軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

298話:愛しのフレンチトースト

カーネリアンの指揮するクレイラッツ軍は、2つあるバルベール軍団要塞のうちの1つに雪崩れ込んでいた。

奇襲は完全なかたちで成功し、もう1つの軍団要塞にも別動隊が突入している。

そちらは跳ね橋を上げられてしまったのだが、兵士たちは空堀を渡って塀に梯子を掛けて内部に入り込み、内側から跳ね橋を下ろすことに成功していた。

寝込みを襲われたバルベール軍兵士は鎧すら身に着けていない者たちが大半で、剣と盾のみを持った者たちばかりだ。

いくら戦闘能力に優れているといっても、防具なしでは簡単に傷を負ってしまう。

そのうえ、クレイラッツ軽歩兵たちは「敵1人に対して必ず2人以上で当たれ」と言い聞かされている。

混乱するバルベール兵たちの間では、すさまじい勢いで負傷者が発生していた。

「兵舎の扉を塞げ! 奴らを閉じ込めろ!」

カーネリアンが剣を振るいながら、大声で叫ぶ。

市民兵たちが手近な兵舎へと走り、扉を押さえつけて用意してきた木板を釘で打ち付ける。

このアイデアは一良が出したものであり、「それはいいアイデアだ」とカーネリアンが採用したのだ。

アイデアの元は、毎年大晦日にテレビでやっていた「忠臣蔵」である。

「窓から出てくる奴は串刺しにしろ!」

「この辺りはほぼ制圧したぞ! 投降した敵は縛り上げろ!」

あちこちで部隊長たちが大声で叫ぶ。

実際のところは戦闘が始まったばかりで、各所で激しい戦いが続いていた。

叫んでいるのは敵兵の士気を下げるためであり、兵舎にいる寝ぼけ眼の者たちが怯んで外に出てこなくなることを狙ってのことである。

「敵の軍団長を仕留めたぞ!!」

カーネリアンが目一杯の大声を上げ、周囲の市民兵たちが歓声を上げる。

掃討戦に移行しろ、と部隊長たちが叫び、市民兵たちが部隊長の言葉を繰り返す。

あちこちで上がる偽情報に、状況を正確に把握できていないバルベール兵たちは各所で混乱に陥っていた。

「偽情報だ! 惑わされるな!!」

「っ!」

駆けつけてきた鎧を身に着けていない壮年のバルベール兵が、カーネリアンに突進する。

振り下ろされた剣の一撃を、カーネリアンが盾で受け止める。

強烈な一撃に体勢を崩しながらも、相手の胴を狙い剣を突き出す。

バルベール兵は盾の縁でそれをはじき、カーネリアンを蹴り飛ばした。

「ぐっ!?」

「卑怯者め! 死で償え!」

背中から倒れ込んだカーネリアンにバルベール兵が駆け寄り、その首筋を剣で突く。

だが、彼が突き出したその腕は、ザシュッ、という音と共に宙を舞った。

「なっ――」

バルベール兵が驚愕に目を見開く。

次の瞬間、彼の視点は突如として上下逆さまになった。

一瞬のうちに首が刎ねられ、その頭が地面に転がる。

切断された首から盛大に血が噴き出し、唖然とした顔で倒れているカーネリアンに降り注いだ。

「カーネリアン様、微力ながら加勢させていただきます」

血濡れの長剣を手にしたアイザックが、たじろいでいるバルベール兵たちを見据えて静かに言う。

彼の後ろには、護衛として付いてきたジルコニアの子飼いの兵士たちが付き従っていた。

「我らには神々の加護がある! 恐れるな! 敵を蹴散らすぞ!」

アイザックが叫び、敵兵へと駆け出した。

重厚な鎧を着ているとは思えないほどの速さで敵へと迫り、目視できないほどの速さで剣を横なぎに振るう。

慌てて盾を構えた敵兵の盾を粉砕し、勢いのまま振り抜く。

