軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

307話:飴な人、鞭な人

「……うむ。これでいいだろう」

ティティスが書いた手紙を読み、ナルソンが頷く。

「バルベール軍の攻撃開始は、夜明けと同時で間違いないのだな?」

「はい。執政官からの通達では、歩兵部隊の突撃に先立って、『新兵器』でアルカディア陣地を事前攻撃するとありました」

「どうにかして乱戦に持ち込むつもりか。だが、それでは味方も毒に巻かれることになるだろうに」

「多少の損害は覚悟してのことでしょう。毒の煙で守備に穴を開ければ、兵士の質による力押しでいけると考えているのかと」

ティティスの説明に、ルグロが不快そうに舌打ちした。

「煙を吸った奴がどうなるのか、分かってて使おうってんだろ? 味方に被害が出ても構わねえからやっちまえって、おたくらの司令部ってのは鬼畜かよ」

「同意です。先ほどナルソン様は、今回の提案について『執政官を始末するための建前』とおっしゃいましたが、決してそれがすべてではありません。彼らの非道を阻止するため、恥を忍んで皆様にお願いしているのです」

「ああ、俺らも協力するからよ。そんなクソみたいな連中には、とっととご退場願おうぜ」

「はい。よろしくお願いいたします」

ティティスがぺこりと頭を下げる。

1人だけ寝間着姿でぞんざいな口調のルグロに、「アルカディア軍にも変わった人がいるんだな」と感想を持っていた。

「んじゃ、ナルソンさん。早いとこ、この手紙をカイレン将軍のとこに送ろうぜ。連中の攻撃開始まで、あんまり時間がねえぞ」

「はい。オルマシオール様、お願いしてもよろしいでしょうか?」

ナルソンが声をかけると、部屋の隅にいたオルマシオールは腰を上げてナルソンに歩み寄った。

ナルソンが手紙を筒に入れて、オルマシオールに差し出す。

彼はそれを咥えると、ぴょん、と跳ねて窓から外へと飛び出して行った。

それまで腕組みして話を聞いていたイクシオスが立ち上がる。

「参りましょう。殿下、着替えを済ませてきていただけますでしょうか?」

「おう。まあ、いろいろと納得いかないとこはあるけど、やるしかねえよな」

ルグロも立ち上がり、ティティスに目を向ける。

殿下と聞き、ティティスは驚いた顔になっていた。

フィレクシアも、あんぐりと口を空けてルグロを見ている。

2人とも、まさかルグロが王太子だとは思っていなかったようだ。

「ティティスさん。俺はこんなクソみたいな戦争は、一日も早く終わらせたいって思ってる。それはあんたも同じなんだろ?」

「は、はい」

「だったらさ、手を貸してくれ。自分たちのためじゃなくて、俺らみたいなしょうもないバカな王族やバルベールの指導者に無理矢理付き合わされてる、すべての人たちのためだ」

