むと、フィレクシアは驚いた顔で一良を見た。

「えっ、違うのですか? なら、どういう仕組みなんです?」

「それはまあ……もっとフィレクシアさんと仲良くなってから、お教えするということで」

「むっ、仲良くですか。なら、私とお友達になってくれますか?」

「もちろんです。今度お茶でもしながら、親睦を深めましょう」

「はい! えっと、あなたは確か……文官のカズラさん、ですよね? 改めて、これからよろしくお願いします!」

にこっと人懐っこい笑顔を向けるフィレクシアに、一良も笑顔で「よろしくお願いします」と返す。

一良はバレッタから、「あの2人と仲良くなっておいてください」と言われていた。

リーゼやナルソンたちとは違い、一文官と説明している一良なら、2人も多少は気を張らずに済むのではとのことだった。

国や兵士たちのためにと身一つで人質になりに来た彼女らをできるだけ気遣ってあげたい、とバレッタは言っていた。

もちろん、会話のなかで何らかの情報を得られればとも言っていたのだが。

――バレッタさんらしいな……それにしても、この人、知識欲の塊だな。考えなしに飛び込んできたようにも思えるけど、目的は何なのだろうか。

「む、あれか」

双眼鏡を覗いていたナルソンが、ぽつりと言う。

「なるほど、いい具合に進出してきているな。上手く誘導してくれたじゃないか」

ナルソンが左手を挙げる。

少し離れた場所で銅鑼の傍に立っていた兵士が、力強く銅鑼を叩いた。

防御戦闘用意、の合図だ。

陣地で座っていた兵士たちが一斉に立ち上がり、盾を構えて戦闘に備える。

陣地の通路を走り回っていた侍女と使用人たちが、大慌てで砦内へと駆け戻って行った。

フィレクシアが、はっとした様子で立ち上がり、戦場に目を向ける。

前回、遠投投石機が射撃を行った地点よりも、移動式の塔はだいぶ後方の地点を進んでいる。

「ナルソン様、あまり移動塔に接近させてしまうと、毒の攻撃が始まってしまうのですよ。目算であと……350から400を数えるくらいで、陣地の最前列に届く距離になるのです。その前に元老院軍団を攻撃してください」

「何? それほどの射程があるのか?」

「あれに載っているのは、動力に動物の腱を用いた改良型投石機なのです。あまり重い物は飛ばせませんが、軽い物ならかなりの距離を飛ばせるのですよ。それに、高所からの射撃になるので、余計に飛距離があります」

