軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

301話:深夜のティーパーティー④

深夜。

宿舎の食堂で、一良とエイラはハーブティーを飲んでいた。

深夜のお茶会は久方ぶりで、砦に来てからはこれが初めてだ。

いつバルベール軍の攻撃が始まるか分からないということで、緊張している様子の一良を気遣ってエイラから誘ったのだった。

「はー……お茶会、かなり久しぶりですね。何だか、すごく安らぎます……」

エイラの淹れたハチミツ入りのジャーマンカモミールティーを一口飲み、一良がほっとしたため息をつく。

そんな彼に、エイラはにこりと優しく微笑んだ。

「ここのところ、ずっとピリピリしたご様子でしたので。こうした息抜きも必要かなって思って」

「気を使ってもらっちゃってすみません。何か、お茶を飲んだ瞬間に一気に肩の力が抜けた気がします。はあ、癒される……」

ふにゃりと気の抜けた顔で、ハーブティー入りのカップを大事そうに両手で持つ一良。

クレイラッツ軍の作戦が上手くいった直後ということもあって、大きな不安がなくなったこのタイミングでのお茶会は、まさにベストタイミングだった。

これが作戦成功前だったら、お茶を飲んでいても上の空だったに違いない。

「ふふ。そう言っていただけてよかったです。この蒸しパンも自信作なんで、食べてください」

エイラが木皿を一良に寄せる。

丸い小さな蒸しパンが4つ、甘い香りを漂わせている。

小麦粉、卵、ミルク、砂糖だけで作った、シンプルなものだ。

「ありがとうございます……ん、これは美味い!」

一口齧り、一良は頬を緩ませた。

ふわりとした甘い香りと、控えめな甘さになめらかな舌触り。

文句なしに、百点満点の出来だ。

「やっぱり、エイラさんの作るお菓子は最高ですね! 日本の有名店にも匹敵する出来栄えですよ!」

「そ、それはさすがに褒めすぎですよ。この間グリセア村で頂いたケーキなんて、本当に美味しくてびっくりしましたし。私なんてまだまだです」

「いやいや、そんなことないですって。屋敷で一番料理が上手いと思いますもん。お店開いたほうがいいレベルですよ」

「で、ですから、それは褒めすぎですよぅ」

エイラが顔を赤くする。

その後、あれこれと雑談をしているうちに、話題はエイラの家族のものになった。

「えっ。エイラさん、ご両親に家を買ってあげたんですか?」

ふと出たエイラの両親の話に、一良が驚いた顔になる。

「はい、半年ほど前に。中心街の物件だったので、かなり値が張りましたが」

「へえ、偉いなぁ。ちなみに、どんな家を買ったんです?」

「石造り2階建ての築20年の中古物件なのですが、入居前に内装をすべて新調したんです。1階に調理場、食堂、執務室、休憩室、応接室、お風呂、トイレ、それと井戸のある中庭があって、2階に寝室と客室が2つずつあります」

「すごい部屋数ですね! それに、お風呂まであるんですか!」

イステリアの一般市民において、風呂のある家に住んでいる者はかなり珍しい。

庶民で風呂を持っているのは、一部の高級宿屋や富豪だけだろう。

「あ、お風呂といっても、お屋敷にあるような湯舟に浸かるものではなくて、薬草を焚いて入るサウナ風呂ですね。温まった後、水浴びをして汗と汚れを流すんです」

「なるほど、サウナか……でも、それでもすごいですよね。かなりの豪邸だったりするんじゃ?」

「えへへ。あの辺だと、一番いい家だと思いますよ」

エイラが少し誇らしげに微笑む。

「両親もすごく喜んでくれて、『自慢の娘だ』って感激してました」

「でしょうねぇ……それにしても、家をプレゼントするなんて思いきりましたね」

「前の実家がだいぶ古くなってきていたので、両親に新しい家を買ってあげたいなと思って。あれこれ探していたら、ジルコニア様がその物件を見つけてきてくださったんです。造りもしっかりしていて綺麗でしたし、何とか手が出せる額だったので、買ってしまうことにしたんです」

「ジルコニアさんがですか?」

一良が意外そうな顔をする。

実のところ、ジルコニアがエイラにその物件を勧めたのには、ちょっとした事情があった。

エイラは以前、「一良とリーゼをくっつける」という任務をジルコニアから受けており、その対価として給金が2倍になるという超好待遇を手にしていた。

一応、雇用契約で「今後10年間はエイラからは雇用契約を解除できない」という縛りはあったが、「何らかの理由」で無理矢理退職されては困るとジルコニアは考えていた。

その不安を取り除くため、雑談がてら親孝行の話題をエイラに出し、乗り気になった彼女に給金と預貯金の額から程よい物件を見繕って勧め、購入させたのだ。

住宅ローンを払っている間は何があっても辞めないだろう、という考えだ。

「はい。すごく親身に相談に乗ってくださって、私もびっくりしました。それに、ジルコニア様の口利きのおかげで、分割払いの金利がすごく安くしてもらえたんです」

「へえ、それはよかったですね! 分割払いって、何年間くらいのやつです?」

「15年間です。貯金も使い切っちゃって、すっからかんになっちゃいました」

えへ、とエイラが苦笑する。

「な、なるほど……でも、そこまでして親孝行できるなんて、エイラさん偉すぎますよ。そのうえ、王都で大学に通ってた弟さんたちに仕送りまでしてたんでしょう? 本当に家族思いで、俺、感激しちゃいましたよ」

