軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299話:搦め手

その日の夜。

砦の宿舎の屋上では、一良たちアルカディア首脳陣とクレイラッツ軍の2人の指揮官がテーブルを囲んでいた。

テーブルにはアルカディア、バルベール、クレイラッツの地図が広げられており、現在判明している敵軍団の位置と味方の位置に駒が置かれている。

その隣では、ルグロ一家がバレッタやエイラたちと一緒に、レンガと針金で作った即席のグリル台でバーベキューをしている。

じゅうじゅうと金串に刺された肉(神戸牛)が焼ける様子を、行儀良くお座りしたオルマシオールがじっと見つめていた。

コルツ一家とミュラ、ターナも一緒で、リーゼやルグロの子供たちと串に刺したマシュマロを焼いている。

バルベール軍が攻撃してこないとも限らないので、前線の防御陣地は常に準戦闘態勢の状態だ。

夜勤と日勤に兵士を分け、いつ攻撃されても大丈夫なように待機させている。

司令官も同様で、夜間は副軍団長、昼間は軍団長といった割り振りになっていた。

「これで、連中の情報を完全に寸断した状態で2個軍団を撃破したことになります」

クレイラッツ国境に置かれた軍団要塞を示す2枚の布の上にあった、敵の軍団を意味する凸型の2つの赤い駒をナルソンが取る。

代わりに、クレイラッツ軍を示す凸型の緑色の駒を6つ置いた。

つい先ほど、アイザックから作戦成功の無線連絡がきたところだ。

2つの軍団要塞を襲ったクレイラッツ軍は、突入と併せて北と東西の出入口にも兵を回し、戦闘開始から数十分で完全封鎖に成功したらしい。

退路を断たれたバルベール軍は激烈な抵抗を見せたが、軍団長を捕らえて降伏を宣言させると抵抗を止めたとのことだった。

兵士たちがすぐに命令に従うあたり、命令遵守を徹底していることが分かる。

「明日の朝、ここから3個軍団を抽出し、1個軍団をムディアへ先行させて、残りの2個は時間差で進軍させます」

「危険な賭けでしたが、成功してよかった……」

「作戦どおりに事が進めば、ムディアは無血で占領できる、か。しかし、そう上手くいくかどうか……」

クレイラッツ軍の指揮官の2人が地図上のムディアを見る。

彼らはカーネリアンの代理として、砦にいるクレイラッツ軍の指揮を任されている。

11年前の戦いでも指揮官をしていた古参兵だ。

「ムディアは巨大な防壁を張り巡らせているうえに、街の周囲を川で囲まれた難攻不落の城塞都市です。もし作戦が失敗すれば、我が国の軍だけでは攻め落とすのは難しいでしょう」