「……そうか、分かった」

ナルソンがちらりとシルベストリアを見る。

彼女は頷き、そっとその場を離れて、無線機でバレッタに連絡を入れた。

ナルソンはそれを見届け、挙げていた手を前に振った。

攻撃開始を知らせる太鼓の音が、辺りに響き渡った。

時を遡ること数分、防壁のカノン砲部隊のところに来ていたリーゼは、双眼鏡で元老院軍団を捕捉していた。

隣にはバレッタ、マクレガー、ハベルがおり、ハベルはハンディカメラで元老院議員たちの姿を撮影している。

議員たちは豪奢な鎧を身に着けてラタに跨っており、それが数十人もまとまっているので一目瞭然だ。

見たところ、近くにカイレンやラースたちの姿は見えない。

「ど、どうしよう。まだお日様は昇ってないし、合図もまだ来ないよ……」

「戦に想定外は付きものです。リーゼ様の判断で、攻撃を行ってください」

「うん……」

マクレガーの意見に、リーゼが不安そうに頷く。

のっけから作戦通りにいかないとは、本当にツイていないと内心ため息をついた。

「さて、リーゼ様。初めての全軍指揮です。失敗は許されませんので、心してお願いいたしますぞ」

口元を緩めて軽い調子で言うマクレガーを、リーゼが睨む。

今回の戦闘では、リーゼが全軍の指揮を執るようにとナルソンに言われていた。

ティティスたちには無線機の存在をまだ知らせない方針のため、彼女らが傍にいる限りはナルソンは無線機が使えない。

彼女らを宿舎に閉じ込めておけばいい話ではあるのだが、「ちょうどいい機会だ」とナルソンがリーゼに指揮を執らせると言い出したのだ。

補佐として長年彼女の訓練教官を務めてきたマクレガーが付いており、判断がまずいと感じた時は彼が修正することになっている。

「ちょっと、あんまり脅さないでよね。ただでさえ緊張してるんだから」

「いやいや、脅してなどは。それに、リーゼ様なら間違いなく最善の指揮を執れます。自信をお持ちください」

「リーゼ様、ナルソン様から連絡です。敵の投射兵器の射程が想定よりかなり長いです。間もなく攻撃開始の太鼓が鳴ります」

ポケットから出した腕時計を見ながら無線でシルベストリアと話していたバレッタが、リーゼに言う。

「ええ!? それって、こっちのカタパルトより飛ばすってこと!?」

「ねじりバネ方式らしいので、同程度はあるかもしれません。塔の上から投射する関係もあると思います」

「そんな、いきなり想定外じゃん……やっぱり、カズラに傍にいてもらえばよかっ――」

リーゼが言いかけた時、攻撃開始を知らせる太鼓の音が響いた。

リーゼが表情を引き締め、元老院軍団に目を向ける。

「カノン砲、砲撃用意。目標、元老院軍団中央部」

リーゼの声に、隣でじっと双眼鏡を覗いていたバレッタが、片手で無線機の送信ボタンを押した。

すでにイヤホンマイクは装着済みだ。

「全砲、砲撃用意。現在無風。目標、元老院軍団軍団旗より北東15メートル地点。議員たちを直射します」

「こちらリーゼ。全軍、指示があるまで待機。カタパルト部隊は、毒ガス弾の射撃用意。騎兵隊は――」

バレッタがカノン砲部隊に指示を出している間にも、リーゼが前線に展開する軍団と、両翼にて待機する騎兵隊に指示を出す。

万が一敵軍が約束を守らずに毒ガス弾を撃ってきた場合に備えて、こちらもカタパルト部隊には毒ガス弾が配られている。

最悪の場合は、毒の乱打戦になるだろう。

カノン砲部隊の指揮の全権はバレッタに任せられており、射撃のタイミングも彼女が決めることになっていた。

バレッタが左右を見ると、カノン砲部隊が「射撃準備完了」を知らせる旗を挙げていた。

砲撃を行って即座に移動塔の前進が止まるわけではないので、敵が接近しきる前に攻撃を始める必要がある。

「リーゼ様、最短であと320秒ほどで、こちらの最前列が敵の射程圏内に入ります」

「さ、320秒って……」

リーゼが顔を青ざめさせる。

「リーゼ様。カノン砲で塔上部を狙うか、騎兵隊による火炎壺攻撃を進言いたします。後者の場合は、塔の進路を炎上させるのです」

マクレガーの意見に、リーゼは動揺した。

カノン砲で移動塔を攻撃すれば、カイレンから合図が来ても元老院議員を即座に攻撃できなくなる。

そうなれば、カイレンの指示と食い違い、彼が指揮権を奪えなくなるかもしれない。

だが、もしこのまま移動塔の接近を許せば、味方が毒に巻かれる可能性がある。

騎兵隊を使えば、敵の反撃を食らって大損害が出るだろう。

カノン砲を使うか、騎兵隊を使うか、危険を承知で合図を待つかの判断にリーゼは揺れた。

「……第1、第2騎兵隊に通達。火炎壺を用意して」

無線連絡をするリーゼに、バレッタが険しい表情になる。

敵の前面に騎兵を送れば、矢を受けてハチの巣になる可能性が高い。

だが、それをしない場合のリスクが大きすぎて、止めることもためらわれた。

「合図はまだ!? カイレンは何をしてるのよ!」

リーゼが焦った声で怒鳴る。

「敵射程圏内まで、残り280秒。これ以上接近させるわけには……あっ! 合図がありました!」

バレッタが叫ぶ。

元老院議員たちのいる少し後方から、チカッ、チカッ、チカッ、と1秒間隔で3度、微かにだが光が明滅した。

どうやら、松明の傍で鏡を動かして光を反射させているようだ。

「バレッタ、やって!」

「砲撃開始!」

リーゼの声に、バレッタが即座に指示を出す。

次の瞬間、どかん、と轟音が響いた。

一拍置いて、密集している元老院議員たちに鉄の塊が襲い掛かった。

バレッタの覗く双眼鏡のレンズの向こうで、砲弾の直撃を食らった議員の1人が、背後にいた2人の議員を巻き込んでラタごと千切れ飛ぶ。

その周囲でも2発が議員たちに直撃し、似たような惨状になっている。

至近での着弾に驚いたラタが大暴れし、落馬する議員が続出した。

外れた弾も地面を跳弾し、後方に続く兵士たちを吹き飛ばしていた。

「次弾装填。用意でき次第、同一地点を任意射撃してください」

バレッタが静かな口調で指示を出す。

――……こんなの、やっぱりカズラさんにやらせるわけにはいかない。ナルソン様のところに残ってもらってよかった。

想定外の長距離砲撃を受け、無事だった元老院議員たちは落馬していたり、暴れるラタを必死に宥めようとしていたりと混乱している様子が見てとれる。

だが、他の軍団や塔は前進を続けている。

このまま前進を許せば、あと数分で敵のガス弾による攻撃が始まってしまう。

カイレンが早く撤退命令を出してくれればいいのだが、それまでにどれほどの時間がかかるのだろうか。

「リーゼ様。騎兵による火炎壺攻撃を進言いたします」

マクレガーの進言に、リーゼが頷く。

防御陣地の兵士を砦内にまで引き上げさせれば、とも思うが、それをするわけにはいかない。

それをしてしまうと、ガス弾使用の情報をこちらが得ていることが元老院議員やカイレン以外のバルベール軍軍団長たちにバレてしまう。

議員たちをカノン砲で狙い撃ちしている現状、怪しまれるような動きはするべきではない。

この後の作戦を考えれば、どうしてもカイレンに全軍を掌握させる必要があった。

たとえ僅かな可能性であっても、それの邪魔になる行動を取るわけにはいかないのだ。

「第1、第2騎兵隊に通達。接近中の敵移動塔へ突撃用意」

リーゼが額に脂汗を浮かべながら、静かに言う。

騎兵隊はすでに火炎壺の用意を済ませていたようで、すぐに「準備完了」の無線連絡が来た。

「……塔の進路上を炎上させ、反転せよ。突撃開始」

彼女が指示を出すと同時に、両翼に展開していた騎兵隊が一斉に駆け出した。