ルグロが他の皆に目を向ける。

「いいか、お前ら。目的を見誤るんじゃねえぞ。俺らの目的はバルベールを滅亡させることじゃねえ。自分の国と民を守るために戦争してるんだ」

「もちろん承知しております。我々とて、殿下と同じ気持ちです」

ナルソンがルグロに同意する。

「この作戦は、その未来への第一歩です。民のためにも、必ずや成功させてみせましょう」

「おう。んじゃ、俺は着替えてくるからよ。皆は先に行っててくれ」

そう言って、ルグロは部屋を出て行った。

ナルソンが席を立ち、皆を見渡す。

「全軍、戦闘準備だ。敵の頭を刈り取るぞ」

北門の防御陣地に続々と兵士たちが集まるなか、ティティスとフィレクシアは不安げな様子でたたずんでいた。

彼女らの両脇にはシルベストリアとセレットが控えており、すぐ傍ではナルソンが伝令に次々に指示を飛ばしている。

ジルコニアや他の軍団長たちも、すでに自らの軍団で待機していた。

現時点ではティティスたちに無線機は見せないことになっており、誰も携帯していない。

ルグロは兵士たちを激励するとのことで、ルティーナと子供たちを連れて陣地を歩き回っている。

「ティティスさん、フィレクシアさん」

バレッタとリーゼを伴って門から出てきた一良が、2人に声をかける。

3人とも、鎧姿だ。

バレッタは木箱を持っており、その中には氷が山盛りになった銀の器と香草茶入りのピッチャー、銀のコップがいくつか入っていた。

ティティスが振り返り、ぺこりと頭を下げた。

一良はバレッタの木箱からコップを取り、氷とお茶を入れて2人に差し出した。

カラン、という氷がコップに当たって奏でる音に、2人が小首を傾げる。

まだ氷だとは気づいていない様子だ。

「冷たいお茶です。どうぞ」

「ありがとうございます。頂戴します」

「ありがとうございます」

ティティスとフィレクシアはそれを受け取り、そのひんやりとした感触に目を丸くした。

「これは……」

「な、夏なのに氷が?」

コップを覗き込んで驚く2人に、一良が微笑む。

今は7月であり、どこに行っても氷など手に入るわけがない。

驚いて当然だ。

「ええ。暑いですし、疲れが取れるかなって思って。どうぞ、飲んでください」

ティティスたちは戸惑いながらも、コップに口をつけた。

キンキンに冷えた麦茶が喉を滑り降り、緊張と夏の熱気で火照った体をさあっと冷やしていく。

そんな2人の脇にいる、シルベストリアにバレッタは歩み寄った。

「シルベストリア様もどうぞ。セレットさんも、飲んでください」

「おっ、ありがと! 暑くて参ってたとこなんだよね!」

「ありがとうございます。いただきます」

バレッタの木箱から自分でコップに氷を入れ、お茶を注ぐシルベストリアとセレット。

リーゼもコップを取り、ナルソンへとお茶を持って行っている。

美味しそうに喉を鳴らしてお茶を飲むシルベストリアたちを見て、ティティスははっとして辺りを見渡した。

樽の乗せられた荷車を引いた侍女や使用人たちが、陣地で休んでいる兵士たちにお茶を配っていた。

兵士たちは皆、「氷入りのお茶だ!」「そういえば今日が飲める日だった!」と大喜びしている。

氷は、宿舎に持ち込んだ業務用製氷機で作ったものだ。

一日の製氷量は230キログラムほどなので兵士たち全員に行きわたらせることはできないが、日ごとに順番で氷入りのお茶が提供されている。

ナルソン邸で使っていたものを、発電機と一緒に持ってきておいたのだ。

「……アルカディアでは、夏場に氷を作ることができるのですか?」

お茶に浮かぶ氷を不思議そうに見つめながら、ティティスが一良に聞く。

「作れますよ。冬場の氷を取っておいて、それを使うってこともしてますけどね」

「ど、どうやって作るのですか!? さっぱり分からないのですよ!」

フィレクシアが興奮した様子で、一良に詰め寄る。

「フィレクシアさん!」

すかさずシルベストリアが割って入ろうとしたが、一良は「大丈夫ですよ」とそれを止めた。

「えっとですね。冬になる前に、山の上に 氷池(ひいけ) という氷を作るための池を作っておくんです。それを冬に切り出して、山の中に作った貯蔵庫に保管して、夏に運んでくる感じですね」

