軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

300話:ムディア制圧作戦

3日後の午後。

からっと晴れた空の下、カーネリアン率いるクレイラッツ軍1個軍団は、ムディアの街へと進軍していた。

全員がバルベール軍の鎧を身に着け、彼らの荷馬車を連れ、バルベール軍第4軍団の旗を掲げての進軍である。

道の両脇には青々とした広大な麦畑が広がっており、農作業をしている人々の姿が見られた。

人々はカーネリアンたちの姿を見て、大きく手を振っている。

あちこちに幅5メートルほどの細い川が流れており、水は澄んでいてとても美しい。

その川には至る所に石造りの橋が架かっていて、川向こうの畑への移動も簡単に行えるようになっていた。

農作業者のためのものと思われる集合住宅が点々と存在し、洗濯をしている女性や畑で遊ぶ子供たちの姿が見える。

そののどかな風景を、クレイラッツ軍の兵士たちは祖国の家族を思い出しながらじっと見つめている。

「見えてきましたね」

ラタに跨って先頭を進むカーネリアンが、隣のアイザックに声をかける。

2人が身に着けているのは部隊指揮官の鎧で、軍団長のような高位の者が着ける装備は誰も着ていない。

「何と大きな街でしょうか……ここに籠られたら、年単位で足止めをくらいそうですね」

目の前に広がる広大な防壁と川に守られた巨大都市に、アイザックが目を見張る。

「この街があるからこそ、バルベール軍はあれほどの大軍を前線に張り付かせたまま何年も維持できるのです」

手を振る人々に笑顔で手を振り返しながら、カーネリアンが答える。

実に堂々とした振る舞いだ。

「ムディアからは南部の各防衛拠点に物資が送られています。ここを押さえてしまえば、生命線を絶たれたも同然となるでしょう」

「ええ。それに、プロティアとエルタイルも、流れが我々同盟国側に傾いたと判断するはずです。必ず、作戦を成功させなければ」

「アイザック殿、顔が強張っておられますよ」

意気込むアイザックに、カーネリアンが苦笑する。

「連中の司令部に入るまでは、我々はバルベール軍なのです。自然な振る舞いでお願いしますね」

「ぜ、善処します……」

「カーネリアン様!」

そんな話をしていると、軍団の到着を知らせるために出した伝令の騎兵が戻って来た。

「どうだった?」

「連中はかなり驚いている様子でしたが、疑う素振りは見られません。『なぜもっと早く伝令を寄こさなかったのか』とは言っていましたが」

「そうか。ちゃんと、すっとぼけてきたんだろうな?」

「はい。『伝令は送ったはずだが、到着していないのか?』と言ったら『こっちの輸送隊も昨日帰還予定だったが帰って来ていない。どうなっているんだ』と言って困惑しておりました」

ムディアは10日ごとに輸送隊を各地に出しており、負傷者や病人の搬送もそれに併せて行っている。

彼らの言っていた輸送隊は、クレイラッツ軍が軍団要塞を奇襲した際に、物資と一緒に確認されていた。

また、ムディアに来る道すがらに、打ち捨てられた軍団要塞を流用した中継基地もあったのだが、そこもしっかりと略奪してきた。

中継基地には数十人の守備兵がいたのだが、カーネリアンたちが基地に入った後、「ところで、実は我々はクレイラッツ軍なのだが」と言った時には、彼らは唖然とした顔で立ちすくんでいた。

今頃、後続の軍団がこちらへ向けて、基地にあった物資を運んでいるだろう。

「そうか。おそらく、連中は首都に向けて現状を伝えるために伝令を出すだろうな」

「でしょうね。しかし、ティタニア様の眷属が目を光らせているので大丈夫です」

アイザックがカーネリアンに答える。

ティタニアはカーネリアンたちに先行して、2日前からウリボウたちとともにムディアを取り囲むようにして潜伏済みだ。

ムディアを出る兵士も、ムディアに来る兵士もすべて仕留めるということになっており、彼らの情報網は完全に寸断されている。

たとえ複数の騎兵が伝令に出たとしても、ラタはウリボウに怯えて使い物にならなくなる。

そのうえただでさえ強力なウリボウたちは強化済みなので、討ち漏らしの心配は無用とのことだった。

「さあ、堂々とムディアへ入りましょうか。皆、自分の家に帰るようなつもりで、緊張した顔をしないようにな」

カーネリアンが振り返り、後に続く市民兵たちに呼びかける。

彼らは力強い声で「応!」と声を上げた。

時刻が夕食の時間に差し掛かろうという頃。

突如戻って来たバルベール第4軍団を受け入れるため、ムディアの守備隊司令部はばたばたと慌ただしい状態になっていた。

行軍で疲れて戻って来る兵士たちのために大急ぎで食事を用意させ、市民たちの使う共同サウナを急遽借り上げ、倉庫から着替えの衣服とタオルの用意を指示し、寝床となる兵舎の掃除も進めさせる。