ザクッ、という音とともに敵兵の胸が切り裂かれて血しぶきを上げた。

アイザックは足を止めず、続けざまに近場の敵へと突進した。

「ひ、ひいっ!」

怯えた顔で槍を突き出す敵兵に対し、その懐に潜り込んで腹に剣を突き刺した。

そのまま力任せに剣を真横に振るい、敵兵は腹を切り裂かれて臓物を地面にぶちまけた。

突然現れた怪物じみた力を振るうアイザックの姿に、周囲で戦っていた敵と味方が驚愕の眼差しを向ける。

「劣勢になっている味方を援護しろ! 各員散開!」

アイザックの指示で、近場の敵を片付けた兵士たちがあちこちへと散っていく。

アイザックが目の前でたじろいでいる数人の敵兵を睨みつけた。

「グレイシオール様に牙を剥く愚か者ども!!」

アイザックがあらん限りの声を張り上げる。

「命が惜しければ投降せよ! さもなくば――」

突如、アイザックが目の前を剣で振り払った。

正面から彼に飛来した矢の矢じりに剣の刃が直撃し、ギィン、と音を響かせて火花を散らす。

矢はくるくると回転し、アイザックの足元の地面に突き刺さった。

信じられないといった顔をしている敵の弓兵目掛けて、アイザックが突進する。

「う、うわあっ!?」

弓兵の前にいた兵士が恐怖のあまりに目をつぶり、剣を突き出す。

アイザックは地面を蹴って大きくジャンプし、その兵士の肩を踏み台にしてさらに跳んだ。

「おおおッ!!」

驚愕の表情で見上げてくる弓兵目掛け、渾身の力で剣を叩き下ろす。

首筋から股下まで一息で切り裂き、一拍置いて、縦に分かれた弓兵の体がずるりと別々の方向に崩れ落ちた。

踏み台にされた兵士は悪夢のような光景に腰を抜かし、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

「……武器を捨てて投降しろ」

アイザックがぎろりと彼を睨む。

彼は震えながらこくこくと頷き、握っていた剣を投げ捨てた。

付近にいた数人の敵兵も戦意を喪失し、ガタガタと震えながら武器を捨てて両手を上げる。

アイザックはいまだに地面に尻もちをついているカーネリアンに目を向けた。

カーネリアンが、びくっ、と肩を跳ねさせる。

「カーネリアン様、立てますか?」

「は、はい」

カーネリアンが慌てて立ち上がり、近くにいた市民兵たちに投降した敵兵の捕縛を指示する。

アイザックは前方に目を向けた。

「行きましょう。敵の軍団長を捕らえれば、我らの勝利です」

敵を求めて、アイザックが駆け出して行く。

カーネリアンはその後を追いながら、「アルカディアを裏切らずに済んで本当によかった」と心の底から思うのだった。

太陽が頭上に差し掛かる頃、広々とした草原で1人座り込んでいた人の姿のティタニアは、ほっとした様子でため息をついた。

軍団要塞内から響き続けていた怒声や剣戟の音は、少し前からすっかり聞こえなくなっている。

微かにだが、クレイラッツ兵たちの勝どきの声が聞こえており、どうやら奇襲作戦は上手くいったようだ。

彼女の傍には、3人のバルベール兵がぐうぐうとイビキをかいて眠りこけている。

戦闘開始直後に時間差で軍団要塞から出て来た伝令を、彼女が人と対話する際に用いる術を使って強制的に眠らせたのだ。

彼らを乗せていたラタは地面に打った杭に手綱を縛り付けてあり、3頭ともガタガタと震えながらティタニアを凝視している。

ラタたちにはティタニアの真の姿が分かっているようだ。

――この人たち、どうしようかな。

熟睡しているバルベール兵を、ティタニアが困り顔で見つめる。

殺してしまおうかとも思ったのだが、人間は戦争で捕虜を取ることをティタニアは知っていた。