指揮官の1人が険しい顔で言う。

ムディアは大規模な穀倉地帯を有し、多数の川が街なかを流れる大都市だ。

街を囲うようにして大きな水路が掘られているため、攻める側にはかなり厄介な地形となっている。

人口もさることながら食料備蓄もかなりの量があると思われ、持久戦になれば苦戦は必至だ。

「上手くいきますよ。全員、バルベール軍の鎧を着て、奴らの旗を掲げて行くんですから」

ジルコニアが自信ありげに言う。

クレイラッツ軍は軍団要塞で鹵獲した装備を身に着けて、バルベール軍に扮してムディアに侵入することになっている。

ムディアの守備隊は伝令もなしに突然現れた軍団に驚くだろうが、軍団旗を掲げていれば疑われることはないだろうというのがナルソンの予想だった。

街に入ったと同時に出入口を確保し、後続の2個軍団を迎え入れて街全体を制圧するのである。

ムディアの守備隊は首都に救援を求める伝令を出すだろうが、それはティタニアたちウリボウ軍団が始末することになっている。

この作戦の発案者はジルコニアだ。

「うむ……しかし、卑怯このうえない作戦だな……」

ミクレムが顔をしかめながら言う。

彼は攻撃戦を得意とする果敢な性格の軍人であり、搦め手の類はあまり好まない。

奇襲のような作戦ならまだしも、騙し討ちというのは気が進まないのだ。

「卑怯もなにも、休戦条約を破って攻めてきた連中が相手なんですよ? こちらもやり返すだけの話じゃないですか」

やや不機嫌そうに言うジルコニアに、ミクレムが「そうだな……」と頷く。

王族に対してもずけずけと物を言うジルコニアに、ナルソンはヒヤヒヤ顔だ。

「ま、死人を出さないで街を獲れるってんだから、いい作戦だと俺は思うぜ?」

エプロン姿のルグロが肉の挿さった鉄串を引っ繰り返しながら、ジルコニアたちに笑顔を向ける。

「街を取り囲んで攻城戦ってなると、何カ月もかかるうえにとんでもない被害が出るもんなんだろ? 騙し討ちでも何でも、どんどんやったほうがいいって」

「それは分かるのですが、武人としては釈然としないところがあるのですよ……」

「ミッチーは真面目だなぁ。ほら、肉でも食って余計な考えは吹き飛ばしておけよ」

肉の挿さった串を差し出すルグロ。

ミクレムは慌てて立ち上がり、小走りでルグロの下へと向かうと串を受け取った。

「いやはや、お気遣い感謝いたします。しかし、何とも豪快な料理ですな」

ミクレムが肉にかぶりつく。

もぐもぐと咀嚼し、驚いたように目を見開いた。

「おおっ、これはずいぶんと柔らかくて美味い肉だ。口の中でとろけてしまいましたぞ!」

「おっ、そうなのか。その肉、カズラが用意してくれたやつなんだぜ。な?」

ルグロが一良に、にかっと笑みを向ける。

「うん。ものすごく高級なやつだから、美味しいと思うよ」

「よし、俺も1つ――」

「あ、あの、殿下。オルマシオール様が……」

生肉を串に挿していたバレッタが、ルグロに声をかける。

ルグロが振り向くと、目の前数センチの距離にオルマシオールの顔があった。

恨めしそうな顔で涎をボタボタと垂らしており、心底不満そうだ。

「うわっ!? あ、肉か! 失礼しました!」

ルグロが慌てて網から串を取り、木のおぼんに串から肉を外して移す。

どうぞ、と足元に置かれたそれに、オルマシオールは勢いよくかぶりついた。

ものの数秒でぺろりと食べ終え、「次を寄こせ」と言わんばかりにルグロを見る。

巨大なオルマシオールは座った状態でも、顔の高さは立っているルグロと同じだ。

ルグロが大慌てで別の串を取り、オルマシオールのおぼんに肉を移す。

「皆さん、そろそろお肉が焼き上がり始めたので、いったん食事休憩にしてはいかがでしょうか」

「ふふ。早く行かないと、オルマシオール様に全部食べられちゃいそうね」

バレッタの呼びかけに、ジルコニアが苦笑して席を立つ。

無線番をしているニィナたちも、待ってました、と言わんばかりの顔で駆け寄った。

もちろん、無線機は腰に付けたままだ。

「ナルソン殿、約束していただいた薬の件なのですが……」

「今頃、あちらは怪我人だらけのはずです。貴国で発明したという、『血清』はいつ頃届けられるのでしょうか?」

立ち上がったナルソンに、クレイラッツ軍指揮官たちが声をかける。

「昨夜のうちにバイクで医者と一緒に軍団要塞へと運ばせています。そろそろ到着している頃合いでしょう」

ナルソンの返答に、彼らはほっとした顔になった。

軍団要塞奇襲作戦ではかなりの被害が予想されており、先日の砦での戦闘後の治療院の様相をはるかに上回る事態になると考えられていた。