急に戻って来た理由は何も知らされていないが、軍団が訪れる際は総力を挙げて支援するというのがバルベール軍の習わしだ。

「前線から軍団が戻って来るなど、まったく聞いていないぞ。どうして伝令を寄こさなかったんだ?」

守備隊司令官の老兵が、困惑顔で部下に言う。

「分かりませんが、北方の蛮族に対応するために引き抜かれたのでは?」

「いや、それなら伝令がこの街を経由しているはずだろう」

司令官が渋い顔で答える。

「元老院からはそんな連絡は一度も来なかったし、第4軍団からもたった2刻前に連絡が来ただけだぞ。迎え入れる準備など、間に合うはずがないというのに……」

「うーん……アルカディア方面にいる執政官から、直接伝令が行ったのでは? 我らには、伝令を出し忘れたのでしょう」

「まったく、迷惑な話だ。間に挟まれているワシらはたまらんぞ。アルカディア攻略ももたついていると聞いているし、物資の輸送やら負傷者の収容やらで、忙しくてかなわん」

ムディアには各地の軍団や首都の元老院からあれこれと常に要望や指示が飛んできており、街を任されている彼は気が休まるタイミングがまるでない。

いい加減引退して隠居生活をしたいのだが、その中間管理能力の高さゆえに「他に代わりがいない」とか「年金増やすから」とか「子供と孫の地位を保証するから」などとあれこれ元老院に言われて引き留められ続け、ズルズルと今も守備隊司令官を続けている。

彼があれこれと指示を出していると、兵士が部屋に駆け込んできた。

「セブ様、第4軍団司令部の方々が挨拶に来られております」

「なぬ!? 軍団長殿自ら来られたのか!?」

驚く彼――セブ――に、兵士が困惑顔で頷く。

「いえ、それが、軍団長殿は急病とのことで。代理として……」

兵士がそう言いかけた時、ガチャガチャと鎧の音を響かせてカーネリアンがアイザックと護衛の兵士を引き連れて部屋に入って来た。

バタン、と扉が閉められ、密室が出来上がる。

「貴殿が守備隊の司令官殿で?」

カーネリアンが柔和な笑みを浮かべて、セブに話しかける。

「う、うむ。代理とは聞いているが、副軍団長殿はどこにおられるのだ?」

彼が答える間に、アイザックたちは部屋にいる司令部員たちの傍に1人ずつ歩み寄った。

物々しい雰囲気に、司令部員たちの顔に動揺が走る。

「それは話が早くて助かります。たった今より、この街はクレイラッツ軍の制圧下に置かれることになりました。全軍に降伏を通達していただきたいのですが」

「……は?」

セブが気の抜けた声を漏らすと同時に、アイザックたちは剣を抜き放ち、司令部員たちに突き付けた。

太陽が沈み、月が空に輝き始めた頃。

一良、リーゼ、バレッタ、ハベルの4人は、北の防壁からバルベール陣地を眺めていた。

ハベル以外は、全員私服姿だ。

ハベルはハンディカメラを片手に、敵陣を暗視モードで撮影している。

「むう、攻城塔まで作って来るとは思わなかったな……まさか、本気で攻めてくるつもりなのか?」

双眼鏡を覗いていた一良が唸る。

ここ最近、バルベール軍は無数の遠投投石機を作って陣地の前に並べていたのだが、今朝になって突然見慣れない建造物が3つ姿を現したのだ。

それは巨大な塔のような形をしており、前面には鉄板が張り巡らされていた。

月明かりを受けてギラギラと輝いており、かなりの異彩を放っている。

「攻城戦専用の兵器ってこと?」

一良の隣で双眼鏡を覗いていたリーゼが聞く。

「うん。あれと似た形の兵器が本に載っててさ。上の部分が、パタンって前に倒れるような仕組みになってるんだ。防壁にその部分を橋みたいに渡して、そこから兵士が雪崩れ込む兵器だな」

