軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

306話:やり込め

数十分後。

身体検査を終えたティティスとフィレクシアは、シルベストリアに連れられて廊下を歩いていた。

2人とも元の服装に戻っており、ティティスの髪も編み直してある。

最後尾にはセレットが続いており、油断なく2人を見張っていた。

「うう、まさかお尻の穴を広げて見せることになるとは思わなかったのですよ……」

とぼとぼと廊下を歩くフィレクシアは半べそ状態だ。

ティティスもげんなりした顔で、肩を落としてその隣を歩いている。

「まあ、人質にああいった検査をすることは、よくありますから……とはいえ、あそこまで屈辱的だとは」

ティティスはそう言いながらも、今のところはフィレクシアが非人道的な扱いを受けていないことに少しだけほっとしていた。

軍団要塞を抜け出て来た時は焦りすぎていてフィレクシアの同行を許してしまったが、今になって考えればかなり迂闊な行動だった。

人質として要求されている自分とは違い、フィレクシアは勝手に付いてきただけだ。

フィレクシアが兵器職人であることは、少し前にあった丘を下った先での対談と、砦の倉庫でジルコニアと話した際に露見してしまっている。

まさに、飛んで火にいる何とやらで、兵器の情報を求められたら素直に話さねば何をされるか分かったものではない。

フィレクシアを怖がらせるといけないので、その考えは話していないのだが。

「あんなの、もう二度と御免なのですよ……恥ずかしすぎて、夢に見そうなのです」

「もしかしたら、また何度か同じように検査されることもあるかもしれません。その時は諦めて従いましょう。私も付き合いますから」

「ええ……ティティスさん、根性ありすぎなのですよ」

「着いたぞ。くれぐれも、言動と態度には気を付けろ」

シルベストリアが扉をノックして名乗り、返事を待って扉を開く。

中では、ナルソンをはじめとしたアルカディア首脳陣がテーブルの向こう側に座っていた。

ティティスがぺこりと頭を下げる。

フィレクシアもそれに倣って、慌てて頭を下げた。

「バルベール軍第10軍団、軍団長付き秘書官のティティスと申します」

「あ、えっと、私は技師のフィレクシアと申しますです」

「うむ。よく来てくれた。まあ、座ってくれ」

ナルソンがにこやかに、2人に正面の席を勧める。

2人は「失礼します」と断りを入れ、席に着いた。

長テーブルの対面にはナルソンが座っており、その両脇にはジルコニアとルグロ、イクシオスやミクレムといった将軍たちも座っている。

一良、バレッタ、リーゼの3人は、この場にはいない。

部屋の隅には、昨日までは置かれていなかった観葉植物が置かれていた。

フィレクシアは室内にリーゼの姿がないのを見て、ほっとした顔になっている。

「これほどすぐに秘書官殿が来てくれるとは思っていなかったから、とても驚いたよ」

ナルソンが柔らかい口調で、2人に話しかける。

「しかも、技師の女性まで一緒だとは。フィレクシア殿は、毒の兵器や大きな矢を飛ばす長距離射撃兵器、大型投石機などを作ったかただと聞いているが?」

「はい。あれらは私が設計したものです」

「ふむ。1人で考えたのか?」

「はい」

「ほう、それはすごいな。せっかく来たんだ、これから、我らの兵器職人とも親交を深めていってくれ。後ほど、紹介しよう」

「えっ、本当ですか!? ありがとうございます!」

フィレクシアがぱっと表情を輝かせる。

そのやり取りに、ティティスは内心「仕方ないか」とため息をついた。

ナルソンがそんなことを言うということは、自分たちは戦争がバルベールの勝利で終わらない限りは、一生囚われの身ということだろう。

解放される日まで、どうにかして自分が彼女のことを守らねばならない。

「あっ、それとですね! さっき身体検査を受けた時に、ものすごく眩しく光る道具を、兵士さんが使っていたのですよ。あれは――」

「ナルソン様。早速ですが、毒の兵器についてお話ししたいのですが」

調子に乗って話し始めたフィレクシアを、ティティスが遮る。

「ちょっ、ティティスさ――」

「……」

不満顔を向けるフィレクシアの太ももに、ティティスがそっと手を置く。

その額に薄っすらと汗が浮かんでいることにフィレクシアは気づき、口を閉ざした。

「我々は毒の兵器の不使用協定を結びましたが、元老院は次の攻撃で大々的にそれらを使用するつもりです。それを阻止するために、皆さんに協力していただきたいのです」

「ふむ。どう協力してほしいのだ?」

「あなたがたの持っている、鉄の弾を飛ばす長距離射撃兵器で、元老院軍団を狙い撃ちしていただきたいのです」

ナルソンの目を真っ直ぐに見据え、ティティスは言い放った。

その頃、宿舎の別室では、一良、バレッタ、リーゼの3人がソファーに座り、監視カメラから送られてくる映像を見つめていた。

元老院を狙い撃ちしてほしい、というティティスの言葉に、一良が「おお」と声を漏らした。

「すげえ……イクシオスさんの予想、ドンピシャじゃんか」

「カイレン将軍、本当に元老院議員を皆殺しにするつもりなんですね……」

一良とバレッタが感心した様子で言う。

リーゼは不快そうな表情で、モニターを見つめている。

「どこの国も、結局は個人の事情に周りが振り回されてるんだね。その犠牲になるのは、関係ない一般市民ばっかり」