「えっ? で、でも、それだと輸送中に溶けちゃうじゃないですか。保管しておくにしたって、夏の暑さで……けほ、けほ」

しゃべりかけたフィレクシアが、口元を押さえて咳込む。

ティティスがその背中を摩った。

「ん、大丈夫ですか? 風邪でも引きました?」

「けほっ、けほっ……い、いえ、大丈夫です。急に冷たい物を飲んだら、喉が……けほ、けほ」

ぜいぜいと肩で息をするフィレクシアを、ティティスが心配そうに見つめる。

「フィレクシアさんは体が弱くて……たまに高熱を出して寝込んでしまうこともあるんです。申し訳ないのですが、部屋で休ませてはいただけないでしょうか?」

「だ、大丈夫なのですよ! 喉が少し変なだけで……けほっ、けほっ」

かなり苦しいのか、ぜいぜいと肺病人のような呼吸音を漏らすフィレクシア。

それを見ていたバレッタが、少し顔をしかめた。

「ティティスさんは、同じような症状になったことはありますか? 熱を出して、咳が止まらなくなるとか」

「私ですか? 私はそのようなことは一度もありませんが」

「彼女の周囲で、似たような症状が同時期に広まったことは?」

「私の知る限りではありませんね。移る病気ではないと思いますので、安心してください」

ティティスの言葉に、バレッタがほっと息をつく。

結核やウイルス性の気管支炎なのでは、と疑ったのだが、彼女の説明どおりであればその線は薄そうだ。

もともと気管支が弱いのかな、と内心考える。

「フィレクシアさん、この前みたいに倒れてしまったら大変です。あの時は、本当に死んでしまうかと思ったんですよ?」

「うー……ティティスさん、大袈裟なのですよ」

「大袈裟じゃないです。カイレン様があなたのために、どれだけ医者にお金を積んだか……それなのに、『あとは本人の体力次第』って医者も半ば匙を投げていたんですよ? 持ち直したのは奇跡です」