「ふーん……でも、こっちの砦は丘の上にあるんだし、堀もいくつも掘ってあるから近づけるのは無理じゃない? カノン砲とカタパルトだってあるんだし」

「そうだな。まあ、あれのてっぺんにバリスタを置いたり弓兵を配置することもできるから、一応警戒したほうがいいな」

「あ、なるほど。移動式の防御塔みたいな使いかたもできるってことね」

リーゼが感心して頷く。

「バレッタさん、あれが近づいてきたとして、カノン砲で破壊できますかね?」

「うーん……おそらく足元には移動防壁を並べてくるでしょうから、破壊は難しいと思います。上部にバリスタがあるようなら、それを狙う感じでしょうか」

カノン砲は威力が非常に強いが、鉄板を張り巡らせた塔が相手となると破壊できるかは疑問だ。

足元を狙って自重で崩れ落ちさせたいところだが、移動防壁を並べられたらそれも無理だろう。

「火炎弾で焼いてしまえばいいのではないでしょうか?」

撮影を続けているハベルが意見する。

「いくら鉄板を張り付けてあるとはいっても、骨組みは木製のようですから長時間の炎上には耐えられないと思うのですが」

「ですね。もし接近してくるようなら、それで対応しましょっか」

『カズラ様。ニィナです。どうぞ』

一良が無線機を手に取る。

「カズラです。どうぞ」

『ロズルーさんからの報告で、敵軍陣地の北側で敵兵の活動が活発化しているとのことです。攻撃が近いのではないか、と言っていました。どうぞ』

「了解です。ロズルーさんには、そのまま監視を続けるように伝えてください。どうぞ」

『かしこまりました。通信終わり』

「ずっと動かないままだったけど、急にどうして攻撃してくる気になったんだろうね?」

リーゼが不思議そうにバルベール陣地を見つめる。

「うーん……兵士たちの手前、何もしないわけにはいかないからじゃないか? きっと、一般兵は蛮族の攻撃を知らないだろうしさ」

「あ、そっか。ずっと待機じゃ、何やってるんだって兵士たちも考えちゃうもんね」

「うん。それにしても、このタイミングでってのは、あちらさんも運がないなぁ」

憐れみを含んだ声で一良が言う。

予定通りならば、ちょうど今頃クレイラッツ軍がムディアを制圧している頃合いだ。

砦を睨むバルベール軍は、大規模攻撃を仕掛ければそれだけ物資を消費する。

しかし、今日から補給がぴたりと途絶えることになるうえに、攻撃によって発生する負傷者はムディアに移送することは不可能になる。

負傷者を連れた輸送隊は、クレイラッツ国旗が翻るムディアを見て愕然とするはずだ。

むしろ、味方のふりをしてそのまま負傷者を街に入れて、流れ作業で捕虜にしてしまってもいいだろう。

『カズラ様、たびたびすみません。アイザック様からのご報告です。どうぞ』

再び響いたニィナの声に、一良が無線機を取る。

「はい、アイザックさんは何て言ってました? どうぞ」

『バルベール軍に扮したクレイラッツ軍はムディアの南門から入り、街の全出入口と守備隊司令部の制圧に成功したとのことです。守備隊司令部は全員捕虜にできた、とおっしゃっていました。どうぞ』

その報告に、リーゼが「おー!」と嬉しそうな声を上げた。

横から手を伸ばし、一良の持つ無線機の送信ボタンを押す。

「やったね! 被害は出なかったの? どうぞ」

『はい。初めに司令部を押さえたことで、完全に無傷で街を制圧できたとのことです。現在、到着したクレイラッツ軍の後続が街の巡回を始めていますが、目立った混乱は起きていないようです。どうぞ』

「すごい……こんなに完璧に成功するなんて思わなかったです……」

バレッタが驚きの混じった声を漏らす。

いくらバルベール軍に扮しているとはいえ、街に入れば正体がバレて戦闘になるだろうとバレッタは考えていた。

しかし、実際はそんなこともなく、実に静かに制圧を終えることができたようだ。

「軍団旗を掲げて堂々と進軍してくる軍団が敵だなんて、普通は思わないよ。何かあったとしても、必ず伝令が来るはずなんだしさ」

「そうですね……ティタニア様のおかげですね」

「伝令を全部仕留めるなんて、普通は無理だもんね。後でティタニア様とウリボウたちに、とびきりのご馳走を作ってあげようね!」

「はい。腕を振るわないとですね」

リーゼとバレッタが微笑み合う。

一良はうんうんと頷きながら、無線機の送信ボタンを押した。

「ティタニアさんからは、連絡は来てますか? どうぞ」

『いえ、それはまだ……あっ、今、マヤのところに来たみたいです! マヤ、カズラ様に報告して!』

ガサゴソと、ニィナがマヤに無線機を渡す音が響く。

『マヤです。ムディアから出てきた兵士を何十人か仕留めたと、ティタニア様がおっしゃっています。いつまでここにいればいいのか、とも聞いています。どうぞ』

「む、制圧したって話だけど、逃げ出してる兵士もいるってことか」

「すごく大きな街らしいですし、どこかからか逃げ出す人はいるんでしょうね。完全封鎖は難しいと思います」

バレッタの意見に、一良は「確かに」と頷いた。

「では、ティタニアさんには、もうしばらく見張りを続けるように伝えてください。人っ子一人逃がさないようにお願いします。どうぞ」

『分かりました。伝えておきます。通信終わり』

一良が無線機を腰に戻す。

その後、マヤからティタニアに「見張りを続けるように」と指示が伝えられた。

その時ティタニアがぼそっとつぶやいた「フレンチトーストが食べたいな……」という言葉はしっかりと一良たちに伝えられ、帰還の時には山盛りを提供することが決定したのだった。