「そうだな……でもまあ、これは俺らにとって好都合だぞ。相手の首脳陣を、一網打尽にできるかもしれない」

「うん。バレッタ、やれるかな?」

リーゼがバレッタに目を向ける。

「距離にもよりますが、全砲で一斉射撃すればきっと何人かは……でも、それだけでは全滅とはいかないと思います」

「だよね……あ、その話してる」

モニターから響く話し声に、3人は口をつぐんで耳を傾ける。

映像は常に録画しているので、後から見返すことも可能だ。

『なるほど、混乱に乗じて暗殺か』

モニターのなかのサッコルトが、納得した様子で頷く。

『はい。避難させると見せかけて、議員たちは予め忍び込ませた第10軍団の兵士が仕留めます。これなら上手くいくはずです』

『でも、それだと死体に刺し傷や殴打痕が残るんじゃない? 元老院軍団の兵士にも目撃されるだろうし、どうするつもりなの?』

ジルコニアがティティスに聞く。

本来ならば相手方の都合などどうでもいいのだが、興味が湧いたので聞いてみたのだ。

『何も皆殺しにするというわけではありません。最高司令官を務めている執政官と、それに近しい者を何人か仕留めるのが目的ですので。賭けになるかとは思いますが、カイレン様なら上手くやるでしょう』

『なるほどね。その人たちを始末できたら、頭を失った状態の司令部に、彼が臨時で全軍の指揮を執るって申し出る感じかしら?』

『概ねそのようなかたちになるかと。そうなれば、毒の兵器の使用は阻止できます。戦場に立つすべての兵士たちのためにも、やらねばなりません』

『ふうん……ナルソン、どうする?』

ジルコニアがナルソンに目を向ける。

『毒の乱打戦が回避できるうえに、危険を冒さずに敵の総司令官を始末できるんだ。断る理由はない、が……』

ナルソンが少し考えるそぶりをする。

『そこまで協力するのなら、何かしらの見返りが欲しいところだな』

『見返り、ですか』

『うむ。率直に聞くが、毒の兵器の使用を阻止するというのは、執政官を始末するための建前だろう?』

探りを入れるような口ぶりで、ナルソンが言う。

『……どういうことでしょう?』

『言葉のとおりだ。カイレン将軍は、元老院から政治の主導権を奪い取るつもりなんだろう?』

『……』

『私が彼ならば、実権を握った段階で、一刻も早く戦争を終わらせたいと考える。首都に戻り、民の支持を得たうえで、名実ともに権力の頂点に立つためだ。砦への奇襲攻撃で市民から絶大な人気を得たカイレン将軍なら、それが可能だろうな』

アルカディアとてバルベールに間者は放っており、バルベールの民意がどういった状態にあるのかは把握している。

数カ月前、バルベール首都では、国境付近で発生したアルカディアによる村落や隊商の襲撃事件の噂が広まっていた。

アルカディアにいいようにやられていると考えていたバルベール国民は、北方から配置換えになったカイレンの軍団が砦を奇襲して陥落させたことで、「よくやった!」と彼のことを英雄として祭り上げたのだ。

『そこでだ。貴君らの作戦に協力する見返りとして、「砦の前に展開しているバルベール軍を全軍撤退させる」というのはどうだろう? もちろん、こちらは撤退の邪魔立てはしないという約束の下でだ』

『……なるほど。そうすれば、アルカディアは防御を固めることができるし、カイレン様は首都に戻って自らの足元を固める時間を得られるということですね』

『うむ。我らとて、度重なる戦闘で多くの被害が出ている。それに、過度な徴兵で経済は鈍くなっているし、前回の戦争の時のように戦いが長引くのは困るのだ。もし可能なら、カイレン将軍が政治の実権を握った段階で、和平を提案したいと思っている』

「はー、ナルソンさん。上手いこと言うなぁ」

モニターから響く会話に、一良が感心した声を漏らす。

「相手が望んでいることを、さもこちらの見返りのように言って行動を誘導するってことか」

「これなら、バルベール軍は大手を振って撤退できますね……すでに陥落している、ムディアに向かって」

バルベールは現在、北方の蛮族から全面攻勢をかけられている。

こちらにバレないようにこっそり部隊を抽出して北に送り返している状況のなか、この提案を出せばカイレンは飛びつくだろう。

何しろ、彼らはこちらがはるか北方でのその出来事をすでに知っているなど、夢にも思っていないのだ。

たとえ間者がそれを知らせるにしても、まだかなりの日数がかかると考えているだろう。

『では、そのようにカイレン将軍に手紙を出すとしよう。ティティス殿、書いていただけるかな?』

『承知しました。フィレクシアさんにも、サインをさせてもよいでしょうか?』

『ああ、もちろんだ』

ナルソンが差し出す紙とボールペンを、ティティスが受け取る。

隣のフィレクシアは、じっとそれを見つめている。

『……これは、見たことない筆記用具ですね。神から供与されたものですか?』

『うむ。とても便利な代物でな。インクを付けずとも、続けて文字を書くことができる。使ってみてくれ』

『はい。ナルソン様が仰る内容をそのまま書いていく、というかたちでよいでしょうか?』

『ああ、そうしよう』

ナルソンが話す内容を、ティティスがスラスラと紙に書いていく。

文章の最後に、戦争が終わったらティティスとフィレクシアを返す、という文言も書かせた。

ティティスとフィレクシアはそれで少し安堵したのか、緊張が少し解れた顔になっている。

「……お父様、バルベール軍を壊滅させるつもりだね」

リーゼのつぶやきに、一良とバレッタは頷いた。