「そ、そんな……」

エイラが照れて顔を赤くする。

先ほどから褒められ続きで、内心ほわほわとした気分になっていた。

これでは、どちらのために開かれたお茶会なのか分からないな、とエイラは内心独り言ちる。

「それにしても、サウナ風呂か……ナルソンさんの屋敷、サウナはないんですよね。今度、新しく作るようにお願いしてみようかな」

「あ、それなら、私の実家で入ってみませんか?」

「えっ、いいんですか?」

期待に満ちた顔をする一良に、エイラがにこりと微笑む。

「はい。すごく気持ちいいので、きっと気に入っていただけると思います。鼻と喉の通りを良くする薬草をいつも使っているのですが、サウナ風呂に入った後はすごく気持ちよく眠れるんです」

「へえ、そんな効能が……そのサウナ風呂って、どういう造りなんです?」

「えっと、こんな形の、半分地下に埋まっている造りになっていますね。もともと敷地内にあった巨大な岩をくり抜いて作ったとかで」

エイラがテーブルを指でなぞる。

半円形の天井が地上に出ている造りの、天然の岩をくり抜いて作ったサウナらしい。

「す、すげえ……めちゃくちゃ豪華じゃないですか! 話を聞いてると、ナルソンさんの屋敷のお風呂よりも豪華に思えてきますよ」

「あはは。そんなことないですよ。毎日入浴するためにお湯を沸かすのはすごくお金がかかるので、サウナ風呂にしているだけですし」

「あー、燃料費もかかりますし、水を汲むのも大変ですもんね」

「はい。日本みたいに、蛇口を捻れば水が出るようなら楽なんですけどね」

それを聞き、一良が「ふむ」と考える。

エイラの言うとおり街中に水道を引くことができれば、市民の生活環境はかなり改善されるだろう。

戦争が終わったら、水道事業に手を出してみてもいいかもしれない。

「よし。それなら、戦争が終わったら水道を作ってみましょうか」

「えっ!? 日本と同じようなものを作るのですか!?」

驚くエイラに、一良が「ええ」と頷く。

「まったく同じものってわけにはいかないと思いますが、イステリアに上下水道を引いてしまおうっていう案が、日本の業者から出ていて。完全に業者任せの設計になりますけど、できないことはないように思えます」

「ぜひお願いします! 水汲みって、本当に重労働で……蛇口を捻って新鮮な水が出てくるようになれば、皆が助かりますよ!」

「ですね。後でバレッタさんにも相談して――」

『おい』

「「わあっ!?」」

話に盛り上がっていると、突然窓から声をかけられた。

いきなり脳内に響いた野太い声に、2人は思わず叫び声を上げてしまう。

「お、オルマシオールさん……驚かさないでくださいよ……」

「心臓が止まるかと思いました……」

バクバクと鳴る胸を押さえて言う2人に、窓から顔を覗かせたオルマシオールが「すまん」と謝る。

どうやら、屋根の上でお座りをしているようだ。

口に、細長い木の筒を咥えている。

「あ、エイラさん、眠気は大丈夫ですか?」

「大丈夫です。びっくりしすぎて、それどころじゃなくなっちゃったみたいで……あ、でも、少しふらつきますね」

『お前たち2人だけだからな。昏倒するほど強い術はかけておらんよ』

オルマシオールが、のそりと窓から食堂に入って来る。

『つい先ほど、奴らの斥候を仕留めた者が「変なものを見つけた」と言ってきたんだ』

そう言って、咥えていた筒をテーブルの上に置く。

筒には、血がべっとりと付着していた。

「うわ、血塗れだ……何ですかこれ?」

『中から炭と紙の匂いがする。書簡ではないのか?』

「書簡?」

一良が筒を手に取ってみると、それは確かに書簡を入れる筒のようだった。

上側を捻って筒を開け、中に入っている手紙を取り出す。

「ええと……っ!? こ、これは!」

ぎょっとした顔の一良をエイラが不安そうに見る。

「カズラ様、それには何て書いてあるのですか?」

「……『元老院議員が毒ガス兵器を使おうとしている』って書いてあります。それを何とか阻止したいとも。カイレン軍団長の署名入りです」

「えっ!?」

エイラが顔を青ざめさせる。

一良は立ち上がり、オルマシオールを見た。

「オルマシオールさん、これを持ってきた伝令は殺してしまったんですか?」

『……そう聞いている。すまない』

オルマシオールがしゅんとした様子で、耳と尻尾を垂れさせる。

「むう。急いで返事を出さないと……エイラさん、ジルコニアさんとかバレッタさんたちを起こして会議室に来るように伝えてください。俺はナルソンさんたちを呼びに行きます」

「はい!」

エイラが慌てて食堂を出て行く。

「オルマシオールさん、その伝令の死体を、なるべく傷付けないように北門まで運んでおいてもらえますか?」

『承知した』

オルマシオールが窓から飛び出していく。

一良も、ナルソンの部屋へと駆け出した。