奴隷として売り払ったり、戦争相手との捕虜交換に使ったりしているのを、何百年か前に目にしたことがある。

砦まで連れて帰れば、一良たちが喜んで何かご褒美をくれるかもしれない。

イステール領では騎兵に使うラタが不足しているようなので、ラタも生かしておいたほうがいいだろう。

――よし、そうしよう。

ティタニアは立ち上がり、よっこらしょ、とバルベール兵の1人を肩に担いだ。

「言うことを聞いてくれれば、食べないでおいてあげる。大人しくしてなさい」

ラタたちに言い聞かせ、その背にバルベール兵を載せた。

そうしていると、右前足の肩の部分を血で染めた1頭のウリボウが、彼女の下へと駆けてきた。

そのウリボウは彼女の前で立ち止まると、きゅんきゅんと鼻を鳴らして話し出した。

「……そう。そんなにたくさん仕留めたの。お疲れ様」

ティタニアがウリボウの頭を撫でる。

大混乱に陥った軍団要塞からは、散発的に何度も伝令がムディアやアルカディア方面に向けて送り出されていたようだ。

草原に身をひそめていたウリボウたちはそのすべてを仕留め、敵の動きがなくなったところで連絡を寄こしたらしい。

怪我をしたのは彼だけのようで、他のウリボウたちは全員無傷とのことだった。

最年少の彼は今までよりも圧倒的な力を発揮できるようになったことで調子に乗ってしまい、槍を突き出しているバルベール兵にうっかり真正面から飛び掛かって一突きされてしまったらしい。

分厚い毛皮のおかげである程度は防げたが、傷口からはピンク色の肉が覗いていてかなり痛そうだ。

ちなみに、彼に手傷を負わせたバルベール兵は、怒り狂った彼によって肉塊に変えられてしまった。

「傷を診せて。手当てしてあげる」

ティタニアは荷物袋から軟膏とガーゼを取り出した。

たっぷりと軟膏をつけ、傷口に当てて包帯で縛る。

ペットボトルを取り出し、彼に上を向かせて鎮痛剤と一緒に水を飲ませてあげた。

彼が満足そうに、ぺろりと自分の口の周りを舐める。

「他の子たちに、そのまま見張りを続けるように言っておいて。また誰か来るようだったら、それも殺しちゃっていいからね」

彼は頷き、軽快な足取りで戻って行った。

ティタニアはそれを見送ると、震えているラタたちに目を向けた。

「私に付いてきなさい。食べられたくなかったら、逃げないでね?」

3頭のラタが小刻みにこくこくと頷く。

ティタニアは漆黒のウリボウに姿を変えると、ラタを繋いでいた杭を前足の爪で薙ぎ払った。

ビキッ、という音とともに杭が根元から切断され、地面に落ちる。

ティタニアはそれを咥え、軍団要塞へと向けてゆっくりと歩き出した。

――あ。

数歩歩いたところで、ティタニアは立ち止まった。

――皆に任せっぱなしで、私全然戦ってないや。

むむ、とティタニアは考える。

サボっていたとまでは思われないだろうが、簡単に片付いたと考えられて「ご苦労様」で終わらせられてしまってはつまらない。

ここは、自分も他のウリボウたちと一緒に死に物狂いで戦い、あわや殺されかけたという作り話をすることにしよう。

頑張ったご褒美にと、美味しいものをたっぷり貰えるに違いない。

そのついでにおねだりすれば、今後の朝食で毎回フレンチトーストを出してもらうことも夢ではない。

――食いしん坊なオルマシオールに恩を売るチャンスね。今から楽しみ。

くすくすと笑いながら、ティタニアは再び歩き出した。

その頃、砦で子供たちと遊んでいたオルマシオールは、盛大なくしゃみをして目の前にいた子供の1人を吹き飛ばしてしまっていた。