「うう……」

フィレクシアがちらりと一良を見る。

この場にいさせてほしい、と目が言っていた。

「……なら、イスを用意しますから、座りながら待つことにしましょうか?」

「はい! ぜひそうさせていただきたいのです!」

ぱっと表情を綻ばせたフィレクシアに、ティティスがやれやれとため息をついた。

その後、バレッタとセレットがイスを持ってきて、皆で座ってお茶を飲んでいると、丘の先からオルマシオールが駆け戻って来た。

風のような速さで丘を駆け上がり、あっという間にナルソンの下へとたどり着く。

筒を受け取ったナルソンは、中の手紙を広げて目を通すと一良に振り返った。

「夜明けと同時に、連中は全軍で前進を始めるようです。元老院軍団は、カイレン将軍が可能な限り前線の近くに進ませるとのことで」

「ふむ。砲撃のタイミングはどうするんです?」

「鏡を使うと書いてあります。間を置いて3回、日の光を反射させるとのことで」

「へえ、鏡ですか。それなら前進している味方からは見えませんし、上手い方法ですね」

「そうですな。今日も快晴になりそうですし、見逃すことはないでしょう」

ナルソンが空を見上げる。

まだ日は昇っていないが、晴れ渡った空は薄っすらと白み始めていた。

あと半刻もすれば夜明けだ。

「ナルソン様。カイレン様は、全軍の撤退には同意したのでしょうか?」

ティティスが不安げな様子で尋ねる。

「ああ。作戦が上手くいったら、生き残りの元老院議員を取りまとめて必ず全軍で撤退すると書いてある。目くらましのために、使者も出すそうだ」

「そうですか……」

「ああ! よかったです! これで――」

ティティスがほっとした顔を瞬時に強張らせ、フィレクシアの腕を掴む。

はっとした表情でフィレクシアは口を閉ざし、気まずそうにうつむいた。

「フィレクシアさん? これで……何です?」

それまで口を閉ざしていたリーゼが、フィレクシアに声をかける。

その冷たい声にフィレクシアはびくっと肩を揺らし、「ええと」と視線を泳がせた。

「こ、これで、カイレン様は名実ともに国の指導者になれるのですよ! 政治を一新できるのです!」

「ですね。空席になった執政官の席に、カイレン様が就くことが現実味を帯びてきました。近いうちに、この戦争を終わらせることができるかもしれませんね」

フィレクシアに続いて言うティティスに、リーゼが微笑む。

「ええ、早くそうなることを、私も願っています。これからは、共に平和の道を歩みたいものですね」

リーゼがそう言った時、ナルソンの下に伝令の兵士が駆けて来た。

「物見より報告です。バルベール軍が、全軍で前進を始めたとのことです」

「む、夜明け前に動き出したのか。こちらの動きに気付いて、焦ったのかもしれんな」

ナルソンがバルベール陣地の方へと目を向ける。

報告は防壁にいるニィナたちからのものだ。

彼女たちには暗視ゴーグルが渡されており、バルベール陣地を見張らせていた。

そこから報告が来たということは、時差は数分といったところだろう。

「まあ、兵士たちに食事を取らせる時間くらいはあるか。そろそろ配り始める頃だ。お前も戻って、戦闘開始までゆっくり休め」

「はっ!」

余裕の口ぶりなナルソンを、ティティスは緊張した表情で見つめている。

どうしてそこまで簡単に、自分たちやカイレンの話を信じるのだろうかと不思議に思っているのだ。

普通に考えて、バルベール軍がこれほどの戦力を張り付けている状態で撤退するのはあり得ない話である。

人質が殺されることも厭わずに攻撃を強行し、砦の奪取したうえで大手を振って凱旋して政治の実権を握るとは考えないのだろうかと、ティティスはいぶかしんでいた。

「あの……すみませんが、名前を教えていただいてもいいでしょうか?」

ティティスがそんなことを考えていると、フィレクシアがバレッタにこえをかけた。

「私ですか? バレッタといいます」

「バレッタさん、あなたは技師なのですよね?」

「はい。兵器職人も兼業していますよ」

にこりと微笑むバレッタに、フィレクシアの瞳が輝いた。

「あっ、やはりそうだったのですか! あの鉄の弾を飛ばす兵器の設計にも携わっていたりするのですか!?」

「はい。あれは私が設計したものです」

「っ!?」

フィレクシアの顔が驚愕に染まり、勢いよくイスから立ち上がるとバレッタに詰め寄った。

「ど、どうやって弾を飛ばしているのですか!? 硫黄と何かの薬剤に火を点けて破裂させているのではと思うのですが――」

「フィレクシアさん!」

ティティスが慌てて立ち上がり、フィレクシアの肩を掴んでバレッタから離れさせる。

「ちょっ、何をするんですか!?」

「立場をわきまえてください。私たちは捕虜なのですよ?」

「う……ご、ごめんなさいです……」

フィレクシアがしゅんとした顔で、バレッタを見る。

そんな彼女に、バレッタはにこりと微笑んだ。

「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしないでください」

「申し訳ございません……彼女、興奮してしまったようでして」

「ふふ、私もそういうお話は大好きですから。また今度、お茶をしながらお話ししませんか?」

「ぜ、ぜひお願いします! いろいろとお話したいのですよ!」

期待に染まった顔をしているフィレクシアを見て、リーゼが一良にこそっと顔を寄せる。

「バレッタ、飴役上手だね」

「だな。リーゼの鞭役も、すごく様になってたぞ」

「む、鞭って何よ! 酷くない!?」

「いや、さっきまでのやり取り見てたら、どう見ても鞭にしか見えないって……2人を出迎えた時も、恐ろしい空気纏ってたし」

「だって、カズラとお母様が心配だったんだもん……あの2人が嘘ついてるのも腹が立ったし」

一良とリーゼがこそこそと話していると、大鍋や山盛りのパンが入った木箱を乗せた荷車が何台も門から出て来た。

一良たちの下にも、エイラとマリーが荷車を引く使用人を従えてやって来る。

「皆様、朝食をお持ちいたしました」

エイラの声にナルソンが振り返る。

「うむ、ご苦労。皆、食事にしようか」

エイラとマリーが荷車から組み立て式テーブルを運び、手際よく組み立てて料理を並べた。

その後、エイラたちや運んできた使用人も混ざって皆で食事をしていたところにルグロ一家が戻って来て、彼らの存在をすっかり忘れていたナルソンは慌てて謝罪した。

そんなナルソンにルグロは

「いや、先に食ってていいに決まってんだろ。せっかくの料理が冷めちまうぞ」

と困惑顔で言い、ティティスとフィレクシアは改めて「変な人だ……」と感想を持ったのだった。