当然ながらコルツのようにガス壊疽を発症するものもいるはずだということで、一良の提案で完成したばかりの血清を送ることにしたのだ。

保冷バッグにたっぷり保冷剤を入れたので、品質についても問題ないはずだ。

「血清もそうですが、別の薬もかなりの量を送っておきました。きっと役に立つことでしょう」

「ありがとうございます。我が軍も街医者は総動員していますが、薬はどうしても不足しがちでしたので助かります」

指揮官の1人が頭を下げる。

「それらの薬は、グレイシオール様が提供してくださったものです。血清も製造方法を伝授していただき、製造にこぎつけたものです」

ナルソンが2人に微笑む。

「グレイシオール様は、逆境を承知で立ち上がってくれた貴国をとても信頼しております。お送りした薬は、それに報いるものだとのことです」

「そ、そうだったのですか……」

「貴国の神が、我らのために……」

2人が感激した表情を見せる。

「ねえ、上手くやればクレイラッツも私たちの国の信仰に改宗させられるんじゃない?」

一良の隣にいたリーゼが、ニヤニヤしながら肘で一良をツンツンと突きながら小声で言う。

「いやいや、そう簡単にいくものでもないだろ」

「そうかなぁ。目一杯宣伝すれば、何とかなるようにも思えるんだけど」

「もともと信じてる神様から鞍替えしろって言われても、国民全員に納得させるのは無理だって。信仰ってのは生活に根付いたものなんだから」

「おっ、カズラ、すごく神様っぽいこと言うね! 知的でかっこいいよ!」

「お前なぁ……」

「我らも、直接謝辞をお伝えできればいいのですが……」

「お目通り願うことはできないのですか?」

こそこそ話している一良たちをよそに、指揮官たちがナルソンに願い出る。

「申し訳ないのですが、グレイシオール様にお会いできる者は限られておりますゆえ。私のほうからお伝えしておきますので、ご安心ください」

ナルソンの言葉に、指揮官たちが「よろしくお願いします」と頭を下げる。

その様子を、ミクレムたちやフライス領軍の軍団長たちは誇らしげな顔で見ていた。

ジルコニアは何とも言えない顔になっている一良が面白いのか、くすくすと笑っている。

そこに、イクシオスが階段を上がってやって来た。

「ナルソン様」

「ん、イクシオスか。どうした?」

「そろそろクレイラッツ軍も落ち着いた頃合いかと思いまして。その後、どうなりましたか?」

「うむ。かなりの死傷者が出ているようでな。それに、大量の捕虜を――」

「イクシオスさん、現地に無線で連絡できますから、直接聞いたほうが早いんじゃないですか?」

説明を始めるナルソンを遮り、一良がイクシオスに声をかける。

イクシオスはクレイラッツ軍に同行している息子のアイザックが気になって、わざわざやって来たのだろう。

「ふむ、確かにそれが手っ取り早いですな」

「ですよね? ニィナさん、アイザックさんに連絡を」

「ん、んぐっ!? ごふっ!」

口いっぱいに肉を頬張っていたニィナが、突然声をかけられてむせ返る。

「うわ!? 大丈夫ですか!?」

「ちょ、ちょっと、鼻からお肉出てるよ!? 大丈夫なの!?」

バシバシとマヤに背中を叩かれるニィナ。

ニィナは涙目で咳をしながらも、「ら、らいじょぶ」と絞り出すように答えた。

腰の無線機を取り、イクシオスに差し出す。

「げほ、げほ! イグジオズざま、どうぞ……げふげふ!」

「う、うむ。すまんな」

イクシオスが送信ボタンを押して呼びかけると、すぐにアイザックから返答があった。

ほっとした顔で息子と言葉を交わすイクシオスの傍ら、一良たちは談笑しながら食事を続ける。

現在、敵は情報を完全に封鎖されて盲目状態なうえに、そのことに気付いてすらいない。

アルカディア軍を意識しすぎて北へ戦力を迅速に移動できず、動きを察知されないためにと無駄な努力を続けている。

アルカディア軍は真綿で首を絞めるかのようにバルベール軍の戦力と持久力を着実に削り取りながら、総攻撃のタイミングを待っている状態だ。

彼らが自分たちの置かれている状況の異変に気付くのは、もう何日か後のことになるだろう。

「ナルソン。兵士たちには、総攻撃に備えてできるだけ良い食事を取らせるようにしましょう」

串を手に、程よく焼けた肉を眺めながらジルコニアが言う。

「この機を逃さず、一気に畳みかけないと。連中に、二度と好き勝手させてなるものですか」

そう言って、がぶりと肉に食らいついた。